カンパニー松尾の「華麗なるおっぱい」 鈴木真夕編

by Keita Miki

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鈴木真夕
AV女優。2015年5月にAVデビュー。ML所属。

松尾:(笑)。話を戻すと、インターネットをきっかけに交友関係が広がっていく訳だけど、渋谷では何して遊んでたの?

鈴木:いや、特に無くて。本当にただ渋谷に行くだけでした。なんか、渋谷に行っとけば格好良いみたいな文化、当時はあったじゃないですか。

松尾:でもさ、『egg』世代では無いでしょ?

鈴木:ギリそうですよ。基本的にはギャル文化でした。

松尾:黒ギャルでは無かったでしょ?

鈴木:黒くは無かったですけど、街には黒も白もいた感じで。私は根が引きこもりなんで、どうやったら黒くなれるのかも分からなくて(笑)。白いままでツケマして、金髪でしたね。

松尾:服装はどんな感じだったの?

鈴木:制服着てましたけど、なんちゃって制服で、スカートはめっちゃ短くしてましたよ。見せる用のパンツ履いてましたし。

松尾:典型的なギャルですね。

鈴木:本当に特に何をするわけでも無く、とりあえずタピオカを飲んでました。

松尾:昨今のブームの一回前のタピオカブームね。

鈴木:そうそう、安っぽいタピオカ。ミルクティーの味も薄い頃ですね。タピオカ飲んで、カラオケ行って、プリクラ撮って。1日に親からもらえるお小遣いって1,000円ぐらいなんで、それくらいの遊びしか出来なかったんです。あ、でも当時は渋谷でアンケートに答えると500円分のQUOカード貰えるってのが結構あって、それをチケットショップで換金して遊んでましたかね。

松尾:懐かしい。道玄坂とかで良くやってたよね、アンケート。

鈴木:1日で何個アンケート答えられるかとか、やってましたね(笑)。朝から渋谷に行って、ひたすらアンケートに答えて。今考えたら、結構”限界JK”ですよね。

一同笑

鈴木:「マジで金がねぇ」って感じで(笑)。周りの子たちは親に化粧品とか洋服とか買ってもらってたんですけど、私は買ってもらえなかったので、かなりの”限界JK”でした。

松尾:その頃、ご家族との関係はどんな感じだったの?

鈴木:母親からは特に何も言われなかったです。おばあちゃんはワカメくれましたね。「これ食べると髪の毛、黒くなるよ」って(笑)。「おばあちゃん、これじゃ黒くならないんだよ」って言いながら、ワカメを一緒に食べてました。

松尾:おばあちゃんと仲良しなんですね。

鈴木:大好きです。おばあちゃんは今も元気で、会うと髪の色とか服装とか褒めてくれるんです。

松尾:まぁ、ここまでの話をまとめると、東京の厳しい家庭で育ったお嬢様が、いきなりギャルになって、段々と道を外れていくと。

鈴木:自分的には、そこから人生が始まったくらいに思ってるんですけどね。その頃から、ようやく自分は何が好きなのか、何をしたいのかってことを自分の意思で考えるようになったので。

松尾:どうやってAVの世界に入っていくんでしょうか?

鈴木:友達にうちの事務所の社長を紹介されて。その時は着エロやらないか、みたいな話だったんですけど。

松尾:怪しい感じ(笑)?

鈴木:怪しいけど、ご飯連れて行ってくれたんで。

松尾:安いな、限界JK。

一同笑

鈴木:でも、それまではファミレスなんて行った事無かったから、連れてってもらえただけで感動で(笑)。「うわ、ハンバーグ出てくんじゃん!」って(笑)。「パスタってこんなに気軽に食べられるんだ!」みたいな。

松尾:当時はお金も無かっしね。

鈴木:居酒屋にも感動しました。「すごい、刺身出てくる!」って(笑)。

松尾:”限界JK”時代が長かった分、感動もひとしおだったんですかね。でも、家では結構良いもの食べてたんじゃないの?

鈴木:姉の好き嫌いが激しくて、うちの食卓って結構不思議な感じだったんですよね。姉の食べられる野菜って、玉ねぎとじゃがいもくらいで。

松尾:お姉ちゃんファーストだったんだもんね。

鈴木:家で出てきた手料理って、餃子と野菜を減らしたやきそばと、ジャーマンポテト、親子丼くらい。パスタもオリーブオイルと塩コショウ、ソーセージと玉ねぎって感じのオリジナルのやつで。

松尾:あー、じゃあミートソースとかナポリタンとかは食べてなかったんだ。

鈴木:そうですね、パスタは白いのが普通だと思ってました。

松尾:それが怪しいおじさんからご飯を奢って貰えるようになって(笑)。

鈴木:野菜を食べるようになったのはそれからですよね。「なるほど、これがナスか」って。

松尾:文化革命が遅すぎますね(笑)。

鈴木:そうなんです。だから、私はあの時に”産まれた”って感じで。

松尾:無事に産まれてからはどうしたんですか?

鈴木:1人暮らしをしたくて、とにかくアルバイトを沢山やりました。

松尾:何のバイトしてたの?

鈴木:コンビニですよ。今は無きam/pm。お金は貯まったんですけど、1人暮らしをするには足りなくて、今の事務所の社長に相談して、結局コンビニでバイトしながら着エロをやり始めました。当時は「着エロってなんやねん」って思ってたし、周りに買ってる人なんていなかったから、バレるとかバレないってことも全く考えて無かったですね。親にバレたら怒られるんだろうなとは思ってましたけど。

松尾:まぁ、そこまで深く考えることも無くね。

鈴木:その頃はまだ親と一緒に住んでましたけど、ご飯を一緒に食べることも無いし、会話も無かったし。自分の中では16、17歳くらいで自立してる感覚があったんですよね。実家には住ませてもらってたんですけど。自分の人生だし、「いけるっしょ」って思ってました。

松尾:バイトもしてたしね。着エロってどれくらいまでやってたの? 当時は17歳でしょ?

鈴木:Tバックは履きました。でも、乳首は隠れてましたし、そんなに過激なことはしてないですよ。

松尾:そりゃそうだよ(笑)! 未成年なんだから。当時からおっぱいはデカかったの?

鈴木:今でも自分では大きいと思ってないから分からないですけど、とりあえず「乳首さえ隠れてたらいけることない?」って思ってたんですよね。

松尾:着エロにも色々あって、下手したらバイブとか出てきちゃうけど、そういうのは?

鈴木:それは無いですね。

松尾:そもそも当時って男性経験はあったの?

鈴木:ありましたよ。

松尾:初体験はいつ?

鈴木:高校1年生の時ですね。

松尾:裸になるのは恥ずかしくなかった?

鈴木:何にも考えて無かったですね。「眠いな~」って感じで。あ、でも下の毛を剃られた時は恥ずかしかったです。女子高出身ってこともあって、当時は同年代の男性に対して怖いって感情がありましたね。おじさんは大丈夫だったんですけど(笑)。そんなこんなで、4、5年くらいは着エロをやってましたね、気付けば。高校には通わず、大検だけ取って遊んでて。あとは着エロに出ながら、1人暮らしを始めました。

松尾:何か目標とかあってやってたの?

鈴木:特に無いですね。今も無いんですけど。

松尾:AVをはじめる前は経験人数ってどのくらいだったの?

鈴木:10人くらいじゃないですかね。数えてないけど、一夜限りの関係ってほとんど無いので。ワンナイトって面白くないですよね? セックスはその人のことを知ってる方が楽しめると思います。

松尾:そうなの? ワンナイト派の子は色々と試食出来るのが楽しいって言うけど。

鈴木:え、試食したくない。ちゃんと買ってから食べたい派。私はその料理がどんな料理で、誰が作ってって情報を知らないと食べないです。バックボーンを知ってた方が興奮しません? 「この人、私の友達とも仲良い」みたいなのがあった方が面白いって思っちゃう。だから、良く知らない人とはセックスしないんです。

松尾:なんかその辺が妙に上品というか、育ちが良いというか(笑)。ちなみに、鈴木さんの”遊ぶ”って、当時は具体的に何して遊んでたんですか?

鈴木:お酒は未だに飲めないので、カラオケ行ったり。あとは当時はジャニーズが好きで、地方まで行って、追っかけやってたり。今思うと、何して遊んでたんだろうって感じですけど。でも、正直、東京都内で1人暮らしをするってだけでも結構大変だったんですよ。

松尾:まぁ、そうだよね。金銭的にね。

鈴木:なんで、結構切り詰めてましたよ。まだまだ限界でした(笑)。

松尾:いつも限界ですね。

鈴木:限界ギャル(笑)。

松尾:愛人とか彼氏に食わせてもらうみたいなことも無かったんですか?

鈴木:それが全然無かったんですよ、美味しい話は。そもそも話すら来なかったです。