いま食べるべきカレーは、西所沢にある。ロードサイドの人気店・Negombo33

by Osamu Hashimoto and Yugo Shiokawa

9月に公開し、好評を博した「世田谷カレー特集」。そのスピンオフ企画第2弾として紹介するのは、埼玉県所沢市のNegombo33だ。

都心から一般道を進むこと2時間弱。コンビニエンスストアやファミリーレストラン、ガソリンスタンドが不規則に並ぶ、いかにも典型的な郊外のロードサイドにNegombo33はひっそり現れる。ビニールテープで描かれた味わい深い「カレー」の文字以外、とくに目立つ看板も出ていないので、うっかり見逃してしまう人も少なくないだろう。

そんな控えめな佇まいながら、愛好家のなかでの知名度は全国区。カテゴライズしようのない、圧倒的なオリジナリティを備えながら、あくまで正しくカレーとして成立した一皿を求めて、遠方からも続々と客が訪れる名店だ。

しかし、スプーンを進めれば進めるほど、頭に浮かぶのは「なぜこの場所で…?」という疑問。地元ではないにも関わらず所沢という地を選んだ理由、そしてどうやってこのカレーに行き着いたのか。人柄の良さがにじみ出る店主、山田さんに話を伺った。

Interview & Text : Osamu Hashimoto | Photo : Takuya Murata | Edit : Yugo Shiokawa

プラスに作用した東京との距離

はじめてその店を訪れたのは、かれこれ5~6年前になる。所沢の少し西側、西武池袋線の西所沢駅から歩いて10分弱。所沢街道のロードサイドにある「Negombo33/山田珈琲豆焙煎所」は、開店からそれほど時間を経ていないその頃から、異彩を放っていた。店の看板メニューでもあるラムのキーマや野菜カレーは、味もビジュアルもそれまで食べたことのあるどんなカレーとも違っていて、その立地も手伝い、忘れがたい店となった。

山田さん(以下敬称略)「もともと営業職のサラリーマンをしていたんですが、それと平行して中央線沿線の物件あたりから探し出したんです。できれば借り入れなしではじめたくて、そんななかで今の所沢の物件に出会って。場所も場所だったので、冷やかし半分のつもりで見に行ったら、その時点でほとんど今の店の状態だったんです。これだったら内装費もかからないし、その上家賃も安いから、ここなら運転資金もたっぷり残してはじめられるな、と。失敗しても借金はないし、家族もないので、とりあえずやるかという感じで、気づいたら8年がたちました。
所沢は会社員時代に住んだことがあったんですが、あまり気になるようなお店もなかったので、その頃から『いい店をつくったらなんとかなるかもしれないな』と感じていたんです。いま振り返ってみれば、もし東京でお店をはじめていたら、ほかに良いお店も多いから、埋もれてしまったんじゃないかな。そういう意味でも、所沢でのんびりはじめて良かったと思います」

笑顔が素敵な、店主の山田さん。

パーソナリティの投影と、サラリーマン時代への反発

初訪問からずいぶん時間が経過してしまったが、2年ほど前の再訪時に、店主の山田さんと話す機会に恵まれた。学生時代にインド料理店でアルバイトすることからはじまり、サラリーマン時代には食べ歩きの方向へシフトしていったという山田さんのカレー人生には、勝手なシンパシーを覚えずにいられないが、Negombo 33を構成する要素は、店名やディティールなどにいたるまで、山田さんの好きなものだけが凝縮されている。カレーとコーヒー、猫から音楽まで。ここに含まれていないものは温泉くらいしかない。

山田「当初は千駄ヶ谷にあるHENDRIX CURRY BARのような、カレーとお酒、そして音楽を楽しめる店を目指していたんですが、お酒よりもコーヒーの方が好きになってしまったことをきっかけに、コーヒー豆屋を店の隣ではじめ、あらためて“カレーと珈琲の店”を目指しています。
店名は大阪のColumbia 8さんからインスパイアを受けて、地名+数字の組み合わせがかっこいいなと思ってつけた“インスパイア系”ですね(笑)。本当は会社員時代のインド出張で何度か訪問して思い入れのある“トリバンドラム(編注:インド南部ケーララ州の州都。ティルヴァナンタプラム)”にしようとしましたが、ちょっと店名にするには長すぎるので、そのころ飼っていた2匹の猫の名前、“ネゴンボ”と“コロンボ”からとりました。
ネゴンボはスリランカの地名なんですが、ちょうどスリランカ出張に行っていた時に、これから飼う猫の名前を考えていたんですよね。それでネゴンボに着いたとき、その響きが気に入って決めたんです。そのおかげで、スリランカカレーの店と思われてしまうのがつらいところですが、自業自得です(笑)。そして33という数字は、オープンした時の自分の年齢と、音楽が好きなのでレコードの回転数=33という意味合いもあります。
こうやって自分の好きなものを詰め込んだのは、会社員時代への反発かもしれません。会社に勤めていると多かれ少なかれ、自分のやりたくないことも出てくるじゃないですか。場合によってはやりたくないことしかなくなってしまって、最終的に心が折れてしまうなんてこともありますし。だから、自分で店をやるなら好きなことやものだけにしたかったんです。小さい店ですが、心が健康な状態で生活できていることは、とても良いことだと思えます」

音楽を愛する山田さんらしく、店内には真空管アンプが。

流行のカレーとは一線を画す独創性

そんなカレー好きによるカレー店であるNegombo33だが、インドカレーから欧風カレー、そして“おうちのカレー“までを愛した山田さんの作るカレーはといえば、冒頭にも書いたとおり唯一無二だ。インド料理かと聞かれれば、そうではないと言わざるを得ない。けれど、“◯◯風カレーライス”のように、“◯◯”の部分に当てはまる言葉も見つからない。それこそ妄想のインド料理や、独自の進化を遂げる関西のカレー事情のように多様化著しい現在においても、その独創性は際立っているが、山田さんは自身のカレーをこう分析する。

山田「自分は『カレーは好きなんだけど、ちゃんとカレーやインド料理を修行していないカレー屋』という、最近多いタイプのカレー屋のひとりで、店をはじめたあとに基礎が足りていないことに焦り、それなりに勉強しはじめました。そこに自分の好きなテイストを強引に押し出した部分が、結果的にオリジナリティになっているんだと思います。以前、とある北海道のラーメン屋さんが『自分たちが毎日食べられるラーメンでないとだめだよ』と言っているのを見てから、毎日自分が食べたいと思えるような美味しさを追及している部分もあります。
あと、自分が元々カレーを食べたり、いろんな店に行くことが好きだったこともあり、せっかくこんな遠くまできてくれたカレー好きの人たちに、来てよかったと思ってもらえるようなサービスや料理を目指していますね。うちはカウンターもボックス席もお客さんとの距離が近いので、リクエストをいただければ、できる事は可能なかぎりやってしまいます。結局1人のカレー好きが、多くのカレー好きのお客さんに育ててもらった幸せなカレー店なんです。社会人時代に、大切なことは会社や先輩などではなく、お客さんが教えてくれるという事を実感したので、そういう意味でもコミュニケーションは大切にしていますね。お客さんからおもしろい話を聞かせてもらいつつ、カレーで恩返しできるのが理想です」

取材当日のカレー。
上から時計回りに豆のカレー、酢でしめたサンマが乗ったフィッシュカレー、そしてNegombo33の代名詞とも言えるラムキーマカレー。

原動力は「感動の共有」

多くの店を食べ歩き、また、訪れる客の意見も汲む。そんな柔軟なスタンスで店を切り盛りする山田さんではあるが、カレー店を開く前にインド料理教室の名門、Studio Paisleyの門を叩き、開店後も含めると3年以上もインド料理を学んでいる。まだ自分でカレー店を出すことに自信や確信を持てなかった時、背中を強く押してくれたのもStudio Paisleyだそうだ。トラディショナルなインド料理もしっかり学びながら、ドメスティックな“カレーライス”も愛する山田さんは、「自分で作る理想のカレー」に対して、どのように折り合いをつけたのだろう?

山田「いいとこどりでいいような気がするんです。出汁やブイヨンをとるようなカレーもいいと思いますし、スパイスだけで作るカレーもいいと思います。『こうじゃないといけない』みたいなことはほとんど考えていなくて、今のところ自分は両方取り入れちゃっていますね。結果的に美味しかったらそれでいい。でもそれは、最初のクラスで受けた衝撃から開店後の基礎力までを学ばせてくれたStudio Paisleyでの正統なインド料理体験があるからこそ、今そう思えるのかもしれないです。
そういうことを経て、今はとにかく良い素材を使うことに注力しています。良い素材が見つかったら、その時点でもう半分くらい完成したようなものなんです。そして、それをスパイスでさらに美味しくすることができたらいいですよね。新しいカレーを作っている途中に『こんなに美味しいものがあったんだ!』って自分で思うことがたまにあって、その感動をお客さんに伝えたいんです。その原点が今のラムキーマなんですけど、結局、その時に自分の食べたい一皿を作りたいのかもしれないです」

ほぼ居抜きという店内は、カウンターとテーブルを合わせて10席ほど。
店内は土足厳禁なので、くれぐれもお気をつけを。

郊外だからこその、ローカルとのつながり

Negombo33は、週末になるとイベントへ出店していることが多い。さまざまな地元の催しに誘われ、そこでの出店が店を知ってもらうきっかけになることも少なくないと言う。これも、所沢というロケーションにおけるひとつのオリジナリティなのかもしれない。そして新たな認知や集客だけでなく、料理に使う食材の調達も、やはり近隣とのコミュニケーションを通してつながっている。

山田「8年間所沢にお世話になっているんですが、お客さんの半分以上は地元の方なので、何か貢献できればとはつねに考えています。本当によい縁がたくさんあり、それは今も続いているんです。オープンしたころからお世話になっている地元のお米屋さんは、カレーに合う米を探していたとき、ほとんどの米屋が相手にしてくれない中で親身になって相談に乗ってくれました。その上、街づくり実行委員の方を紹介して下さって、それがきっかけで所沢市が中心になって開催するイベントに、年に何度も参加させてもらっています。
それ以外にも、道向かいのテニスなどのガット張り専門店さんには商工会議所の方を紹介してもらったり、今直接配達してもらっているふたつの農家さんも、地元のお客さんの紹介です。鮮度はもちろん、配送料のことなどもあるので、野菜はなるべく地元の野菜を使いたいんです」

地元の農家から直接仕入れる新鮮な野菜たちが、山田さんのカレーを支える。

コーヒー豆屋という、もうひとつの顔

Negombo33のもうひとつの特徴が、隣のテナントに同じく山田さんの営む「山田珈琲豆焙煎所」が併設されていること。こちらは山田さんの奥様が切り盛りしているのだが、前述のとおり、カレー屋を営むなかでコーヒーに魅せられていき、ついには隣にコーヒー豆屋をオープンさせた。もちろん、それらの豆で淹れたコーヒーはNegombo33で飲むこともできるのだが、カレー屋とコーヒー屋の線引きはどのようにしているのだろうか。

山田「コーヒーをやる前は、お酒を飲みに来てくれる人も多かったんです。自分も好きで、シングルモルトなんかも置いていたんですが、今のコーヒー推しになってからは、お酒にはそこまで力を入れていないです。もともと実家はインスタントコーヒーで充分という家だったので、砂糖もミルクも全部最初から入れてしまうような、乱暴な感じでしかコーヒーを飲んだことがなかったんです。でも、ある先輩が淹れてくれた一杯のコーヒーをきっかけに、自分でもちゃんと淹れてみようと思ったんですよね。その先輩はカレーも好きで、それがとてもよかったんです。最初に自分でいろいろ買って試したんですが、なかなか感動的というコーヒーには出会えなくて。そのうち、千歳船橋にある堀口珈琲さんを知り、そこの豆やセミナーと出会って、それからすっかりハマりました。
本当は自分で焙煎もするつもりだったんですが、カレーをやりながらだと時間が足りないので、奥さんに修行にいってもらたんです。修行といっても、焙煎器の使い方を覚えてもらったくらいで、結局は店をやりながら僕も関わっていたんですけど、最終的にカレーは自分、コーヒーは奥さんが担当するという今の形になりました。何か迷ったりした時も、カレーについては自分が、コーヒーについては奥さんがそれぞれ決定権を持つという形になっています。今は入居している建物の関係で、カレーとコーヒーが壁を隔てて別の店になっていますけど、最終的にはひとつの店のなかで一緒にできればと思っています」

同じ建物の、隣り合うテナントとして軒を連ねるNegombo33と山田珈琲豆焙煎所。

カレーを作り続けることは、自身の体力と向き合うこと

偶然見つけたそのテナントで、地元に根ざしながら、全国に名を轟かせる名店を築いてきた山田さんだが、今後のNegombo33/山田珈琲豆焙煎所をどうしていくのだろう。そこには年齢や体力という現実と向き合いつつ、カレー好事家のひとりが、好きなことを続けるためのビジョンがしっかりとある。

山田「お店は続けていきたいんですが、年齢も考えて体力的に無理のない営業をしていきたいと考えています。もともとひとりのころは、店で仕込みのあとそのまま寝てしまうようなことが多かったんですが、今はもっと家族との時間を大事にしていますし、もっとコーヒー屋に注力して、物販なんかを充実させることも考えていたりします。カレーを作るのって、自分の体を削ってやっていくことになるので、それをずっと続けるのはやっぱり難しいんですよね。だからこそ、いまのうちに肉体労働から頭脳労働中心にシフトして、レシピの提供だったり、カレーやコーヒーの教室だったり、そんなことをひとつの店のなかで実現できるようにしたいですね。とはいえ、カレーは自分も食べたいので、ずっと作り続けていくつもりです」

山田珈琲豆焙煎所の店内。奥は焙煎所。今後はより商品を充実させるという。

店舗情報

Negombo33 (ネゴンボサンジュウサン)
住所:埼玉県所沢市星の宮1-9-1
電話:04-2928-8623
営業時間:ランチ11:30〜13:30(LO) / ディナー 18:00〜21:00(LO)
定休日:月曜日、第三日曜日 ※日曜日はランチ営業のみ
http://negombo33.com/