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「DK SOUND」を今度の5月、ひさしぶりにやる予定なんです。
— 最初に人前でDJをやったのは?
CRYSTAL:大学一年生の時なので18歳、95年ですね。大学のDJサークルが学祭の時に教室でやってるパーティでプレイしたのが最初です。そもそもはテクノのDJをやりたくて始めたので、その時はテクノをかけたんですけど、何故か1曲目はボアダムスでしたね(笑)。奇をてらったというか、そういうのがカッコイイと思ってやったんですけど、思いっきり滑りましたね(笑)。
— はははは。
CRYSTAL:完全に妄想の世界だったというか、自分のなかではセンセーショナルだと思ったんですけど、現場的にそういうことは全く関係なかったという(笑)。
— 始めたてのDJが一度は通る犯しがちな失敗ですよね。ターンテーブルを買ったのは大学生になってから?
CRYSTAL:一台は持っていて、当時、(今はなき渋谷のレコード・ショップ)CISCOの通販でトランスからカール・クレイグから、玉石混合なレコードを失敗しながら買ってはいたんですよ。
ただ、地元の長野にいた頃はクラブに行ったことがなくて、上京してから遊びに行った卓球さんのパーティを皮切りに、クラブで遊ぶようになって、大学一年の夏休みにターンテーブルを2台揃えたんです。
— ということは、ダンス・ミュージックの洗礼を受けたのは電気グルーヴですか?
CRYSTAL:テクノは、そうですね。でも、僕が生まれて初めて買ったアルバムはTM NETWORKの『CAROL』(1988年作)なんですけど、その頃からTMにもダンス・ミュージックを感じていて、部屋でかけては興奮して踊る、みたいな(笑)。
さらにいえば、テクノにハマる前は、ストーン・ローゼズも聴いてましたし、カーティス・メイフィールドだったり、Pファンクだったりっていうソウルとかファンクも聴いていて、そういう音楽にもダンスを見出していましたけどね。
— セカンド・サマー・オブ・ラヴ以降、ダンスを意識させる音楽が主流になっていきましたからね。
CRYSTAL:色んな要素が混ざっていましたし、そうですね。だから、ダンスの要素は自分にとって自然なものではあったんですけど、18歳でDJとかクラブ・ミュージックを体感するまで、ダンスというのは音源のなかだけの世界だったんです。
— そして、DJについて話を戻すと、18歳でテクノの洗礼を受けて以降は?
CRYSTAL:新宿のリキッドルームでやってた『CLUB VENUS』とか(今はなき青山のクラブ)MANIAC LOVEでWADAさんとYAMAさんがやってた『CYCLE』、あと、卓球さんやFUMIYA TANAKAさんがやってるテクノのパーティに通うようになって。で、卓球さん監修のミックスCDシリーズ『MIX UP』にはモロに影響を受けて、その第2弾でジェフ・ミルズが担当した新宿リキッドルームのライヴミックスは僕もその場で遊んでましたし、一時期はハード・ミニマルをクイックで繋いだり、2枚がけしたり、ジェフ・ミルズ・スタイルのDJをやってました(笑)。
— 当時のクリスタルくんはテクノのどういう部分に惹かれたんでしょうね?
CRYSTAL:95年当時、テクノといっても、東京の状況は今ほど細分化してなかったと思うんですよ。だから、ミニマルもあれば、ディスコ・ハウスも混ざっていたりして、その混沌とした感じが自分的によかったんです。そして、遊びに来ている人やその場の雰囲気もエネルギッシュだったし、自分も興奮して遊んでましたね。でも、テクノが細分化していくなかで、テクノのパーティにあまり行かなくなると同時に、自分のDJスタイルも変わっていって。その時期に周りの友達が「ムードマンのDJがヤバい!」って言い始めて、渋谷のライヴハウスでオールナイト・イベントへ遊びに行ったことをきっかけに、ムードマンのパーティに行き始めるようになったんです。
— そして、恵比寿みるくの『ゴッドファーザー』に行くようになった、と。
CRYSTAL:『ゴッドファーザー』も行きましたし、その前にMANIAC LOVEの木曜日にやってた『SLOW MOTION』にも行ってましたね。そこでムードマンがかけてたディープ・ハウスが気になり始めて、(今はなき渋谷のレコード・ショップ)Mr.Bongoでレコードを買うようになったんですけど、あのお店って、イジャット・ボーイズをはじめとするニュー・ハウスものから再発もの、あとはハーバートみたいなレコードもあったり、色んな音楽を扱ってたじゃないですか。そこで雑多な感じでレコードを買い始めて、自分のDJもハウスに移行していったんです。
最初は新譜中心で買っていたんですけど、アーサー・ラッセルが手がけるルース・ジョインツの「Is It All Over My Face?」に衝撃を受けたことで、それまで自分のなかでイメージが悪かったディスコにも目覚めて。やっぱり、音的に最新のデザインを纏ったテクノを追っかけてた身としては、ベタなダンス・クラシックとしての印象が強かったディスコはダサいなと思っていたんです(笑)。でも、アーサー・ラッセルでその偏見が一気に取り払われて、そこからアンダーグラウンド・ディスコを聴き始めるようになりましたね。
— 90年代後半あたりから、ディスコのオルタナティヴだったり、アナーキーだったりする部分が徐々に注目を集めるようになっていくなかで、クリスタルくんもその洗礼を受けたわけですね。
CRYSTAL:それからラリー・レヴァン、デヴィッド・マンキューソ、ロン・ハーディーといったDJの音源を一通り聴いて。
— その時期、過去のダンス・ミュージック史がネットでアーカイヴ化されるようになって、昔の貴重なDJミックスが聴けるようになっていきましたもんね。
CRYSTAL:DEEP HOUSE PAGEとか。あそこにアップされているロン・ハーディーの音源は全部聴きました。ロン・ハーディーは一言でいうと「おかしい!」って感じですね。めちゃくちゃBPMが早かったり、途中で延々と音が逆回転になっていたり、「こんなのありなんだ?」って思いましたし、デリック・メイのDJにも同じものを感じるというか。
でも、ハウスのDJで一番影響を受けたのはリル・ルイスかもしれないですね。テクノのパーティの時間感覚と、ハウスのずっと続いて終わらない時間感覚の違い、同じ曲が15分くらいかかってるとか、あるビートが一時間後にまたかかったりして、時間感覚を狂わせるアプローチは彼のDJから学びましたね。
— はじめて聴いたムードマンのプレイはいかがでした?
CRYSTAL:当時のムードマンはL?K?Oさんと一緒にやってることが多かったんですけど、今にも通じる隙間っぽいプレイというか、その時は延々とディープハウスをかけた後、重低音の利いたマイアミベースをかけて、すごい低音のハウリングで終わるっていうプレイに衝撃を受けたことを覚えていますね(笑)。
— 最後にハウリング(笑)。
CRYSTAL:そして、僕、当時、『MONSOON』っていう雑誌に関わっていて、ムードマンにインタビューさせてもらったりとか、そうやって知り合う機会もあったりして。
— 『MONSOON』は、MOODMANやSHING02、THA BLUE HERBほか、音楽シーンの新しい動きからスケシンさんやイルドーザー、村上隆さんといったアーティスト、はてはビックリマン・シールまで、カルチャーのフレッシュな動きを取り上げていた尖った雑誌でしたよね。
CRYSTAL:当時は若かったこともあって、今から考えると我ながらビッグ・マウスというか、怖い者知らずでしたね。
— はははは。上の世代だったり、ぬるく感じるメディアに対しての憤りが感じられた雑誌、ああいう若者然としたメディアは今考えてみても珍しいというか。
CRYSTAL:そうですね。当時は憤りがありました。今振り返ると、何をそこまで思い詰めていたのかって感じなんですけど(笑)。
— そして、2001年にCRYSTALくんの最初のEP「KISS IN THE BATHTUB EP」が唐突にリリースされるんですが、そもそも、音楽制作はいつ頃から始めていたんですか?
CRYSTAL:もともとは小学生の時から7、8年くらいピアノをやっていたりもするんですけど、中学生になってからトラックを作り始めるようになって。当時、好きだった小室哲哉モデルのYAMAHA B200っていうシンセサイザーをお年玉で買って以来、打ち込みはやっていたんです。その後、サンプラーを買ったりもしつつ、形になるまでは至らなかったものの、そのシンセは今だに持っていて、(((さらうんど)))のアルバムで使っていたりもするんですけど、中学生以降、その時々で変わる音楽の趣味に合わせて、作る音楽も変わっていって。
DJを始める前は、実はロック・バンドをやりたかったんですよ。でも、それはメンバーが集まらなかったり、あんまり上手くいかなかったこともあって、構想は挫折するんですけど、自分の人生設計的には小室哲哉に憧れた時からずっと音楽で身を立てたいと思っていたし、僕が高校生の頃に聴いていた電気グルーヴやフリッパーズ・ギター、スチャダラパーはみんな20歳そこそこで活躍していたじゃないですか。だから、ロックを聴き始めてからは、ギターも練習しつつ、バンドで成功したいと妄想していたんです(笑)。
— へぇ、それは意外な話ですね。ただ、ミュージシャンに憧れて、DJして、雑誌も作ってというトライ&エラーの連続は徐々に形になっていきますよね?
CRYSTAL:『MONSOON』をやってたのも、大学在学中にデビューする妄想がくじかれて(笑)、「どうしよう?」と思いつつ、大学を出てから会社で働くことは考えられなかったし、周りで面白いことをやってたのは『MONSOON』だったから、「いま自分に出来る面白いことはこれだな」って思ったんですよね。そして、雑誌を作るなかで知り合った人の助力でレーベルを始めさせてもらうことになって、そこでようやく音楽を作品として出すことが出来るようになったっていう。
— それがレーベル、ALLNIGHTTHINGとCRYSTALくんの最初の作品である2001年の『Kiss In The Bathtub EP』なんですね。この最初のEPで重要なのは、Ahh! Folly Jetの高井康生さんが参加している点。3月に出るイルリメとK404とのポップス・プロジェクト、(((さらうんど)))のアルバム収録曲「冬の刹那」でそのAhh! Folly Jetの「ハッピーバースデー」をリメイクしていますよね。
CRYSTAL:高井さんとコンピューマさんたちがやってた(音響エレクトロ・ヒップホップ・ユニット)A.D.S.とかその周辺の音楽は好きで聴いていたんですけど、そのなかでも高井さんがやってたAhh! Folly Jetは異質だったというか、メロディアスなソングライティングと高井さんの甘い声には惹かれるものがかなりあったし、実際にお会いして色んな音楽を教えてもらったりして。印象的だったのは、「(ジャズの作曲家、ピアニスト、オーケストラリーダー)デューク・エリントンとラリー・レヴァンには共通するものがある」っていう話ですね。
— デューク・エリントンの右腕だったビリー・ストレイホーンと、ラリー・レヴァンはともにゲイの音楽家なんですよね。
CRYSTAL:そう。それをきっかけにデューク・エリントンを聴いたり、ゲイ・ディスコのトラック・メイカー、ダニエル・ワンを聴いたり。ダニエルにしても、ジャズのなかのゲイ・アートを現代解釈したところがあるし、当時、青山CAYのパーティでダニエルがDJの後、テルミンのライヴをやったんですけど、その時にビリー・ストレイホーンの「LUSH LIFE」を演奏したんですよ。僕、あまりに感動して、普段は絶対にやらないんですけど、その時ばかりは抑えきれずダニエルに話しかけちゃいましたからね。
— そういった様々な音楽要素がこのEPには含まれていますよね。
CRYSTAL:やりたいことははっきりあったんですが、形にするスキルが追いついてなかったので、今聴くと恥ずかしかったりはするんですけど、これも自分の歴史ではあるし、1曲目の「SIXTH SENSE OF JUNE」では笠井紀美子をネタにしているのも、後に(名作和モノディスコDJミックス・シリーズ)『MADE IN JAPAN CLASSICS』につながっていくことになる和モノへの傾倒の取っかかりでもあったりして。
— そういう意味で、この作品に含まれている要素は(((さらうんど)))しかり、CRYSTALくんのなかで1周して消化されて、ここにきて、きっちり形になっているんじゃないですか?
CRYSTAL:そうですね。このEPを出してから10年経ってますからね。
— そして、同時に運営していたレーベル、ALLNIGHTTHINGに関しては?
CRYSTAL:リリースしたのは、空手サイコ(のちのLatin Quarter)、PPPの脳がやってたXX(ちょめちょめ)、それからレッキンクルー(LUVRAW & BTBのBTBやTRAKS BOYSのK404が所属)ですね。みんな、恵比寿のみるくで遊んでいるうちに出会った同世代。中高生の頃に電気グルーヴ、スチャダラパー、フリッパーズ・ギターを聴いて、音楽的にもそうだし、そのふざけきった考え方がすり込まれたことで感覚的にねじれた世代ですね。
みんな今も違う形で活動しているものの、当時は考えていたことを作品という形にきっちり昇華するところまではいけなくて、でも、それがようやくちょっとずつ出来るようになってきたのかなって。それは自分にしてもそうだし、周りにしても同じことがいえるんじゃないですかね。時間はかかっちゃいましたけど(笑)。
— そして、その後、K404と始動したTRAKS BOYSでは2007年に『Technicolor』、2008年に『BRING THE NOISE』という2枚のアルバムをリリースします。
CRYSTAL:ケンヤ(K404)くんはヒップホップをベースにしつつ、レッキンクルーの音源を聴くと分かる通り、一筋縄ではいかないというか、お互いに相当変わっているという部分で意気投合したというか。結成当時、2人のなかで盛り上がっていたのはロン・ハーディーだったんですけど、リズムマシーンとかヴィンテージ機材を使って、ロン・ハーディーのあのおかしい感じを自分たちなりにやるっていうテーマでスタートしたんです。
— そして、TRAKS BOYSといえば、川崎のとある工場の屋上で開催していたパーティ「DK SOUND」で一気に名前が浸透していきましたよね。
CRYSTAL:最初の1、2年は告知もせず、友達周りで楽しむためだけに30人くらいの規模でスタートして、JAYPEG(1DRINKとABE SHUHEIのDJデュオ)をゲストに呼んだ回でいきなり人がばーっと来て、すごい焦りましたね(笑)。それをきっかけに人が集まるようになるんですけど、自分たちの活動を考えるうえでは重要なパーティというか。ここ3年はやってなかったんですけど、今度の5月、ひさしぶりにやる予定なんですよ。
— おお!それはニュースじゃないですか。でも、ここ3年と限定するわけではないですけど、近年のCRYSTALくんのDJはどんどん変化していくなかで、ひとつ言えるのは、ブラック・ミュージックのブラックネスを突き詰めていくプレイではなくなってきていますよね。
CRYSTAL:ブラック・ミュージックはめちゃめちゃ好きなんですけど、そうですね。今、35歳になったんですけど、14歳くらいの頃に聴いていた音楽、US、UKロックから受けた影響がいまになって出てきた感覚があって。その頃よく聴いていたのは、U2の『Achtung Baby』、マイ・ブラディ・ヴァレンタインの諸作、ライドの『Going Blank Again』、あと、ダイナソーJr.の『Green Mind』あたりです。今回のDJミックスも、普段のDJで使ってる曲を混ぜつつ、今回話してきた音楽遍歴のなかでも、14歳の時に聴いていたUS、UKインディーズを聴いていた時の感覚とダンス・ミュージックの感覚、そのクロスオーバーにフォーカスして作りました。そういう意味では、The FieldとかGui Borattoみたいなトラック・メイカーはたぶん同じ音楽を通ってきた同世代だと思うんですけど、彼らに対しては共感を覚えますし、ここ最近はU2の『Achtung Baby』を聴き返してたんですけど、あれ、プロデューサーはブライアン・イーノじゃないですか? 全然派手じゃないけど、妙に残る質感は、14歳の自分にはすり込まれていたんだなって思ったり。
— ブライアン・イーノというより、エンジニアのダニエル・ラノワの音ですね。
CRYSTAL:なるほど。いわゆるロック的なバキっとした音じゃなく、むしろ、モコモコしているんだけど、あの質感が妙にいいんですよね。去年、実家のある長野に戻ったことで、当時聴いてた音楽が再燃していることもあるし、CRUE-Lから出したソロ12inchシングル(「Heavenly Overtone」)にしてもそういう影響が表れていると思います。
— 人に「こう見せたい!」っていう意図のある表現と図らずしてその人らしさがにじみ出ててしまっているものとの強度の違い。ここ最近のCRYSTALくんはDJにしても作品にしても図らずしてにじみ出てしまっているものが色濃くなってきているような気がします。
CRYSTAL:そうですね。それはちょっと聴けばすぐ分かるというか、作為なくやってる時の方が楽しいし、その作為性は隠しようがなく人に伝わっちゃいますよね。僕の場合、ミニマルな音自体の響き、その気持ち良さだったり、トリップする感覚も好きなんですけど、今の自分のDJや作品はエモーショナルなものに自然と惹きつけられているみたいですね。
ただ、無意識な部分があるからこそ、「これでいいのかな?」って不安になることもあって、それはインターナショナル・フィールからシングル「Acidise#2」を出したGONNOくんも同じことを言っていて。彼がいるのはバリバリにテクノなシーンだと思うんですけど、それとはまた一味違うエモーショナルなものが出てきたことに対して、「どうなんだろう?」って思ったみたいですね。
— でも、GONNOくんのトラックも素晴らしいですし、図らずして出てしまった表現の強さはCRYSTALくんにもいえることなんじゃないかな、と。
CRYSTAL:そういう意味でGONNOくんには共感を覚えますね。CRUE-Lから出したシングルは、いい曲だなって感じても、プレイしない人はプレイしない曲だと思うんですよ。それは自分でも分かるし、それはそれとして、瀧見さん(CRUE-Lレーベル・オーナー瀧見憲司)に大体出来上がったトラックを送ったら、電話がかかってきて、「これ、めちゃくちゃいいじゃん」って。そういう意味で「Heavenly Overtone」はCRUE-Lだからこそ、というか、瀧見さんの反応があったからこそリリースにこぎ着けた曲ですね。
やっぱり、一人で作ってるとどういう方向に持っていっていいか分からない時もあると思うんですけど、瀧見さんに「いま、エモーショナルな王道のハウスをやってる人がいないからやった方がいい」って言ってもらったり、今回のシングルをいいって言ってくれた人が沢山いたのはホントに良かったです。いま準備中の次作もその延長線上でつくっていく予定で、うまく運んでいくようなら、アルバムもつくりたいと思っています。
CRYSTAL 公式サイト
http://www.crystal-a.com/
(((さらうんど))) 公式サイト
http://sssurrounddd.com/
TRAKS BOYS 公式サイト
http://www.traksboys.com/
CRYSTAL “Heavenly Overtone” Release Party
日時:2012年2月24日(金) 23:00〜
会場:渋谷 SECO
入場:2,500円(1drink)、2,000円(with flyer)
DJ:CRYSTAL
KAORU INOUE(Seeds and Ground)
KENJI TAKIMI(Crue-L/Being Borings)
http://secobar.jp/2012/02/crystal-heavenly-overtone-release-party.html