米国西海岸の最重要バンド、アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ。その謎多きサイケデリックな音楽性に迫る!!

by Mastered編集部

top2010年、世界の音楽メディアが選ぶベスト・アルバムに軒並み選出されたアルバム『ビフォー・トゥデイ』で大きな注目を集めるアリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ。
10歳から宅録を始め、膨大な曲を作り続けてきたアリエル・ピンクのソロ・プロジェクトとしてスタートし、現在はハーヴィーやチボ・マットのハトリ・ミホらとのフード・オブ・ザ・ゴッズでも活躍するティム・コーを含む5人組バンドに発展。アニマル・コレクティヴやフレイミング・リップの厚いサポートを受ける彼らは、サンフランスコのバンド、ガールズナイト・ジュエル、ひいてはグローファイ/チル・ウェイヴ・ムーヴメントに多大な影響を与えたといわれている米国ウェストコーストの最重要バンドだ。

デイム・ファンクさえも惹きつけるスウィートなメロウネスと、五感がバラバラになりそうなほどにトリッピーなバンド・サウンドが同居する謎めいた彼らの音楽の秘密について、中心人物のアリエル・ピンクに話を訊いた。

インタビュー・文:小野田 雄
写真:浅田 直也

サウンドの謎が結びつきながら何故か上手くいってる状態……その瞬間にこそ音楽のマジックがあるんだと僕は信じているんだ。

— 初来日は、2005年に行われたユナイテッド バンブーのパーティでしたよね。

アリエル・ピンク(以下アリエル):そうだね。前回の来日は僕一人だけだったんだけど、あの頃は音楽的な過渡期にあったし、透明人間のような存在だった自分のことを少しでも知って欲しくて作品を出しまくっていたね。
でも、今はその目標もある程度達成したし、バンド編成での活動に移行したことで、作曲やレコーディング、もちろん作品のリリースも必要最小限にとどめて、単純にいいものを作ろうってことだけにフォーカスしているんだ。

— 今回の作品、『ビフォー・トゥデイ』はイギリスの名門レーベル、4ADからリリースされたわけですが、自宅で録音されていた以前の作品とは違い、今回はスタジオでレコーディングされていますよね。


アリエル・ピンク
現在のカリフォルニア・シーンはアリエル・ピンクから始まったと言われている、米国西海岸の重要人物。
音楽からファッション・センスまですべてがアシッドに曲がっている。
http://www.arielpink.com/

アリエル:まず一番最初に明確にしておきたいのは、この世にスタジオというものは存在していないんだということ。コンピューターのデジタル・レコーディングが可能になったことで、誰かの家だろうが、スタジオだろうが、環境の違いに音の大差はないよ。
違いがあるとすれば、アナログ・テープで録ったものか、デジタル・レコーディングかということ。ただ、今まで8トラックという制限のなかでレコーディングしていたものが、今回はデジタル・レコーディングによって、無限に近いトラックを使うことが可能になって、制作上の制約がなくなったんだ。
もう一つは僕のソロからバンドに移行したことで、自分が弾かない楽器をメンバーが弾くようになって、やれることも変わってきたということ。そういう意味では過去の作品と今回の作品は比べることが出来ないんじゃないかな。

— 今回の作品はブライアン・ウィルソンからB.B.キングのグラミー賞受賞作まで幅広く手がけてきたリック・ペコーネンをエンジニアに迎えていますよね。さらにレコーディングはジャクソン・ファイヴ/ジャクソンズのティト・ジャクソンが所有していたというスタジオ、ハウス・オブ・ブルースで行われたそうですが、今の話の流れを受けると、今回の作品はスタジオの影響を受けていないと?

アリエル:そうだね。そのスタジオを使ったのはたった3日間だけだしね。それに自分たちがお金を払ったのは、そのスタジオだからというわけじゃなく、そのスタジオのサウンドを熟知したリック・ペコーネンの素晴らしい耳に対してなんだ。
もし、リックに対して同じ質問をしたら、彼は「他のスタジオで録ったら同じ音にはならないよ」って答えるだろうけど、僕らとしては彼と仕事をしたことの方が大事だったんだ。

— 今回のアルバムはリック・ペコーネンと共同でサニー・レヴィンというもう一人のエンジニアが大々的に参加してますよね。


サニー・レヴィンがハウィー・Bとともにプロデュースを手がけたハッピー・マンデーズの『Uncle Dysfunktional』。
2007年リリース。
→Amazonで詳細を見る

アリエル:サニーは父親がミニー・リパートン、シンプリー・レッドなどを手がけたスチュワート・レヴィン、祖父がクインシー・ジョーンズという家に生まれ育ったエンジニアなんだけど、もともとは彼と面識があったんだ。2007年に出たハッピー・マンデーズのアルバム『Uncle Dysfunktional』もサニーの仕事だったりするんだけど、以前から作業することが多くて、今回のプリプロダクションも手伝ってもらったという流れで本編のレコーディングもお願いすることにしたんだ。そうしたら、彼がリックを紹介してくれて、エンジニアは2人体制になったんだよ。

— 何故、音質や音の鳴りについて執拗にうかがっているかというと、60年代のサイケデリックなガレージ・ロックや70年代のメロウなウェストコースト・ロック、80年代ニューウェイヴのシンセ・ポップやギター・ポップなど、ありとあらゆる音楽が人によってはローファイと形容する独特なプロダクションに溶かし込まれて奇跡的に成立しているように思うからです。

アリエル:そういってもらえてうれしいよ。君の言う通り、僕の作曲というのは一音一音の響きや質感、その細部まで含めたものなんだけど、確かにローファイって言葉は僕の音楽を説明するのにふさわしい言葉じゃない。もちろん、あの質感には意図があって、サウンドの謎が結びつきながら何故か上手くいってる状態……その瞬間にこそ音楽のマジックがあるんだと僕は信じているんだ。
ただ、申し訳ないんだけど、それ以上は詳しく教えられない。だって秘密は秘密のままの方が魅力的だからね(笑)。

— では、質問を変えます。アリエル・ピンクの独特なサウンド・プロダクションはサイケデリックなものだと思いますか?

アリエル:その多くの部分は、合法的に解禁されたカリフォルニア産の質のいいマリファナの影響だろうね。ジョイントを吸ったり、酒を飲んだり、ジプシー・ヴァイヴスにジプシー・ブーツ……それがLAなんだ。
僕にとってのサイケデリック感覚というのは、音や映像に触れて、脳が拡張していく瞬間、あるいは脳が溶け出していく瞬間とでもいうのかな。そもそも音楽を聴いたり、演奏するという行為自体が自分の現実から離れていったり、時間の感覚もなくなるという意味でサイケデリックなものだからね。そう、だから、僕らの音楽はサイケデリックなものだといっていいと思う。

— 今の質問に関連しますが、ナイト・ジュエル、ザ・サンプスのコールM.G.N.やエディ・ルシェ、アンドリュー・ホッグ(ラヴフィンガーズ)といった才能ある仲間たちのいるLAのシーンについて教えてください。

アリエル:アンドリューのこと知ってるの? ほとんど知られてない話なんだけど、実は彼とは大学が一緒で、初期のアリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティは俺とティム、それからアンドリューの3人がメンバーだったんだ。当時、彼はドラムを叩いていたんだけど、今はニューヨークでESP Institute(COS/MESの作品をリリースしている)っていうダンス・ミュージックのレーベルを運営しているんだよね。あとナイト・ジュエルと結婚したコールM.G.N.はいまベックと一緒にバンドをやってるんだけど、LAっていうのは土地柄、色んな人が集まる場所だから、そうやって偶然出会ってはまた去っていくっていう、その繰り返しなんだよね。それに僕は長年LAに住んではいるけど、ツアーに出ているからLAにいることが少ないし、しょっちゅう人と会うような人間でもないから、その質問はなんともいえないな。もちろん。いま君が挙げてくれた連中がローカルの仲間であることは間違いないし、彼らがサポートしてくれているのは確かだけど、それがシーンと呼べるものかどうか……。

— では、アメリカのカウンター・カルチャーの歴史をになってきたカリフォルニアのカルチャーがあなたの音楽に与えた影響についてどう思われますか?

アリエル:僕は音楽を通じて、ただ自分自身を表現しているだけなんだけど、自分のようにカリフォルニアにいて、カリフォルニア・サウンドについて語ることは出来ないと思うし、それはカリフォルニアの外のいる人間の仕事なんじゃないかな。ただ、そうであっても、僕はカリフォルニアの豊潤な音楽の歴史、その一端に組み込まれている一人だと思う。それは疑いようのない事実だよ。

アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ
『ビフォー・トゥデイ』

発売中

CAD3X15CDJ / 2,300円
(Hostess)

http://www.myspace.com/arielpink

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BONUS BEATS & PIECES

アリエル・ピンクの奇妙にねじれたアシッドな感覚は映像作品にも一貫して流れている。ちなみに最新ミュージック・ビデオ「ROUND & ROUND」はフレイミング・リップスのウェイン・コインによる監督作。