ULTRA LIGHT TALK ― 伊藤弘(GROOVISIONS)×土屋智哉(hiker's depot)の語るウルトラライト。

by Mastered編集部

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「ウルトラライト・ファッション」特集第2弾。中核となる「ウルトラライト・ハイキング」。まず、この「ウルトラライト・ハイキングとはなんぞや」というのを、日本における「ウルトラライト・ハイキング」界の第一人者、土屋智哉さんと、業界きっての「軽いモノ好き」GROOVISIONSの伊藤弘さんとともに紐解いていきたいと思います。

Photo:Rich(Rich Photo Club)
Interview&Text:Mastered

だって、遠足はみんなズックじゃん?上着にGORE-TEX®着てくださいなんて指定されたことないしね(笑)。(土屋智哉)

— 「ウルトラライト・ハイキング」に出会ったきっかけというのは?

土屋智哉(以下土屋):98年に[ゴーライト(GoLite)]と[ゴッサマーギア(Gossamer Gear)]というメーカー設立されて、それと前後して『Beyond Backpacking』というレイ ・ジャーダインが書いた本が出版されたのがおそらくムーヴメントの始まりなんです。僕はその直後の01年くらいにアメリカでの展示会にアウトドアショップのバイヤーとして参加したときに、ゴーライトのブースで初めて知ったのがきっかけですね。当時は仕事として面白いとか売れるとかではなかったんですが、何か惹かれたんです。というのも学生時代から洞窟調査の海外遠征に行っていて、遠征時は機材がめちゃくちゃ多いんですよ。そもそも洞窟に入るのにヘッドライトもいるし、ヘルメットもいるし、竪穴に入ろうとしたら戻ることも考えて、ロープも全部セットしなきゃいけない。水洞部分が出てきたら潜水セットも必要だとなると、荷物は膨大ですよね。
そういうことを10数年続けてきて、それはそれで楽しいんですけれど、もっとシンプルに遊びたいなと思っていて。自分は、昔やっていたクライミングを90年代にもう一度やり始めたりだとか、その時も、ロープを使わないボルダリングが、ちょうどアメリカでも今に繋がるムーブメントが起きてきていたんです。その時をリアルタイムで体感しつつ、同時に波乗りもやっていたりだとか。ボルダリングやサーフィンのシンプルなスタイルがカッコイイよね、と90年代後半にやっていたことと同じ事が、山歩きでも出来るんだというのがとても新鮮な驚きだったんです。

— ボルダリングから登山、という人も多いですよね。それで、登山系のアウトドアショップにいって「山登りしたいんですけど」というと、必ず、ハイカットのゴツいブーツが進められて、割と装備がアレもコレも必要だといわれるじゃないですか。でも、ウルトラライト・ハイキングの思想って、D.I.Y.というか、「ないものは作っちゃえば良いじゃん」とか、工夫次第で、気軽に登山っていけるんだってわかって、目からウロコでしたね。

土屋:だって、遠足はみんなズックじゃん?上着にGORE-TEX®着てくださいなんて指定されたことないしね(笑)。

一同笑

土屋:デザイン業界、ファッション業界の方々もお店に来てくれるんんですが、やっぱりそういうお客様って、実際に登りに行っている方が多いんですよ。しかも、話をしていると、バランス感覚がすごく良くって。僕はもともと、すごくベタな方面から来ているから感じるのかもしれないけれど、TPOが分かっている感覚が凄くあります。山ばっかりやっている人って、自分のやっていることを凄く背伸びして見せようとするんですよね。自分は凄く山に登っているんだぞって。言葉は悪いかもしれないですけれど、上を見ればキリがないんですよね。本当に評価すべきクライミングをしている人たちもいますが、それ以外はハイキングでいいじゃん、もっと気楽になればいいのにって思うんだけど。でも、僕が接する人たちってそこら辺はすごく自由。僕らはコレくらいしかしませんから、コレで充分っていう物事のTPOがわかってらしゃる方が多い。ウルトラライトって基本的にはTPOだと思うんですよ。

— なるほど。

土屋:デザインの人たちからすれば、省いて省いて、省いた先にあるミニマルなデザインとか、クラブミュージックのミニマルなループでリズムを刻んでいくのとか、そういうところがぴったりくるんですかね。

土屋智哉(つちやともよし)
1971年、埼玉県生まれ。古書店で手にした『バックパッキング入門』に魅了され、大学探検部で山を始め、のちに洞窟探検に没頭する。 某アウトドアショップバイヤー時代にアメリカでウルトラライトハイキングと邂逅。この西海岸発生のハイクムーブメントに傾倒し、自らの原点でもある「山歩き」のすばらしさを再発見する。 2008年、John Muir Trailをスルーハイクしたのち、幼少期を過ごした三鷹にウルトラライトハイキングをテーマにしたショップ「ハイカーズデポ」をオープンした。

— 伊藤さんはいかがですか?

伊藤弘(以下伊藤):僕はもともと山に行くタイプではなかったんですが、そのレイ ・ジャーダインの本を人に貰ったことがあって、それが出会いですね。山行くためというより、あのガレージメーカー・カルチャーが楽しくて、使わなくても買ってみたりしていました。

土屋:それ大事ですよね。

伊藤:あとはやっぱり土屋さんと寺澤さん(※寺澤 英明氏。ブログ「山より道具」の著者。)のブログがめちゃくちゃ面白くて。寺澤さんってマイナーなギアでも、買ってしっかり試すじゃないですか。ああいうのを見ていて面白いな?と思っていました。

— 以前、honeyee.comでブログを執筆していた時も、いろいろと量ってらっしゃいましたよね。

伊藤:モノの重さを量るようになったのは、自転車に乗っていたからなんです。自転車の世界では、ネジから何から重さを量るのがそんなに珍しいことではなくて

土屋:それこそ1g1万円の世界。

伊藤:さすがに、そこまで行くと病気ですけれどね(笑)。でも10グラムで1万円くらいはやってました。

土屋:でも、自転車は徹底的にやりますよね。

伊藤:今の自転車はカーボン技術の進化ではじめからかなり軽量です。ちょっと軽量化のゲームとしての面白さはうすれているかもしれません。でもアウトドアのギアってどんどん進化していくから、そこは端で見ていて、無責任に面白いなと思います。

伊藤 弘(いとうひろし)
1993年、京都にてデザイングループ“groovisions”設立。グループ設立時からワールドツアーを含むPIZZICATO FIVEのライヴ・ビジュアルを担当し注目を集める。1997年から活動拠点を東京に移し、CDのパッケージデザインやPV、様々な企業やブランドのアートディレクション、グラフィックデザイン、モーショングラフィックデザインなど、その活動は多岐に渡る。本人曰く「土屋さんのファン」。業界きっての軽いモノ好きでもある。

土屋:さっき仰っていたとおり、そうやって見てくれる方が面白いっていっていただけるムーヴメントであることが大事かなと思うんですよね。

— さきほど自転車の話がでてきましたけれど、伊藤さんは[ブリジストン(BRIDGESTONE)]アンカー(ANCHOR)のネオコット(Neo-Cot)を所有していましたよね。ちなみに、自転車って昔から乗っていたんですか?

伊藤:僕は90年代後半のMTBブームのときにかなり乗っていました。[キャノンデール(Cannondale)]、[クライン(KLEIN)]、[イエティ(Yeti Cycles)]、[マンティス(Mantis)]とか。僕はマンティスのフレームが好きだったので、集めたりしていましたね。その当時、そういうMTBは既にヴィンテージだったから、さっき言っていた軽量化ゲームからは離れてしまいますね。軽いことがシビアなロードバイクに本格的にはまったのは、2005年くらいかな。そのころから、軽いカーボンフレームが安くなってきて、自転車を軽くするのが面白くなってきました。

土屋:そのころカーボンの質がぐっとあがりましたもんね。ずっとカーボンのフレームはあったけれど、モノとしての質があがった。でも、自転車もそうだと思うんですけど、自転車を軽くしていくっていうときに、ロードバイクみたいにパーツそのものの重量を軽くしていくっていう方法論があるじゃないですか。ロードレースに出場するとすれば、当然シングルなんて無理だから、変速機は外せないし、とにかくモノの素材にこだわったりして軽くしていって、アッセンブルしていくという方向性があるんだけれども、もう一個って、例えば、NYで始まったメッセンジャーたちのピストムーブメントもそうだし、今のシングルMTBの流れもそうだけれど、パーツを取り外していく、「必要なものってどれ?」というシンプルにさせていく方向性でウルトラライトに持っていく。アプローチが2つあると思うんですよね。

— 多分、どちらが良い悪いじゃなくて、ですよね。

土屋:ウルトラライトっていうと、山の雑誌だと、「全部軽くしているんですよね?」と聞かれるんですが、「全部軽くしているだけでは美しくはないんだよね」と。それが結果として美しくなることもあるんですけれども、そうしていると全部美しいわけではなくて。なんとなく美しいハマり感ってあるじゃないですか?

— 伊藤さんのアンカーネオコットってまさにその美しいハマり感なんですよね。もともとロードバイクなのに、シングル化して。しかもテンショナーでチェーンの調整するというのではなくて、エキセントリックハブでチェーンのテンションを調整されていて。そういう意味で、あれは自転車のウルトラライトなんだなと感じていたんですよね。

伊藤:ディレイラーがなくて、坂が上がれなかったらそこは引いたらいいじゃんっていう話なんですよね。何が何でも自転車を降りないで登るってなれば、今やギア数リア11段のギアをつけるか―――

土屋:それか、足を鍛えるかですよね。

伊藤:それはそれで、アスリートとしては正しい方向性なんですけれど、それが自分に合っていて楽しいかという視点に立ったときに、果たしてどうか。

土屋:シングルMTBでファンレース(※シングルスピードMTB選手権)をやっている人たちが来たときに、「登り辛くないっすか?」って聞いてみたんですよ。そうしたら「いや、デイレイラー付けていてもどうせひいて登っちゃうから、変わらないかなと思って」って(笑)。

— 本当にそうですよね。結局この機能っているのかなって。やっぱり男だから、バックパックでも余りにもオーバースペックなものを選んでしまったり。

土屋:だって格好いいもん。

一同笑

伊藤:それはそれで面白いんだけれどね。

— それが自分には合っていないということがわかったときに、ウルトラライトな方向に走っていくのかなと思います。

土屋:振れ幅の一つかなとは思いますよね。やっぱり、極端な姿って格好いいじゃないですか。機能満載で、すごくデコラティブな感じになっていく、その美しさもあると思うんですよ。『機動戦士ガンダム0083 ジオンの残光』のときのプロトタイプ3号機じゃないけれど。あれは美しいのか、といわれれば、あそこまでいってしまったらアレも美しいと思えるほどですけれど、そうじゃなくてっていうのもあって。極端にやると格好良く見えてしまうというのもあるから、ギミックがあってスペックもりもりな格好良さも一個あるけれど。80年代ってそういう時代でしたよね。伊藤さんはそういう文化を見ていて、アウトドアのムーヴメントに入り込まずにそういう流れを見ているから、方や[モス・テント(Moss Tents)]のデザインも好きだし、ウルトラライトなタープも好きだよみたいのが両方言えるんじゃないですか?

伊藤:まったくおっしゃるとおりです。僕は、最初に買ったバックパックって、70年代後半のフレーム入りのヘビーなヤツですし。

土屋:当たり前ですよ。その頃だったら、こんなウルトラライトなザックって鼻くそですもん(笑)。ちなみに、どこのザックを買いました?自分は、90年代になるんですけれど、大学生になってサークルに入って、友達が、ICIのオリジナルを買うんですよ。先輩方もこれで充分だと。でも「ちょっと待ってくれ。これじゃあ、オレの美意識が許せないんだよ」となるわけですよ(笑)。そこで、[ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)]のザックを買ったんです。その時のノースって、やっぱり凄く格好良かったんですよ。今のノースが格好悪いというわけではないんですけれど。

— なんというか、余りにも一般化してしまったというか。そういうことでしょうか?

伊藤:もっとアメリカのカルチャーがしっかり反映されている感じだったんですよね。

土屋:ザ・ノース・フェイスは、バークレーだから。60年代のバックパッキングカルチャーとかヒッピーカルチャーとか、ビートも含め、そういうのが生まれた土地じゃないですか?そういうのがザ・ノース・フェイスにとって大きかった、と僕は思っていて。大学生時代、当時はザ・ノース・フェイスのアイテムでライセンス商品なんかなかったから、要は全部インターナショナルなんですよ。

— なるほど。

土屋:「格好いい〜。値段がぜんぜん違う 〜」なんて思いながら(笑)。自分は、ICI石井スポーツでセールで一個ぽーんと置いてあるヤツがあって、「ラッキー!サイズとか関係ないっしょ!」と思って。あったから良かったけれど、最初からは買えないですよね普通は。

伊藤:しかももうちょっと、あの頃は違ったんですよね。

土屋:もしかしたら、僕と伊藤さんが似ているのは、例えば、僕もモスのテントも好きだし、ノースのバックパックも使っていたし、とかっていうのはあるんだけれど、今は、このウルトラライトっていう方向性が面白いよねっていうのは、昔のノースを初めとするアメリカンカルチャーの匂いなんですよね。それも、作られたものではなくて、グラスルーツのところででき始めているムーブメントの香りがあるカルチャー。なんとなくそういう共通感があるというのが好き、ということじゃないですか。

— なんとなくD.I.Yな感じというか。

土屋:しょせんサブカルチャーなんだと思うんですよね。サブカルっていう言葉を使っていいのか分からないんですけれど、だけどやっぱりそういう匂いがあるからどちらも好きなんだと思います。

日本人の場合は、ちょっとした侘び寂の文化と通じるところがあるじゃないですか、ウルトラライトって。(伊藤弘)

伊藤:ヨーロッパの正統的な文化に対するカウンターというか、その正当的なものを崩すというか。やっぱりそういうのが、アメリカにはあるから、それがかたちになるとすごく面白いんですよ。

— デザインだけでも面白いですよね。でも、このD.I.Y.な感覚というか「切れてもいいじゃん」という割り切り、発想の転換に気づくまでは、なかなかこういうウルトラライトなザックを使おうとは思わないですよね。

土屋:アメリカはやっぱり突拍子も無いアイディアを持っていますよね。僕は決してヨーロッパの正統的なものも嫌いじゃない。ウチもウェアはヨーロッパのものをやっていたりするんですけれど、でも、全体を括るテイストとしてアメリカのものはアイディアが面白いもん。D.I.Y.精神というか。それこそガレージメーカーですね。これってアリ?コレやっちゃうんだというおバカ感というか。

— ちなみに、アイディアがこれスゴイなというギアはありますか?

土屋:ギアというか、僕は端から見ている側よりも、ムーブメントの中心にいる者として、動きたい。歩きたい。僕の中の指向性としては、さっき言ったライトウェイトな方向性なのか、シンプルな方向性なのかでいえば、シンプルなほうに行くゲームのほうが今は楽しい。使い込んで醸しだされちゃったザックの凄さってあるじゃないですか。煮詰めた感というのは、最後に使うことで出てくるんですよ。アイテムとしては、ゴーライトの「ブリーズ」が今でもマイフェイバリットですね。結局、ウルトラライトが好きなのってこの形が好きなんですよ。「なぜウルトラライトが好きなんですか」と聞かれれば、このゴーライトのザックのデザインがヤバいから、という点に尽きるんですよね。見た目が好き。あとは、これだけでいいんだという潔さ。ウルトラライトなザックを煮詰めていけば出てくる「結局は切れてもいいじゃん。切れたら自分で直して」みたいなあきらめ感。使う側も、「いいよ、これつかっているのはそこじゃないんだよ。」というふうに吹っ切れているしね。ゴッサマー ギアというブランドなんか、ブランド名の「ゴッサマー」が「蜘蛛の糸」っていう意味だから、切れてもしょうがないよねっていう。あとは、その人のデザインなんだというのが分かると格好いいですよね。

— 伊藤さんはどこのザックが気になっていますか?

伊藤:[山と道]のザックですね。実際使いやすいし。

土屋:山と道のザックは、デザインの好き嫌いはすごくはっきり出ると思うし、従来のウルトラライト好きが好きか嫌いかということで言ったら賛否が分かれるところだと思います。でも、それがいいんです。山と道のデザインは、フェミニンで中性的。男の子よりじゃなくて、かといって女の子向けでもない。こういうデザインは今までないんじゃないかな。マス・ブランドがやるとどちらかに分かれるんですけれど、どちらでもない。

— いわれてみればそうですよね。

土屋:今日持ってきた[ハイパーライト マウンテン ギア(HYPERLITE MOUNTAIN GEAR)]もそうなんだけど、北米のウルトラライトのムーヴメントって、伊藤さんと同じくらいか、もうちょっと上の50代の方々がひっぱてきているムーブメントなんです。ゴーライトもゴッサマー ギアも。レイ ・ジャーダイン自体がそもそも、70年代の伝説的なクライマーだから。多かれ少なかれ、そういう人たちがPCT(=パシフィック クレスト トレイル)を舞台に、成熟させた文化だから、比較的第1世代って年齢が上ですよね。海外のメーカーはだいたいその世代がやっていた。それの次、ネクストジェネレーションというと、日本に関してはファーストジェネレーションがそもそもいないのですが、山と道が第2世代。ハイパーライトもそうなんですよね。しかも、ハイパーライトって東海岸のメーカーなんです。もともとが西海岸発祥のカルチャーで、やっぱり文化的に全然違う東海岸、これは日本と同じですよね。東海岸は東海岸でアパラチアン(=アパラチアン・トレイル)があるけれど、西海岸のカルチャーとは違うところで、若い世代、僕らと同じ世代がメーカーを起こす。しかもアパラチアンというフィールドもあって、そういうストーリーが面白くて。僕らの世代が引き継いでいくというか。単に応援したい。

伊藤:自転車も最近、東海岸が盛り返してきていたりしています。[インデペンデント(Independent Fabrication)]とかいわゆるボストン系。東にぽつんとカルチャーが飛び火するというのは、なんかありますよね。

土屋:もしかしたら、保守的な地域だからこそ、刺激をうけて、貯めて貯めてぱーんみたいな、爆発があるのかもしれませんよね。しかも、街が格好良い。大都市は。洗練された格好良さがありますよね。

伊藤:やっぱり西のペラペラ感とは違いますね。

土屋:西は西で好きなんですけれどね、東のほうが、東京的な格好良さがあるんでしょうね。

— なるほど。

土屋:ウルトラライトって、実際に山に向かわなくても、こんなに軽いんだぞっていう知的なゲームとしても面白いし、デザインもガレージものだけではなく、マス・プロダクトにはない面白さがあるじゃないですか。造形的な面白さもあるし。それを持って山にいったときに、こんなにシンプルに山に登れちゃうんだというのが上手くハマる。山はスポーツじゃないから、普段夜遊びしている人のほうがテンション上がるだろうし、そういう要素が多いように僕は思うので。

— デザインだけでも面白いですよね。でも、このD.I.Y.な感覚というか「切れてもいいじゃん」という割り切り、発想の転換に気づくまでは、なかなかこういうウルトラライトなザックを使おうとは思わないと思うんですよね。

土屋:でも、それって、他のことに置き換えてみれば、みんなやっていることなんですよ。四の五の言わずに日本車乗っておけ!と思うにも関わらず、みんななぜそんな坂道でオーバーヒートしちゃうビートルに乗っちゃうの?とか、今更そんな重ステのフランス車乗っちゃってんの?とか。でも、みんな「パーツが高いんだよ」とかいいながらも、乗っているわけじゃないですか。

— 直しながら。

土屋:バイクでもね。そういうことをお店では良く言います。それで、「日本車乗っているんです」っていわれたときは「うーん。何言おうかな」って(笑)。

一同笑

土屋:だけど、そういう人と話すと、ウルトラライトってそういうことなんですねってなりますよ。あとは、みんな山の道具って壊れてはいけないという先入観が強いんですよ。

— そうですよね。安全第一で。

土屋:でも、僕から言わせれば、僕らのレベルだったら、安全というのは道具が決めることではないですよ。もっと最先端、いわゆるエッジの部分で活躍している人たちにとっては、その極限の状況で、道具の、モノの良し悪しが運命を決めるということもあるかもしれない。それはスキルが行き着いちゃっているから。でも、僕らが普段行くようなところは、道具が安全を左右しないですね。そもそも、危ないと思ったら帰ればいいし、疲れたなと感じたら帰ればいいんですよ。そういう発想がないのが一番危険。ファッションやデザインの方がTPOをすごく分かってらっしゃるというのは、自分はコレくらいだから、自分たちが愉しむレベルってこういうところだから、ということをすごく理解していらっしゃるから、変に突っ込み過ぎないし、無理をしないし。でも、繰り返していくうちで、判断基準は上がっていくんですよ。いつでも突っ込むしかできない人間と、こういう時は引き返すという判断が出来る人間だったらば、後者の方が、それを2〜3回繰り返すだけで経験値が上がりますよ。だって、前者の人は判断できていないんですから。ウルトラライトな道具は、頼りないから、判断力を鍛えるのには役立つかもしれないですよね。

— ザックの詰め方からあるような気もしますよね。普通にボンボン詰めていくだけでは駄目というか。

土屋:ところがね、本場で見るとアメリカ人超適当なんですよ。

— えー!そうなんですか!

土屋:ごめんなさい。僕が書いた本のなかで、唯一嘘があるとすればそこです(笑)。

一同笑

土屋:あれはスタンダードではないというか、アメリカの本でもああいうのはかかれているんだけれど、アメリカ人はやらない。ルーズなんですよね。

— それだと持ちづらくはないんですかね?

土屋:関係ないんでしょ。だって軽いんだモーンって言っているかもしれないし。だから、ウルトラライトって日本人向けだと思いますよ。

伊藤:アメリカ人ってすぐ上半身裸になるし。

土屋:すぐ裸族になるし、だからベアフットとかも出てくるんですよ。

— なるほどですね。

伊藤:根本的に凄くタフですよ、彼らは。

土屋:だからウルトラライトができるのかもしれないですよね。

伊藤:日本人の場合は、ちょっとした侘び寂の文化と通じるところがあるじゃないですか、ウルトラライトって。

— そうですね。引いていく美学というか。

土屋:ナイフ1本あれば、どこでもやっていけるぜというか。そういうのはちょっとマッチョな美学ですけれど、「これだけで大丈夫なんだ」というのは格好いいんですよね。学生の時の話ですけど、発掘の現場に行く時に手ぶらで来る先輩がいたんですね。コートのポケットに、換えのパンツだけ突っ込んで。

— それはウルトラライトですね(笑)

土屋:こっちも最低限の荷物をバッグで持ってきているわけですよ。まわりにも『旅行それだけで行けるの?』って言われてちょっと悦に入っていたんですが、その人に『旅館に泊まるんだったら、別にいらないじゃん。歯ブラシも寝間着もあるんだし、下着あれば余裕っしょ』ってトランクスだけ出されて。頭ぶち抜かれましたよね、その時は。

一同笑

土屋:でも、そういう感じで、海外旅行もパスポート1つで行くのって憧れませんか?

伊藤:憧れますねえ。

土屋:ウルトラライトってどっちかっていうとそういうことなんですよね。

伊藤:ウルトラライトというか軽いものにハマっていたとき、キャンプもウルトラライトでいっていたんですよ。みんなでハイキングじゃなくて。そしたら、みんな僕のことベトコン(※南ベトナム解放民族戦線時のベトナム労働党及びベトナム共産党の通称)っていうんですよ(笑)

土屋:分かる!僕も同じで、お店のキャンプイベントでミニマムに行くんですよ。それをみんな見たい!っていうんですけれど、見ると「え、何?タープだけ?」ってなるんです(笑)。一応、僕なりに、山では使わないコットを配置してみて、とかやるんですよ。その時は、さらにヨガマットも敷いてあげたのかな。それなりにいい空間を演出しようとはしてみるんですけれど、どう見ても、まわりからはーーー

伊藤:まぁ、一言でいえば「貧相」。

一同笑

土屋:ずばりそうですよね。四畳半は四畳半でしかなかったというか。

— 確かに。でも、どう楽しめるかですよね。

土屋:そうですよね、三畳一間風呂なしアパート、便所共同みたいな部屋でも、格好良く住んでいるのは格好良いなという。

伊藤:それが格好良いと思えるかどうかですよね。

土屋:「えっ、トイレ共同とか無理!絶対無理!」という人はアウトですよね。ただ、こっちはこっちで、車がないと行けないオートキャンプ場とかどうでもいいし。セッティングだけで半日かかってんじゃん、明日朝帰るのにさ!そういうのは逆にスマートじゃないなってね。でも、お互いやせ我慢なんですけれど(笑)。

伊藤:物量投入の面白さが一方であるのは、認めながらもね。

土屋:そうそう。そういうのもやっていましたからね。長火鉢をキャンプに持っていったこともありますから。物量投入はアリなんですけれど、本当にウルトラライトなキャンプは貧相ですよね。

伊藤:でも、四畳半でカバン1つで他になんにも持っていない状態で、そこに引っ越してくる。そういうスタイルが格好良いというのは、日本人的ですよ。

土屋:ウルトラライトってどっちかっていうとそういうことなんですよね。清貧の美学というか。例えば栄養学的に賛否両論ありますが、マクロビやベジタリアンみたいな食生活だったり、禅、茶道、侘び寂もそうだし。なんとなくそういうキーワードって、日本人にとっては、グッとくるものがあると思うんですよね。ウルトラライトの、ただライトウェイトなだけではなくて、軽さを超越する何か。それがシンプルさだと思うんですけれど、誰もが分かる重さっていう形で見せてくれるから。

伊藤:そういうシンプルなスタイルが格好良いというのは、もはやDNAにすり込まれているのかも。しかもそれをウルトラライトっていう言い方をすると、ちょっと新鮮というか。そういう良さ、面白さはあると思いますよね。

土屋:言ってしまえば貧相なのかもしれないけれど、言葉を変えてみれば格好良く見えるというか。そのときの姿が今までの山登りとかキャンプとは違うビジュアルだとすると、興味は湧きますよね。それがウルトラライトのいいところなんじゃないかな。

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