2011年秋のブランド大特集 VOL.02:『TAKAHIROMIYASHITATheSoloIst.』

by Mastered編集部

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先週よりスタートしたCluster編集部渾身の“2011年秋のブランド大特集”。新作アイテムの紹介と各ブランドのデザイナーに当編集部が気になる質問をぶつけた長文インタビューを全5回、5週連続でお届けするこちらの企画ですが、第1弾の『N.ハリウッド(N.HOOLYWOOD)』に続き、今週はデザイナー宮下貴裕氏が『ナンバーナイン(NUMBER(N)INE)』の解散後、2010年にスタートさせた『タカヒロミヤシタザソロイスト.(TAKAHIROMIYASHITATheSoloIst.)』にご登場いただきます。
通算4回目のコレクションとなる今回は、タカヒロミヤシタザソロイスト.の軸となる“モノを知り尽くした大人の為のリラックスウェア”というモノ創りの姿勢はそのままに、デザイナーが自ら袖を通し、フィット感・利便性・デザイン面といったあらゆる角度からクオリティを追求。新登場となったクラシックなフォーマルコレクション“カクテルシリーズ”や、“チョコレートブラウン”というキーカラー、新進気鋭のインディアンジュエリーアーティスト、コディ・サンダーソン(Cody Sanderson)とコラボレートしたジュエリーも大きなトピックとなっています。
それでは、宮下氏自らが語るタカヒロミヤシタザソロイスト.の今と、珠玉の最新コレクションをとくとご覧あれ。

→VOL.01:『N.HOOLYWOOD』はこちらから
→VOL.03:『ts(s)』はこちらから
→VOL.04:『nonnative』 はこちらから
→VOL.05:『DIGAWEL』はこちらから

「自分ですべてを見渡せる風景が作りたかったというか。見たことのある風景で良いんです。」

— まずは今シーズンのテーマについてお伺いします。今回のコレクションでは、チョコレートブラウンがキーワードのひとつになっているそうですが、このカラーのチョイスについて、何か特別な理由はあったのでしょうか?

宮下貴裕
1973年生まれ。東京都出身。
老舗セレクトショップ「ネペンテス」にて企画、プレスを務めた後、1996年に『NUMBER(N)INE』を設立。以降東京、パリで数々の作品を発表し、世界中に多くのフォロワーを生む。2009年秋冬シーズンを最後に同ブランドを解散。2010年5月より満を持して新ブランド『TAKAHIROMIYASHITATheSoloIst.』をスタートさせ、シーズンにとらわれない独自のコレクションを展開している。

宮下:まずグレーという色があったんです。グレーはこの数年で東京を象徴する色というか、コンサバティブなイメージになっただろうし、むしろもうちょっと、ニュートラルなところに存在する色に変わったと思うんですよね。
そのグレーに合わせる色、ということを考えた時に、ちょっと言い方は悪いかもしれないですが、僕の中で邪魔な存在なのが黒。黒は黒でいいんだけれど、自然の持つ色がいいなと思って。自然の黒というのは、人間が見えるもののなかに、基本的に存在しないじゃないですか。
それで、要はグレーと仲良くしてくれるような色というのを探した結果、ブラウンのなかでもチョコレートブラウンに行き着きました。チョコレートブラウンって多分洋服の歴史上、そんなに売れたりとか、トレンドになった色でも無いと思うんですよね。そんなところにも惹かれたりして。
なので、完全にグレーから組み立てはじめたんですが、チョコレートブラウンを使うことによって、なんとなく普通の黒を入れることもできたし、結果チョコレートブラウンという色が“ニュー・ブラック”になり得るのではないかと、その時はそう思っていました。

— では、今回のコレクションはまず色ありき、だったと?

宮下:そうですね。あとはいつもの作業というか。必要なものを足して、必要じゃないものを削って、という感じです。

— 今回タカヒロミヤシタザソロイスト.としてははじめて、ルックブックを制作されたということですが、こちらはどのような経緯で?

宮下:色々なところからのリクエストで(笑)。自らやろうと思ったわけではないのですが、結果的に作って良かったと思っています。当たり前のことを当たり前にやっていなかったので。そういうことをやるのも良いかなと、勉強になりました。

— 今後も継続してスタイリングでの提案は行っていくのでしょうか?

宮下:どういう形になるかはわからないですけど、ルックブックというものは確実に作ろうと。それもひとつの見せ方だと思うので。
今回はあえてごく普通の写真で普通に仕上げたんですけれど、次回以降も同じかたちになるかというと、それはまだ分からないですね。結果的に同じかもしれませんけど。

— ランウェイショーという形での表現に現在興味は無いのでしょうか?

宮下:興味が無いわけではないですが、意味のあることでないと。自分の欲求を満たすためだけでなく、どこになにを伝達すべきか、という目的が無いのであればやる意味を感じないですね。もちろん自分にとっては、という話で、今ランウェイショーをやっている人達にとっては、意味があることだと思います。

— ルックブックといえば、今回足元がタカヒロミヤシタザソロイスト.の靴ではありませんが、これにはなにか理由があるのでしょうか?

タカヒロミヤシタザソロイスト.としては
初のルックブック。
足元はホワイトのスニーカーで統一。

宮下:靴は震災の影響でルックの撮影に間に合わなくて。次は間に合うと思います。

— 震災以降、ご自身のクリエーションに対して何か影響があったということはありますか? モチベーション的な部分も含めて。

宮下:ありますね。そのあたりについては、次のコレクションを見ていただければ。

— コディ・サンダーソンとコラボレートしたジュエリーは今シーズンの大きなトピックだと思うのですが、これはどういった経緯で生まれたものなのでしょうか?

宮下:たまたま僕がニューヨークで彼のジュエリーを見つけて、感銘を受けたのがきっかけですね。それから連絡を取って、その半年後ぐらいに実際サンタフェまで会いに行き、そこでいろいろ話ながら決まった感じです。一方的な僕からのラブコールで。
自分で何かを考えてそれを実際自分で作って、というのも良いんですが、今は「餅は餅屋」じゃないですが、得意な人に得意なことをやってもらう方がいいんじゃないかと思っていて。結果的にそれは僕の欲しているものなので、自然なことだと思います。

— ハットを『クール(coeur)』の木島さんが製作していたり、『オリバーピープルズ(Oliver Peoples)』とコラボレートしているのも、その延長線上にあることなのでしょうか?

宮下:そうですね。職人さんとしての技術がどうしても必要なので。こういう職人さん達がいることで、はじめて僕が考えていることを形にすることができるんです。もちろん職人さんというのは、いつも縫製をお願いしている工場の方であったり、僕の洋服を作るために関わってくれている、すべての方のこと。

— 生産はすべて日本で行っていらっしゃるんですよね?

宮下:今は残念ながらそうですね。ただ僕は“Made in Japan”ということに対して今は余計にこだわっていないというか、どこか作れるところがあれば、国はどこでも構わないと思います。日本人だけだと思うんですよね、“Made in Japan”であることを必要以上にありがたがる人種って。僕はどこで誰が作っていても、できあがったモノを気に入ってくれるお客さんがいればそれでいいと思います。

— 以前から「ソロイストはすごくプライベートな服」というお話をされていらっしゃいますが、今回のコレクションのなかで、具体的に私生活のこういう部分からインスピレーションを得た、という部分はあるのでしょうか?

宮下:いえ、いつもどおりの僕が好きな色があって…いつもどおりです。ただ、やっぱりどこかピントがあっていないというか、どこか音域が少し外れていたりっていう部分に関しては、今回が一番かもしれません。半音どころか、一音ぐらいは外れていると思います。いつも歪みとかひずみとか、予定調和ではない、不協和音的なところに持っていかないと後々自分が気に入らなくなってしまうし、お客さんにも伝わらないと思うんですよね。自分がずっと自信の無いままで続いて行く方が、最後は自信というか、確信に変わるので。プライベートと英語で言うと難しいですけど、とにかくすべてをさらけ出している感じです。

— これまでにも散々答えてきたことだとは思うのですが、タカヒロミヤシタザソロイスト.をはじめた理由や経緯について改めてお聞かせいただけますか?

宮下:単純に小さなマニファクチュアリングというか、小さなアプローチの仕方というか、そういうことがよりパーソナルなものであって…ということがやりたかったんですよね。自分ですべてを見渡せる風景が作りたかったというか。見たことのある風景で良いんです。

— “見たことのある風景”を掘り下げていく作業になるのでしょうか?

宮下:いや、その辺僕はわりといい加減なので。全然掘り下げたりっていうのも無く、なんとなく「今はこういう感じだと思うけどな」という根拠の無い自信をもとにすべて勝手にやっているだけです。色々なものを見て、それをアウトプットする、という作業はもう終わってしまったので。

— いわゆる“シーズン”という概念にとらわれないコレクション発表というのもタカヒロミヤシタザソロイスト.の特徴だと思います。

宮下:冬でも綿のものしか着ない人もいるだろうし、夏にネルシャツを着ていてもおかしくないし、春に毛皮がどうしても着たいっていうなら作ればいいと思うし、勝手に春夏、秋冬って言えばいいだけのことであって、あまり気にしてはいないですね。多少は気にしたりもしますけど、さっきの半音ずらしたりとかっていう話ではないですが、ちょっとピントの合っていない感じがポイントなんだと思うんです。「え、これって春夏ものなの?」っていう重さだったり、逆に「これって秋冬ものなの?」っていう軽さだったり。それが春と秋のあいだの季節のものだったり、その逆であったり。だから、何かと何かのあいだに落ちていればいい服なんだと思います。「冬!」とも言わないですし、「夏!」とも言いたくない。言うのであれば「春…春みたい?」とか、「秋…秋みたい?」っていう感じで(笑)。
ただ、最初はもうちょっとコンパクトに、もっと勢いよく展示会をやっていこうと思っていたんですが、震災の影響だったり、今はそれが現実的にちょっと難しくなっていますね。

— 今も世界の市場というものは常に意識してらっしゃるんでしょうか?

宮下:最近、ここ何ヶ月かめっきりその気持ちがゼロになってしまったんですよ。意味があること…まぁ無意味なことから意味のあることに変わることがあるのは分かっているんですが、意味のあることを当たり前にやってから考えようかな、みたいな。
何かを創りあげていくときは、最低でも3年ぐらい先のことを見ていないと、今何をするべきか分からないじゃないですか。世界に、と考えるのであれば、3年後はどこに到達しているべきなのか、とか。でも今は、その3年先を見つつも、1年半ぐらい先のことを考えて今のモノ創り、っていう考えの方がより楽なんです。

— でも実際のところ、いまでも海外からの引き合いは多いですよね?

宮下:ある程度はやっています。基本的には大きなところです。納期の問題とか、なかなか難しいんですよね、なかなか…。言い訳じゃないですが、洋服ひとつ縫うのに、普通の3倍4倍5倍どころじゃない時間がかかっているというのと、そもそも縫える人が少ないんです。
あと、通常B品の発生率っていうのは、納品されたうちのせいぜい3〜5%程度だと思うんですが、うちの場合は10%を越えますから。1工程忘れてしまうと、全部生地を取り替えなければいけなかったりとか。

— 最近ファッション以外のことでなにか興味のあることはありますか?

1978年のテレンス・マリック監督作品
「天国の日々」

宮下:なんだろうな、テレンス・マリック(Terrence Malick)の映画とか、ジョン・レノン(John Lennon)とか。あと、また最近ちょっとバンドをはじめたり、写真だったり。まぁ、全部ちょいちょいです。

— 音楽は新しいものも聴かれているのでしょうか?

宮下:まったく聴いていないですね。今はほとんどジョン・レノンしか聴いてません。

— 最近宮下さんがおもしろいと思う、若手のクリエイターはいらっしゃいますか?

宮下:教えてください、逆に(笑)。でも、アレキサンダー・ワン(Alexander Wang)は、ちょっとおもしろいですね。ニューヨークって、栄華を誇った80年代の流れがいまだに残ってる街だと思うんですけど、そこに彼が存在しているということはとてつもなくフィットしているし、誰のショーよりも素晴らしかったです。
雰囲気で分かるじゃないですか。「この人、今すごくエナジーがあるな」とか。ああいう風に、自分が育った街でそこの空気を吸って吐き出す、という意味では彼が良いのかな、と。

— そういう部分では、宮下さんも東京出身のクリエイターとして「東京的」と言われるようなことも少なくないと思いますが、ご自身はどう感じられるんでしょうか?

ジョン・レノンのベスト盤
「Lennon Legend: The Very Best Of John Lennon」

宮下:そうなんですよね。そこなんですよ。アレキサンダー・ワンなんかはフィットしてていいなと思うんですよね。ただ、東京でやってる人は「東京っぽい」とか「東京の何々」ってとかく言われがちなんですけど、それにビタッとハマってる人っていない。東京って、カルチャーが無いようで、実は多すぎて。なので、それをかいつまんでまとめることは出来ないと思うんですよ。だから、ストリートカルチャーで育って、という人がいきなりテーラーリングをやっても、とんだお門違いだったりとか。自分の目線でちゃんとやっている人は正しいと思うんですけど、それが東京のモノか、と言われたら分からないですよね。本当に「東京のモノ」という解釈はたくさんありすぎて。

正直、東京の若い人と言われてもあまり分からないんですが、なんか保守的ですよね、みんな。それか、わけの分からない方向に飛んじゃってて、「なんじゃそりゃ」みたいなものだったり。でも、それもまた“ニュー・トーキョー”なんですかね。基本はサンプリングの国じゃないですか。だから、新しいサンプリングの手法はいっぱい生まれてくるけど、それが新しいスタンダードだとか、新しいカルチャーに変わるとは僕は思わない。ひとつのとてつもなく大きな力があって、それに追いついてくる人たちの数が多いような人じゃないと、それは出来ないんですよ。

— 年齢関係なく、宮下さんが「この人は」と思うクリエイターはどんな方でしょうか?

宮下:自分の古巣でもある、ネペンテスの清水さんや(エンジニアド ガーメンツの)鈴木大器さんはもちろんなんですが、あとはハリウッドランチマーケットのノブ吉光さんだとか、クールの木島さんだとか、ソニア(・パーク)さんだとか、まぁしょっちゅう一緒にいるような人達ですね。身近にいる人たちの方が、僕は特別に見えてしまうというか。自分の身を、一段低層に置いておきたいんですよね。そうじゃないと上を眺めることができないじゃないですか。上から下を眺めるのって、あんまり気分が良くないことなので。だから、いつも死ぬまで後輩でいられたら楽だなって思います。

— 一方で、宮下さんに影響を受けたり、憧れを抱いているという若い人は多いと思います。そういった層が自分で洋服を作るようになり、ともすれば宮下さんの物真似のようになってしまっているケースも少なからずあると思うのですが、そういったことに対してどうお考えでしょうか?

宮下:でもそれは僕にも責任があると思うんですよ。そういうところからまだ脱出させてあげられていないってことだろうから。
みんなそういう、先に走っている人達を参考にするところからはじまって、徐々に自分のスタイルだったりを見つけるわけじゃないですか。そういう意味で良い教科書になれるのであれば、教科書にしてくれている人がいるのであれば、それはそれで良いと思います。
ただ、身近に居る人間に近いことをされるとイラッとはきますけどね。真似にもなっていないようなのを見ると、もうちょっと自分で考えればいいのになぁ、って…。

— 東京には10年前と比較すると洋服屋がかなり増えたと思うんですが…

宮下:増えすぎですよね。

— その増えすぎた状況というのは、宮下さんの目にどのように映っていますか?

宮下:外から見る分にはおもしろいんでしょうけど、最近はちょっとどうなのかな…と思う時もありますね。これだけ増えるとチョイスができないと思うんですよ。個性のない個性みたいなもの…右向けば右向く服っていうのをずらっと並べられても、そこになにかを見いだすことができる人っていうのは天才的な人、いわゆる目利きじゃないですか。僕には全部同じに見えてしまうことがあるんですよね。だから逆に、「じゃあこれぐらいにしておいた方がいいのかな」と自分で思ったり。
みんなが洋服をデザインして作ることのできる環境ができている今の東京っていうのは、すごく良いとは思うんです。ただその反面、やっていいことと悪いことがあるし、やっていい人と悪い人がいるでしょ。まぁでも、僕には関係無いかなとは思います。僕がやめろと言ったところで、人ってそういうことを言われると余計にやりたくなったりするものじゃないですか。なので、あまり言わないようにしています。

— 現在のファッションを語る上で、いわゆるファストファッションというものを欠かすことはできない存在かと思います。タカヒロミヤシタザソロイスト.の服というのはクラフトマンシップありきの服創りであったり、そういったところと対極にあるものだと思うのですが、仮に『H&M』などから宮下さんにカプセルコレクションのオファーが来た場合、どうされますか?

宮下:多分、100%受けますよ。僕、ファストファッション好きですよ。最初からまったく否定してません。普通にお店ができた時も見に行きましたから。
僕の服とは対極にあってむしろ近い存在という気もするので。すごくどん欲だと思うんですよね。なんとなく良いなと思ったどこかのコレクションのものを、画像を見ながらその場ですぐ作っちゃうわけじゃないですか。あれって、多分すごい労力を使うはずなんですよ。それで何日か後には店頭に並んでって、偉いじゃないですか、それ。クラフトマンシップという意味では、あの人達の方がよっぽどクラフトマンシップだと思いますよ。
プライベートなことをやっている僕とか、自分のためだけにやってるような人は、クラフトマンシップというよりはのんきな人(笑)。別に当たり前のことを当たり前にやるだけで、自分が特別だっていう意識もそんなに無いと思います。

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