前代未聞の会員制オンライン映画館『theatre tokyo』のコンセプトに共感したMasteredが、その発起人の1人である映像作家、柿本ケンサクと共に”いくつになっても輝き続けるアウトロー達の生き方の軌跡”を描いていく連載企画『シアター芸術概論綱要』。
第2回目に登場頂くのは、1995年の結成以来、日本の音楽シーンに数々の伝説と爪痕を残してきたバンド、 BRAHMANのヴォーカルであるTOSHI-LOW。2011年3月11日に起きた東日本大震災を受け、ライブエンジニアチーム「SPC peak performance」がスタートさせ、TOSHI-LOW自身も中心人物の1人として参加している復興支援プロジェクト『東北ライブハウス大作戦』、そして今の彼を取り巻く”音楽”、”表現”について、たっぷりと話を聞いた。
まだ余震がある中でチャリティーライブをやって、そういう時に来てくれた子たちに泣きながら真剣に「ありがとう」って言われたら、「関係ねーよ、ただの自己満足だよ」なんてとても言えなかった。
柿本— 3.11以降、TOSHI-LOWさんの中で特に動いたり、変わったりしたことってありましたか? 価値観の変化も含めて。
TOSHI-LOW:もちろんありましたよ。今思えば、それまでは自分で勝手に「この辺かな」ってリミットを決めて表現したり、気付かないうちに”一般”とか”世界”とか”世の中”ってものにあわせていたんですよね。3.11以降、溢れだした世界でそういう感覚を「あぁ、自分がやってることはつまらなかったなぁ」と思うようになった。表現に関して、自分の中にリミットを設けずに、言いたいことは言う。そういう風にしたらとても居心地が良いことに気付いたし、それって実は、一番最初に自分が10代でバンドをやり始めた時の感覚にすごく良く似ているんですよね。「誰の掌の上でも踊りたくない」と思ってバンドをはじめた感覚。
柿本— 僕もこれまでに沢山のミュージックビデオを撮ってきて、色々なミュージシャンの人と接してきましたが、個人的にはBRAHMANってバンドは、3.11が起ころうが、起きまいが、”ブレてない”って感じがしてました。
TOSHI-LOW:自分でもそう思ってたんですけどね。でも3.11以前は「いいぜ、いつでも死ねるぜ」って発言をしたとしても、それは架空のものであって、本当に覚悟を決めていたかと言われると正直、自信は無いです。ああいうことが目の前で起こった瞬間、もう一度問いただされる部分があって。最終的に見ていた方向は同じだったと思うんですけど、自分の中でのリアリティという意味では全然違いました。
柿本— 明確な言葉には出来ないかもしれないんですが、それって例えば3.11より前はキーワードとしての“メジャー”であったり、“売れる音楽”っていうのが、自分が本当に表現したかったり、伝えたかったりするものをセーブしてた部分も含まれているんでしょうか? 僕も色々と映像や写真の作品を作っていて、「やっぱりこうしなきゃ」とかって言うのは、“商品が売れる”ってことに左右されることが多いです。“売れる”ことが悪いとは思わないんですけど、その為に表現の方法を自分の本来の意志とは違ったものにしなければいけないこと、今でも当たり前に沢山あります。映像や映画の世界はその最たるもので、僕も一時期同じように思ったことがあったんです。
TOSHI-LOW:間違いなくありますね。食べていけるとか、いけないってことは本来は重要じゃない。もちろん、それは自分の中にも当たり前に存在していて、お金なんて表現の二の次ってことは始めから分かっていたはずなんだけど、自分ももしかしたら”メジャー”とか”売れるもの”とか、そういうのに合わせてしまっていた部分があるのかなってことに、3.11以降気付きました。「流されないように」って潮の流れとは逆に歩いてきたつもりなのに、いつの間にか砂にさらわれて、本来とは違う場所に立っていた。そんな感覚がすごくありました。
柿本— その感覚に気づいて、具体的に起こした行動の1つがこの「東北ライブ大作戦」だと思うのですが、他にご自身の中で具体的に「ここを変えた」というような点って何かあったりしますか?
TOSHI-LOW:どうしても言葉にすると抽象的になってしまうんですけど、何を恐れていたかって、結局自分の中に、「こういう風に言ったら、こういう風に言われるんじゃないか」とか、「こういう政治的なものに触れてしまったらすごい叩かれるんじゃないか」とかそういうくだらない”恐れ”があったんですよね。でも、実際に踏み出してみたり、裸一貫で飛び出してみると、もちろん変な反応もあるけれど、大したことない。「こんなもんか」っていうレベルのことでした。
柿本— どんなことをしても批判は少なからずありますもんね。業界にいて、時間がたって自分の周りの人達の顔が見えてくるとそれが知らない間に“恐れ”になってる。今思うと若い時、何もしらないころは、逆にその“恐れ”は今よりなかったかもしれない。
TOSHI-LOW:特に原発関連のイベントなんかに出ると顕著ですね。ネトウヨみたいな奴らもいっぱいいるし。「もうあなたたちのCDは買いません、ブラーマン」とか書いてって、「そもそもバンド名間違ってんじゃねぇかこの野郎! CD買ったこと無いだろ!!」みたいなことは良くありますよ(笑)。
でも、すごくびっくりしたのは3.11以降、まず、自分たちに出来る事をと思って、純粋に、ボランティアで活動した時に、そのボランティアの行動に対して、たくさん「売名」とか「偽善」っていう言われ方をしました。それまでボランティアってあまりやったことが無かったから、全然そういうことを知らなくて。友達が困っていて、友達の周りの人も困ってる。困っている人がいる。だから必用な物資を買って、集めて、持っていく。それがなんでこんなに叩かれるのかって意味が全く分からなかった。ボランティアっていうのが、自分の存在を全て消して、無私の自分であるべきで、施しを受けることは許されないみたいな崇高な行為なら、一体誰が出来るんだよって話ですよ。ただ、あまりにひどかったので、初めの段階でその辺りときっぱり決別出来て、すごく楽にはなりましたね。今まで考えもしなかったような自分の表現の底というか、そういうものと向き合えてすごく良かったなという想いはあります。
柿本— それ、わかります。どうして人は批判したがるんだろうと。批判することで、何が生まれるのか。人が人のために動くのをみて、なぜ、歯がゆい気持ちになるのか。もしかしたら、そういう風に行動に移せない人ほど、行動できる人をみて、劣等感をいだくのかな。行動に移せない自分を認めたくない、受け入れたくないっていう心が批判につながっていくでしょうか?
TOSHI-LOW:顔みて言われてるわけじゃないから、わからないけど、その批判で、逆に気持ちで走ってた自分を客観的に見れましたよ。インターネット上のクソみたいな意見の人たち、本当にありがとうございますって話です(笑)。
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