『伊藤壮一郎のM.I.U.(まいうー)!』 第2回:松倉領(ZEPTEPI)

by Mastered編集部

昨年9月、soe TOKYOから名称を変更し、新たにリニューアルオープンしたM.I.U.。[soe(ソーイ)]のデザイナーである伊藤壮一郎が、互いに共感できる人を巻き込みながら流動的に店作りを行い、偏愛する「ひと・もの・こと」だけを扱う、実験的なショップは早くも中目黒の新名所として日々ファンを増やし続けている。

全10回で構成される本連載では、その仕掛け人である伊藤壮一郎本人がホスト役を務め、M.I.U.を取り巻く様々な"ひと"にフィーチャー。ゲストのイチ押しするM.I.U.(まいうー)なグルメと共にざっくばらんなトークを展開する。

第2回目にゲストとして登場してもらうのは初期の[HECTIC(ヘクティク)]を支えた中心メンバーであり、その後独立し、[KRYPTON(クリプトン)]を設立。現在は[ZEPTEPI]のデザイナーとしてインディペンデントな活動を続ける松倉領だ。

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Photo&Text&Edit:Keita Miki

僕にとっての東京は、YMOと松倉領。ひょうひょうとしたユーモアと男らしさみたいな。(伊藤壮一郎)

伊藤:松倉くんは元々地元の先輩なんですよ。

松倉:小学校、中学校が一緒でした。

伊藤:僕が小学校1年生の時に松倉くんの家の近くに引っ越してきて。

松倉:わぁ、お洒落な家が建ったなぁ〜って思ったのを良く覚えてる(笑)。お洒落な人が引っ越してきたんだなって。

伊藤:当時はよくわからなかったけど、確かにちょっと斬新な家だったかもしれないですね。

— 最初にお二人が出会ったのは引っ越してきてすぐ?

伊藤:話をするようになったのは、僕が小学校4年生か5年生位だったと思います。

松倉:それぐらいで知り合って、後々、家に遊びに行くような仲になりましたね。

伊藤:僕は松倉くんの家に行ったことは無かったんですが、うちにはたまに遊びに来てましたよね。話は変わるけど僕が中3で、松倉くんが高1あたりの時って、もう[HECTIC]はあったんですか?

松倉:いや、まだ無かったよ。そういえば不思議と俺が中学生の時は遊ばなかったよね?

伊藤:ほとんど遊んで無いですね。もうビビってたから(笑)。怖かったんですよ、うちの中学。僕は全くケンカとかに興味は無かったけど、その怖い先輩の中でも一番尖ってたんですよ、この人が(笑)。なんかもう「あいつには手は出せない」みたいな感じ。

松倉:尖ってたってどういう事??普通の学生だったよ。目立つグループには居たと思うけど………。

— あぁ、何か良く分からないけど、周りにいつも怖そうな人たちがいるみたいな………(笑)。じゃあ中学生の時はほとんど話さない状態だったんですね。

松倉:挨拶くらいだよね?

伊藤:そうそう。中学に上がると小学校の時とまるで違う緊張感が生まれるじゃないですか。

松倉:急にあるよね。笑

— でも家は近所のまま?

伊藤:家は近所。でもそこには上下関係というドでかい壁ができて………(笑)。けど松倉くんが中学を卒業してからはなんとなくそういうのも無くなってきて、である日、僕が品川かどこかでスケートしてたんですよ。そこを、たぶんたまたまだったと思うんですけど先輩が女性と通りかかって、それが有名な女優さんだったんです。もう本当、ひっくり返るくらい皆でびっくりして、当時その人は僕たち皆のアイドルですからね。やっぱりあの人はちょっと違うなと、開けてるなと、そうなる訳ですよ。その直ぐ後くらいかな、もう[HECTIC]にいましたよね。どういう経緯で原宿に身を置く事になったのか、あの時代の原宿はやっぱり特別な空気が流れていたから。その辺を僕は一度も松倉君に聞いたことが無かったので、今日はそのあたりの話もぜひ聞きいてみたいなと思って。

松倉:それこそ、その人との出逢いがなかったら、俺は間違いなくあそこにはいなかったんだよね。

伊藤:あ、そうなんだ。その方とはなんで友達なの?

松倉:ある日、高校の友達が「親の知り合いの娘さんが学校見学に来たいって言ってるみたいで、今週末、案内しないとなんだよね〜」みたいな話をしてて、よくよく話を聞いてみると、それがその人さんだったんだ。当然「うわ、友達になりたいっ!」って思ってね。

伊藤:当時の全男子の憧れみたいなもんですもんね。

松倉:そうそう! 当然「俺も会いたい!」ってその友達に言ったら、あっさり「良いよ」って(笑)。その友人も会ったことないから一人じゃ心細かったみたいで(笑)。もちろん、その当日には自分の持っている洋服の中での一張羅を着ていくんだけど、その時に俺が着てた服が[GOODENOUGH(グッドイナフ)]のだったんだ。

伊藤:[GOODENOUGH]って既にその頃にはあったんですね。

松倉:あったよ。エムとかメイド・イン・ワールドで売ってた。そしたらそのコが「それ作ってる人たち、知ってる!」って。そこから洋服の話とかを通じて仲良くなって、一緒に遊ぶようになったんだよね。

伊藤:そこから[HECTIC]にはどんな流れで入ることになったの?

松倉:いつものようにその人と遊んでたら、「今週末、YOPPIとかとスノボー行くけど、一緒に行く?」って言われて。

伊藤:既にYOPPIさんはスケーターとしてかなり有名でしたよね。

松倉:そう。当然「行く!」って即答して行くんだけど、そのスノボーがまたすごい面子でYOPPI以外にも、当時の面白い事をしてる人たちが集結してて。その人と一緒にいると様々な人に知り合えて楽しかった(笑)。その頃ちょうどYOPPIが[HECTIC]をはじめた頃で、ある日、俺が「なんかバイトでもしようかな〜」なんて話をその人に話してたら、それをYOPPIと会った時に言ったみたいで、後日[HECTIC]に遊びに行った時に「そういえばバイト探してるんだって? ここで働かない? タダでアメリカ行けるよ!」って誘ってくれたんだ。

伊藤:どうしてアメリカなんですか?

松倉:当時の[HECTIC]は、買付メインの店だったから。[Polo Ralph Lauren(ポロ ラルフ ローレン)]や[GAP(ギャップ)]、[Banana Republic(バナナ・リパブリック)]、[NIKE(ナイキ)]なんかをバイイングしに毎月のようにアメリカに買付に行ってたんだよ。それで、店員っていう職業にも興味があったし、毎月タダでアメリカに行けるし、こんな良いバイトないなって思って働き始めたのがきっかけ。

伊藤:なるほど。それまでって、将来は何をしようと思ってたの?

松倉:本当にざっくりとだけど、洋服に関する仕事がしたいなとは思ってたよ。他に好きなこと無かったしね。

伊藤:スケートは?

松倉:その時にはもうコンビニ行く時に乗るぐらい。大学1年生の時だから18歳だね。

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— その年代でのお二人の付き合いはどんな感じだったんですか?

松倉:道端でよく会ったよね。

伊藤:すれ違って挨拶するのがメインですね(笑)。一緒に遊んだりすることは無かったかな。もう僕からすると松倉くんは全然違う次元にいる人って感じだったから。話は聞いてみたいと思ってたんだけど、僕に勇気が無かったんです。単純に「イケてるな」って憧れてた感じかな。そういう意味では松倉くんは僕の知っているシティボーイの中で断トツ。

松倉:シティーボーイって………。偶然が重なった部分が多いけど。

伊藤:実際、裏原宿のムーブメントって内側にいる人にとってはどんな感じだったんですか?

松倉:内側にいるって感覚は無かったな。内側にいる先輩達のすぐ側にいるって感覚(笑)。沢山の刺激と学びを貰った。

伊藤:[KRYPTON]を始めたのはその後?

松倉:そう。18歳から24歳までHECTICで働いて、[KRYPTON]を始めたのは25歳からかな。6年も居させてもらったしね。

伊藤:今、松倉くんが別の名義でブランドをやっているのを承知で聞くんですけど、[KRYPTON]はもうやらないんですか? いや、なんでかっていうと僕は[KRYPTON]っていうブランドにすごく憧れとか思い入れがあって、今でもかっこ良かったなと思っているんです。

松倉:やってることはそんなに変わらないんだけどね。ただ、[KRYPTON]を辞めたのは、いつの間にか商業的な考え方になってしまってたから。そんなことは気持ち次第なんだろうけど、当時の自分にはコントロールができなかった。今は新しいブランドを始めて、良いスタンスで向き合えてるよ。

伊藤:今のブランドでも洋服は作っているんですよね?

松倉:洋服は作ってはいるけど、前とは少し視点を変えてね。白いTシャツとデニムパンツみたいに。着てたらちょっとその人丸ごと格好が良いなって思えるような服。

伊藤:それ最高。

松倉:話は少し飛ぶけど、雑誌とかにしても、今の雑誌ってしっくり来ないんだよね。5年くらい前に[HECTIC]に戻ってPRを少しやらせてもらったんだけど、雑誌を良く読む機会ができてね。「こんなモノが出ます!こんなモノも出ます!」って情報ばかりで………。昔は雑誌に載った服ってとっくに売り切れて買えないモノが多かった。だから毎週お店に行って、雑誌よりも早く、雑誌には載らない情報が沢山あった。

伊藤:それは原宿の、というより、その時代の人たち独特の感覚かもしれないですね。

松倉:店員さんから入る情報って、やっぱり温度があって新鮮。その情報を手に入れて洋服を買うからそのモノに対する気持ちも別格。物欲をくすぐられる感じがすごかった。で、今みたいな状況の中で物欲をくすぐるモノを作りたいって思ってね。雑誌やインターネットなんかの情報に関してはしっかりと選んで伝えたいなって思ってる。情報を遮断するってのも一つかなって。人ずての噂だけ。

伊藤:なんかそれってトム・フォードみたいですね。

松倉:そうなの?? 幸運にもSNSや何かで情報を広げてくれる人達がたくさんいるし、そういう繋がりを大事にしたい。メディアに関していえば、載り方だけ。

伊藤:確かに、よりパーソナルな時代になりましたよね。メディアのありかたとか逆に関わり方とかってもっと大切になるかもしれませんよね。話を思い切り変えますけど、松倉くんにとっての東京って何ですか?

松倉:『田舎モノの集まり』。

伊藤:たしかにそうですけど、それ言っちゃいます? そんなにストレートに言っちゃいます(笑)?

松倉:田舎モノってネガティブな意味ではないよ。東の京都だから東京。元は田舎なわけで………。その田舎に田舎から人が集まっただけって意味ね。「特別でも何でも無い」って事が言いたかっただけだよ。それに、ずっと居るから慣れてるだけ。

伊藤:僕にとっての東京は、YMOと松倉領。ひょうひょうとしたユーモアと男らしさみたいな。あと恥ずかしがり。

松倉:YMOと並びは言い過ぎ。

伊藤:いやいや本当に。だからこそ、こうして話を聞きたいっていうのもあったし。

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— 東京を一言で表すとすれば?

松倉:うーん、他の場所より以外と簡単に夢に近ずける場所ですかね。

伊藤:なんかモロに田舎者みたいな答えじゃないですか(笑)!

松倉:中学1年生の時に思った事なんだけど、2、3人の友達とスケートボードしながら、原宿のスケートボード屋さんによく行ってたんだ。お店の人や街にいる人達がもの凄く刺激的、でそういう人達の話は面白くて勉強にもなった。そして地元に帰ると他の友達は、さっきの話じゃないけど、変な上下関係。喧嘩の話やあいつがどーだこーだ、とか。俺には全く刺激的じゃなかった。「電車に5分乗れば、もの凄く刺激的なところがあるのに、みんななんで地元から出ないんだろう?」って。ただ、自分にとっては街が刺激的だったってだけなんだけどね。

伊藤:松倉くんのそういうとこが好きだった。そこを軽々と超えていける人って中学の時あまりいなかったんじゃないかな。

松倉:主観で考えると東京にいたってダサいと思う人たくさんいるし。だから東京だからって特別な意識はしないよ。同じ環境で育ってきたのに、かたやボンタン履いてケンカ、かたやスケボー持って原宿に行く訳だし。でも、地方と唯一違うのは人が沢山いる分のカルチャーと情報量。東京にいて得したなって思う。選択肢が多いからね。

伊藤:色々な都市の中でも東京はちょっと特別ですかやっぱり。

松倉:すごく面白い街だなって思うよ。今も昔も街ににいたら楽しい事や良いモノ、面白い人だらけだしね。

伊藤:そういえば、90年代に僕がロンドンにいた時、現地の若者でちょっとイケてる連中は皆日本の雑誌を読んでましたね。[GOODENOUGH]がUKに出来てたりとか、みんな原宿のカルチャーを意識してた気がする。

松倉:ロンドンに行かなくてもロンドンの人達と友達になれたり、原宿で働き始めた頃、海外の人達も集まって来るとこも凄いなって思ってたな。昔も今もだけどね。

— 松倉さんには今の原宿はどんな風に映っていますか?

松倉:カルチャーやファッションに関する感度が高い人が集まっていて、面白い街だと思いますよ。そういえば、若い頃は夜の原宿が大好きでした。

伊藤:原宿って夜は人があまりいないイメージですよね。

松倉:人がいないから楽しかった。当時は裏原と呼ばれるブランドの事務所同士が近かったから、行ったり来たりして遊んでた。遊びに行って先輩達の仕事の邪魔をしてただけなんだけど。先輩達がMacでグラフィックのデザインをしてるのを横で見てたり、面白いビデオ観せてもらったり、TVゲームしたり、音楽聴いたり。夜の原宿は雑誌や本で読むより深くて広い情報や楽しい事が沢山だった。邪魔しに行った時に作っていたグラフィックが何日か後にはTシャツになってたりね、デザイナーの解説付きでそのグラフィックのできる過程を知ってしまうと、そりゃ欲しくなっちゃう(笑)。

伊藤:まさに、その感じが、キラキラして見えてたんだよな。僕が憧れるのはイケメンでサッカーがめちゃくちゃ上手くて、学校で一番可愛い子と付き合ってる先輩では無かったんですよね。松倉くんみたいなフワッとした都会ッ子が誰よりもイケてると思ってた。CDでも[GOODENOUGH]でも何でも良いんだけど、この人が引っ張って来るものは全て、悉くイケてた。

松倉:悲しいことにクラスで一番可愛い女の子が、タレントやアナウンサーとかになったとしてもサッカーが上手い男が好きなんだけどね(笑)。そんなことはどうでも良いんだけどね。言ってみたかっただけ(笑)。

— 松倉さんは何か今後やりたいことってありますか?

松倉:今はブランド。その時面白いと思っていることが出来てれば良いなって思います、別に洋服に捕われている訳では無いし、例えばその時ピザ屋さんがやりたいと思ったら、ピザ屋さんが出来る状態でありたいと思います。その時にやりたいと思ったことをやっていたいだけですよ。

伊藤:なんか、そういうのも先輩が言うと洗練されて聞こえるんだよな。悔しいな。(笑)

松倉:その時にやりたいことをやるって難しいことだよね。がんばります。

松倉領さんが薦めるM.I.U.な1品 – 中目黒 Golden Brownのチーズバーガー

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