Interview & Text : Yu Onoda | Photo:Tatsuya Hirota、Kazuki Miyamae | Edit:Keita Miki
※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)
— 2013年の前作『Banana Games』は日本発のインディーファンク、あるいはオルタナティヴソウルの名作として高く評価されたアルバムでしたが、7年前の作品をご自身で振り返ってみていかがですか?
藤井洋平(以下、藤井):自分の過去の作品、しかも、7年も前の作品なので、いま振り返ると、稚拙な部分が目に付くというか、どうしても恥ずかしさが勝ってしまう部分もあります。けど、こないだ、いつの間にかSpotifyに上がってたのでプレイバックしてみたら、めちゃ唯一無二感あんなーと思っちゃったですね、我ながら。
— その孤高のアルバム『Banana Games』がリリースされた2013年はどういう年だったかというと、ceroがシングル”Yellow Magus”でD’angeloに象徴されるネオソウルやヒップホップのベクトルに舵を切った年。つまり、シティポップと呼ばれる音楽の最初期ですよね。”Yellow Magus”と並ぶ、その先駆的な作品をリリースするに至った背景というのは?
藤井:それ以前の自分はサックスを吹いていて、アンダーグラウンドな即興シーンで活動していたんですけど、そこから弾き語りで歌うようになり、最初の頃はそれまで抱えていた怒りや鬱憤がダイレクトに表れていたというか、がなり立てるように歌っていたんですね。でも、周りから曲を褒められるようになって、そういう感情も薄らいでいき、1人で自宅録音で作った2011年のアルバム『この惑星の幾星霜の喧噪も、も少したったら終わるそう』を経て、バンドで活動するようになり。メンバーの間で「やっぱ、D’angeloヤバいよね」という話になったんですよね。そんで、バンド活動というものをやっていく内にそれまでいちリスナーとしてはおしっこチビってるだけだったサウンドも具現化出来んじゃね?、と。だから、他者と活動するようになったことが大きかったんだと思いますね。
— ただ、D’angeloの『Voodoo』が出たのは2000年。復活作『Black Messiah』のリリースは『Banana Games』の翌年の2014年なんですよね。何故、2013年のタイミングでD’angeloに触発されたんだろうな、と。
藤井:当時、世間的にどうだったかは分かりませんけど、少なくとも自分の周りでは『Voodoo』が話題にのぼることが多かったんですよね。ただ、自分が『Voodoo』を聴いたのはリリースからかなり時間が経ってからでしたし、どういうことだったんだろうな。今となっては思い出せないんですけど、局所的にリヴァイヴァルがあったということなのかもしれないですね。D’angeloもそういう世界中にほのかに漂ってるヴァイブスを感じたから『黒飯』(『Black Messiah』)を作る気になったんじゃないかな、と思うと楽しいですね。
— 『Banana Games』を作るうえではどんなイメージがあったんですか?
藤井:自分としてはもっとポップなものを作りたいと思っていたんです。でも、結果的には予想以上にエグい作品が出来たなっていう(笑)。あのアルバムは、Illicit Tsuboiさんにミックスをお願いしたことも大きくて、もしかすると自分から『Voodoo』を引き合いに出したかもしれないんですけど、Tsuboiさんのミックスが『Voodoo』を念頭に置いた仕上がりになっているんですよね。
— オーセンティックなソウル、ファンクもマッドな音響になっていましたもんね。ただ、その仕上がりに関して、ご自分としてはオルタナティヴなものではなく、もっとポップな作品をイメージしていたと。
藤井:だから、今回のシングルでは『Banana Games』で実現したかったポップ感覚を7年越しに実現出来たらいいなと思っていましたし、出来上がった2曲に関して、自分なりにかなりの手応えを感じているんです。
— 2013年以降、例えば、ceroはジャズやアフリカ音楽のポリリズムに触発されて、より緻密にアレンジされた音楽に進化していきましたが、藤井さんのその後に関してはいかがですか?
藤井:その後も定期的にライブをやりつつ、どんどん曲は作っていましたし、作品も出そうと思えば出せたとは思うんですけど、素敵なタイミングや状況を待っているうちに7年が経ってしまったという。『Banana Games』でTsuboiさんにミックスして頂いた時、「藤井くんの次の作品が出るのは10年後だね」って言われたことが記憶に残っていて。その時は「こなくそー!」って思ったんですけど、あながち外れていなかった(笑)。
— 音楽的にはどのように変化していったんでしょうか?
藤井:基本的に自分はその時々で聴いている音楽、これいいなと思ったら、まずはパクるんですけど、それが神に呪われし肉体と精神のせいで別の方向にねじれていくというプロセスを繰り返してましたね。例えば、プログレッシヴロックを沢山聴いている時期は変拍子の曲を作ったり、Bruno Mars(ブルーノ・マーズ)の『24K Magic』が出た時はトークボックスを買って、そういう曲を作ってみたり。そういう意味では分かりやすいというか、流されやすいというか(笑)。けど、アウトプットされたものが洋平ちゃんフィルター通ってるんで敢えて言い張らないと理解してもらえない悲しみもありますが。だから、この7年間は、というか僕のライフ全般に通底してることですが、確固たる何かを極めていたというより、延々と興味深いサウンドを求めてドリフターズし続けていた感じです。
— ライブは『Banana Games』にも参加していたThe VERY Sensitive Citizen of TOKYOに、キーボードでDorianくん、コーラスでChiyoriさんが加わり、藤井さんを含めて、6人編成のバンドへと発展していきましたよね。
藤井:アルバムを出してからドリさん(Dorian)と知り合って、何かやろうという話になり、ドリさんとしてはトラックを一緒に作るつもりではあったんでしょうけど、まさか、キーボードを弾いて欲しいと言われるとは思ってなかったんじゃないかな(笑)。でも、バンドに足りないのはシンセの音だと思ったこと。そして、彼は僕とヴァイブスが近くて、こちらから指定しなくても、欲しい音色を出してくれるので、話が早いなと思ったので、バンドにお誘いしたんです。その後、ベースで在日ファンクの村上(啓太)くん、コーラスでChiyoriさんが加わり、現在の6人編成になったんですけど、自分としてはさらにメンバーを増やしたいというか、もう1人、キーボードがいいのかなって思いますし、女性コーラスもあと2人増やして、最終的にはコーラス隊が「ママのおっぱいちゅーちゅーすって~」と歌うなかで、自分はただ「Oh, yes!!」とか「Woo!!」みたいな合いの手を入れてるだけっていうライブが出来たらいいな、と(笑)。
— James Brown(ジェームス・ブラウン)やGeorge Clinton(ジョージ・クリントン)、Princeばりのファンク・レビューをイメージしている、と。その一方で、藤井さんは、DJのMr.Melody、ギターのKASHIFくんからなるDJセットでのライブも一時期やられていましたよね。
藤井:今の音楽はバンドよりトラックが主流になっていますし、自分はそういう音楽も好きだったりするので、DJセットでのライブも1つの試みであって。Melodyからトラックベースの曲を音源化したいとも言われて、ボーカルまで入れてみたんですけど、その時期、喉とメンタルの調子が悪く、完成形の青写真が悪い方向にしか想像できなかったのでお蔵入りになった、というのも今となってはピーチ味の思い出です。
— 藤井さんの活動は、1人で宅録で作ったり、バンドで活動したり、はたまた、トラックで歌ってみたりと多岐に渡っていますけど、やはり、ご自分にはバンド形態が合っていると思いますか?
藤井:どうなんですかね。トラックで歌う、いわゆるカラオケ状態――安定したBPMの上でパフォーマンスするというのも最高にfunなんですが、大の大人が何人も集まって「せーの」で演奏するのも、これまたfunなエクスペリエンスではあります。ただ、自分はバンドをやれるような人間ではないというか、身も蓋もないんですけど、バンドって面倒臭いじゃないですか(笑)。
— はははは。何人もの人間が顔を突き合わせて音を鳴らすわけですからね。
藤井:そう。だから、自分がイメージするものと違う曲になった時、「いや、それは違う!」って言ってしまうのは簡単なんですけど、そう簡単にはいかないというか、自分のイメージとは違っても、プレイヤーがそう解釈したならそれを尊重したいという気持ちもありますしね。もちろん、本当に違う! と思ったときは口出しますけれど。だから、今回のシングルは一応バンドのメンバーに手伝ってはもらったんですけど、自分が構想の段階で思い描いていた方向性を突き詰めたくて、基本的に1人で制作したんです。
— この7年、バンドでのライブを続けてきたのは、ブラックミュージックの肝であるグルーヴを熟成させる意図があるのかなと勝手に思っていたので、その点が今回のシングル”i wanna be your star / 意味不明な論理・方程式”で一番驚かされたところなんですよ。
藤井:でも、しょうがないですよね、1人でやりたいと思ったんだから(笑)。バンドサウンドはバンドサウンドで、ライブに来ていただければ、今回の2曲は永久欠番的にバンドで演奏していますし、作品に関しては、もっと振り切って、藤井洋平という個を全面に出すという意味でのアグレッシブさ、サウンド的にはテンダーでセクシーですけど、そういう意味で尖った音楽にしたくて。そのためには1人でやるしかないなって。今回のシングルだと、”i wanna be your star”はバンドのメンバーに弾いてもらったベースを後からシンセベースに差し替えたんですよ。僕も人の子なのでプレイヤーが真摯に演奏したものを差し替えるというのは、さすがに心苦しいものがあったんですけど、今回は自分が思い描いたイメージを1人でとことん具現化してみようと思ったんです。そういった葛藤も加味しながら聴いてもらえるとこの作品の美しさも10倍増しで響いてくるかもしれません。
— 音楽に対して、歪みがなく、真っ直ぐな2曲ですよね。
藤井:1人で作ったファーストアルバムは、怒りや鬱憤が溜まっていた当時の心境もあって、聴き手に音楽的な嫌がらせをしてやろうっていうような邪な意図が確実に存在してたんですけど、今回のシングルに関しては「俺、死ぬのかな?」ってくらい音楽に対してストレートだなと我ながら思いますね。
— ”意味不明な〜”のデモは5年前にSoundCloudにアップされた曲ですし、”i wanna be your star”もライヴではお馴染みの曲だったりしますけど、この7年で沢山作ってきた曲のなかからこの2曲をシングルに選んだのは?
藤井:まぁ、身も蓋もなく言ってしまえば、キャッチーっていうことですかね(笑)。
— はははは。この2曲は、今、藤井洋平が考えるキャッチーな曲だと。
藤井:もっとファンク寄りなリズムの曲もあるんですけど、そういうものではなく、老若男女が口ずさめる曲をシングルで切って世に問うべきではないか、と。
— そして、前作のベースが70年代のファンクだったとすると、今回はそのシンセベースが象徴するように80年代のブギーファンクがベースになっていますよね。
藤井:分かりやすく言ってしまえば、Bruno Marzの『24K Magic』の影響が大きいということですね(笑)。
— Bruno Marzの『24K Magic』は藤井くんにとってどんな意味を持つアルバムですか?
藤井:僕のジェネレーションにとっては聞き慣れたサウンドではあるんですけど、それが現代的にブラッシュアップされていて、聴いた時はガッツポーズって感じでしたね。どこに現代性を感じるかというと、低域が出ていて、音の分離もいいところ。あと音色やヴォーカルの節々に聴き取れる音が今は20世紀ではなく21世紀だということを教えてくれます。そういうサウンドを自分なりに形にするべく、自宅作業でも研究しつつ、最終的にモノを言うのはエンジニアさんだと思ったんですね。それで角張社長の提案や担当の藤田くんとのミーティングで、渡辺省二郎さんの名前が挙がったので、参考として星野源さんの作品を聴かせてもらったら、高域も低域もばっちり出ていて、なおかつ、ドラムも生なのか打ち込みなのか、よく分からないダンモな鳴りで。まさに自分が求めているサウンドだと思ったので、今回、省二郎さんにエンジニアをお願いしたんですけど、デモを丁寧に聴いてもらったうえで、生ドラムを使うけど、それをリズムマシーンぽく聴かせるために、すごい狭い部屋にドラムをセッティングして録音したり、自分がイメージしていた音を形にしていただいて、ドリさん(Dorian)からは「藤井さんが生ドラムの音も気に入らなくて、全部打ち込みに差し替えたのかと思っちゃいましたよ」って言われました。
— そう。今回のドラムはぱっと聴いた時に生なのか打ち込みなのか分からない質感で、キャッチーであると同時にぐっと深みに引き込まれるんですよね。
藤井:それが現代の音楽の楽しいところだと思いますし、自分としても大成功だなって。”i wanna be your star”のコーラスもデモの段階では自分なりに重ねて頑張ったんですけど、厚みや広がりを出すのに1人では限界があったというか、それが省二郎さんの手にかかると、「Queenかよ!?」みたいな広がりが出て、ミックス確認の際、一聴した瞬間に思わず「ありがとうございます」という言葉が口をついて出てきてしまいました(笑)。
— そして、Princeへの偏愛がうかがえる”i wanna be your star”に対して、”意味不明な論理・方程式”はThe Bugglesの『ラジオスターの悲劇』を引用しつつ、こちらはさらにポップスに寄せたブルーアイドソウルといった趣きの1曲ですね。
藤井:省二郎さんにも「Daryl Hall & John Oatesを思い出すね」って言われましたね。自分としてはそういう意図は全くなく、最初作った時は後期のSteely Dan(スティーリー・ダン)の淡々とドラムが鳴ってる曲を意識していたんですけど、それが波に揉まれて、今の形に落ち着いたという。というか、そもそも、この曲は手慰みのつもりで作ったものなんですよ。そのデモを聴いたバンドのメンバーから「いい曲だからやろう」と言われて、ライブのレパートリーに加えたんですけど、軽い気持ちで作った曲が気づいたら激ドラマティックなナンバーになってしまったという(笑)。
— 前回のアルバムより楽曲はより明快に、ストレートに進化しつつ、藤井さんの作風として揺るぎないのは、ボディミュージックであること。そして、奥ゆかしい日本の音楽では欠落しがちなブラックミュージックの艶がきっちり織り込まれているところは、変わらない個性だと思いました。
藤井:かつてやってたフリージャズの即興もボディミュージックそのものですし、基本的に音楽なんて聴いて踊ってナンボですしね。ブラックミュージックの艶もそう。それこそがブラックミュージックの面白さだと思いますし、その艶をどう表現するのか。表現する人のキャラクターにもよるんでしょうけど、その部分をなくしてしまったら意味がないというか、自分はそういう艶を求めて音楽をやっているつもりです。
— そして、このシングルを機に、さらなる新曲、新作も期待していいですよね?
藤井:また7年後に(笑)。というのは冗談ですけど、近いうちに出したいですね。変拍子なんだけどポップな曲だったり、まだまだ、魅惑の洋平ちゃんワールドは待ち構えているので、溜まりに溜まったものをぶちまけたいと思います。
— では、最後に今回特別に作っていただいたDJミックスについて一言お願いします。
藤井:これまでも大なり小なりのハード・タイムスを音楽がレスキューしてくれたんだけど、今回も「そうだね~」とヘッド・バンギンしながら作ったミックスになります。ファック・コロナ!
2020年4月22日(水)リリース
レーベル:KAKUBARHYTHM
フォーマット:7インチ・ヴァイナル
価格:1,000円 + 税
Music/Words:藤井洋平
Guitar, Synthesizer, Programming, Vocal, Chorus:藤井洋平
Drums:光永渉(A1,B1)
Bass:村上啓太(B1)
Recorded by 渡辺省二郎 / Mixed by 渡辺省二郎, 藤井洋平
Mastered by 熊野功雄 at PHONON STUDIO
■収録曲
SIDE A(33RPM)
i wanna be your star
SIDE B(45RPM)
意味不明な論理・方程式