Vol.89 Aru-2 – 人気DJのMIX音源を毎月配信!『Mastered Mix Archives』

by Yu Onoda and Keita Miki

MasteredがレコメンドするDJのインタビューとエクスクルーシヴ・ミックスを紹介する『Mastered Mix Archives』。今回ご紹介するのは、10月3日にNotology aka Arµ-2名義のアルバム『A H O』をリリースするビートメイカーのArµ-2。
2013年にOILWORKSよりアルバム『Aμ』で衝撃のデビューを果たし、翌年、ビートメイカー/ペインターのlee(asano+ryuhei)との共作アルバム『TANHA』がpitchforkで高い評価を獲得。同年、KID FRESINOとコラボレーションを行ったアルバム『Backward Decision for Kid Fresino』をリリースしたほか、その後も膨大な作品をリリースしながら、Cramなどのビートメイカーとの共作、ISSUGIや仙人掌、JJJ、環ROY、NF Zesshoといったラッパーへのビート提供で輝きを放ってきた25歳の才能が新たなプロジェクトを本格始動。Notology aka Arµ-2という新たな名義のもと、満を持して完成させたアルバム『A H O』は、エレクトリックピアノやシンセサイザー、ヴォコーダーを駆使したビートメイクに加え、自ら手がけた日本語詞を歌う新感覚のヴォーカル・アルバムとなっている。
今回は謎に満ちた彼のキャリアと自由な広がりを見せている独創的な音楽世界を紐解きながら、初の日本語ヴォーカルアルバムを制作するに至った経緯に迫るインタビューを行うと共に甘美な響きのなかに淡くも確かな感情が溶ける『A H O』の世界に通ずるDJミックスの制作を依頼。この特集を通じて、今後も進化を続けるであろうArµ-2の挑戦的な試みにキャッチアップしていただけたら幸いだ。

Photo:Takuya Murata | Interview&Text : Yu Onoda | Edit:Keita Miki

※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)

「なるべく身体的でいたいというか、頭に頼るほど、自分の頭は信頼していないというか。言い方を変えれば、すさまじい機能、可能性を持っている人間の体を信じているというか。(Arµ-2)」

— Arµ-2くんはKID FRESINOとの共作アルバム『Backward Decision for Kid Fresino』をはじめ、配信、CD-Rを含めて、かなりの数のタイトルをリリースしていますよね。

Aru-2:そうですね。EPとかMIX CDも含めたら、今まで50作品くらいリリースしていると思います。

— その数やリリースのスピード感から考えると、日常的に曲を作っていて、ある程度まとまったら、どんどんリリースしていくというスタイル?

Aru-2:自分の場合、あらかじめ決まっている締切に合わせて作品を作ると、精神的にいっぱいいっぱいになってしまうので、そういう事態を避けるべく、常日頃から曲を作って、作品にまとまったものをレーベルに持ち寄って相談しながら、リリースさせてもらったり、自主でリリースするという感じです。

— テーマもあらかじめ決めず、自由に作りたいように曲を作ることが多い?

Aru-2:そうですね。でも、最近になって、アルバムというフォーマットに対する意識が芽生えてきて、今回の『A H O』に関しては、自分で鍵盤を弾いて、日本語でリリックを書き、歌も自分で歌って、作品にしようと決めて、作り始めました。

— 普段、どんなタイミングで曲を作っているんですか。

Aru-2:作り始めると、誰とも会わず、10日間ずっと部屋に籠もりっぱなしで1日3曲とか5曲とか、ずっと作ってますね。やりたくなったら、朝起きた瞬間から始めるんですけど、やる気が出ない時は曲をかけながら、ストレッチしたり、好物のそば茶を飲んで休憩したり、天気が良かったら、散歩に行って、そこから作り始めたりもします。

— つまり、曲作りが日常の一部になっていると。

Aru-2:そうですね。自分にとって、曲作りは排泄するのと一緒というか、それくらい日常的な行為として考えていますね。そうやって自然に鍵盤を触ったり、音を鳴らしたところから曲作りを始めるんですけど、後から作った曲を聴くと、環境から受けるインスピレーションがすごく大きいことに気づかされるんです。以前、地方でゲストハウスに泊まって、曲を作っていた時に出来上がった曲を聴いていたら、その曲と部屋の換気扇のキーが一緒だったんですよ。だから、そういう無意識的なものが音楽に作用するんだなって。

— 今はそれこそスマホでも曲が作れるじゃないですか。Arµ-2くんもどこかへ出かけた先で曲を作ったりするんですね。

Aru-2:そういう時間は欠かせないですね。地方のイベントに呼んでもらったら、スケジュール的に可能な限り、長めに滞在して、その土地の人たちと交流しながら、曲を作ったりします。人の出会いが作る曲にも反映されたりするので、ここ1、2年でそういう機会を大事にするようになりました。それ以前は自分のことでいっぱいいっぱいで、あまり他人に関心がなかったんですけど、ここ最近は自分が色んな人に支えられていると実感するようになって、その気持ちを言葉では伝えきれないので、音楽を作ることで示したいなと思うようになったんです。

Arµ-2 『Backward Decision for Kid Fresino』
次世代を担う同い年のビートメイカーとラッパーによる2014年のジョイント・アルバム。Arµ-2 の楽曲のなかでもキャッチーさが際立ったトラックとKID FRESINOの尖ったワードセンスが見事に調和している。

— 人との関わり合いのなかで生まれる音楽ということでいえば、KID FRESINOとはお互いのことをよく知らない状態でアルバム『Backward Decision for Kid Fresino』を作ることになったとか?

Aru-2:そうですね。佐々木は俺と会う前から一緒に作品を作ることを決めてたらしくて、ホントに謎なんですけど(笑)、俺の場合は実際に会って、面白いなと思ったから、連絡先を交換して、一緒に曲を作るようになったんです。佐々木と最初に会ったのは、2012年の年末に西麻布で開催されたOILWORKS TECHNICSのイベントですね。人生初のビートライブをやらせてもらった後、5lackさんが紹介してくれたんですよ。「Arµ-2と同世代で紹介したいやつがいるから」って言われて、そこで初めて会ったんですけど、ニコニコしてて、愛嬌があるやつだなって思ったので、「いい出会いだから、ドリンクでも奢るよ」って言ったら、「いや、俺たちはそういう関係じゃない方がいいと思うんだよね」って言われて、変なやつだなーって(笑)。

Arµ-2 『Aµ』
OILWORKSからリリースされた2013年の記念すべきファーストアルバム。体内時間に忠実なグルーヴの訛りとメロウにしてトリッピーななビートの融合に突出した個性が感じられる1枚。

— ははは。KID FRESINOらしいエピソードですね。そして、Olive Oilが主宰するOILWORKSは、Arµ-2くんの最初の作品、2013年のアルバム『Aμ』をリリースしたレーベルですよね。どういうきっかけで福岡のレーベルから作品をリリースすることになったんですか?

Aru-2:2012年に会社員として働いていた自分は、職場の人間関係に馴染めず、鬱みたいな状態になって、3ヶ月でその会社を辞めた後、音楽をやる以外、何したらいいか分からなくて。それ以降の1年で音楽をやって、何も実にならなかったら、自分の人生は終わりにしようって思いながら、曲を作っていたんです。そして、ある程度、デモがまとまった段階で、自分が影響を受けてきたアーティストにそれを聴いてもらいたくて、SoundCloud経由でOliveさんに送ったら、すぐに返事が返ってきて、「聴いたよ。うちでデビューしようよ」って。だから、Oliveさんに命を救ってもらった感じですね。それ以前、自分はずっと部屋に籠もって作品を作っていただけで、音楽を通じて、他人と関わることは殆どなかったんですけど、Oliveさんとの出会いをきっかけに、その年の11月にOliveさんが出演されていた原宿のイベントに面接みたいなノリで会いに行ったら、その日にはBUNさん、5lackさん、Watterさん、田我流さんとか、色んな人を紹介してくれて、門が開いたというか、いきなり道が開けたんです。

Arµ-2+lee(asano+ryuhei) 『TANHA』
Bandcampで発表され、Pitchforkでの高評価を受けてフィジカル・リリースされた2014年作。ビートメイクとアート表現をつなぐ独創的なサンプリング/コラージュによって世界に衝撃を与えた。

— そして、Arµ-2くんの名前は、Pitchforkにも取り上げられたビートメイカー、lee(asano+ryuhei)との2014年の共作アルバム『TANHA』でより広く知られるようになりましたよね。

Aru-2:leeさんのことは渋谷でやってた『Trane』ってビートパーティで曲がかかってるのを聴いて、初めて知って、その後、SNS上でやり取りをしてたんですけど、当時、タイに住んでいたleeさんが地元の北九州に一時帰国するタイミングがあったので、なかなか会える機会がないし、飛行機で会いに行ってきたんですよ。ちょうど、その日はパーティだったんですけど、そのまま何日か一緒に遊びながら、一緒に曲作りをしたら、今までにない曲を自由に作ることが出来て、それが新鮮で楽しくて。その後、leeさんから「バンコクで個展をやるからLIVEしてくれ」っていう連絡があったので、2カ月間、バンコクに滞在して、どこにも観光に行かず、ずっと制作したり、パーティでLIVEさせてもらったり、leeさんとのコラボレーションは今でもユルく続いてますね。

— leeさんは画家でもあり、Arµ-2くんもコラージュアートを制作していますよね。

Aru-2:音楽より先にずっと絵を描いているleeさんに対して、自分の場合はOILWORKSからアルバムをリリースする時、ジャケットデザインを誰かに頼む予算がなかったので、自分でやるしかないなって思って、自分でコラージュアートを作ったのがきっかけですね。その後、福岡で一緒に遊んだ(OILWORKS周辺の映像やジャケットデザインを手がけるアーティスト)POPYOILさんや、遊びに行っても、クラブのバーカウンターでひたすら絵を描いていたりするleeさんに触発されて、もっと自分も作りたいなって思って。そこから精力的にコラージュアートも制作するようになりました。

— 11月にBudamunkのレーベル、King ToneからLPのリリースが予定されている奈良在住のビートメイカー、Yotaroとの共作アルバムをはじめ、数々のコラボレーションを自由に行いながら、近年のArµ-2くんは自分でキーボードを弾き、歌を歌いながらのビートライブをやっていますよね。

Aru-2:普段、家でやっていることをライブでもやりたいと思っているんです。母親がピアノの先生をやっていたので、ピアノは身近なところにあったんですけど、音楽理論が全く頭に入ってこなくて、頭に入れてから行動に移すプロセスは自分には向いてない事が分かって。ただ、子供の頃からテレビCMで流れていた坂本龍一の”Energy Flow”や映画『ハリーポッター』のテーマソングを耳コピして弾いたり、今も曲作りしながら、鍵盤を触ってみて、気持ちいい音を探して弾いたりしていて、自分はもっとフィジカルに、体で覚えるようなやり方が合うんだなって思いますね。

— Arµ-2くんが手がける音楽やアートは頭でっかちではないというか、ヨレたり、ズレたりするグルーヴもJ Dilla以降というより、自分の体内感覚に忠実であるからこそ生まれたものであるように思います。

Aru-2:子供の頃、マイケル・ジャクソンにどっぷりハマって、そこで音楽を踊ったり歌ったりして楽しむことを知って。今も訳分からず動いたり、歌ったりしながら、ライブをやっているのも子供の頃の経験にルーツがあるように思いますし、なるべく身体的でいたいというか、頭に頼るほど、自分の頭は信頼していないというか。言い方を変えれば、すさまじい機能、可能性を持っている人間の体を信じているというか。グルーヴ感という意味では、裏の裏を縫っていくようなグルーヴを聴かせるJ DillaやBudaさんにはもちろんものすごい影響を受けているんですけど、自分は一定のリズムが叩けないというか、リズム感がないなと思いながら曲を作っていて、どうしても走っちゃったり、のめっちゃったりするんですよ。だから、リズムをキープして叩けないんだったら、体から溢れるままにリズムを作っていった方が自分にはしっくり来るなって。だから、言い方を変えれば、これしか出来なかったということでもあります(笑)。

Arµ-2 『nangoku ep』
2016年に沖縄で制作を行い、ヴォーカル表現に目覚めたArµ-2 がネクスト・ステップの足がかりを掴んだ2017年のEP。1万ダウンロードのアンダーグラウンドヒットを記録した。

— そうやってはみ出すように、溢れるように作品を作ってきたArµ-2くんがアルバムフォーマットを意識して、今回の『A H O』を作ることになったきっかけは?

Aru-2:2年くらい前に対人トラブルがあって、それによって対人恐怖症みたいな鬱ぎ込んだ日々を送っていて。その時は鍵盤が弾けるような精神状態ではなかったので、ひたすら優しい音楽を聴いて、優しいチルなビートを作っていたというか、それしか作れなかったんですよ。でも、その年の12月に初めてラッパーの切刃くんに沖縄に呼んでもらった時に「1週間くらい滞在したいです」って言ったら、1週間丸々、ホテルを取ってくれて。すごいありがたいし、貴重な機会だから、ホテルに籠もって作品を作りたいと思って、しばらく触ってなかった鍵盤を弾いて、MacBook内蔵のマイクに向かってヴォーカルを録った『nangok ep』という作品を作りました。そのEPを作ったことで自分のなかで霧が晴れて、「鍵盤を弾いて、自分で歌って曲が作れるんだから、この方向性で作品が作れるんじゃないか?」って、新しい道が見えたんです。そこからヴォーカルアルバムを作り始めて、今回の『A H O』の前に『Selfy Key』っていうアルバムを作ったんですけど、英語で歌ったその作品は自分のなかで納得がいかなくて、次は日本語で歌ってみよう、と。言語的に、日本語より英語の方が音楽的だとよく言いますけど、日本語だって音楽的だし、日本語にはまだまだ可能性が秘められているんじゃないかなって思って、今回のアルバム制作に取り掛かったんです。

— ダイレクトに意味が伝わる日本語での曲作りはどのように進めていったんですか?

Aru-2:色んな人と出会っていくと、自分のなかで色んな思いが膨らんでいって、それを相手に伝えたいけど、伝える言葉が見つからなくて、そういう感情がどんどん溜まっていくんですよ。でも、ビートを作っている時に溜まった感情とリンクするような言葉がふっと浮かんで、それがリリックになって、そのリリックをビートに対して歌っていくというやり方で曲を作りました。今回の『A H O』というアルバムタイトルは同名の曲が先に出来て、その曲を気に入ってたので、そのままアルバムタイトルに付けたんですけど、どうやって”A H O”っていう曲が生まれたかというと、フリースタイルで無意識的に”アーホー”って歌っていたからなんですよ。後から聴き返してみて、何でそう歌ったのか、自分でも分からないんですけど、意図せずともそう歌っちゃったんだし、オモロいからコレで行こうって。

— 確かに『A H O』を”アホ”と解釈したら、すごいタイトルだと思いますけど、曲を聴くと、ヴォーカル/コーラスフレーズとして、意味性はそこまで強くなく、むしろ、音声的に使われていますよね。

Aru-2:そう。だから、意味を込めて、意識的に伝えるよりもフリースタイルで無意識にまかせて作った方が発見もあるし、自分としては楽しいんです。そして、今回の曲はどれも2行くらいで終わる短いリリックなんですけど、リリックといいつつも、自分は何らかの具体的なメッセージを伝えたいと強く思っているわけではないし、言葉も音として聴きたいし、聴いて欲しいと思っているので、「自分はこういう風に思ってるんだよなー」っていうテンションの歌であり、リリックになっていると思います。

Notology aka Aru-2 『A H O』
メロウな鍵盤さばきと心地良いビートの揺れ、そして、甘美なヴォーカル/コーラスが一体化。明確な言葉で捉えることが出来ない淡く繊細な感情をArµ-2語とでも言うべき音楽的な日本語表現ですくい上げた静かに画期的な最新アルバム。

— 通常のリリックは強い感情が前提にあって成立するものですけど、このアルバムではそこまで強くない淡い感情が上手くすくい上げていて、画期的なアプローチだと思いました。

Aru-2:ありがとうございます。誰もやってないことをやりたいという気持ちは常にあるんです。そうじゃないとやっている側としては面白くないし、新しいことをやることで、たとえ、一般常識や社会から外れちゃったとしても、それでも道はあるし、大丈夫だよってことを音楽を通じて示せたらいいなと思っていますね。

— 最後に今回制作していただいたDJミックスについて一言お願いします。

Aru-2:自分流の歌モノミックスです。普段、日常的にラップを聴くことは少なくて、圧倒的に歌を聴いていることが多いので、普段聴いている音楽をミックスに落とし込みました。自分はヒトの声そのものが好きなんだと思います。例えば、詰め込みすぎというくらいコーラスを乗せてくるD’Angeloのような歌い方、そのなかでもコーラスが特に大好きで、アフリカ音楽もよく聴くんですけど、ピグミーの音楽とかは旋律が一つではなく、子どもからお年寄りまでソコで暮らしている人々が即興で自由に色んな旋律を歌いつつ、それがハーモニーとして調和することで、人間が本来持っているポテンシャルを思い出させてくれる気がするんです。そんな人間の声の魅力を感じてもらえたらうれしいですね。