2014年10月11日、toeが不定期で開催している自主企画イベント「変わるものと変わらぬもの volume.08(特別編)」が行われる。これまで、mouse on the keys、ASPARAGUS、sick team、THA BLUE HERBらをゲストに招いてきたこのイベントが、今回は日比谷野外大音楽堂へと飛び出し、日本が世界に誇るポスト・ハードコア・バンド、envyと相まみえるツーマンが決定した。このイベントを前に、地元の先輩、後輩として、10代の頃から親交が深いというtoeの山嵜廣和とenvyの深川哲也による対談を敢行。共有、共鳴し合う両者の音楽的なルーツやバンドのスタンスについて、お話をうかがった。
Photo:SATORU KOYAMA(ECOS)、Interview:Yu Onoda、Edit:Keita Miki
ヤマもそうだと思うけど、はっきり言えば、僕は海外にケンカ売りに行ってるので(笑)。(深川哲也)
— まず、toeが不定期で主催する「変わるものと変わらぬもの」とは、どういった趣旨のライヴ・イベントなんでしょうか?
山嵜:toeを始めて以来、色んなバンドからライヴに誘われることが多かったので、リリースのタイミング以外で自分たちの企画ライヴをやる機会がなかなかなかったんですね。でも、自分たちの企画では、自分たちが好きなバンドや普段一緒にやってないけど、対バンしてみたいバンドを呼んだり出来るじゃないですか? そんなこともあって、不定期ではあるんですけど、2007年から自分たちのイベントとして始めたのが、この「変わるものと変わらぬもの」なんですよ。
— このイベントでは、過去にmouse on the keys、ASPARAGUS、sick team、THA BLUE HERBといったゲストを迎えてきましたが、その最新回である今回の対バン相手にenvyを選んだ理由というのは?
山嵜:このライヴ・イベントは、2007年の7月に下北沢ERAでenvy、札幌のThe Sunを呼んだライヴがその初回というか、Volume.00と打ち出したものだったんですね。そして、envyは個人的に親しいバンドだったりするんですけど、対バンは年に一回あるかないか。一緒にライヴをやる機会はそんなに多くなかったりして。そんななか、toeのブッキングを手伝ってくれてるO-Groupのスグルが「日比谷野音の日程を押さえられたんだけど、何かやる?」って言ってきて、ギリギリまでどうしようかあれこれ考えていたんですけど、ここぞという時にenvyを呼びたかったので、思い立って、テツくん(深川)に訊いてみたら、出演を快く引き受けてくれたという。
— 山嵜さんと深川さんは長いお付き合いだとうかがってますが。
深川:もう、20年越えているよね。
山嵜:そうだね、18くらいからだからね。
深川:当時、僕はenvyの前身、BLIND JUSTICEっていうバンドをやってたし、山嵜はSmelling Cuntsっていうバンドをやっていたんだよね。
山嵜:テツくんは僕の2個上で、自分がライヴハウスに行き始めた時にテツくんはすでにライヴをやっていて、自分はただそのファンだった。その当時のバンドというのは、今のように売れたら、ご飯が食べられるとか、そういうことは全く考えてなくて、ただただバンドが好きでやってるだけ。
深川:ライヴでは、毎回、ノルマを払う、みたいな(笑)。
山嵜:当時、お客さんが一番入ってたのでは、、っていうバンドは、BEYONDSとかNUKEY PIKES、COKEHEAD HIPSTERSなのかな。。って思うんだけど、音楽でご飯を食べてる人は一人もいなかったし、みんな、好きで音楽をやってて、そこに人が集まってたし、シーンみたいなものがあって。俺とかは、自分のライヴでもないのに関係者面して楽屋裏から入る、みたいな(笑)。そんななか、僕はBLIND JUSTICEが超格好いいと思ったし、自分の性格的に興味があるものにはガーッっと行くので、機材車に同乗させてもらって、ツアーに付いていって、車中で寝たら耳毛を焼かれたり(笑)。
深川:カレーしか食べちゃダメ、とかね(笑)。
山嵜:そういうパイセンの可愛がりを受けつつ(笑)、仲良くなっていったというか、色んなことを教わりながら、ここまで来たんですよね。BLIND JUSTICEしかり、envyしかり、テツくんは常に格好いいんですよ。例えば、その当時の日本を代表するインディーズレーベルといえばSnuffy Smileか、ZKか、HG Factかといわれている時代に、envyは(日本を代表するハードコア、ノイズ・レーベル)HG Factから音源を出してたりしてますし、、。自分はその真似をして、ずっと、バンドをやってるような感じ。それこそ、海外ツアーや海外リリースもenvyの方が全然先だし、自分たちもやりたいなーと思ってて。
深川:そういう相談にも乗ったもんね。
山嵜:そして、海外に行ったら行ったで、先に海外ツアーをやったenvyやMONOがオーディエンスに日本のバンドのクオリティを伝えてくれてたからこそ、toeがツアーに行ったら、みんな観に来てくれるし、そういう地盤を作ってくれたということもあります。
深川:ヤマもそうだと思うけど、はっきり言えば、僕は海外にケンカ売りに行ってるので(笑)。
山嵜:はははは。
深川:そうでしょ? だって、海外ツアーほど、過酷なツアーはないですからね。もちろん、行ったら行ったで、すごい楽しいんですけどね。
山嵜:音以外の情報がない人たちの前で演奏する海外ライヴは、「みんな、どう思うかな? これだけやったら超格好いいって、絶対思うだろうな」と想像しながら臨んだ自分たちの初ライヴに近いものがあって、初期衝動的なものが甦るところがあるんですよね。
— envyしかり、toeしかり、その根底にあるのはパンク、ハードコアですが、パンク、ハードコアといっても、色々ありますし、世代によって、人によって捉え方も変わってくると思います。そのなかでも、お二人が影響を受けたのは?
深川:最初、聴き始めたのは、先輩から教えられたピストルズやクラッシュなんですけど、その後、日本にもそういうバンドがいることを知って。東横線の東白楽に極楽レコードというレコード屋があって、「その店にそういうパンクのレコードが売ってるらしいよ」という情報を得て、そこで初めて買ったのが、LIP CREAMの『LIP CREAM』。聴いてみたら、「なんだ、こりゃ!」って思うような衝撃というか、怖さがあって。そんな感じで日本のハードコアだったり、UK、USのハードコアを聴いていったんですけど、そのなかで一番ハマったのは、90年代のエモーショナル・ハードコアでしたね。当時は色んな情報を入れたくて、あちこちのレコード屋で買いまくってました。
山嵜:僕が好きな90年代エモは、テツくんの完全な後追いですね。かつて、テツくんはレコードのディストリビューター的なことをやってて、海外からレコードを輸入して、店に卸したり、ライヴ会場とかで売ってたこともあって、そうやってレコードを買ったり、教えてもらったりしてたんですよ。当時はYouTubeもなければ、ネットが普及してなかったから、Heartattackみたいな海外のファンジンのレビューをチェックして、そうそう手に入らない音を想像したり、90年代エモは音だけじゃなく、グラフィックも、自分にとっては、ものすごいお洒落なものだったんですね。というのも、アメリカの音楽ビジネスが盛り上がっている時に、その流れとは逆のベクトルで、全く宣伝せずに体育館でライヴをやったり、作品を流通に乗せずに売ったり、エッジーなことをやっていて、その美的センスも同じようにエッジーだったんですよね。だから、当時のグラフィックは今観てもすごい格好いいんですよね。
深川:そうそう。ジャケットも手作りで、スタンプが押してあったり、自分で切り抜きしたものを手張りしてあったり。自分でも真似してやってみるんだけど、なかなか出来なかったりして。日本の流通に乗せるとなると、バーコードを張らなきゃダメだ、とか、変形ジャケだと棚に入らないって言われたりね。
— パンク、ハードコアの影響は、音楽やグラフィックだけにとどまらず、toeやenvyのバンドの在り方にも強く感じられます。
深川:バンドをやるうえで、どこかに寄っかかっている人たちというのは、周りのサポートがあるじゃないですか。それに頼ってばかりの人たちを見ると、「この人たちは音楽がやりたいんじゃなく、芸能人になりたいのかな」って思えてきてしまうんですね。まぁ、その人たちがやりたいことに対して、いい悪いを言うつもりはないんですけど、少なくとも僕はそういうことがやりたいわけじゃないんですよ。toeもそうだと思うんですけど、音楽はもちろん、活動の仕方を含めて、独自のアイディアがあるし、周りに左右されない自分たちのペースがあって、僕はそういうバンドにシンパシーを感じるし、そういうスタンスで活動出来ることを教えてくれたのが、僕たちにとっては、90年代エモだったし、そこに自分たちの考えを加えていくことで今のバンドのスタンスがあるんです。
山嵜:僕から見ると、メジャー・シーンで活動して、音楽で食べている人たちは大変そうだなって思うし、自分には絶対出来ないんですよ。すごいプレッシャーがあるだろうし、何枚売ると自分にいくら入って、その金で自分の子供を食わせなきゃいけないとなったら、売れるものを作らなきゃいけなくなるじゃないですか。だから、「自分はお金になるならないという世界では勝負してないし、自分はやりたいことをやってるだけ。好きな人が観に来てくれればいいんじゃない?」っていう逃げ道を常に作っておかないと、自分は音楽が出来ないんですよ。ただ単に。。
だから、そういう人たちもいれば、芸能的なことをやりたい人たちもいて。恐らく、芸能的なことをやりたい人は有名になりたいからやってるとか、音楽をやる動機が違うんですよ。俺とかテツくんはただ音楽をやってるだけなんですよ。バンドをやるにはお金もかかるし、ライヴの動員がないと面白くないし、でも、働かないと食っていけないから、別で仕事をしてるっていうただそれだけ。
深川:俺らの場合、働きながら、音楽をやるというスタンスがいいよね。音楽だけで食っていくのは無理だもん。
山嵜:僕らがやっている音楽は、万人が好むような音楽ではないからね。
— ただ、音楽を取り巻く環境は大きく変わりましたよね。例えば、日本のリスナーの規模が1000人くらいでも、世界で考えたら、リスナーは10,000人くらい見込める、とか。そこで上手くやれば、音楽で食べていくのも不可能ではない時代ですよね。
深川:そうなんですよね。海外ツアーに行くと、「envyは音楽で食べてるんでしょ?」って、よく訊かれるんですよ。それで「いやいや、みんな、一生懸命仕事してるよ」って答えるんですけど、どうやら、海外ではenvyと同じくらいの規模でツアーを回っているバンドはほとんど音楽とマーチャンダイズだけで生活しているらしいんですね。僕らもツアーに出ている時はそこで上がったお金だけで生活出来るから、そういう海外の音楽環境に身を置いてみると、逆に日本でのバンド活動の難しさを実感させられたりもするんですけど、僕らの場合、仕事をしているので、そもそも、長期間ツアーするのが難しいし、もしそれが可能だったとしても、生活費を稼いでこないといけなかったり、さらにはそこに飛行機代も加わってくるから、1週間、2週間行っただけだと、実質、赤字なんですよね。さらに海外ツアーは移動も過酷で、体力勝負という側面もあったりするし、環境は以前に比べて、よくなったとは思いますけど、それでも難しいものがありますね。
山嵜:まぁ、でもさ、俺らの場合、ライヴをやる時にノルマを払わなくてよくなったというだけで全然いいよね(笑)。
深川:ね。昔はノルマを払うのに、母ちゃんに金借りたりとかさ。結構キツかったけど、それが普通だとも思っていたし。
山嵜:金払ってまで、人にライヴを見せたいって、訳分からないというか、どういう趣味なんだろうっていうね(笑)。
— そんななか、envyは今年で結成21年目、toeは14年が経ったわけですが、「変わるものと変わらぬもの」というイベント・タイトルが示唆するように、その間の進化、変化についてはいがでしょうか?
深川:(山嵜、山根が在籍していた前身バンド)DOVEからtoeになった時はかなり変わったんじゃない?
山嵜:うん。メンバーも変わっているし、違うことをやろうと思って始めたバンドだからね。でも、toe結成からすでに14年経って、そのなかでもあれがやりたい、これがやりたいという変化があって。テツくんもBLIND JUSTICEでドラマーが変わったことを機にenvyに発展していったわけだけど、本人たちのなかでは音楽性が変わったように感じていても、周りの人に聴くと、toeはtoeだし、envyはenvyだよねって言われたりするでしょ(笑)? 長くバンドをやっていると、いわゆる、toe節、envy節が自然に熟成されてしまうところもあるんだろうね。
深川:あと、長くやってると、演奏も上手くなるじゃないですか。それによって、こういうことも出来るし、ああいうことも出来るという試行錯誤の時間も増えて、それに伴って、曲も変わるし、その変化は肯定的に捉えているんだけど、toeもenvyも時代に乗っている感覚はゼロだからね。
山嵜:そうなんですよ。やってる本人はやりたいことをただやっているだけだし、マーケティングをして、音楽を作っているわけではないですからね。ただ、いち音楽ファンとしては、Don CaballeroがBattlesになって、Warpからアルバムを出したら、わーー!って違って聞こえたりもするだろうし、外から見たら、変化したように感じることもあるんじゃないかな。
深川:俺らもモグワイのレーベル(Rock Action)から作品を出すようになって、変わったように思われたかもしれない。
山嵜:客層は変わったかもね。
深川:相当叩かれたけどね(笑)。
— ちなみにRock Actionから作品をリリースすることになった経緯というのは?
深川:彼らが大阪でライヴをやった時にenvyが好きな友達がモグワイのスチュアートをたまたまアメ村で見かけたらしいんですよ。それで彼が聴いてたenvyのMDをスチュアートに渡して、「これ、僕の大好きな日本のバンドだから是非聴いてくれ」って。それで楽屋に戻ったスチュアートが、たまたま、置いてあったMDプレイヤーで聴いてみたら、「なんだ、これ。こんなバンドが日本にいるんだ!」と衝撃を受けたらしく……。
山嵜:奇跡的な話!(笑)
深川:それで帰国後にスチュアートから連絡があって、「すごく、いいバンドだから、ヨーロッパで契約しない?」って。こちらとしても「ぜひぜひ」という感じだったし、彼らとは今でも交流があって、グラスゴーに行ったら泊めてもらったり、食事をご馳走してもらったり、すごくいい人たちだし、彼らには感謝してますね。
— そうやって、偶然渡った一本のMDからヨーロッパ・リリースが決まったり、メディアにもほとんど出ず、envyの活動は21年続いてきたわけですが、ここまで活動が続いて要因についてはいかがですか?
深川:普通にただバンドをやってたら、しがらみに嫌気が差して、たぶん、辞めてたと思いますね。僕らの場合、自分のなかで縛りがあって、それを優先させて、絶対に崩さないと思ってやってきたから、ここまで続いたんだと思いますね。周りからよく訊かれるんですよ。「どうやったら、そういう風に自分たちだけで活動出来るんですか? どうやったら、海外ツアーに行けるんですか?」って。それに対しては、いい答えがないというか、「自分たちでやるしかないからじゃない?」とか「こっちから求めてもダメな時もあるから、海外ツアーは運なんじゃない?」としか言いようがないんですよ。だから、そうなってくると重要なのは、やっぱり、シンプルにやりたいことだけをやって、やりたくないことはやらないっていうスタンスなんですね。ただ、それをやるとなると、相当な雑音、ねたみ、やっかみはありますよ。あるけど、まぁ、気にしなきゃいいだけの話だから。
山嵜:まぁ、でも、気にしちゃうんだけどね(笑)。ただ、ライヴを観てもらったら、そういう雑音を吹き飛ばす自信はあるから。
深川:そう、やる時はやってるんだよね。
— 最後に、今回のイベントに向けた意気込みを一言ずつお願いします。
深川:僕らは基本的にライヴの練習って、あまりしないんです。というのも、練習をいっぱいやりすぎちゃうと、慣れたり、飽きたりして、集中力が削がれちゃうんですよ。でも、ここ最近はアルバム制作のために、あまりライヴをやっていないこともあるので、練習して野音に臨もうと思ってます。
山嵜:「この時だから頑張ります」っていう考え方は失礼な気がするので、どのライヴも同じように頑張ってますし、今回もいいライヴが出来ればなと思っていますね。ただ、今回のイベントは野音という大きな会場の特別編ということもあって、、、。
ステンシルって分かります? 例えば、機材が分からなくならないように、「toe」とか「envy」といったロゴをくりぬいた厚紙の上からスプレーで吹き付けたりするんですけど、ステンシルっていう、その厚紙をスプレーと一緒に置いたブースを会場に作るので、Tシャツやバックだったり、みんな、好きなものにスプレーしてもらいたいなと思ってます。
【「変わるものと変わらぬもの volume.08 (特別編)】
開催日時:2014年10月11日(土) open 17:00 / start 17:45
開催場所:日比谷野外大音楽堂
出演:toe / envy
主催:シブヤテレビジョン
指定席完売につき、立見の追加席が各種プレイガイドにて発売中
金額:3,600円 (税込)
※一部演出が見えにくい場合がございますが予めご了承ください。
※雨天決行。荒天の場合は中止となる場合もございます。
■お問い合わせ先
H.I.P.
TEL:03-3475-9999
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