The Interview #002 川口ゆい(コンテンポラリー・ダンサー)

by Mastered編集部

編集部が今気になる人のインタビューを不定期で掲載していく企画“The Interview”。第2回目となる今回は、去る11月に日本初上陸を果たした「Red Bull Flying Bach」において、ブレイクダンス世界チャンピオンのフライング・ステップス(Flying Steps)と共演を果たした日本人コンテンポラリー・ダンサー、川口ゆいさんにご登場頂きます。
これまでにも世界中でチャレンジングスピリットに溢れた新たな試みをサポートしてきたRed Bullが送るRed Bull Flying Bachは、ブレイクダンスとバッハのクラシック音楽という対極のカルチャーをクラッシュさせることによりあらゆる常識を覆した、全70分の新感覚のパフォーマンス。ブレイクダンスの世界チャンピオンであるフライング・ステップスと彼女による躍動は、ここ日本でも大きな感動を呼びました。そんな日本公演の最中に実施したインタビューは、Red Bull Flying Bachに関することはもちろん、ここに至る経緯やパーソナルな部分にも触れた濃密な内容に。最下部に掲載したRed Bull Flying Bachの紹介動画と共にたっぷりとお楽しみ下さい。

Interview & Text:Mastered

結局はダンスなんですけど、彼らにとって踊ることと生きることは同義なので、キャラクターがそのまま踊りになる。そういう意味では、ある種のヒューマンドラマのような楽しみ方も出来るんじゃないかなと思っています。

— まずは川口さんがダンスを始めたきっかけからお話を伺っていければと思います。出身はどちら何ですか?

川口:神奈川県の茅ヶ崎出身で、ダンスを始めたのは6歳の時からですね。はじめたきっかけは母と一緒に森下洋子さんという方の公演を見に行ったことでした。私の母の世代ですごく人気のあった日本を代表するプリマバレリーナの方なんですが、彼女の演技に子供心ながら衝撃を受けまして。「こんなに上品な人、今まで見たこと無い!」みたいな(笑)。
後々、その時見たダンスがクラシックバレエというものなんだと知り、自分もやってみたいと思いました。

— なるほど。Red Bull Flying Bachにはどういう流れで出演することになったのでしょうか?

川口:元々フライング・ステップスとは知り合いだったんですが、今回は芸術監督であるクリストフ(・ハーゲル)の方から「オーディションをしているから、出来ればゆいにも参加して欲しい」と打診がありました。

— バッハとブレイクダンスの融合というのは、ダンサーである川口さんから見てもかなり異例というか、衝撃的なものだったのではないかと思います。内容を初めて聞いた時はどのように感じましたか?

川口:最初にコンセプトを伺った時は驚いたというよりは、すごくドイツ的な発想だなと思いましたね。バッハとブレイクダンス、ストリートカルチャーとクラシックという対極にあるものを、細かいディティールや情緒的な部分を抜きにして一緒にしてしまうというざっくりとした部分が特に(笑)。
でも逆に、だからこそ上手くいったという部分も大いにあるかと思います。

— 普段踊っているダンスとは色々な意味で異なる部分が多かったと思いますが、一番苦労した部分は?

川口:うーん……色々とありますが、一番大変だったのはやはりフィジカルの問題ですかね。大袈裟でも何でもなく、フライング・ステップスの面々の肉体というのは本当に普通では無いんです。ものすごく体力もパワーもある人たちなので、その彼らと同じ舞台に立ったときに自分がちゃんと存在しなきゃいけないというか、このRed Bull Flying Bachという作品の中で私はどうやったらきちんとした存在感を出せるのかってことをすごく考えましたね。だから、作品を見た人から、私の役が作品の中でフライング・ステップスとどんどん融合していくのが分かったと言われた時には「本当に伝わったんだな」というか、感無量でした。

— ダンスに関する知識が乏しくて申し訳無いのですが、そもそも“バッハを踊る”ということ自体、バレエの世界では良くあることなんでしょうか?

川口:そうですね、クラシックバレエやモダンバレエではこれまでにも何度かバッハのフーガに振り付けがされていますし、そこまで珍しいことでは無いかと思います。

— では、自身でも踊ったことが何度か?

川口:自分の作品の中で音をちょっと使ったことはあるんですが、ここまでしっかりとバッハを踊るのは初めてですね。バッハの中でもカンタータという歌のあるものは、オペラ歌手の方と一緒にドイツで公演を行ったことがあるんですが。

— 今オペラ歌手の方と一緒に公演というお話がありましたが、他のジャンルの人と共演することは多々あるのでしょうか?

川口:そうですね、比較的多いです。

— 過去にブレイクダンサーと共演する機会はあったのでしょうか?

川口:ここまで本格的なブレイクダンサーとは初共演ですね。コンテンポラリーダンスの世界にも元々ブレイクダンス出身というダンサーの方は結構いらっしゃるんですが、フライング・ステップスに関しては骨の髄までブレイクダンサーなので(笑)。

— 実際にフライング・ステップスのようなブレイクダンサーと共演してみて、何か新しい発見はありましたか?

川口:とにかく衝撃的だったのは、彼らが頭の中までブレイクダンスしていること。本当にこう考えるんだというか、発想そのものがコンテンポラリーダンスのそれとは全く違っていました。例えば、最初に彼らのリハーサルを見せて頂いた時に丁度振り付けを決めていたんですが、逆立ちしたまま10分ぐらい言い合っているんですよ(笑)。それでそのまま、ケンカが始まって、いきなりヘッドスピンをしたりとか。コンテンポラリーダンスだと、初めにコンセプトありきで、そこからどういう風に表現しようって考えて動きを衝動的にひっぱってくるんですが、ブレイクダンスの場合、形はもちろん大事だけれど、それを実際にやるには膨大なエネルギーが必要な訳です。そうなるともう、必要なアドレナリンのレベルが違うというか。その熱量には心から感動しましたね。

— 最終的な落とし込みは同じダンスではあるけれど、そこに至るまでのプロセスが全く異なる訳ですね。フライング・ステップスはRed Bull Flying Bachをきっかけにバッハやクラシックを聴くようになったと言っていましたが、川口さんはいかがでしょう? ヒップホップやブレイクビーツを聴くようになりましたか?

川口:彼らがウォーミングアップの時に常にヒップホップをかけているので、聴く機会はすごく増えましたね。あとはメンバーのベニーが最近趣味でDJをやってるみたいなんですが、彼のお気に入りのミックスをもらって聴いたりもしていますよ。

— ブレイクダンスの要素を、今後自分のダンスに取り入れてみようとは思わない?

川口:うーん……単純に動きとしてはすごく勉強になったんですが、ブレイクダンスって知れば知るほど難しいというか、逆に簡単に手出し出来るものでは無いなと思いましたね。フライング・ステップスのメンバーも全員10年以上はブレイクダンスをやっている訳で、容易に横かじりは出来ないです。なので、今の彼らのブレイクダンスにおけるレベルを自分の分野に置き換えて、そこを目指せるように頑張りたいなと思っています。

— なるほど。では最後の質問になりますが、川口さんが考えるRed Bull Flying Bachの魅力というのは一体どんな部分なのでしょうか?。

川口:実を言うとフライング・ステップスもこういったきちんとした会場でダンスを踊ったことなんて無いんですよね。でも私がすごく魅力的だなと思ったのは、彼らはステージの上でも街中を歩いている時のテンションと全く変わらない。例えばバレエとか演劇だと、役に入り込んだり、世界に入り込むという形で気持ちを切り替えるじゃないですか。でも彼らはあくまでも日常の姿で舞台に立っているので、見ている側としてはそういった部分は初心者の方にもすごく入りやすいポイントにはなるんじゃないですかね。彼らは1人1人本当に個性が強いので、その人間性をありのままに楽しんで欲しいです。結局はダンスなんですけど、彼らにとって踊ることと生きることは同義なので、キャラクターがそのまま踊りになる。そういう意味では、ある種のヒューマンドラマのような楽しみ方も出来るんじゃないかなと思っています。これまでに色々な国でツアーをやったんですが、中にはクラシックダンスファンの年配の方がブレイクダンスファンのお孫さんを連れて見に来ているような方もいて。本当に幅広い年齢の方に楽しんでいただけるものだと思います。劇場全体がリラックスして、一体になって楽しめる舞台です。

— 思っていたよりもずっと気楽に楽しめるものなんですね。

川口:もちろん。真剣にはやっていますけど、決して高尚なものでは無いです。バッハはドイツの作曲家なんですが、実際に聞いてみて思うのはやっぱり地元の音楽なんですよね。私も今、ドイツに住んでドイツ語で生活をしていますが、そうなってからバッハを聴いてみるとすごくドイツらしいリズムで、ドイツの町並みや建築にマッチしていることが分かる。フライング・ステップスもベルリンで生活していて、そういった“地元”の私達がこの作品を作っているので、必然的にすごく生活観溢れるバッハになっているんじゃないかなと思います(笑)。
彼らは良く「ブレイクダンスはライフスタイルだ」と言うんですが、同じようにRed Bull Flying Bachでは私達のライフスタイルがバッハに繋がっているんです。