前編の本部長 東氏に続きユナイテッドアローズからご登場いただくのは、現在上級顧問として同社に関わる栗野宏文氏。当サイトでもおなじみである人気ショップ「ディストリクト ユナイテッドアローズ」のディレクターも務める、ファッション界のご意見番とも言うべき同氏が、LWTと小木基史について貴重な体験談を交えながら忌憚なく語ってくれました。「終わりは終わりにあらず」…その真意とは? 必見です。
「音楽」をテーマにした業態
まず、Liquor,woman&tearsの生い立ちに関わることなのですが、一番最初に小木君からプレゼンがあって、会社としてもGOとなったときに、僕は出張に出ていてその会議に出られていないんです。そのころはまだ役員だったから、僕も会議に出るべき立場だったのに。本来自分にとって、音楽をテーマにした業態っていうのは、一番理解も批判もできる対象なんですね。僕も音楽が大好きなだけに、それがいかに難しいことか分かっているから。だから、それを討議する場に居られなかったというのは、非常に自分としても忸怩たる思いがあったんです。
でもせっかくスタートしたからにはちゃんと成功させたいじゃないですか。僕がよくたとえ話で言うのが、産んだ子は育てようよ、っていうことなんです。今の世の中って虐待だったりとかの事件が多いじゃないですか。でも育てないんだったら最初から作らなきゃいいし、せっかく産んだんだったらちゃんと育てようよ、っていうね。だから、例えばLWTで『フェンディ(FENDI)』を扱いたいとなった時、僕がフェンディ ジャパンの社長に直接お願いしてみました。その時LWTで待ち合わせをして、なんだか四畳半の部屋に来ていただいた社長みたいになっちゃったんですが(笑) でも先方も意外とすんなり喜んでくれて。フェンディのメンズを直営店以外で扱ったのは、今のところLWTだけなんですね。ローマのフェンディ本社まで行ってオーダーしたりとか、なかなか貴重な体験をしてますよ、小木君は。
そんなこんなで、他にもいくつか取引先を紹介したり、いろんな人を連れて行ったりして、僕なりに産んだ子を育てるお手伝いを約3年半やってきたんです。けれど、「数字上どう考えても赤字が増大する一方だからもうやめよう」というのは、元経営チーム・現顧問として見ても正しい結論です。当たり前に。でも、一方で、何かが終わるっていう感覚が僕にはないんです。
サブブランドとメインブランドのバランス
僕自身ディストリクトというお店を10年前にはじめさせてもらって、これはかろうじて生き残ったけれど、まぁ正直な話、過去に2回ぐらいお取りつぶしの話もあって。そのうち一回は完全に「もうダメ」と。「あと半年で終わりね」と言われて、みんなで泣きながらお別れの食事会までしたんです。でもね、僕、巳年なんでしつこいんですよ。食事会で泣きつつも、「絶対に諦めないぞ!」と思ってたんです。実際それからじわじわじわじわ売れてきて、周りからも「これは絶対やめちゃまずいだろう」と言われるぐらいになり、結果ディストリクトは生き残りました。
ただ、それでも今思うのは、みなさんに支えていただいたおかげで生き残りはしたけれども、UA全体として考えた場合に、そんなに残すぐらい価値のあることだったら、UAのなかでやっても良かったんだな、っていうことなんです。社長の重松が言ったことなんですが、サブブランドを作るっていうことは、その出来が良ければ良いほど、メインブランドの価値に影響するんですね。だから小木基史がUAのなかで一番かっこいいヤツということになった場合、UAよりも小木君の方が上位概念になりかねない。でもそれってUAにとって良いことなのかな、って。小木君たちが輝いてくれるのはもちろん一番良いことなんだけど、ひとりひとりの人間が支えてて、それを結集した形がユナイテッドアローズっていうものだから。各々の個人芸が集まったときの総和というか、団体芸ですよね。やっぱり中居正広ひとりじゃSMAPはできないし、松本潤ひとりでは嵐も成立しない。漫才もひとりじゃできないですから。やっぱり我々は最終的にいい団体芸を作って、お客様に喜んでいただくというのがゴールなんで。 だから、その団体芸をあらためて成熟させるための新しい…リーダーというか、ひとつの引っ張っていく人・ものとして、小木君がより重要性を増してくるっていうのが、次のプロジェクトである原宿本店のディレクター就任っていうことなんでしょうね。
「終わり」と「はじまり」
ややもすると人って「終わる」という事に対して惜別の思いが凄く強すぎて、「良かったのにね、終わっちゃったね」って、いつまでも後ろ向きな、タラレバ話が尾を引っぱったりするじゃないですか。元カノのことが忘れられないダメ男みたいに。だけど、過去っていうのはもう終わっちゃってることであって、大事なのは今日と明日なんです。
例えば、いくら素晴らしい生地を積んでおいても生地としての価値しかない。次に、それを切断しちゃうと、生地としてはデストロイしたことになるけど、縫製すれば服としてちゃんと次の物になる。さらに今度はそれを誰かが着ることで、服として命が生まれる、と。だから、何かが壊れるっていうことは何かが生まれるっていうことで、だけど何かが生まれるっていうことは何かが壊れるっていうことで、極論すると、壊れないと生まれないんですよ。真のクリエイターっていうのは、乱暴ないい方をすれば革命家ですよね。ココ・シャネル(Coco Chanel)にしてもジャン=ポール・ゴルチエ(Jean-Paul GAULTIER)にしてもジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)にしても、川久保(玲 コム デ ギャルソン)さんにしても、つねに破壊して創造して、破壊して創造しての繰り返しじゃないですか。何かを壊さないと次が生まれない。だから、Liquor,woman&tearsっていう屋号やひとつのスペースは無くなるかも知れないですけれど、もっとアップスケールしたものとして再び世に出て行って、より影響力を与えるようになる、というのが僕の望みだし、多分小木君も望んでることだと思います。
今回ポジティブな結論だなと思ったのが、LWTの中でなにが評価できる部分で、どこをUAのなかに残すべきか、というのが会社としてはじめてクリアに見えたこと。だから、UAにとってこの4年間はすごく良い勉強になったな、と。もちろん一番成長したのは小木君と彼のスタッフだと思うけれど、何かをやめる、ということでここまでちゃんと学べたというのは、UAとしてはじめてのことだったかもしれない。今までは「しょうがないな。やめよう。」って、泣いて終わりみたいなところが正直あったんですけど…これはやっぱりUAも成長したっていうことだと思いました。
これからの小木基史に期待すること
そもそも根っからのヒップホップ好きではなかった小木君の、ヒップホップというキーワードをクリックにして服をもっと楽しもう、スーツやジャケットや蝶ネクタイ、ポケットチーフを楽しもう、っていう提案がひとつ形になったのは、すごく良かったと思う。やっぱりLWTっていう箱が無かったら形にはならなかったですよね。
でも、そこが小木君の一番良いとこであると同時に、これから彼がもっと大きくならなければならないひとつのファクターでもあって。彼はスタイリストだな、と。いつも言うんですけど、彼が持っているスタイリスト的な素晴らしいセンスや視点っていうのは大事なんですが、同時にそこで終わっちゃまずいな、とも思うんです。
だから彼に一番望むのは、スタイリストである以上に小売屋になってほしいと。小売屋とかセレクトショップっていう我々の業態の一番やるべき仕事っていうのは、お客様におもしろいものを提供してハッピーになってもらうということはもちろん、お取引先のブランドを育てるということなんです。「これイイな」で取り上げるだけじゃなく、付き合ったブランドをいかに育てるか。いかにその人たちと一緒に成長して、お互い次のビジョンをちゃんと作っていけるか、ということがすごく重要。
だから、彼らがこの3年半で見つけてきたものや作ってきた人脈というのを、次にUAのなかでどう落とし込んでいって、いかにUA全体にいい影響を与えていくかっていうのが、小木君に課されたタスクですね。そう思います。一過性じゃなく、いかに先を見られるか。そこですね。
小木君がUA原宿店でやっていく仕事っていうのがすごく楽しみだし、それはかなりダイナミックにやってほしいと思っています。いろんな人が「あ、服ってこういう風に楽しかったよね」って思えるような、より多くのハッピネスを…聞くところによると、エグザイルのMATSUさんに「LWTに来るとアガるな」と言っていただいたそうですが、「UAに来るとアガるな」って思ってほしいですよね。僕らは「アゲ屋」なんですよ。僕もディストリクトはアゲ屋のつもりでやってます。「服はアガるぜ〜!」みたいな。
とにかくLWTは終わるんじゃなくて、よりスケールアップして、魚じゃないけどもっと大きくなってより広い海で泳ぐ、っていうことだと思います。もっとおいしい魚になってもらわないとね(笑)
というわけで、これからも期待しています。
和光大学を卒業後、1年ほど勤めた(株)鈴屋を経てビームスへ。そこで頭角を現し、平成元年にはユナイテッドアローズの立ち上げに参画。常務取締役 兼 チーフ・クリエイティブオフィサーなど要職を歴任した。現在は上級顧問・クリエイティブアドバイザーとして、ディストリクト ユナイテッドアローズのディレクションなどを手がける。1953年生まれ。
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