MasteredレコメンドDJへのインタビューとエクスクルーシヴ・ミックスを紹介する「Mastered Mix Archives」。今回登場するのは、昨年11月に『ANOTHER TRIP from SUN』と『SUN – Alternative Mix Edition – 』という2枚の作品と共に8年振りの復帰を果たしたSilent Poetsこと下田法晴。
92年のデビュー以来、極東の地でトリップホップやダウンテンポといったトレンドを超え、ダブとビート・ミュージックが融合した彼方でエモーショナルな感情表現を追求してきたSilent Poets。精緻なサウンド・デザインを含めて、その作品世界が欧米の音楽シーンやファッション、映画界でも高く評価されている沈黙の詩人はいかにして長きに渡る沈黙を破るに至ったのか? 彼のルーツにあるというヴィンテージ・ダブで構成されたDJミックスを聴きながら、その核心部分へ降りていくことにしよう。
Interview & Text : Yu Onoda、Photo : Yasuharu Imai、Edit : Yugo Shiokawa
※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)
昨年、この2枚を出したことで、『SUN』にまつわるモヤモヤした思いは完全に吹っ切れたし、今は自分の道にようやく戻ってこられたっていう、そんな気分ですね。
— 先日、toeとの対バンで初めてライヴを拝見したんですが、そもそも、Silent Poetsは過去にライヴ活動されていたんでしたっけ?
下田:実は初期の頃、ちょこちょこっとやったのを最後に、ほぼやってなかったんですよ。しかも、今回やったリキッドルームのような、大きな会場でのライヴは恐らく初めてでしたから、むちゃくちゃ緊張しましたね(笑)。
— ライヴをやってみようと思った動機というのは?
下田:僕は演奏がほぼ出来ないし、人前で何かをやるのが苦手なので、これまでライヴをやるという意識が持てなかったし、やりたくなかったんです。ただ、これから活動を続けていくうえで、大音量で自分の作品を発表する場を設けないと、限界があるのかなって。そういう心境の変化に加えて、今回、ライヴを手伝ってもらったエンジニアの渡辺省二郎さんが「やろうよ!」って言ってくれたことに背中を押されて、「じゃあ、やります!」って。その強力な後押しがなかったら、ライヴは実現しなかったと思いますね。
— そして、先日のライヴに先立って、昨年11月には8年振りに『ANOTHER TRIP from SUN』と『SUN – Alternative Mix Edition – 』という2枚の作品をリリースされましたが、空白の8年は下田さんにとってどんな時間だったんですか?
下田:8年前に出したアルバム『SUN』は、初めて会ったフランス人がエンジニアを担当したんですけど、その出来に納得がいかなくて、当時から「次の作品は過去4作で関わっていただいた省二郎さんにお願いしたいな」って思っていたんです。でも、『SUN』以降、音楽に対して気持ちが閉じていたというか、気持ちが全然アガらなくて、3、4年くらい前から「またやろう」と思って、ちょっとずつ作っていた矢先に、去年、省二郎さんの方から10年以上ぶりに「どうしてるの?」って声を掛けてくれて。ちょうど僕も次の作品を出そうと考えていた時だったので、「これは今が取りかかるタイミングなんだな」って思って、去年後半から自分のレーベル立ち上げにリリース、ライヴ、そして、マネージメントに付いてもらったり、自分を取り巻く状況が一気に変化したんです。
— そして、下田さんが音楽活動を再開するにあたって着手したのは、長らく納得がいってなかった『SUN』に手を加えるところからだった、と。
下田:そうですね。『SUN』はそれほど馴染みのないフランスという地で、DJ YELLOWと彼が選んだ全く知らなかったエンジニアと組むことで、新しいものが出来るんじゃないかなって思ったんですけど、慣れないことをするもんじゃないですね(笑)。彼らは彼らで優秀な方たちだっと思うんですけど、こと、ダブについての捉え方が合わなかったんですよ。だから、活動を再開するにあたっては、『SUN』のダブ・アルバムを作ることで、このアルバムに対する、モヤモヤした思いを解消したかったんです。それで出来たのが、『ANOTHER TRIP from SUN』という作品。そして、同時に廃盤になっている『SUN』のデジタル・リマスター盤を出そうと思ったんですが、作業を進めていくうちに、こちらも内容を変えたくなって、新たなダブ・ミックスを中心に構成し直しているうちにオリジナルテイクが3曲になってしまったっていう。それが『SUN – Alternative Mix Edition – 』っていう説明しづらいアルバムなんですけど(笑)、僕個人としては、昨年、この2枚を出したことで、『SUN』にまつわるモヤモヤした思いは完全に吹っ切れたし、今は自分の道にようやく戻ってこられたっていう、そんな気分ですね。
— Silent Poets不在の8年というのは、音楽シーン、音楽ビジネス共に大きな変化の時期だったと思うんですが、下田さんはその流れをどうご覧になっていましたか?
下田:それはやっぱり気にはなりますし、色々と出てくる音楽を遠くから覗くような、そんな感覚はありつつも、自分からそこに出ていこうとは思わず、「あっちで盛り上がっているから、近寄らないようにしよう」と思って、余計引っ込むっていう(笑)。しかも、2000年以降、音楽ビジネスの規模がシュリンクしていく流れのなかで、景気の悪いの話をされて、余計、テンションが下がったり。まぁ、でも、単純な話、僕は音楽が好きだし、デザインの仕事もやってますけど、今、自分がここにこうしていること、そして、皆さんに自分の存在を知ってもらえたのは、やっぱり、音楽の力があってこそなんですよね。だから、今は可能なかぎり、音楽をやりたいなって。
— そもそも、Silent Poetsは80年代末から90年代初頭にかけて、ダブ、レゲエを進化させたソウルⅡソウルやマッシヴ・アタックが登場した流れのなかで活動を始めて。その後のダブ、レゲエというのは、リミックス手法の更新であったり、ドラムンベースやダブステップの基礎になっていきましたが、そうしたダブ、レゲエの進化はいかがです?
下田:その都度、進化し、リリースされる音楽は自然に入ってきますし、聴いてもいますけど、自分で意識的にそれをやろうとは思わないんですよね。というのも、ダブというのは、自分のなかで感覚的に染みついているものだし、今自分がやりたいことを形にするとなったら、その染みついたダブというフィルターを通して自然に出てくるんですね。だから、ことさらに形態を意識せずとも、自分なりの現在進行形のダブになるんじゃないかって思っているんですけどね。
— 今回リリースされた2作品を通じて、Silent Poetsのダブは音楽トレンドを超えたところで、空間デザイン的な、繊細な音の配置に個性があるな、と改めて思いました。
下田:自分でも、ダブとかレゲエについて語ることが多いですけど、そのまま、ダブやレゲエをやっているわけではないし、自分が作るとなったら、自然とそういうものにはならないんですよね。というのも、僕の曲作りは普通の作曲とは全然違うというか、楽器が弾けないし、歌えないという前提からコラージュだったり、デザインの配置に近い発想になっていったんですね。ただし、今は機材やソフトの進化もあって、プラモデルを作るような感覚でパーツを組み合わせて音楽が作れるようになりましたけど、僕はそれ以前の時代に手探りで音楽を作ってきた経験や発想の蓄積があるので、そうした経験や発想からにじみ出てくるもの、絞り出すものをなにより大切に考えていますね。
— そのにじみ出てくるもの、絞り出すものという意味では、空間デザインやコラージュ的な発想は大前提として、その奥にあるエモーショナルな感情がSilent Poetsの音楽を特別なものにしているように思うのですが。
下田:なんでそういうことになるのかは分からないんですけど、どうしても出てきてしまうものがあるんでしょうね。ただ、過去の作品でテリー・ホールやヴァージニア・アストレイに参加してもらったことからもお分かりのように、自分はパンク、ポスト・パンクを聴いて育った人間なので、熱やエネルギーを表立って放出しないだけで、メラメラしたものを腹に抱えているというか、自分はそういう表現の仕方しか出来ないのかもしれない。
— 先日のtoeとの対バンもエモーショナルな表現という点で共通点があるように感じられました。
下田:そうですね。彼らのライヴを観たり、聴いたりしていると、そういう部分にぐっと来るんですね。彼らはライヴ・バンドとして、かなりの格上ですけど(笑)、ホント僕は単純に彼らのファンだし、彼らの力を借りて、あの日のイベントが形になって、感謝してますね。あの日はなにより自分の音楽を大きな音で聴いて欲しかったんですよ。僕の音楽にある太い部分、家でCDを聴いている時にはそこまで感じないかもしれないですけど、リキッドルームのような会場で大きな音で聴くと低音が含まれていることを分かってもらえるだろうし、自分としてはあの低音さえあれば怖くないっていう(笑)。
— あのライヴでは20代のオーディエンス、不在の8年の間にSilent Poetsを聴くようになった方もいると思うんですけど、過去20年に渡って作ってきた作品はご自分のなかでどう響いていますか?
下田:ちょっと前までは過去の作品を振り返ると、「あそこがイヤだ」とか、「あんなことやらなきゃよかった」とか、そんなことを思ったりしてたんですけど、今は逆に「よくあんな作品が出来たなー」とか、偶然どこかでかかってるのを聴いて、「めっちゃいい曲だな」って我ながら思ったりとか(笑)。そういう意味で、過去の作品は時間が経ったことで自分の手をようやく離れたんでしょうね。自分のなかでは『TO COME…』というアルバムが一番良く出来た作品だなって思っているんですけど、そのアルバムにしたって、リリースからもう15年経ってますからね。だから、ここから先、もっと作品を出さなきゃいかんなって(笑)。
— となると、次は新作ですね。
下田:そうですね。今回、2枚のアルバムを出して、みんなが喜んでくれたことがホントうれしかったし、今はモチベーションが高いので、こういう時にやらなきゃなって。僕の場合、今までライヴをほとんどやってなかったので、ライヴを想定して作品を作ったことがないんですよね。だから、次はそんなことも考えつつ、アルバムを作ってみようかなって思ってますね。
— では、最後に制作をお願いしたDJミックスについてコメントを。
下田:Silent Poetsの音楽は、レゲエの人からすると、「ダブについてあれこれ語ってるのに、やってる音楽は邪道だな」って思うかもしれないけど(笑)、自分のルーツは昔のダブがベースになっているんですよ。去年も新宿のレゲエ・クラブ、OPENで2回くらいDJをやらせてもらった時も昔のダブばっかりかけたんですけど、すごい盛り上がったんですね。だから、その流れを受けて、最近のものは一切入れずに、自分のルーツである昔のダブで構成しました。まぁ、でも、自分にはこれしか出来ないので、我が道を行くしかないないんですけどね(笑)。