いま食べるべきカレーは、世田谷にある。最注目4店の店主に聞いた、ちょっとディープなカレーのはなし

by Osamu Hashimoto and Yugo Shiokawa

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その4:三軒茶屋・SUNVALLEY HOTEL(サンバレーホテル) 店主 鈴木洋平さん・ひかるさん

その店は2016年に彗星の如く現れた。どこかのカレー屋で下積みをしたわけでもなければ、間借りや移動販売などを経たわけでもない2人がはじめたその“HOTEL”で提供されるフォトジェニックなビリヤニやミールスは、瞬く間にインスタグラムのフィードを埋めていく。HOTELとはインドでいうところの食堂にあたる。

鈴木洋平さん(以下鈴木、敬称略)「飲食の経験が自分にはなかったし、常識もなかった。子供の頃から作ることは好きだったけど、お店をやろうと思ったことはなくて。でも、彼女と一緒にカレー作っている時に『あれ?そのへんの店よりも美味しくない?』となり、『だったらお店やってみれば?』って、言われるがままにはじめたんです。他にやることもなかったですしね」

飲食店に対する経験値がほぼゼロの、インドとインド料理が好きな鈴木さん夫妻が店を出すことになったきっかけは、こんな些細なやりとりから。オープンから1年と少しが経過した現在も、そのビリヤニやグランドメニューを食べにくる客足は、東京はもとより、地方からの訪問も含め落ち着くことはない。時に各方面からの少々なやっかみも含め、こんなに順風満帆なことはないように思えるのに、予約から情報発信まで彼らの現在の多くが詰まったTwitterアカウントをご存知なら、一度や二度、少々不安になるようなやり取りを目にしたことがあるのではないだろうか。時に攻撃的に、また、時には迷いもある。店舗の公式アカウントとして、こういった非ビジネス的ともいえる様子を見せるところは多くない。

鈴木「強気すぎるって、諌められたりしますよ(笑)。自分たちでもそう思います。でも、こうなってしまったのにはいろいろ経緯があって。僕らは何も知らない状態で店づくりをはじめたんですけど、物件には恵まれたものの、工事業者で大はずれを引いてしまった。すごく仲のいい友達に紹介してもらった業者だったんですけどね。結果的にはほぼ詐欺で、頼んだ工事の半分もやらずに何百万という開店資金を持ったままトンズラされたんです。
そこからは基礎の工事から自分たちでやっていったんですが、工事費用を支払ってしまったあとに日々5万円、10万円と飛んでいって。そのうえ素人工事だから全然進まなくて、本当に食うものも食えないところまでいったんですよ。最後には食材費数十万のところで、プレオープンにこぎ着けた。そんな経験のなかから『自分たちの邪魔をするものは倒していかないとダメなんだ』という、マッチョな哲学ができあがってしまったんですね(笑)。店を出すことが決まってからは、敵が本当に次々出てくるんで、売られた喧嘩にはそれ相応に返していかないといくらでもやられちゃうし、搾り取られるということを肌で感じた結果です」

SUNVALLEY HOTEL昼の顔、ビリヤニ。写真のマトンビリヤニやチキンビリヤニに加え、時折ケララフィッシュビリヤニも供される。
ビリヤニは昼のみのメニューなのでご注意を。

ビギナー故の洗礼を受けたことで、今のスタイルが築かれたというのはなんともいたたまれない話だが、それとは別になんの下積みもなく店をスタートすることに不安はなかったのだろうか?インド未訪問の人間がこんなことを言うのは説得力に欠けるが、それでも言いたくなるほど、SUNVALLEY HOTELはインドだ。インド料理という、ずいぶん市民権を得たといえど、日本の飲食において決してメインストリームではないそのジャンルのなかで、ほとんどのローカライズを排除している。

鈴木「店を出す前に錚々たるカレーマニアを家に招いて、僕らの作った料理を食べてもらうという試みを、月に2回くらいのペースで2年やったんですよ。彼らの多くは見ず知らずの人で、それはもう、本当の真剣勝負。その中で感触を掴んだというのもあるかもしれないですけど、不安はあまりなかったです」

ひかるさん(以下敬称略)「そもそも、そういうこと(自分たちの体験をそのまま提供する)がしてみたかったからお店を開いたんだもんね」

鈴木「ビリヤニもミールスも日本で食べて美味しいと思っていたけど、実際インドに行って食べてみるとそれとは違う次元での美味しいものがあった。それをとくに感じたのがビリヤニであり、ミールスだったんですよね。そういう風に感じたものを日本で出したい、というのがお店をはじめたきっかけですね」

昼夜で異なるメニュー構成に、月に1~2度程度のベジミールス/ノンベジターリー、それに加え不定期の限定メニューといったイレギュラーなスタイルにSNSのみでの情報提供/連絡交換。ベジミールスなど一部メニューを除き、予約はとらず店先に用意された記帳シートへの記帳による入店の管理と、いわゆるこれまでの飲食の常識と異なったやり方は一見現代的にも感じるし、時に思わぬ誤解を招くこともあるが、このスタイルは2人のインドでの体験がベースになっている。

鈴木「ビリヤニに関して言えば、当たり前だけどインドでは食べる人口が圧倒的に多い。ミールスもビリヤニも専門店があって、それを一度に大量に作る。100人~150人分のビリヤニを50人で作る、みたいな。それこそアホみたいに大きい鍋を、トラックでセントラルキッチンからブワーッて湯気が出ている状態で運んできて、一斉にドバっとあけてすぐに配膳とか。そういう形態を現地で見て、こういう風にしないと美味しく提供できないんだ、そういう風に出すものなんだ、と。絞ってワンメニューでの売り切りは、向こうのスタイルのミニチュアなんです。今でもディナーの時間にビリヤニを求めてくる人はいるし、本当はできればいいと思うこともあるけど、その(インドでの)やり方を最初に見ちゃったから。もし僕らが日本のインドレストランで修行していれば、折衷ってことも考えられたかもしれないですけどね。最初にそういうのを見ちゃって、それを日本に持ってきたらどう考えても1メニューしかできなかった。
ミールスに関しても同じで、大量に作ってすぐに捌ける状態というのがインドの特徴のような気がします。大きな店でも、フレッシュなものが常に出てくる。日本だと作り置きが美味しく作れる人もいて、そういう人はリスペクトしているんですけど、僕らにはできなかった。インドのやり方しか見ていないからなんでしょうね」

夜は数種類のカレーが中心。左からこの日のスペシャルメニューのチキンチェティナード、マトンカレー、ベジクルマ。ロティも絶品。

料理から内装、調度品、はたまたサービス。ハードからソフトまで徹頭徹尾インドなのはこだわりでもあり、それしか知らない故。しかしその結果、店に足を運んだ多くの人が、“インド体験”を口にする。SUNVALLEY HOTELは料理を食べつつ、そのまままるっとインドを体験できる、魅惑の“HOTEL”。鈴木さんはインド料理の魅力について「日本人が食べ慣れた和食と180度異なる部分にある」と言うが、その言葉のとおり、中には彼らの作る料理が口に合わないこともあるはず。しかし、それも含めてのインド体験だろう。

鈴木「お客さんが料理を食べてどういう体験をしたか? というのは、案外伝わってくるんですよ。食べ終わった後に口数多く話してくれなくても。美味しかったというのも、わからなくてがっかりしたというのも伝わってくるんですけど、インド体験をしたというバイブスが伝わってくることがあるんです。『インドのものを食べた!ここはインドだ!』みたいな。僕らにそんな大層な仕事ができているとは思わないけど、少しでもそう感じてもらえたなら、それが一番うれしいですね。入り口の看板に“Strictly Indian Taste”って書いているんですけど、これはStrictly Rhythmという音楽レーベルが好きで、それが頭に残っていたのと、スラングでいう“マジで”に近い意味合いがしっくりきて使ったんですが、当初は”Indian Experience”にしようと思っていたくらい。肉のカレーにしても、北インドの料理なのにシャバシャバなのは何故かというと、インド人の家で半ば強制的に料理を一緒に作らされたことがあるんですけど、彼らはコックじゃないからリッチに仕上げる技はなくて、それでシャバシャバになるんです。玉ねぎの炒めもあまいし。でも、そのシャバシャバのマトンカレーがすごく美味いし、どこのインド料理屋でも食べたことのないものだった。ただのマトン汁にスパイスが入ったようなものなんですけどね(笑)。そんな体験をみんなにもして欲しい」

ひかる「まだまだ伝えられていないワイルドなインドがたくさんあって、そんな体験を少しでも提供出来たら幸せですね」

店舗情報

SUNVALLEY HOTEL
住所:東京都世田谷区上馬1-15-10 オリエント三軒茶屋ハウス1F
TEL:非公表
営業時間:ランチ12:00〜14:00/ディナー19:00〜22:30(L.O.21:30) ※フルミールスの日(月数回)は予約制。それ以外は予約不可
定休日:火曜日・水曜日・木曜日 ※臨時休業あり

電話やメール、SNSでの予約受付は行っておらず、店頭に用意された予約表に当日記帳する。
リアルタイムの空席情報を、専用Twitterアカウントで配信している。

ランチはビリヤニ、ターリーなどワンメニュー。不定期でミールスやスペシャルメニューも。
ディナーはビリヤニがなく、カレーが中心のグランドメニュー。こちらも不定期でスペシャルメニューあり。詳細はTwitterで確認を。
@SunvalleyHotel