いま食べるべきカレーは、福岡郊外にある – 中間市・Spice & Dining KALA「名誉欲だけのミールス」

by Osamu Hashimoto and Yugo Shiokawa

9月に公開し、好評を博した「世田谷カレー特集」のスピンオフとしてお届けする本特集。今回は東京を飛び出し、福岡県中間市の話題店、Spice & Dining KALA(カーラ)へ向かった。

渋滞に巻き込まれつつ、博多中心地からクルマを走らせること約2時間。「こんな場所で…?」と言っては地元の人に大変失礼だが、そういう場所にKALAはある。そしてここで提供される料理、とくにミールスについては「ここで食べたら他のミールスは食べられない」という声も聞かれるほど、都会の名店にまったくひけを取らないどころか、それ以上のクオリティと太鼓判を押す好事家も少なくない。

立地だけでなく、ドアに貼られた「不慣れな人には不味い店」という案内、そして一筋縄では開かない自動ドアなど、入店前から客を突き放すような仕掛けがこれでもかと盛り込まれながら、グルメサイトでは非常に高い評価を得ている不思議な店。個性あふれる、というよりも個性しかない店主・石川さんの話から、その本質に迫っていきたい。

Interview & Text : Osamu Hashimoto | Photo : Kazuki Miyamae | Edit : Yugo Shiokawa

音楽家から料理人へ。破天荒な来歴

福岡県中間市という、博多と小倉のどちらからも各交通手段で30分~1時間というエリア。イオンやTSUTAYAがならぶ、いわゆる郊外型の街にKALAはある。一番最初にたどりついたのはネット上の情報からだったが、その時の記憶をたどると、「なぜ、こんなにも素晴らしいビジュアルのミールスを出す店が、このエリアに…」という印象であったことを思い出した。

石川さん(以下敬称略)「東京から地元に戻って、近所のカレー屋に行ったらまずくて愕然としたんです。それなら自分で作ろう、と思ったのがきっかけ。それが4~5年前かな? もともと、自分のためにはじめたカレーだったから、当初はその頃やっていた自分の店の、ランチ営業をやっていない火曜日だけの営業。そのきっかけの部分は今も変わらないかもしれない」

照れ隠しなのか、悪ふざけなのか、ちょっとした変装姿で写真に収まる店主、石川さん。

石川さん、またの名を番長やボスとする店主は、その来歴から十分に興味をそそられる。音楽関係の仕事に就いていたなか人生の転機を迎え、東京は目黒・権之助坂の地下にホルモン鍋屋『ホルモン番長』をかまえる。その頃、店の常連であった好事家たちからインド料理の英才教育を受けたそう。
地元・福岡に戻ってからは、豚をメインにした韓国料理店『テジキング』を営みつつも、上記のとおり、うまいカレーが食べられないストレスを自己解決しはじめ、紆余曲折を経て、今の形態になった。
しかし、東京在住時から南インド料理にフォーカスして食べていたわけでも、作っていたわけでもないらしい。たしかにその頃は東京であっても、気軽においしい南インド料理が食べられたわけではないだろう。場所柄よく通ったという、目黒にあったRASOIは北インド料理を出す店だ。どこから南インドの料理へとシフトしていったのか。

石川「王様になるため。剣を持つなら、折れない剣を持たないといけない。まずはローカルからそれをはじめたんですね。それに、たとえば北インド(料理)とかスパイスカレーをやったとしても、商圏が狭いでしょ? そうすると、必然的に価格競争になる。だから、絶対的な存在になる必要があったんですよ。俺の性格がそうじゃないと許さない。自分がもともとやっていた音楽は、スポーツなんかと違ってタイムや点数じゃないんですよ。たったひとりが『世界一』って言えば、その人にとっての世界一になれるでしょ?
それに、この店をやるにあたって、ビジネスを念頭において考えなくてもよかったんですね。うちの強みは、事業の母体が別にあって、生活に困ってないってところなんです。大声で言うと嫌われるけど、実際は店を辞めた方が生活も潤うんですよ。だから、そんななかで店を続けるんだったら、自分がヒーローじゃなきゃいやなんです。そのための努力は惜しまない。たとえば、売れないかもしれない高級な魚を仕入れるってことは、商売としてやっているとなかなかできないでしょ? でもうちは、それを捨てることになったとしても、やるんですよ。そもそも、原価計算なんてしたことがない。最近はお客さんに煽られて、少し考えていますけどね」

取材当日に用意されていたのは、高級魚として知られるノドグロ(アカムツ)をバナナの葉で包んで焼いたポリチャトゥ。
スパイスと、中に詰められたディルの香りが気持ちよく鼻に抜ける。

出汁のパンチよりもハーモニー

ビジネス的な戦略で南インドの料理を選んだという石川さんだが、もちろん、それだけでは続かないだろう。それまでジャンルの異なる料理を作ってきた料理人として、なにか惹きつけられる要素もあったのではないか?

石川「出汁がない、っていうところかな? 出汁文化が嫌いで、もともと作る料理は薄口なんですよ。醤油もあまり好きじゃない。あと、作っている時のパズル感も好きですね。理系の極みと言うか…埋没させるものと、際立たせるもの。トリックもできるし、あえて、ということもできる。麻雀の捨て牌づくりにも似ていると思います。そこを感じあえる人だけ来てくればいいんですよね。(インド料理を出す)店は他にいくらでもあるわけだし、俺は客引きしてあなたを呼んだわけじゃない、というのが信条です」

出汁や”うまみ”を苦手とする石川さんの作るミールス。ターリープレートやバナナリーフを彩るそれぞれのカレーと、副菜の数々。そのひとつずつの味を見てみると、今まで経験したことがないほど、塩気の薄い料理があることに気づく。それらを補う役目の料理もきちんと用意されていて、食べる側が皿上、もしくは口内調理を必須とするミールスにおける、最も重要なポイントであるメリハリを強く感じることができる。

石川「これも音楽ですよ。よく思うのが、スリランカのプレートは乗っている料理すべてが、リードギターやボーカルなんです。みんな主張が強い。大阪のスパイスカレーも似ていますね。でも俺は、ワンプレートにオーケストラを奏でさせる、指揮者であるべきなんです。これは音楽をやっていたからこその、独自の感覚でしょうね。アレンジャーやレコーディング・エンジニアの感覚です。与える味じゃなくて、まさぐらせる料理。はじめから全裸の女性よりも、タイトスカートで足を組み替える女性がいいんです。私のスカートをめくると何色のパンティー? みたいなね(笑)」

中毒者続出のベジミールス。
上段:左からラッサム、蓮芋のサンバル、ダル、きのこのアヴィヤル、南瓜のクートゥ、パインカーラン、ビーツのパチャディ
中段:左から茄子のタマリンド煮込み、ライス、茗荷のアチャール、ゴーヤのアチャール、ライムピックル
下段:左からキャベツのポリヤル、小松菜のポリヤル、牛蒡のクミン炒め、ロビア豆のスンダル、人参のポリヤル、チャトニ(ココナッツ、ピーナッツ、トマト)

食文化を正しく伝えたいとは思わない

しかし、これだけの郊外で本格的なミールスを提供し、根付かせることは至難の業だ。実際に近所からの来客よりも福岡市内や、九州近郊をはじめとする県外勢のほうが多いとも言う。そうはいっても、今や全国的なグルメサイトにおけるカレー/インド料理のランキングでも上位に位置するKALAへやってくる一見さんは多いだろう。入り口には”警告”という強い語句とともに、“不慣れな人には不味い店”という先制パンチも待っている。それでもなお、そのミールスを求めてやってくる客に対して、やはり石川さんのスタンスは一貫している。

石川「ミールスの内容や食べ方は、店に案内を出していますよ。裏書きに『分からないことはスマホで検索』とも書いています(笑)。ネットで調べれば何でもわかる時代だし。あなたが勝手に来てそれなりに高額なお金を払うんだから、何も知らないっていう状態はナシでしょ、ということですね。白人文化には迎合するのに、有色人種の文化は見下すじゃないですか。日本人の悪いところです。これは、自分が在日韓国人三世だからわかりえることだと思います。アヒージョやバーニャカウダには敏感なのに、サンバルとラッサムは覚えようとしない。他のインド料理店との違いって、そこだと思うんです。
自分は在日として、幼少期に少なからず差別も受けたし、両方の世界を冷静に見られる。日本人でもないし、韓国人でもないんですよ。良い意味で地球人。そして、外国の文化が必ず歪んで伝わることを一番よく知っている。お隣、韓国の文化でさえ歪んで伝わっていますからね。それを20代に痛感しています。かといって、それを正しく伝えたい、というわけでもなくて。結局伝わらないし、伝えきれない。知っているつもりでも分かっていない。でも、食文化なんてファジーなんですよ。日本人が全員おいしい味噌汁を作れるか? という問題です。インド人のシェフでも、インドにいた頃は料理と関係のない仕事をしていた人だったりするし、基本的な調理技術を持っていないことも多い」

石川さんは在日韓国人3世というアイデンティティを込め、韓日の代表的な漬物を盛り込んだ「きむち沢庵(略称キムタク)」という名で音楽活動を続けている。こちらはKALA店内に設けられた、音楽の作業ブース。

「オリジナリティ = なんでもアリ」ではない

インド料理に魅せられ、自分で食べるために作りはじめたインド料理だが、だからといってインドに魅せられたわけでも、憧れているわけでもない。では、どのようにしてそのバランスを保ち、線引をしているのか? 実際にKALAで提供される料理に使われている食材は、本場インドではもちろん、日本のインド料理店でも見かけないようなもののオンパレードだ。美味い魚が採れる地の利を活かした魚類は、ノドグロにキアラ、甘鯛、鰆など挙げだしたらキリがなく、他にも四角豆やカボス、ブラックベリーから納豆なんてものも使われることがある。

石川「そんな食文化だから、もういろいろ考えることなく、自分がおいしいと思うことをやればいいと思います。インドを真似する必要はないし、真似したくても手に入らないものは入らない。気候も違うし、ところ変われば再現できないものなのかも知れない。インドを再現したいとは微塵も思っていないんですよ。インド料理が好きなだけです。ヨガも興味がないし、インドに行きたいとも思っていない。でも、基本的な調理法は正統派でいきたいんです。そうでないと、どこの国の料理かもわからなくなってしまう。たとえば鶏ガラで出汁を取ったら、インド料理としてはアウトなんですよ。スパイスの香りが台無しと言うか、意味がなくなってしまうんです。
料理のオリジナリティについては、また音楽的に話すと分かりやすい思うんですが、アーティストが『音楽の力で誰かを癒したい』とか、うさん臭いこと言うでしょ? 俺が音楽をはじめた理由は、ただカッコいいからなんです。料理も同じで、俺が作った料理はどこにもない。そして、お前はそこに痺れてるだろ? みたいなね。目黒でやっていたホルモン鍋屋は『ホルモン番長』で文字通り番長、この店の前にやっていた韓国料理屋は『テジキング』で豚王(“テジ”は韓国語で“豚”の意)。番長、王ときたので『そろそろ“神”だな』と、インドの時間の神様、KALAを店名にしました。ふだんの時間を忘れて楽しもうぜ! という意味ですね」

前菜は、揚げと納豆と木酢(福岡特産の酢ミカン)のカナッペ。

郊外で高単価。それでも客が訪れる理由

従来の飲食店の常識から考えれば、KALAのスタンスは強気に感じることだろう。それを快く思わない人もいるはずだし、それにKALAはインド料理の店、という枠で考えると決して安くはない。むしろランチも完全予約制のディナーも、客単価としてはなかなかのお値段だ。にも関わらず、なぜこれほど支持を得ているのか? ここに現在から未来の、とくに個人経営の飲食店が目指すべきひとつの姿があるように感じる。

石川「常連の人たちのランチは平均3,000円を越えているし、夜は両極端で、普通は4,000~8,000円くらい、常連の人たちだと15,000円から、っていう感じかな。それでも、ちゃんと長期で、自分のペースで来られる人だけ残るっていうのは、これからの飲食にとって大事な部分である気がしていて。少なくとも、個人店の場合はそうだと思います。必要なのが競争力というか、絶対的ななにか。いかに人生に無駄金を使ってきたか? みたいな、余裕というか遊びの部分。そして、さらに絶対必要なものが、愚直さです。
でも、人をもてなす時に、最初から10ある引き出しを全開にしてはダメですね。まずは2~3で遊ばないと。今の人たちを見ていると、常に全開だな…と思うことが多いです。はじめて寝る女に全開で接すると、3回目以降会ってくれませんよ(笑)。お客さんにもいつも言うんです、『たまたま来たあなたに、今日出す料理はない』って。それは、常連さんのために用意したものの残りなんです。『明日、誰と誰が来るから、何を食べてもらおうかな?』となって、はじめて店と客だと思うんです。顔を覚えてもらうまでは、通りすがりだよって。店にとっては、買い出しからはじまるのが客。そこが本当の接客だと思うんです。『いらっしゃいませ』とか気取るんじゃなくて、その人のためにベストな料理を提供する。そして店は、それを望む人が集う場所。俺も気持ちよく仕事がしたいし、もちろん楽しんで欲しい。ただ、そこには最低限守るべきマナーがあって、そのマナーは”あちら側”ではなく、”こちら側”のマナーです」

南インドの炒め野菜料理、ポリヤルをムール貝で仕立てた、石川さんらしいメニュー。絶品なのはいわずもがな。

仕事としてやっている人に負けたくない

崇高であり、遊びでもある。多くの同業者や後進の方々がうらやむような環境である一方、性格ゆえにあまりに真摯でもある。すでに媒体への露出や、各アワードへの選出などにより名前が全国区となったKALAだが、破天荒な石川さんだけに、また突拍子もないことを考えているのだろうか。KALAの今後は一体?

石川「店をやめたいです(笑)。ミールスって実にもならないし、つらいんですよ。名誉欲だけでやっています。あとは常連さんのため。さっきも言いましたけど、やめた方が生活は楽なんですよ。それでも、楽しい時は続けたい。あの人たちの喜ぶ顔は見ていたい。だからこそ、どうでもいい人には来て欲しくないし、せめて、自分の頭で判断して来てほしい。それに、ここまで遊びでやっているんだから、仕事としてやっている人に負けたくない。むしろ、追いつかれたくもないというのが本音です。プライドのみで生きてます。もともと、近所においしいインド料理店がなかったからはじめた店。でも、なんか通じたインド料理。今それをやっている人たちに言いたいのは、インドは日本に持ち込めないし、インドにもなれない。そんなことより、もっと自分が輝く世界を磨きだして欲しい。そして、そこをもっと掘り下げて、誰にも近づけない城を築いてほしいですね。あと、インド料理店のシェフのみなさん、髭は剃りましょう(笑)」

こちらは肉のカレー。
インドではポピュラーな山羊を使ったカレー、ゴート・ニルギリ・コルマと、スパイスがガツンと効いたチキン・チェティナード。

店舗情報

Spice & Dining KALA
住所:福岡県中間市東中間1-3-7 Kタウン 1F
電話:093-245-3501
営業時間:ランチ(予約推奨) 11:30~15:00(14:30 L.O.) / ディナー(要予約 前日15時まで) 18:00~Close
定休日:月曜・火曜(祝日の場合は営業、水曜に振り替え) ※臨時休業あり
https://www.facebook.com/KALAindia