Vol.38 TA-1(KONCOS) – 人気DJのMIX音源を毎月配信!『Mastered Mix Archives』

by Yu Onoda and Yugo Shiokawa

MasteredレコメンドDJへのインタビューとエクスクルーシヴ・ミックスを紹介する「Mastered Mix Archives」。今回登場するのは、DJにして、元riddim saunterのドラマー、現KONCOSのピアニストでもあるTA-1。

松田"CHABE"岳二が主宰する渋谷ORGAN BARのロングラン・パーティ「MIXX BEAUTY」で10年に渡って不動のレギュラーを務めてきた彼は、ヒップホップをルーツとするDJ、ドラマーでありながら、バンドにおいてはメロディ/ソング・オリエンテッドな方向性を追求してきた異色な存在だ。


そして、現在、ギターの佐藤寛とのデュオ、KONCOSとして活動している彼はドラムではなく、ピアノをプレイし、全国100ヶ所を回る長期ツアーを行っている真っ最中だが、謎めいた彼の音楽観に迫るべくインタビューを敢行。併せて、近年、好んでプレイしているというディスコ・ラップやディスコで構成したDJミックスを制作していただいた。

Interview & Text : Yu Onoda Photo & Edit : Yugo Shiokawa

※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)

riddim saunterでの活動は自分のなかでやり切ったという感覚があったし、あの時の実力ではそれ以上の曲は出ないなと思ったんです。というか、この先、音楽をやっていくなら、今のままではダメだなって思ったんですよ。

— DJとしてのTA-1くんはヒップホップが土台になっているのに対して、2011年に解散したriddim saunterや現在のKONCOSの一員としてやっている音楽はメロディに特化した音楽ですよね。その両極に振り切れたTA-1くんの音楽観はどうなっているんだろうと以前から思っていたんですよ。

TA-1:それ、よく言われるんですけど、自分でもよく分からないうちにそうなっちゃうんですよね(笑)。

— そもそもの音楽の入口はヒップホップだったんですよね?

TA-1:そうですね。僕、生まれは福島の郡山なんですけど、中学の時に北海度の帯広に引っ越したら、北海道のFMノースウェーブでDJ SEIJIさんがヒップホップの番組を毎週月曜から金曜日でやっていて、スクラッチの面白さに開眼しちゃったんですよ。それでバトルDJになりたいなって。
当時の先輩には、今、MIC JACK PRODUCTIONで活動しているJAY-KさんやMICHITAさんたちがいて、RAPPAZ ROCK時代のジョージさん(B.I.G. JOE)とかが帯広に来てはライヴをやってて、TA-1っていう名前もJAY-Kさんに付けてもらってましたし、MICHITAさんにレコードを売ってもらったり、そういう人たちに可愛がってもらってたんです。

— ヒップホップはラップではなく、バトルDJに興味があったんですね?

Group Home『Livin' Proof』 94年リリースのヒップホップ史上に残る大クラシック「Supa Star」から1年あまりを経て、DJプレミア全面プロデュースにより満を持してリリースされた1枚。ミニマムなワンループのトラックで中毒者を続出したリード曲「Livin' Proof」を筆頭に、捨て曲無しの大名盤。

Group Home『Livin’ Proof』
94年リリースのヒップホップ史上に残る大クラシック「Supa Star」から1年あまりを経て、DJプレミア全面プロデュースにより満を持してリリースされた1枚。ミニマムなワンループのトラックに中毒者が続出したリード曲「Livin’ Proof」を筆頭に、捨て曲無しの大名盤。

TA-1:そう、ジャグリングがなんか好きだったんですよね。ただ、当時はターンテーブルを持ってなかったので、学校が終わっては帯広にあるヒップホップのショップに毎日通って、そこに置いてあるターンテーブルでGroup Home「Supa Star」の2枚使いを8時間とか練習してました。たぶん、ショップの人はすごい迷惑してたと思います(笑)。
その頃、バトルDJで好きだったのは、DJ SEIJIさんはもちろんのこと、ロック・レイダーとかロブ・スウィフト。プロデューサーだと、DJプレミアが自分にとっての神で、プレミアがプロデュースしてるレコードは全買いする勢いでした。サンプリングを活かしたピート・ロックっぽいビートも好きだったんですけど、僕はそれよりもサンプルをチョップしたプレミアのミニマムなプロダクションの方が好みだったんですよ。

— 当時の帯広にレコード屋は?

TA-1:ちょっとしかなくて。だから、ノースウェーブのチャートをFAXで送ってもらって、札幌のCISCOに買いに行ったり、Manhattan Recordsの通販でしたね。ただ、当時はインターネットが普及してない時だったので、FAXや郵送されるカタログの通販だと時間差があって、いいレコードが売り切れちゃうんですよね。そんなこともあって、レコードの情報をとにかくメモって、年に2回くらい札幌に行っては段ボール1箱ぶんをまとめて買ったりしてましたよ。

— そういうヒップホップな一面がありつつ、ドラムを叩くようになったのはどういうきっかけがあったんですか?

TA-1:今はもうなくなっちゃったんですけど、帯広にあったREBELっていうライブハウス兼クラブの店長、アサノさんがDJであり、ベーシストでもあったので、DJを習いながら、ドラムを叩かせてもらうようになって目覚めたんです。それで高校の同級生だった(田中)啓史や(佐藤)寛とバンドを組んだんですけど、自分を含めたその3人が東京に出て、riddim saunterがなんとなく始まったんです。そして、東京に出てきてから渋谷のゼスト・レコードで最初に買ったフェニックスとかアヴァランチーズがすごくいいなと思ったんですよね。で、そのうちにラプチャーとかLCDサウンドシステムみたいなディスコ・パンクが出てきて、ハウスのビートでメロディックなバンドでやったら面白いんじゃないかっていうことになったんです。
あとは渋谷のハイファイ・レコードでハワイアンAORとか、そういうメロウな、メロディアスなレコードが買ったりしつつ、もちろんヒップホップも聴き続けていたんですけど、バンドのみんなはあまりヒップホップを聴いてなかったので、クラブでの夜遊びやDJはその反動もあると思います。

— ただ、ゼストというのは、ヒップホップのレコード屋ではなかったですよね。

TA-1:僕、(以前はゼストの店員だった)チャーベさんのDJが好きだったんですよ。帯広のレコード屋さんで、ゼストの存在を教えてもらって、お店で売ってたチャーベさんのミックス・テープを買ったら、色んな音楽が入ってて、その選曲に衝撃を受けたんです。当時はMUROさんのミックステープも好きだったんですけど、メロウさという点でチャーベさんとMUROさんには共通するものを感じたんですよ。しかも、チャーベさんはAIR JAM周りやシャカゾンビみたいなヒップホップとも繋がっていたり、バンドとクラブを行き来しているところがすごい興味深かったので、イベントに通うようになったんです。そこでお酒を奢ってもらったり、「デモがあったら持ってきなよ」って言ってくれたり、チャーベさんは東京に出てきて一番最初によくしてくれた先輩ですね。

— その流れがriddim saunterのデビューに繋がっていくんですね。あと、その頃、TA-1くんは菊地成孔さん主宰のDate Course Pentagon Royal Garden(現DCPRG)や東京ザヴィヌルバッハでお馴染みのジャズ・キーボーディスト、坪口昌恭さんのローディをやっていたとか?

riddim saunter『Days Lead』 TA-1がドラマー、コンポーザーとして活躍し、2011年に惜しまれながら解散したriddim saunterのラスト・アルバム。ノルウェーにてアナログ・レコーディングを行い、全12曲中8曲にストリングス・アレンジを施した楽曲は、ポップスやカリビアン、パンク、ソウルといった様々な音楽のハイブリットを意欲的に実践した1枚だ。

riddim saunter『Days Lead』
TA-1がドラマー、コンポーザーとして活躍し、2011年に惜しまれながら解散したriddim saunterのラスト・アルバム。ノルウェーにてアナログ・レコーディングを行い、全12曲中8曲にストリングス・アレンジを施した楽曲は、ポップスやカリビアン、パンク、ソウルといった様々な音楽のハイブリットを意欲的に実践した1枚だ。

TA-1:そう、東京に出てきた2001年から2004、5年まで坪口先生にずっと付いて回ってたんですよ。坪口先生って、実は僕が通っていた大学の先生で、「ライヴ観に行かせてください!」ってお願いして観させてもらったのが、菊池さんと坪口先生がやってる東京ザヴィヌルバッハで。「なんだ、この音楽。ヤベえ!」って、ものすごい衝撃を受けたんです。そして、坪口先生から「もうちょっと好きそうなライヴがあるよ」って誘われたのが、大友良英さんや高井(康生:Ahh! Folly Jet)さんがいた初期のDate Course Pentagon Royal Gardenだったんですよ。それからジャズ・シーンにずっぽりハマっちゃって、ローディをやらせてもらうことになったんです。Date Courseのメンバーは全員リスペクトしているというか、その出会いはチャーベさんと知り合う以前の話なので、自分の東京生活はそこから始まったようなものなんですよ。

— それはものすごく意外な話ですね。TA-1くんのやっている音楽は表立って、アヴァン・ジャズの要素は感じられないですけど、もしかして、riddim saunterやKONCOSでTA-1くんが作曲する際には、その時、学んだことが活かされているとか?

TA-1:そうですね。大学はあまり通ってなかったですし、譜面は読めないんですけど(笑)、坪口先生から習ったりしつつ、当時、勉強した音楽理論やコード、音の積み方の基礎があったので、riddim saunterではドラムを叩きつつ曲作りが出来たんですよ。

— そして、2011年にriddim saunter解散後、TA-1くんはギターの寛くんとKONCOSを結成しますが、TA-1くんはドラムじゃなく、29歳にしてピアノを弾き始めることになるじゃないですか?その話を最初に聞いた時、すごい唐突だなと思ったんですけど、もしかすると、その理由はより深く音楽を勉強して、極めたいという意識から?

KONCOS『ピアノフォルテ』 KONCOSの2人が地元である帯広をテーマに、ギターとピアノ、そして2人の日本語によるヴォーカル・ハーモニーを足がかりに、新たな冒険を始めたファースト・アルバム。

KONCOS『ピアノフォルテ』
KONCOSの2人が地元である帯広をテーマに、ギターとピアノ、そして2人の日本語によるヴォーカル・ハーモニーを足がかりに、新たな冒険を始めたファースト・アルバム。

TA-1:そうですね。riddimでの活動は自分のなかでやり切ったという感覚があったし、あの時の実力ではそれ以上の曲は出ないなと思ったんです。というか、この先、音楽をやっていくなら、今のままではダメだなって思ったんですよ。だから、坪口先生にもう一回頭を下げて、月イチでピアノを教えてもらうことにしたんです。渋谷のHOMEっていうライヴハウスが夜中にピアノを弾かせてくれたんで、2年近く、毎晩通って、ピアノ漬けの日々でしたね。まあ、楽しいから、やっているんですけど、始めた当初はお先真っ暗って感じで。でも、今は辛い思いをしてでもやっておかないと次は見えてこないですからね。
そして、KONCOSとして活動を始めて、2012年に最初のアルバム『ピアノフォルテ』を出した後、47都道府県ライヴをやって、今年3月にセカンド・アルバム『街十色』を出した後、今は全国100ヶ所ツアーをやっている最中なんですけど、そうしたツアーはピアノを弾く環境にあえて自分の身を置くという意図もあって。やっぱり、人前でピアノを弾かないと上手くならないんですよ。だから、ライヴ形態も敢えて歌とピアノ、ギターという削ぎ落とした編成にしましたし、それだけシンプルな編成だと曲も嘘がつけないというか、純粋にいい曲じゃないと成り立たないので、今の活動は自分にとっての修業でもあるんですよね。

— 楽しみつつも、車移動で全国100ヶ所というのは、修業としては相当過酷ですよね。

TA-1:ただ、そうやってライヴを続けてきたことで、ピアノもそうですし、曲作りの面においても見えてきたものがあって。コードの理解が深まったことでリミックスの作業も早くなりましたし、改めて、ビートの重要性を再認識させられたり(笑)、新しいリズムのアイディアが思い付くようになって。だから、今はピアノ弾きながら、ベースを弾いて、バスドラムのペダルを踏みながらライヴをやっているんですけど、現時点では100ヶ所終えたら、ようやく、バンド形態に戻れるかもなと思えるようになりました。

— コンポーザーとしてのTA-1くんはトッド・ラングレンとかロジャー・ニコルズのような、ポップスの名匠の影響をよく口にしていますよね。

TA-1:そうですね。その辺の人たちの楽曲は転調が多かったり、聴いていると、どうなっているんだろう?と思うことが多くて、KONCOSは、そうした人たちの楽曲の分析から始めたんですよ。そして、ピアノが弾けるようになってくると、色んなコードを使って、自分の好きな曲が生み出せるようになってくるので、やっているうちにどんどん楽しくなってきていますし、曲のクオリティも自分で納得出来るようになってきていて。修業を続けてきてよかったなって思っていますね。

— そして、演奏活動と並行して、続けているDJの方はいかがですか?

KONCOS『街十色』 前年に行った全国47都道府県ツアーを経て、彼らが訪れた街をテーマに制作されたセカンド・アルバム。歌とギター、ピアノというミニマムな編成のもと、研ぎ澄ませたソングライティングに大きな成長が感じられる。

KONCOS『街十色』
前年に行った全国47都道府県ツアーを経て、彼らが訪れた街をテーマに制作されたセカンド・アルバム。歌とギター、ピアノというミニマムな編成のもと、研ぎ澄ませたソングライティングに大きな成長が感じられる。

TA-1:チャーベさんに誘ってもらって、渋谷オルガンバーで毎月第一火曜日にやっている「MIXX BEAUTY」も今年で確か10年目になるんですけど、色んな音楽をミックスするDJスタイルのチャーベさんと一緒にやっていくなかで、同じようなことをやったら、被っちゃうじゃないですか。だから、自分のスタイルがないとダメだなって。その点、僕はブラック・ミュージックが好きだし、ファンキーなリズムと自分が好きなコード感があるので、そういうものを重点的にプレイしようと心掛けていますね。
それから僕はヒップホップのDJがかけるディスコがずっと好きだったんですけど、以前は、その辺の音楽について、ふんわりとしか分かってなかったんです。でも、ちょこちょことディスコの12インチを買っているうちに楽しくなっちゃって、B-BOYがかけるディスコ、モダン・ソウルとかブギー・ファンクにフォーカスを当ててみようと思うようになったんです。そんななか、大阪でたまたま入ったVINYL CHAMBERっていうレコード屋さんにそういうレコードがたくさん置いてあって、大阪に行くたびに通って、顔を覚えてもらって。そのお店の影響も大きいですし、あと、廃刊になってしまったサムライマガジンで長らくレコード屋を巡る連載をやっていたこともあって、各地のレコード屋さんを意識して回っていたので、そうやってディスコやファンクのレコードを掘り続けていたことも自分のなかでは大きいですね。

— そうした流れを受けて、今回はTA-1くんが好きなラインのディスコ・ラップやディスコでDJミックスを作っていただきましたけど、ドープにハメるアプローチではなく、メロディアスかつアップリフティングな内容はTA-1くんらしいですね。

TA-1:ドラムもベースもファンキーで、高揚感がありつつ、ちょっとメロウでスペーシーな感じというか。自分はもともとそういう音楽が好きなんだなと再認識させられている最中というか、ここ最近は自分のルーツに戻っているような感覚がありますね。
ディスコ・ラップは、自分がヒップホップに入った1996年以前のオールドスクール、ミドルスクール前期の荒くて、ざっくりしたレコードが好きだったりして、今回はそういう自分が好きなレコードを使って、黒くて、メロディがハッピーな、多幸感のあるミックスにしたかったんですよ。ミックスを録っている最中に、このメロディを抽出すると、自分が作る曲に近いものになるのかもと思ったり、自分が見えた気がして。このミックスには「Ghetto Disco」っていう仮タイトルを付けたんですけど、ブラジルのレアな7インチのディスコを混ぜたりしつつ、B-BOYがたむろしているクラブで鳴っているイメージのラフでハッピーなディスコを楽しんでもらえれたらうれしいですね。