Vol.88 STUTS – 人気DJのMIX音源を毎月配信!『Mastered Mix Archives』

by Yu Onoda and Keita Miki

MasteredがレコメンドするDJのインタビューとエクスクルーシヴ・ミックスを紹介する『Mastered Mix Archives』。今回登場するのは、9月5日に2018年屈指の傑作セカンドアルバム『Eutopia』をリリースするトラックメイカー/MPCプレイヤーのSTUTS。
2016年のアンセムとなった”夜を使いはたして feat. PUNPEE”を収録したファーストアルバム『Pushin’』から2年半。昨年リリースしたAlfred Beach Sandalとの共演盤『ABS+STUTS』や今年に入ってから立て続けに発表されている星野源の作品など、数々の重要なコラボレーションを行いながら、ヒップホップ・リスナーからポップス/ロックファンまでをも魅了したメロディアスなサンプリングを活かしたプロダクションは飛躍的に進化。新作では、仰木亮彦(Gt/在日ファンク)、nakayaan(Ba/ミツメ)、岩見継吾(Ba)、高橋佑成(Key)、MC Sirafu(Steel Pan, Trumpet/ザ・なつやすみバンド)を招いたセッションをトラックに組み上げる手法やコンポーザー/アレンジャーの領域に踏み込んだ楽曲制作によって、その音楽性は洗煉を極めた普遍的なものに。さらに鎮座DOPENESS、Campanella、JJJ、仙人掌、Daichi Yamamoto、LAよりG Yamazawaといったラッパーに加え、一十三十一、Maya Hatch、タイの人気シンガーソングライターPhum Viphuritが参加しているほか、ペトロールズの長岡亮介との共作曲には、C.O.S.A.×KID FRESINOとasuka andoをフィーチャー。そのラインナップの豪華さ以上に適材適所の配役が生み出すマジックが作品を特別なものにしている。
今回は突き抜けた完成度を誇る新作アルバム『Eutopia』の全貌に迫るインタビューと共に前回好評を得たDJミックスの制作をSTUTSに再度依頼。”Dreaming of the Paradise Mix”と題された楽園感満載の極上なミックスと併せて、『Eutopia』の音楽世界を楽しんでいただけたら幸いだ。

Photo:ko-ta shouji | Interview&Text : Yu Onoda | Edit:Keita Miki

※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)

「ヒップホップが軸にあることには変わらないんですけど、レコードのサンプリングから曲を作っていた今までとは異なる音楽の作り方にチャレンジしたかったんです(STUTS)」

— 2年半ぶりとなるセカンド・アルバム『Eutopia』のリリースを控えたなか、星野源さんの”アイデア”に参加したことで、STUTSくんはMPCの存在をお茶の間に届けた男として今まさに脚光を浴びている真っ最中ですが、その反響はいかがですか?

STUTS:自分の個性をそのまま起用していただけて、それが多くの方に聴いてもらえて本当に光栄なことだと思ってます。ただ、MPCって商品名ですし、それを宣伝したい、みたいな気持ちがあるわけではないので、どういう肩書きが適切なのかなっていうのは未だに悩んでます(笑)。

— しかも、MPCのことを楽器と捉えている人も多いみたいですけど、STUTSくんが強引に楽器的に使っているだけであって、本来はトラックを作る機材ですからね。

STUTS:ははは。でも、楽器として使えるところもMPCという機材の良さなのかもしれません。

— 星野さんの作品には”The Shower”と”アイデア”に参加されていますが、この2曲は関わり方が異なっているんですよね?

STUTS:そうですね。どちらの曲でもプレイヤーとして呼んでいただいているんですけど、ビートを構成する音をすべてライブで打っている”The Shower”に対して、”アイデア”はMPCやリズムマシンでシーケンスを組んだリズムも混じっています。また”アイデア”では、トラックメイカーとして2番のビートのデモを丸々組むところから始まっているんです。ただ、そのビートのイメージはプロデューサーである星野さんが考えたもので、こうして欲しいという要望を僕が形にして、その後、何度もやり取りすることでビートをブラッシュアップしていって。”アイデア”でも基本的に芯となるドラムはMPCをライブで叩いた生演奏なんですけど、普段、自分では扱ったことのないグルーヴだったので、練習して制作に臨みましたし、かなり勉強になりました。

— 前作『Pushin’』以降の2年半の間に、星野さんとの仕事しかり、Alfred Beach Sandalとの共作アルバム『ABS+STUTS』しかり、コラボレーションから多くのことを学び、吸収してきた?

STUTS:そうですね。去年出した『ABS+STUTS』ではミュージシャンによる演奏を再構築して曲を作ったり、星野さんのレコーディングではバンドに混じって、MPCを叩く経験もさせてもらったんですけど、そこでは譜面を見ながら、一発録りで演奏して、曲を作る方法を知って。そこからちょっとずつではあるんですけど、コードの勉強を始めたり。自分にとって、ヒップホップが軸にあることには変わらないんですけど、音楽性の幅も劇的に広がりましたし、レコードのサンプリングから曲を作っていた今までとは異なる音楽の作り方にチャレンジしたかったんです。

— ここ数年で聴く音楽に変化はありましたか?

STUTS:新譜も旧譜も以前より幅広く聴くようになったと思います。例えば、ビーサン(Alfred Beach Sandal)さんの影響を受けて、カエターノ・ヴェローゾやエリス・レジーナを入り口にブラジル音楽を聴くようになりましたし、新譜だとトラップのノリもラップ、トラック両方好きで聴いたり。だからといって、自分がトラップ一色の作品を作ることはないと思うんですけど、今回の作品でもそれっぽい要素はちょこちょこ取り入れていますし、以前より新譜をチェックするようになったのは大きいかもしれないです。

— STUTSくんと同じく生音を活かしたビートミュージックでは、フランスのFKJだったり、イギリスのトム・ミッシュだったり、近年、新しい才能が続々と登場していますよね。

STUTS:FKJやトム・ミッシュも好きですし、生音を活かした作品を作るうえでは、チャイルディッシュ・ガンビーノのトラックを手がけているルーヴィク・ゴランソンにかなり触発されました。彼は色んな楽器が演奏出来て、その演奏をサンプリングして曲を作っているんですけど、彼のビートメイキング動画は繰り返し見てインスパイアされましたね。

— 新しい制作方法に取り組むようになったきっかけは?

STUTS:きっかけというより、以前から自分はただMPCを叩いて、トラックを作る人にはなりたくなかったというか、今後の活動の広がりを考えると、レコードからサンプリングする手法にも限界を感じていて。一方で、『Pushin’』では自分で入れたシンセのフレーズが耳に残ると言ってくれる人が結構いたので、今回はそういう自分の個性といえそうな部分を色濃くしたかったんです。だから、曲によっては自分で考えたコード進行やメロディをもとに作ったデモをミュージシャンに聴いてもらい、みんなでセッションして。そこで僕はビートを流したり、シンセを弾いたり、MPCを叩いたりしたんですけど、そのセッションを編集して曲を仕上げていくやり方、言い換えれば、バンドの手法とサンプリングの手法が混在した作曲に近い作り方にも挑戦しました。先行配信した”Never Been”はビートこそ打ち込みなんですけど、その上で演奏したテイクを細かく編集せずそのまま使っていて、一番バンドっぽかったりしますし、生演奏の編集に関しては、ざっくりと機械的に編集しましたというグルーヴではなく、自分が理想とするナチュラルなグルーヴに近づけるために、一音一音の緻密な編集や調整、ミックスの作業には一番時間をかけましたね。

— 今回の作品では、バンドのセッションをトラックに昇華するプロダクション・スキルの進化に加えて、ヒップホップとジャズ/フュージョン、ポップスを横断するコンポーザー、アレンジャーの領域の挑戦的な開拓が見事に結実した最高の作品です。さらに付け加えると、音の鳴りが素晴らしくて、グルーヴの心地良さが際立っていますね。

STUTS:ありがとうございます。自分が大好きなサンプリングの手法にこだわった前作『Pushin’』はアルバムを作ろうと思って作った作品ではなく、5年くらい前から作り貯めていたトラックをまとめた、当時の自分にとってのベスト盤にあたるアルバムだったので、今回の『Eutopia』はアルバムを出すために曲を作った初めての作品になりますし、楽器はNEVEのヴィンテージ卓があるスタジオで録音したんですけど、いい音で録れたことで、音に説得力が増したと思います。

— ミックスはD.O.I.さん、Illcit Tsuboiさんのお2人を使い分けながら、マスタリングでは、The Mastering Palaceのデイヴ・カッチさんを起用していますが、彼が手がけたソランジュの『A Seat At The Table』同様、音の鳴りが繊細でバランスが取れているなと思いました。

STUTS:そうなんですよね。僕も、デイヴ・カッチさんは中高域の繊細さや緻密さ、左右の広がりの立体感がすごくいいなと思っていたので、いつかお願いしたかったんです。去年出した『ABS+STUTS』でマスタリングをお願いしたSterling Soundのクリス・ゲーリンジャーさんもそうなんですけど、普通にお店で鳴っているのを聴いても、素晴らしいマスタリング・エンジニアさんは鳴り方に説得力があるなって思いますね。

— 今回はトラックの進化に加えて、フィーチャリング曲もゲストのチョイス、組み合わせが数々の名演を生み出していますが、まず、”Dream Away”に迎えたのは、”Lover Boy”のMV再生回数が1500万回を超える世界的なヒットを記録しているタイのシンガーソングライター、プム・ヴィプリットさん。

STUTS:その曲は『ABS+STUTS』を作り終えた昨年夏に行ったロサンゼルスで作ったもので、晴れて気持ちいい朝をイメージしたチルな曲なんですけど、誰に歌ってもらうか考えていた時にプムさんの来日公演で対バンすることになって。その歌声を聴いて、その場でオファーさせてもらいました。彼から上がってきたのは具体的なストーリー性のある歌世界だったんですけど、そこから少しやり取りして歌詞をもう少し抽象的にして貰ったことで、アルバムのテーマ、ストーリー的にもぴったりな曲になったと思います。

— そのテーマというのは?

STUTS:アルバムタイトルでもある”Eutopia”、つまり、存在しうる最高の場所ですね。存在しない場所としての理想郷という意味では”Utopia”という言葉もあるんですけど、このアルバムを制作していた時の自分のマインドとしては、現実のなかで理想とする場所に行きたいという思いが強くあったんです。

— そして、LAのラッパーにして詩人でもあるG YAMAZAWAさんと仙人掌、女性ヴォーカリストのMaya Hatchさんの3人をフィーチャーした”Ride”はジャジーなスウィング感を内包したトラックですよね。

STUTS:ジャジーヒップホップっぽくなりすぎるのは嫌だなと思って、この曲は楽器も自分でMPCで叩いたドラムも全てシーケンスを使わず、生で演奏したものをコンピュータ上で編集したんです。

— つまり、この瑞々しいグルーヴは生演奏ならではのジャストではない音の揺れを上手く活かしたものなんですね。

STUTS:そうなんですよ。だから、この曲のグルーヴは他とは違うものになっていると思います。しかも、ヤマザワ君の英語のラップがメインで、仙人掌さんがゲスト的な立ち位置になっていて、ラップに関しても不思議なバランスで成立している曲になったと思います。

— さらに、爽やかでスムースなファンクグルーヴと京都のラッパー、Daichi Yamamotoさんの歌うようなラップも相まって、G-FUNKのようにも響く”Breeze”に対して、鎮座DOPNESSとCampanellaという圧倒的なスキルを誇るラッパーをフィーチャーした”Sticky Step”は同じファンクでもヒップホップのドープネスが凝縮されています。

STUTS:”Breeze”はシンセの使い方しかり、確かにG-FUNK感ありますよね(笑)。DaichiくんはJJJから紹介してもらったんですけど、今回の制作では最初の頃に取り掛かった曲でもあったんですけど、何度もやり直したり、二人で試行錯誤して作りあげたので、長く聴いてもらえるような曲になったらうれしいですね。”Sticky Step”はファンクを作ろうと意図して作ったわけではないんですけど、トラックが出来たときに鎮さんとCampanellaさんの声が聴こえてきて。それぞれ別のベクトルで最高なグルーヴのラップをするその二人をフィーチャーしたことで、このアルバムにおけるヒップホップのドープネスを担う曲になりましたね。

— そして、ゲストの組み合わせの妙といえば、ペトロールズの長岡亮介さん、C.O.S.A. × KID FRESINO、asuka andoさんという4人が参加した”Above the Clouds”は混沌とした曲になっているかと思いきや、適材適所な配役にうならされる曲になっていますね。

STUTS:この曲は、去年の11月に長岡さんと2人でライヴをやる機会があって、その準備としてセッションしながら、曲の原型を作って。その後、2人で曲を膨らませていく過程で、長岡さんからC.O.S.A.さんのラップを入れるというアイデアが出たんですけど、曲の尺が長かったので、もう1人ラッパーに加わってもらおうというところで、KID FRESINOくんにも声を掛けて。その打ち合わせの前に、C.O.S.A.さんからフックで女性シンガーに参加して欲しいと言われたんですけど、長岡さんの歌との絡みで女性シンガーに参加してもらうことを思いついて、asuka andoさんに加わってもらいました。asukaさんにはサビの歌メロと歌詞を考えてもらって、それを2人で歌ってもらったんです。ちなみに曲の最後に出てくる長岡さんのギターソロは、僕の自宅で録音したんですけど、どこで録ろうが、本当に上手い人の演奏は素晴らしい鳴りなんだなと感動しました。

— アレンジにつぐアレンジを施して、このアルバムの高い音楽性を象徴する”Above the Clouds”に対して、一十三十一さんをフィーチャーした”FANTASIA”はビートと歌からなるシンプルな佇まいの曲がサイケデリックな迷宮に誘う、味わい深い一曲ですね。

STUTS:自分にとっても今まで作ったことがないタイプのトラックですし、一十三十一さんにも今まで作ったことのない曲調だと言ってもらえたので、いいコラボレーションになったかと思います。この曲はトラックを渡したタイミングで、一十三十一さんがモロッコのマラケシュを旅行して、街の雰囲気がこの曲と合ったみたいで、マラケシュの街でフィールドレコーディングしてきた音を使うことになったり、曲の背後にはアラビックなムードがふんわり漂っているんです。

— そして、旧友のJJJくんをフィーチャーして、アルバムを締め括る”Changes”ですけど、これは紛れもない名曲ですよね。

STUTS:僕のイメージでは前の曲”Eternity”でアルバムが終わって、この曲は映画のエンドロール後に一瞬出てくるワンシーンみたいな曲でもあるし、ザ・なつやすみバンドの”Santa is Happy!”をサンプリングして作った曲でもあるので、原曲も聴いてもらってヒップホップにおけるサンプリングの楽しさを味わってもらえたらうれしいですね。当初はJJJとクリスマスソングを配信しようと、去年12月に取り掛かったものの、結局、完成したのは今年の7月だったりするんですけど(笑)、JJJが今までにない歌い方をしていたり、リリックもアルバムのテーマに合っているので、頑張って完成させてよかったなと思います。

— 今回の作品は、例えば、バンドのプロデュースであったり、今後の色んな可能性を提示したアルバムでもあると思うんですけど、ご自身の手応えはいかがですか?

STUTS:これまではサンプリングで作品を作ってきたんですけど、もし、サンプリングが出来なくなったらどうしようっていう不安があったんです。でも、自分で考えたコード進行をもとに曲を作ったり、サンプリングで作ったトラックをコード譜に起こして、アレンジしたうえでバンドに演奏してもらって、さらにその音源をサンプリングして曲を作れば、全然違う曲が出来ますし、自分の中でもこのアルバムが出来たことですごい可能性が広がりました。アルバム・リリース後のライブは、まだ具体的にどうなるとは言えないんですけど、バンドでのパフォーマンスも考えていますし、トラックメイカー兼MPCプレイヤーのその次の段階に向けて、さらに歩みを進めていけたらいいなって思っています。

STUTS 『Eutopia』
最高のインストゥルメンタルトラックと客演曲が音楽の楽園を具現化した2018年を代表する名作がここに誕生!

— 最後に前作『Pushin’』の時に制作してもらったDJミックス”A Day in the Summer Mix”に続いて、今回、新たに制作していただいたDJミックス”Dreaming of the Paradise Mix”について一言コメントをお願いいたします。

STUTS:今回のアルバム、『Eutopia』のストーリーの中にも散りばめられている「楽園に思いを馳せている感じ」をテーマにミックスを作りました。なんとなく、朝~昼、そして夜~夜明けという流れも意識したので、色んなシチュエーションにフィットするミックスになっていれば、うれしいです。