いま食べるべきカレーは、世田谷にある。最注目4店の店主に聞いた、ちょっとディープなカレーのはなし

by Osamu Hashimoto and Yugo Shiokawa

ここ5~6年のあいだで、日本のカレー事情は著しく変化した。SNSの普及が後押ししているのか、様々なトレンドを含む東京全般にいえることでもあるし、いわゆる"スパイスカレー"やスリランカ料理を筆頭にした関西や福岡、さらに細部へと広がりつつある。

そんな状況のなかで今回は、東京都世田谷区の4店舗にフォーカス。それはこの4店が、料理だけに限らず内装や佇まい、もしくはその思想まで、いずれも異なる力強い個性やこだわりがありつつ、しかし、ともにインドに魅せられたという共通点を持つから。そして、それらがわずか3km程度の圏内に集まっていて、かつ、どこもここ数年のあいだにオープンした店だから。この現象はほぼ偶発的ではあるものの、今後も進行していくであろう、ひとつの小さなムーブメントだと思っている。

そんな、世田谷の新たなインド料理シーンを牽引する店主たちに、インド料理やインドそのものの魅力、また店のあり方や調理のスタンスに至るまで、さまざまな話を聞いた。残念ながら、ここにはどんなおいしいカレーが出てくるかはあまり書いていない。けれど、それぞれのお店に行って料理を食べてみたくなるはずだし、きっと、その料理をさらにおいしくしてくれるはずだし、もしかすると、自分でお店をはじめてみたくなるかもしれない。そんな世田谷カレー特集、どうぞご賞味あれ。

Interview & Text : Osamu Hashimoto | Photo : Takuya Murata (1P&3P)、Eiichi Henna (2P&4P)| Edit : Yugo Shiokawa

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その1:千歳船橋・Kalpasi(カルパシ)店主 黒澤功一さん

まだ都内で間借り営業のカレー屋が散見されはじめる前の話。浅草地下街で大変な賑わいをみせた、間借りカレー店がKalpasiの最初の一歩だった。わずか6席のカウンターのみという日本酒バーで提供されるプレートは、各国、各地方のこれまで聞いたことのないような料理の数々が一皿に盛り込まれ、かつ、その内容は毎週変えられるという衝撃の内容。その噂はまたたく間に広がり、半年足らずの営業期間を終えるころには、早朝から整理券を求める客が後を絶たないほどだった。
その間借り営業の終焉から1年ほどを経て、昨年10月、自らの店舗で待望のリスタート。浅草時代の週替りスタイルはオープンから半年以上が経過した現在も継続中で、席数は以前よりも増えたものの、予約制を採用したディナー2回転の席は連日ほぼ満席。言ってみれば、完全予約制に近い状態だ。

黒澤さん(以下敬称略)「はじめる段階で、自分が食べたいものを作って出す、ということがコンセプトにあったんですよ。ずっと同じメニューだったとしたら、自分では食べないけど人に出す、という状況にいつかなるだろうし、それがイヤだったというか、そうした方が筋を通せる気がして。もうひとつは、毎週必ずメニューを変えることで、修行経験がない部分をおのずとやらなくてはいけなくなるから、そうやってレパートリーを増やしていきたい、というのはありました。最初から『どれぐらいこのスタイルでいけるかな?』みたいな想定はなくて、やってみたらいけるんじゃないかなと思っていたんですけど、結果的に毎週追い詰められてますね(笑)。でも、それに対して神経質にならないような、程よい力の抜き加減は最近できるようになってきました。例えば、毎回全然違う料理を出すんじゃなくて、これまでやったメニューでも、食材やスパイスの使い方を変えるのでもいいかな、と思ったりできるようになったんです」

元々バーだったという物件だけに、客席はカウンターとテーブル席がふたつというコンパクトさ。
一週間分の予約が、毎週日曜日22時より受付開始される。

黒澤さんはもともと飲食店の経験があったわけではない。好きが高じて、インド及び周辺国の料理をなりわいにしてしまった、いわゆる脱サラ組。ただし、その“のめり込み方”がハンパじゃなかった故の引き出しの多さ。これまでの歴代プレートをみても、インド内でも日本での定着が喜ばしい南インド地方に、さらにレアな西インド地方からネパール、スリランカ、バングラデシュとインド亜大陸の料理を中心に、それらのオーソドックスなものから、さらに派生したミクスチャー・プレートや日本の食材を軸にしたジャパニーズ・ターリーにまで及ぶ。現地で学んだ経験値と、海外レシピサイトやYouTubeから学んだ知識の結晶だ。そんなのめり込みの初期衝動は、意外にもスリランカ料理。ゲストハウス在住時に受けた洗礼を、浅草、経堂両店舗の最初のプレートへと昇華した。

黒澤「スリランカ人やネパール人と一緒に生活をして知ったカレーを、なぜその後も毎日食べ続けたかというと、もともとすごい偏食だったんですよ。豆も緑黄色野菜もほとんどダメだし、いも類もじゃがいも以外はダメ。ダメというか食べられたけど好きではなかった。でも、そういう食材がカレーだと普通に食べられたんですよね。カレーのおかげで苦手なものを克服できた。そうやって徐々にのめり込んでいって。それにカレー、インド亜大陸の料理は調べはじめるとまったく想像できないような、日本でいうカレーとは違う種類がたくさんあって新鮮だった。もう1つの理由として、僕はご飯が好きなんです。カレーは、カレーとごはんがあればそれだけでいい、というのも魅力でした」

週替り以外のKalpasiの特徴として、ワンプレートがある。今はコース制を取り入れたことで前菜やデザート、ドリンクなどがつくことが多いが、あくまでもコースのベースはワンプレート。バナナ・リーフを使ったミールスやターリー、ダルバートにスリランカ・プレートなど。各国、各地方の料理がミックスで出るフリー・スタイルでも、それは変わらない。

黒澤「最初の浅草が6席のカウンターだったから1人できてサッと食べて帰るようなスタンドみたいな感じでスタートして。当初はオプションも用意していたけど、結局みんな全部頼むから全ての料理をプレートの上に乗せることになるわけです。そうなると……それは今も同じなんだけど、最初から全部乗っけてやれ!って(笑)。なので、複数人で来てアラカルトで……ではなくて、1人で来る人のために作るっていうのもコンセプトのひとつで、ミールスやワンプレート、ダルバートみたいな1人で何種類も楽しめるスタイル。浅草ありきなんですけどね。でも、今の場所に移ってもひとりで来る方、それも女性のお客さんが多いので、例えば、肉、魚、豆みたいな一種類ずつのカレーを800円くらいで出して一度にひとつずつしか食べられないよりは、少しずつの皿をギュッと詰めこんで、週替りにした方が楽しめるかなと思って続けています。その分作るのは大変ですけど、今はそれを予約制でやっているのでロスがないんです」

取材当日のメニューは、チキンカレーやポークビンダルなど、テーマを設けず自由に構成されたフリースタイルプレート。
ひときわ目を引くピンクの料理は、ビーツとヨーグルトの和え物「パチャディ」。

それにしても、だ。いくら博識で引き出しが膨大であったり、自分が食べ飽きてしまうとはいえ、毎週新たなメニューやレシピをお披露目する今のスタイルは大変ではないのだろうか?また、限られたレシピを鍛錬に鍛錬を重ねて突き詰めるような方向性に進むという1つの選択肢だってあるはずだ。

黒澤「ものづくりの基本じゃないですけど、ひとつのものをどんどんブラッシュアップしていくのがオーソドックスな形だと思うんです。けれど、僕は1つにとどまるというよりも変化を大事にしたかった。それをお客さんがどう楽しんでくれるか?という部分が今は強いですね。それに割りとお客さんの要望も取り入れるし、そのコール・アンド・レスポンスが楽しい。正直、1年後、3年後にどうしたいみたいなビジョンは今はとくになくて、毎週のことを考えるのでいっぱいです(笑)。将来的には固定したメニューも考えてはいますけど、今はそれよりも色々なことをやっていって、その中で自分の中にどういうものが残るのか?…という経過を楽しんでいます。
今の店舗は去年の10月オープンなんですが、そこから3ヶ月、年末まではプレオープン期間みたいなつもりで、今年の1月からグランドメニューのことも考えていました。ところが実際にはプレオープン期間に毎週や隔週で、しかも遠方から来てくれるお客さんがありがたいことに結構いらっしゃって、そうした時に毎週同じメニューで「どうです?美味しくなったでしょ?」って言ったところで、果たして喜んでくれるのか。たぶん荒削りでも、僕がどういうふうに変わっていくのか、みたいな部分を楽しみにしてくれているお客さんの方が多い気がしたんですね。わりとずっこける姿なんかも見られていますし(笑)。でもそれを「こういうふうにこけちゃうんだね」って、楽しんでくれてるんじゃないかな。例えば、ビーツを使ったパチャディなんかは結構な割合で残されるんですよ。それもわかっているんですけど、だからビーツ使うのをやめるとなると自分のやりたいこととは違ってきてしまう。辛さも同じで、辛くするとやっぱり残るんだけど、そういう辛さがやりたかった。あまりそこを深く考えすぎてしまうよりも、とにかく自分の食べたいもの、やりたいことを前提にやるのが現時点では一番いいのかな、って思います。現状10席が2回転で1日20人くらい、それぐらいのお客さんを相手にしている段階では、少し尖った部分というか、ちょっとイレギュラーな部分はあってもいいかな、って」

店主と客がともに成長し、また、店主の成長を客が一喜一憂する。それも毎週違った内容の成長が見られると思うと、なんと贅沢なことだろう。予約必須、住宅街にひっそりと佇むハードル高めなホープの未来を見守ってみてはどうだろう。

店舗情報

Kalpasi
住所:東京都世田谷区経堂4-3-10-1F
電話:非公開
定休日:月曜日・火曜日 ※臨時休業あり

1週間分の予約を、毎週日曜日22時よりメールやSNSのメッセージで受付開始。
Twitter: @kalpasi96
Facebook: https://www.facebook.com/kalpasi96/
LINE: @kalpasi