Vol.122 寺町知秀(幻の湖) – 人気DJのMIX音源を毎月配信!『Mastered Mix Archives』

by Nobuyuki Shigetake

MasteredがレコメンドするDJ、アーティストのインタビューとエクスクルーシヴ・ミックスを紹介する『Mastered Mix Archives』。今回ご紹介するのは、3月12日に話題のコンピレーションアルバム『幻の湖 - LAKE OF ILLUSIONS -』第3弾をリリースしたコンパイラー、プロデューサーの寺町知秀。
”サイケデリック/ポップ/チル/メロウ/フレッシュ”をキーワードとした独自のセレクションで一部のハードコア・リスナーの間で話題となっていたHMV立川店の名物コーナー”幻の湖”。現在はHMV本社にて洋楽バイヤーを担当する寺町知秀のキュレーションによって立ち上げられたミステリアスな音楽コーナーが、2017年にコンピレーションアルバム『幻の湖 -Lake Of Illusions-』へと発展。国内外の現行アーティストによる楽曲の連なりが描き出すイマジナティブなサウンドスケープは、昨今のバレアリック、アンビエント/ニューエイジ・リバイバルに共鳴しつつも、ジャンルにとらわれない自由な広がりが新しい音楽体験を生み出している。そして、“水”をテーマにした2020年の第2弾『続・幻の湖 -Lake Of Illusion Vol.2-』に続き、2021年の第3弾『新・幻の湖 -Lake Of Illusion Vol.3-』は、Mastered Mixにも登場しているBushmindYamaanind_frisInner Scienceら、13組の国内外アーティストが新録曲を提供。”ジャズ”をテーマに、穏やかな鎮静感や陶酔感が一貫して流れる素晴らしいコンピレーションとなっている。
今回は寺町知秀へのインタビューと彼が提供してくれたDJミックスを通じ、その水面がイメージを乱反射させる『幻の湖』の秘密に迫った。

Interview & Text : Yu Onoda | Photo:Takuya Murata | Edit:Nobuyuki Shigetake

※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)

「アンビエントや電子音楽と「ジャズ」の交錯点をテーマに、現行のアーティストが作った新しい曲で構成することで一つのアルバムとして成り立たせたかったんです」

— まず、寺町さんが手掛けているコンピレーションアルバムのシリーズ『幻の湖』を立ち上げたきっかけを教えてください。

寺町:もともと、『幻の湖』というのは、僕が勤務していたHMV立川店に作ったコーナーがきっかけなんですよ。かつて、タワーレコード渋谷店5Fのバイヤーだった松永(耕一 a.k.a. COMPUMA)さんが展開していた通称”松永コーナー”がコアな音楽ファンによく知られていたと思うんですけど、ご多分に漏れず、僕もその影響をすごい受けていて、それを自分なりに解釈したというか、自分でバイイングしたCDを並べた『幻の湖』というコーナーを立ち上げて。その後、自分は立川店から本社に移ったので、2015年から1年ちょっとの短い期間だったんですけど、そこでは現在進行形のチルアウトミュージックやアンビエント、ニューエイジから、そういう要素を含んだBUSHMINDのようなアーティストまで、幅広い視点で音楽を扱っていて。それが2017年からコンピレーションアルバムの制作へと発展していった感じですね。

『幻の湖 -Lake Of Illusions-』
2017年リリースのコンピレーション第1弾。「サイケデリック/ポップ/チル/メロウ/フレッシュ」をキーワードに、バレアリックやアンビエント、ニューエイジに収まりきらない国内外アーティストの楽曲をセレクト。その瑞々しいサウンドスケープと共に“チルアウト”の概念を鮮やかに更新している。

『続・幻の湖 -Lake Of Illusion Vol.2-』
2020年リリースのコンピレーション第2弾。“水”をテーマに、アシッドフォークバンド、ゑでぃまぁこんや海外で話題となっている電子音楽家の冥丁、サンプラーアーティストのBlahmuzkらのエクスクルーシブトラックを含む全15曲を通じ、様々な形態に変化する“水”のごとく、フリーフォームなチルアウトミュージックを提示している。

— 東京郊外のCDショップに忽然と表れ、忽然と消えた音楽コーナーが由来であると。

寺町:それ以前、2000年代にHVM渋谷店でバイヤーをやっていた時にも同じようなコーナーを作っていまして、当時は音響系、ポストロック系を扱っていたんですけど、立川店の『幻の湖』はその延長線上で作ったコーナーでもあるんです。

— ─COMPUMAさんしかり、渋谷系の仕掛け人と評されているHMV渋谷店の太田浩さんしかり、90年代は外資系CDショップの名物バイヤーによるコーナーが音楽シーンに少なからず影響を与えていた時代だったと思うんですけど、徐々に音楽ビジネスの在り方も変わっていった2000年以降、バイヤーの特色が打ち出されたコーナーは徐々に少なくなっていった印象があります。

寺町:2000年代はCDが売れていた時代だったので、コーナー展開はまだ自由にできていたんですけど、それ以降、2015年辺りからバイヤーの個性が反映されたコーナー展開は確かに消えつつありますよね。

— そんな状況下で立ち上げた『幻の湖』コーナーは、その名前からして曖昧模糊としていますよね。

寺町:大きく捉えたら、アンビエントミュージックとカテゴライズできるような気もするんですけど、自分はそういう音楽に精通しているわけではなくて、もっと感覚的なもの。なおかつ、現行のアーティストを今の空気感に溶けるように提示することを第一に考えていたので、ジャンルでカテゴライズはできないなって。だから、コーナー名は内容が謎めいている80年代のカルト映画『幻の湖』から取りました

— カテゴライズしにくい音楽に謎めいたコーナー名。商売として考えると、自らハードルを上げている気がしなくもないですけど(笑)、カテゴライズできないところにこそ未知なる音楽の面白さがありますからね。

寺町:「あの『幻の湖』から?」っておっしゃってくださる方もいるんですけど、はっきり言うと、当時、お客さんからの支持は薄かったですよ(笑)。でも、その時の立川店は面白いバイヤーが集まっていて、HMVのなかでは一番尖っていたというか、当時は『幻の湖』以外にも、ヒップホップに力を入れていて、MASS-HOLEのアルバム『PAReDE』が出た時、その展開情報を店のtwitterアカウントでツイートしたら、それを見て、WDsoundsオーナーのMercyさんとDJ Highschoolが郊外の店までわざわざ足を運んでくれて、熱いなって思いましたね。

— 2017年にインディーレーベル/ディストリビューターのInpartmentからリリースし『幻の湖 -Lake Of Illusions-』はHMVの社内企画盤として制作したコンピレーションアルバムになるんですよね?

寺町:そうです。“サイケデリック/ポップ/チル/メロウ/フレッシュ”をコンセプトに、メロウな旋律を意識しつつ、『幻の湖』コーナーでセレクトしてきたアーティストを中心にセレクトしたんですけど、Hakobuneさんには書き下ろし楽曲を提供してもらったり、『環境音楽』のコンパイラーでもあるSpencer Dolanのユニット、Visible CloaksやMusic From Memoryから再発されたSuso Saiz、Melody As TruthからリリースされたSuzanne Kraftの楽曲なんかを収録しています。ここ数年、Light In The AtticやRVNGといったレーベルから再発ものがリリースされたり、海外でアンビエントミュージックとかニューエイジ、環境音楽のリヴァイヴァルの機運があるなかで、そういう動きを視野に入れつつも、その後の『幻の湖』はよりパーソナルな方向に向かっていってる感じですね。

— そして、2020年にリリースした第2弾のテーマは”水”なんですよね?

寺町:はい。2作目は、ゑでぃまぁこんやBlahmuzikをはじめ、新録曲を5曲収録しているんですけど、それぞれのアーティストに作品のイメージを伝える時にテーマがあった方がいいのかなって。だから、第2弾は”水”、そして、第3弾の最新作は”ジャズ”をテーマにしたんです。

— そして、第1弾から新録曲が増えていって、寺町さんが自主制作でリリースした第3弾の最新作は「ジャズ」をテーマに、オール新録曲の作品に発展していった、と。

寺町:そうですね。今回、「ジャズ」をテーマにしたのは、前作を制作した時、LAで音響ジャズをやってるSam Wilkesの「Descending」という曲を作品のキー曲として考えていたんですけど、タイミングが合わず、その曲を収録できなかったんですね。だから、次の第3弾ではその曲を入れようとも考えたんですけど、時間が経って考えた時、それをそのままやってもフレッシュじゃないなって。だから、アンビエントや電子音楽と「ジャズ」の交錯点をテーマに、新たに曲を作ってもらう方が面白いかなって。だから、アーティストの方々に楽曲制作をお願いする時にはSam Wilkesのことも伝えたんですけど、「僕も好きなんですよ」って言ってくださる方が多かったんですよね。新録のコンピレーションアルバムって、作品としての統一感を出すのが難しいだろうなと思っていたんですけど、アーティストの皆さんとやり取りするなかで、上手くイメージが共有できたのか、自分の思い通りの作品になりましたね。

— ジャズミュージシャンのSam Wilkesしかり、非アンビエント・アーティストによるアンビエントというところも各曲に共通する感覚なのかなって。

寺町:そうですね。あと、今回の制作においては、1曲目に収録したBUSHMINDが重要な鍵を担っていて。彼とたまたま食事に行く機会があった時に楽曲制作をお願いしたところから制作を始めて、2曲目のYAMAAN、3曲目のind_frisを薦めてくれたのも、マスタリング・エンジニアの得能(直也)さんを紹介してくれたのもBUSHMINDなんですよ。今回、新録アルバムの制作が初めてだったので、マスタリングの重要性がそこまで意識できていなかったんですけど、得能さんのマスタリングによって、世界観がさらに上手くまとまったと思いますし、BUSHMINDはそれ以外にもお薦めの音源を送ってくれたり、影のディレクターとして多大なインスピレーションを与えてくれて。さらに、これまで参加してくれたHakobuneさんやInner Science、Blahmuzik、最初のコンピレーションを出した時にコメントを寄せてくれた嶺川貴子さんやSKYFISHの別名義であるUncle Fishだったり、直接オファーした13組のアーティストの方々から新録曲を提供していただけたことで、手前味噌ながらいいものが出来たなって。

— シンガーソングライターの平野太一さん、マージナルなジャズ・フィールドで活動されているマルチ・プレイヤーの武田吉晴さんの楽曲もいい味出してますよね。

寺町:2作目から参加してくれているBlahmuzikと今回の平野さんは、下高井戸のレコードショップ、TRASMUNDOの浜崎(伸二)さんの推薦なんですよ。「太一って、今の時代のジェフ・バックリーみたいな感じじゃない?」って。彼のライブはこれまで何度か見ていて、確かにアシッドフォーク的というか、チルアウト的な歌声なんですよね。だから、浜崎さんが後押ししてくれたことで、声をかけたんです。武田さんも2018年にリリースしたアルバム『ASPIRATION』が素晴らしくて、ジャズのようにも聴けるし、アンビエント、ニューエイジとしても聴けるじゃないですか。だから、今回の作品のテーマにぴったりだなって。

— そうしたアーティスト・セレクションの素晴らしさもさることながら、今はコンピレーションアルバムの意義が見出しにくい、プレイリストの時代だと思うんですけど、このコンピレーションは新録曲を一つの世界観にまとめあげることで、プレイリストでは出せない新鮮さ、斬新さがあるなって。

寺町:それはまさにおっしゃる通りで、既存の曲をセレクトしたプレイリストが当たり前の時代じゃないですか。だからこそ、今回のコンピレーションは現行のアーティストが作った新しい曲で構成することで一つのアルバムとして成り立たせたくて。並べ替えては聴いてという作業を200回、300回くらいやったこともあって、いい流れが出来たんじゃないかなって。

— さらに言うと、このアルバムはデータでは販売していないんですよね?そこは寺町さんがHMVに勤務されていることとも関係していると思うんですけど、CDというメディアについてはいかがですか?

寺町:今はCDが邪険に扱われている時代なんですけど、自分としてはCDにはCDの良さがあると思っていて。予算があるなら、アナログも作りたいと思っているんですけど、収録時間が70分を越えた作品だったりするので、アナログだと2枚組のサイズになるんですよね。そうなると、一続きの流れはアナログでは再現出来なかったりするし、『幻の湖』のアートワークは全てnoiseくんにお願いしているんですけど、彼とは何度もやり取りして、手に取れるアートピースとしてのCDにはこだわりましたね。

— そうした全てが『幻の湖』というミステリアスなイメージのもとに、こうしてまとめられると想像力が掻き立てられるというか、そこにこの作品の魅力があると思うんですよ。昨今のアンビエント、ニューエイジ・リヴァイヴァルは、シティポップの盛り上がりと一緒で、ものすごい勢いで消費されているじゃないですか。でも、本来、ニューエイジというのは物質主義のカウンターとして生まれた音楽だったりするわけで、『幻の湖』の魅力的な曖昧さや不可解さは消費に抗っているようでもあるし、リイシューはリイシューとして、現行の音楽を紹介するこういう作品こそ、海外で広がって欲しいなと個人的には思います。

寺町:今回の作品は、Rachael DaddやKin Leonnといった海外のアーティストも一部参加しているんですけど、国内のアーティストがこれだけ素晴らしい楽曲を提供してくれたので、海外にも届けたいですよね。だから、今後、動いていきたいなと考えています。

— それこそ、Music From MemoryやRVNG、Growing Bin辺りのレーベルからリリースされても違和感ない作品なんじゃないかなって。

寺町:そうそう。今年1月にMusic From Memoryから出た『平成の音:Japanese Left-field Pop From The CD Age(1989-1996)』は最高でしたもんね。世界で聞かれるべき日本の音楽はまだまだ沢山あると思いますし、日々生まれているので、『幻の湖』もこの先続けていけたらいいなって。

『新・幻の湖 – LAKE OF ILLUSIONS Vol.3 -』

発売中
品番:MBNM001
価格:2,500円(税込)
Released by 幻の湖

■収録曲

01. Stellar Blue / Bushmind
02. 空中林 / Yamaan
03. Texture Of Green Pond / ind_fris
04. The Way Out / Hakobune
05. Mirror / Rachael Dadd & Ichi
06. Hourglass In The Dunes / Takako Minekawa
07. Love Letter 3 / Kin Leonn
08. Stella By Starlight / Yoshiharu Takeda
09. Elements / Ytamo
10. 雨の匂い / Blahmuzik
11. Woven Ambient / Inner Science
12. Plantation / Uncle Fish
13. Free Bird / Taichi Hirano

https://www.hmv.co.jp/news/article/2103031050/