2011年秋のブランド大特集 VOL.05:『DIGAWEL』

by Mastered編集部

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注目ブランドの新作アイテムとデザイナーへの長文インタビューを全5回、5週連続でお届けするこちらの企画。ラストとなる第5回目にご登場いただくのは、当Clusterユーザーからも絶大な支持を受ける『ディガウェル(DIGAWEL)』です。
毎シーズン、独自の哲学により、ユニークなテーマを設定している同ブランドですが、今回のテーマは全世界で驚異的な売上部数を記録したリチャード・バック(Richard Bach)の小説「かもめのジョナサン(原題:Jonathan Livingston Seagull)」の主人公である“Jonathan Livingston”。
これまで国内メディアにはほとんど登場することの無かったデザイナー西村浩平氏の貴重なインタビューと、注目の新作コレクションをたっぷりとお楽しみください。

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写真:鳥居 洋介

僕は基本的に洋服を作る人間で、洋服の力を信じています。

— 今回のコレクションはリチャード・バックの小説「かもめのジョナサン」の主人公である“Jonathan Livingston”がテーマとなっていますが、これはどういった経緯で決まったのでしょうか?

リチャード・バックの小説「かもめのジョナサン」

西村:基本的に僕はいつもモノを作るときに、テーマを決めてから絵を描いていくというスタンスをあまりとらないんです。大体最初に10型から20型、まとめて絵を描いて、ファーストサンプルがあがって来るくらいのタイミングで、それを見て「僕はこんな事が言いたかったんだ」と認識する。要はモノを見てから、判断するんですよね。
でも、今回は初めて先にテーマがありきというか、なんて言うんだろうな…簡単な言葉で言ってしまえば、組織と個人の関係性とか、個として生きていく個人の強さ、みたいなものを表現したいという想いが、絵を描くよりも先にありました。以前(2009年秋冬シーズン)に“14”というテーマでコレクションをやったことがあるんですが、その続きにあたるものを今回はやりたかったんです。それでまぁ、14歳といえば、「かもめのジョナサン」だろうということで(笑)。
厳密に言えば、「かもめのジョナサン」ではなく“Jonathan Livingston”というのが正式なテーマタイトルなんですが、何故そのテーマタイトルなのかというと、僕は「かもめのジョナサン」の全パートではなく、パート1の部分のみをテーマにしたかったんです。「かもめのジョナサン」ってパート2、パート3と話が進むに連れて、どんどん精神世界に入り込んでいくじゃないですか。そういう部分は僕の中でどうでも良くて。

— そこに至るまでのJonathan Livingstonが孤立していく流れを描きたかったと

西村:そうそう。もっと言ってしまえば、「食うために飛ぶのか、飛ぶために食うのか?」という1節を含んだ、2行あたりだけを表現したかったのかもしれないです。組織とか安定という概念をもう一度考え直したかった。「本当の安定って何なのか?」ということを考えたときに、僕は世の中で“安定”と言われているものとは別に、例えばお金が無くても自分の好きなことをして自由に生きるだとか、そういった形の安定もあるんじゃないかなと思って。

— ディガウェルは祐天寺に店舗を2つ持っていて、媒体への露出も少ないということで“個人と組織”、“かもめのジョナサン”という言葉だけを拾うと、もしかしてアパレル業界の中での自分たちの存在を表現しているのかな、とも思ったのですが

西村 浩平
2006年、ブランド立ち上げとともに駒沢通りにショップ『DIGAWEL』をスタート。2010年3月には既存のショップから徒歩10分、住宅街の中にアトリエ兼ショップとなる2店舗目をオープンした。

西村:ある意味では、それも含んでいるのかもしれないですね。僕は基本的に洋服を作る人間で、洋服の力を信じています。うちのお店ってMD(マーチャンダイジング)という発想が無いんですよ。悪い言い方をすると、ただ僕がやりたいことをやって、それをお店に並べている。なので、ディガウェルの服を皆さんにきっちりと伝えるためには、元々人が居るところに洋服を置くのではなくて、洋服があるから人が集まって来てくれるような、そういうお店にしなければならないなと思っていて。まぁ、要はヘソ曲がりなんでしょうね(笑)。
でもおっしゃる通りで、今のアパレル業界というモノに対して、「なんだか訳が分からないなぁ」という気持ちはあります。

— なるほど。ところで、今回はイメージブックも製作されたんですよね。

西村:さっきお話した“14”の時にも作ったんですが、これが2回目かな。媒体への露出を控えるということは反面、自分たちできちんと伝えていく責任も負うことになるので、今シーズンからはずっと作っていこうかなと思っています。でもすごく楽しかったですね、自分達で本を作るのは。

— 実際にアイテムを制作する際は、「こういうアイテムが作りたい」という具体的なイメージを持って進めていくのしょうか? それとも逆に「こういうスタイリングにしたいから、このアイテムを作ろう」という発想で?

西村:両方ですね。この店舗は“DIGAWEL”というラインを、もう1店舗では“digawel 4”というラインを扱っています。テーマを追いかけているのが“DIGAWEL”なんですが、僕も人間だから突然、「赤いセーターが欲しい!」とか「ストライプのシャツが欲しい!」って思うこともあるわけです。今まではそれを自分の中で押し殺してきたんですが、それはそれで健全ではないなと思いまして…(笑)。
なので、そういった瞬発的に生まれるモノに関しては“digawel 4”でやっています。

— 店舗に対する考え方も完全に分けていらっしゃるんですか?

西村:うん、そうですね。まぁ“DIGAWEL”の商品もたまにもう1店舗に置いているけど、基本的には違う考え方でやっています。

— どうやって使うのか分からないようなモノも置いてありますよね。

西村:そうそう、僕も全然知らないで買ったんだけど、後々調べてみたら外人用の腿のサポーターだったりとか(笑)。

— そういうのもディガウェルらしさの1つなのかなと思います。洋服だけでは無く、いろいろな物を置くというのは意識的にやられているのでしょうか?

店内には無造作に積み上げられた古書が。

西村:そうですね、どちらかと言えば意識的かな。僕の中でお店というのはある種、エンターテインメントだと思う部分もあるので、自分がお客さんとして行った時に、楽しいと思えるお店にしたいんです。ただ洋服だけがずらっと並んでいても、面白くないじゃないですか。
というか、これもデザインの1つなのかもしれないですね。洋服を作ることだけがデザイナーの仕事では無いし、上代、デリバリー時期、そういういった全ての要素を僕はデザインの一部だと捉えています。なので意識無意識と言うよりは、一言でまとめると、全部がデザインなのかな。

— 今回のコレクションの中だと“ROCK”というプリントが入ったスウェットもすごくインパクトがあったのですが

西村:あれ、着るの恥ずかしいですよね? 僕もそう思います(笑)。
でも、すごく気に入っているアイテムの1つだし、ディガウェルとしては初めてのプリントのアイテムなんです。

— ロックというのが裏テーマになっているのでしょうか?

西村:うーん何て言うんだろうな…難しいけど、単純に僕はやっぱりロックンロールが好きだから、個として生きていくという部分でロックンロールは外せないかなと思って。特に今回は“14才”の気分だったので、Sonic Youthとかの青春系ロックというか、そういうイメージでしたね。

— 西村さん個人としてはどんなアーティストがお好きなんでしょうか?

THE CRO-MAGNONSのアルバム
「FIRE AGE」

西村:うーん、やっぱり1番はThe Whoですね。そういえば少し話は変わりますけど、THE CRO-MAGNONSのヒロト(同バンドのボーカルを務める甲本ヒロト)とマーシー(同じくギターを務める真島昌利)っているじゃないですか。僕、そんなにこれまで日本語ロックっていうジャンルを聴いて来なかったんだけど、今回聞いてみたら、ものすごく良かったんですよね…

(一同笑)

— そもそも、どうしてクロマニヨンズを聴こうと思ったんですか?

西村:テーマを決める時には全く意識してなかったんだけど、「十四才」って曲がTHE HIGH-LOWSにあるんですよ。それにも「かもめのジョナサン」が歌詞の中に出てくるんですが、あまりにも今回のコレクションと全てがリンクしたから、これを機にちゃんと聴いてみようと思って。
でも、やっぱりあれをやり続けるのはすごくカッコイイなと思ったし、あれこそ本物のロックンロール、ロックスターなんでしょうね。

— それ、すごく良い話ですね。

西村:そうでしょ? 僕もそう思うんですよ。すごく良かったんだよなぁー。だから今回のコレクションを作っている時はずっと聴いていました。
本当にバカに出来ないんですよ。最近の音源とか聴いてみると、もう現代アートに近いものがあって。歌詞の世界はいわゆるロックンロールアートみたいなところまで来ているんじゃないかな。

— ロックンロールとも関連する話題になりますが、ディガウェルは毎シーズンと言ってもいいほど、必ずライダースジャケットをリリースされていますよね。ディガウェルにとってのライダースジャケットというのはどういう存在なんでしょうか?

西村:ライダースはコーディネートとか、全体のルックとして捉えたときに、毎回ピースとして頭の中にあるんですよね。でも言われるまであまり考えたこと無かったな。「そんなに作ってきたかな?」と一瞬思ったけど、たしかにそうですね。

— “ロック”や“少年性”というキーワードは、エディ・スリマン(Hedi Slimane)の『ディオール オム(Dior Homme)』以降、すごくやり辛いテーマであったように思うんです。でも今回のディガウェルのコレクションは全くその影響を感じさせる部分が無かったし、頭ひとつ抜け出したような感覚があったのですが、そういった固定概念にハマらないようなデザインを意識的にされたのでしょうか?

西村:それはロックンロールに対する概念の問題であって、僕が考えるロックンロールや少年性って、一般的なものとは全然違うものだと思うんです。なので、特別何かを意識したということは無いですね。ただ、自分の思うロックンロールを表現すれば良いんじゃないかなと。
例えば、タキシードクロスのセンタープレスのパンツを一般的にはロックンロールとは捉えないだろうけど、僕の中ではそうなんです。でもたしかにおっしゃる通り、すごく扱いにくい題材の1つではありますね。

— 分かりやすい分、間違って伝わってしまう危うさも持ち合わせていますよね。

名曲“十四才”も収録された
THE HIGH-LOWSの
ベストアルバム「FLASH~BEST~」

西村:そうですね、だからこそスウェットに敢えて“ROCK”とか“8BEAT”って書いたのかもしれないです。あとはコレクションを作っている最中に地震があって、その前後で少し考え方が変わった部分もありましたね。

— それは具体的にどの辺りが変わったのでしょうか?

西村:うーん…正直、それを言葉でどう説明していいのかは分からないんですが、終わらない日常というものがその前の10年にあったとすれば、それが終わっていく可能性があるのが、これからの時代だと思うんです。だからこそ僕はやりたいことをやっていこうと思った。その中で皆さんと何か分け合える部分があれば、すごく良いなとは思っています。

— 少し話しを戻しますが、“少年性”というキーワードがさきほどのお話にもありました。ジャケット、ブルゾン、コートと改めてアイテムを振りかえってみると、通常より肩のラインが中に入っているように思えたのですが、その辺りは“少年らしさ”というのをイメージした結果なのでしょうか?

西村:そうですね、そういう部分は当然出てきますよね。どこかバランスがおかしいとか、なんかここだけ小さいとか、僕の洋服はそういう違和感みたいなものがすごく出やすいのかなと思います。でもとても細かいところだから、大抵の人は気づかないと思うんですけどね。

— ディガウェルのアイテムはシンプルなパーカー1つ取っても、何かしら違うところがありますよね。

ディガウェルのコート
68,250円
(ディガウェル)

西村:洋服が強い意志さえ持っていれば、後はどうにでもなると僕は考えていて、精神論にはなってしまうけど、結局、一生懸命やっているところはどんな時代が来ても残れるんじゃないかな。ただそれだけだと思うんです。ブランドがメディアに頼るとか、メディアがブランドに頼るという依存関係ではなくて、「君は君、僕は僕、接点があれば落ち合おうよ」というシンプルな考え方でいいような気がしますし、ディガウェルというブランド自体もそうありたいなと常々思っています。

— まさしく“個”対“個”の考え方ですね。今おっしゃっていたように、将来的にこういうブランドでありたいという理想像を教えて頂いてもよろしいですか?

西村:うーん…世界制覇、してみたいね…

(一同笑)

— 実際に海外にも商品を卸していらっしゃるんでしょうか?

西村:いえ、今はやっていないですね。海外の雑誌からオファーがあったりして、取材も受けているんだけど、実際に取引となると僕らの規模ではまだ難しくて。世界制覇したいというのは、僕も折角、モノを作っている立場に居るから、海外の人にも評価されたいんですよね。海外からどういう評価をされるのかという部分にも興味があるし。なので、のんびり自分の好きなモノを作り続けられたらいいなという気持ちも、もちろんあるけど、一方で、そういう野望もある。
僕たちはこういう形態でやっているから、外からだとこっそりやっているように見えるかもしれないけど、僕たち自身はそんな気持ちは全然無くて。変な話ですけど、来シーズンいきなりパリコレデビューってことがあっても面白いじゃないですか。僕が思うディガウェルらしさって、そういう部分のような気もするし。

— 今ランウェイのお話が出ましたが、ランウェイに対する興味はありますか?

西村:そこに意味があれば。例えばプレゼンテーションというものを考えたときにランウェイのほうが伝わるのであればそれも良いし、結局はどの選択肢をとるかじゃないですかね。でも、今はもしかしたらランウェイで見せる方が逆に伝わりやすいのかなという気はしています。何故かというと、今ってインターネットの影響もあって、お客さんが洋服のことをすごく知っているんですよ。それが良いか悪いかは分からないけど、昔は洋服のデザインも含めて、もっとざっくりしていたじゃないですか。
でも、今は細かく色々なところをみんながチェックしている。そういう考え方が、洋服をどんどんチマチマしたものにしてしまっているような気がしているんです。ディティールを積み重ねて作った洋服が、今はすごく多いじゃないですか。ディティールだらけというか。なんかそれはそれでつまらないですよね。もっとこうパーンとした感じというか、洋服ってそういう楽しさもありますから。それを再プレゼンテーションするにはランウェイのほうが向いているんじゃないかな。

— 最近、個人的に面白いと思うクリエイターはいらっしゃいますか?

西村:今の『セリーヌ(CELINE)』とかはすごくカッコイイですよね。この前初めて見たんだけどすごく良かったです。あとはいつも言うんだけど、『ポスタルコ(POSTALCO)』のモノ作りと考え方はすごく好きかな。

— 西村さんご自身が影響を受けたデザイナーやクリエイターはいらっしゃいますか?

西村:昔から変わらずには好きなのはディーター・ラムス(Dieter Rams)で、すごく影響も受けていると思います。僕は洋服の畑でずっと生きてきた人間ではないから、“影響を受けたデザイナー”というのはあまりいないんです。それよりもさっきも出てきたピート・タウンゼントとかの方が影響は強いのかもしれないですね。

— 今後さらに店舗を増やす計画はありますか?

西村:今は無いですね。いけるところまでクオリティを高めてみたいから、今はそっちに重点を置いてやっていきたいです。

— それでは最後の質問になりますが、Clusterの読者に向けて何かメッセージを頂いてもよろしいでしょうか。

西村:洋服って色々な意味があると思うんですけど、そういうのは抜きにしてもっと洋服を楽しんで欲しいかな。洋服がある種のステータスみたいになることを避けたいとディガウェルは思っているし、なんだかすごく深い話になってしまうけれど、個人のアイデンティティを洋服で表現するというのは、それはそれで間違っていると思うんです。そんなもので人間は表現できない。ただ、その洋服を着ることがキッカケにさえなればいいんです。だから、難しいことは考えずにとにかく洋服を楽しんで欲しいですね。

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