片想い・片岡シンと巡る東京銭湯と〆の「逸食」 – vol.01 墨田区・御谷湯 –

by Mastered編集部

片想いのボーカルでもあり、墨田区・御谷湯の若旦那でもある片岡シンさんを案内人にたて、毎回ゲストを銭湯にアテンドするという新連載『片思い・片岡シンと巡る東京銭湯と〆の「逸食」 』。
同じ釜の飯を食うが如く、ゲストと同じ湯に浸かり語り合い最後に銭湯にマッチした「逸食」を実食するという、銭湯と食の抱き合わせで東京の銭湯をぶらり巡っていく。

Photo:Kiyono Hattori、Text&Edit:Marina Haga

風呂に入った後に外を歩く! これが銭湯の醍醐味

片岡シン/1977年生まれ ミュージシャン。御谷湯、第3代目店主。

「風呂に入った後に、外を歩かなければならない状況に晒されるのは銭湯だけ」

この、妙に体にストンと腑に落ちるような言葉を言い放ったのは、バンド・片想いのメンバーでもあり本企画の案内人でもある片岡シンさん。

冒頭からいきなり銭湯における醍醐味の核心に触れるようなことをいうが、銭湯は風呂から出た後に“外を歩く”という帰り道が一番気持ち良い。

ポカポカに火照った体が、外気に触れることで冷めていく過程をじんわりと味わう。この何事にも変えがたい至福を求めて、僕らは銭湯に通っている。

あぁ、なるほど。どうりで学生時代の部活合宿で、風呂上がりの夜道が気持ちよかったわけである。家では、風呂に入った後は何か買い忘れがない限り家から出ることはないのだから、こんなことに気付くこともない。銭湯に行ったことがあるものだけが知る特権である。

本連載では、このように銭湯の良さや著名人たちのこだわりを交えながら銭湯の魅力を紐解いていくのが趣旨。初回は企画のガイドラインという意味も込めて、本連載をリードしてもらう片岡シンさんが若旦那として番台に立つ御谷湯(みこくゆ)にフォーカスをあて、お店やシンさんのこだわり、そして銭湯後の〆の“逸食”について理解を深めていきたいと思う。

こちらが、シンさんのお仕事スタイル。片想いのオリジナル手ぬぐいとvisvimの半纏ジャケットがお似合い。

シンさんの華麗なる銭湯デビューは、高校1年生に遡る。初めての銭湯での記憶は、ルールを守ることに体がこわばり緊張感のあるものだったそうだ。

「普段の家での風呂への入り方が叱られたら嫌だなって思いながら入ったのですが、銭湯から出ると怒られなかった俺は認められたんだっていう安心感と、開放感が相まって銭湯に対していい印象ができたんですよね」

御谷湯のルールはこちら。

そんなシンさんのイノセントな初体験は、今の仕事にも役に立っているそうだ。

「御谷湯は浅草やスカイツリーに近いので外人のお客さんが多いんですが、彼らは日本の文化として銭湯のことをリスペクトしていて、ルールをすごく気にしてくれているんです。だから、仕事をしていると僕も初めて銭湯に行ったときのことを思い出して、なんだか気持ちを理解することができるんですよね」

新・御谷湯ができるまで


平屋だった御谷湯は、3年前にリニューアルされて今のようなエレベーターで浴場へ向かう3フロア構造(1Fが休憩所、4F・5Fが浴場)の店舗に生まれ変わった。4、5Fの浴場は、毎週火曜日に男女週替わりで交換されるようになっている。

シンさんはリニューアルの1年前、つまりは4年前からこの御谷湯に関わっている。

「だいたいリニューアルの1年前ぐらいから、構想案を立てて動いていくわけなんですが“電気ならこの人”とか各分野の専門家がたくさんいて、彼らが全員で力を合わせて一軒の店を作っているんだなっていうのが分かりましたね。例えば、水道関係の配管屋さん建築家がバチバチにやり合ったりするんですよ。どっちもうちの店を良くしようとして、議論してくれているんですが、それをいつも僕は彼女みたいな目線で“揉めないで!”と見ていました(笑)」

建て替えにあたって毎日会議漬けだったシンさんが最も印象に残っていると語るのが、『コンクリート会議』。

「ある日、“今度『コンクリート会議』やるんで来てください”っていわれたんですよ。内容は、“1番いいコンリートを流すこと”についてを話すというものなんですが、これがもう衝撃で。“いいコンクリートを流す意気込み”を、ひとりひとり語っていくんですよ(笑)。こういう毎日の積み重ねで店ができていくんだと思うと、僕らがアルバムを作る作業にも似ているなと思いました」

片岡シンさんのこだわりが詰まった、
御谷湯の注目ポイント

ポイントその1 階層によって異なる内装

4Fはしっとりとした大人のムードが漂う。

「うちは風呂場を、4Fと5Fの2フロアに設置しているのですが階層によって雰囲気が違う作りなんです。男女週替わりで、火曜日に入れ替えるので性別関係なく楽しめるようにしています。4Fは黒白のガラスタイルで洞窟をイメージ。旧御谷湯のこもった雰囲気を再現しました」

5Fは、天井が高く開放感溢れる内装。露天風呂からはスカイツリーが見える。

「5Fは4Fと比べると天井が高く、開放感のある作りが特徴。葛飾北斎『富嶽三十六景』のペンキ絵を眺めながら、のびのびとくつろぐことができる。墨田区は葛飾北斎の所縁の地でもあるので、区が『富嶽三十六景』の1枚1枚を各銭湯に割り振っていて、うちに割り当てられたのがこの『甲州三坂水面』。だいたい、3年に一度が書き換えの目安なので、来年にはまた変わるんですけどね」

ポイントその2 温泉の掛けながしシステム

掃除風景。毎日床や浴槽を磨いている。

「これは男性として意識しないといけないことと同じで、店としてもやっぱり清潔じゃないとダメなんです。今は、温泉の掛けながしシステム(黒湯)を導入して人が入ったら溢れるようにして清潔な状態を常にキープできるように心がけています」

ポイントその3 黒湯

名前の通り、東京の温泉特有の黒いお湯。どろっとした質感が肌に効きそう。

「東京の銭湯でも温泉が湧いているところはあるんですが、墨田区で黒湯が湧いているのははうちだけです。あと、僕は効能とかそういうのはまゆつば物だと思っているんですが、黒湯に対して満を持して言えるのは美肌効果。即効性があるので、うちの銭湯に入った次の日はいつもスベスベです」

ポイントその4 不感温温泉

熱いイメージの江戸の銭湯のイメージを覆す、“温度を体感しない”不感温温泉。これぐらいの温度なら、1時間ぐらい浸かっていられそう。

「よく地方に行くと年配の人が、36℃ぐらいのぬるま湯にずっと浸かっているんですよ。最初はみんな半信半疑だったのですが、温度を35〜36℃にしてリニューアルを機に4Fのみに作ったら、年配の人はもちろん銭湯マニアの方々からも大好評」

片岡シンさんの
銭湯のここが“こう”だったらグッとくる!


ここでは、シンさんに経営者ならではの目線で、お客さんとして銭湯に行ったとき、ここが“こう”だったらテンションが上がるというポイントを教えてもらった。

塩素の匂いがしない

「これはあんまり触れてはいけないかもしれないんですが……(苦笑)。プールと一緒でお風呂のお湯を抜くっていうのはお金がかかるんですよ。それを塩素でごまかしているって店が結構あって。うちはそれを全部抜いて毎日新しいお湯を提供するようにしているのですが、銭湯に入ったとき塩素の匂いがしないと“おぉ”っとなります」

薬湯

「薬湯にも目がいきますね。例えばうちは乾燥のレモングラスとかスペアミントだったりハーブを使っているのですが、これがバスクリーンだとあんまり嬉しくないんですよ(笑)。なんなら家でも入れますし。なので、ハーブが使われていると少し高揚しますね」

独自の銭湯グッズ

「1年に1回、うちでもオリジナルタオルを作っているのですが、そのお店独自のオリジナルグッズを見ると心がほっこりします。銭湯に行った時には、ぜひ注目してみてください」

こちらはシンさんのタオルコレクション。(上から順に)御谷湯オリジナルタオル、片想い手ぬぐい、御谷湯創業70周年記念タオル、東京都銭湯組合 ゆっポくんのタオル

片岡シンさんに学ぶ、
銭湯の楽しみ方


独自の銭湯の楽しみかたやルーティーンと化した癖を1問1答形式で伺い、銭湯の魅力を共有する。

—好みの温度は?

普通の人と同じで40℃ぐらいですが、いろんな温度を試して入ったり出たりするのが好きです。かれこれ30分ぐらい浸かっています。

—お湯に浸かっているとき、何を考えているの?

考えるというか僕独自の特権なのですが、あの大きな風呂に一人で浸かりながらTBSの『JUNK』を聞くっていうのが楽しみです。

—銭湯を上がった後のはじめの一杯は?

トマトジュース(笑)。フレッシュでビールより体にいい気がします。

風呂に浸かったら腹が減る。〆の“逸食”


“銭湯に入った後に飲むビールは、どのシーンで飲むビールよりもクオリティが優っている”というように、銭湯と飲食は2つでひとつ。

この連載のタイトルを『東京銭湯と〆の「逸食」』とした通り、本企画は〆を食わねば終わらない。

シンさんが今回、御谷湯とセットに選んだのは、2軒隣にある川勇(かわゆう)の『きも焼きとうな重』。これをチョイスした理由をこう語る。

「まず、うちのお風呂に入ってたらうなぎの匂いがしてくるんです。お風呂の中に香ってきているんで、この時点で脳がうなぎに洗脳されているんですよ。うなぎ屋さんもリニューアル後お客さんが増えたっていってましたけど、多分匂いにつられたっていう人が相当いると思います(笑)」

まず、うな重が出てくるまでの間にビールとともにきも焼きを食べて腹をつなぐ。苦味を噛み締めながら食べるのがポイントだそう。きも焼き 400円/1本

うな重が出てきた頃には、ビールは2杯目に突入。 うな重(上 )※肝吸い付き 2,400円

川勇の店主と。御谷湯からは激近だが、最寄り駅から15分程度かかるにも関わらず行列が絶えない明治40年開業の老舗鰻店。丁寧な処理がされた質の良い鰻を味わうことができる。

ふわっと溶けてなくなるようなやわらかい鰻を、あっさりとしたタレとともにいただく。うまみのある鰻の油が、銭湯後の体に染み込みとてもマイルドな気分になってくる。この満足感のある完璧セットをこなせば、ぐっすり眠れることだろう。

銭湯を遊びのひとつとして取り入れる

「世の若者の方々に、銭湯を広めたい。そして、銭湯を遊びのチョイスとして加えて欲しい」

銭湯は、タオルがなくても買い物に行った帰りに立ち寄れるし、青山にも渋谷にもある。だから本連載では、“買い物で疲れたら喫茶店じゃなくて銭湯という手もある!”を率先して推奨していきたい。

というわけで、次回からはシンさんをインタビュアーにたてて、ゲストを迎えて東京の銭湯をご案内。
漫画家・大橋裕之さんが登場する次回は近日公開予定なのでお楽しみに。

御谷湯

湯船は、高温温泉(約43~45度)、中温温泉 (約39.5~42度)、低温温泉 (約25度)と3つを完備。両階共通で薬湯やジェット風呂、マッサージ風呂、座風呂があり、スーパー銭湯なみの種類の豊富さを誇る。

住所:東京都墨田区石原3-30-8
営業時間:15:30~26:00(最終入場25:30)
入浴料:大人460円(シャンプー、ボディソープ常備)
TEL:03-3623-1695
※定休日はHPを参照
http://mikokuyu.com

川勇


住所:東京都墨田区石原3-30-9
営業時間:11:00~14:00、16:30〜20:15 水休
TEL:03-3622-5592