「ヒップホップの名のもとに。」
44歳のtha BOSS(THA BLUE HERB)が描くパーソナルな世界観。

by Mastered編集部

昨年12月に般若とビートメイカーのgrooveman Spotをフィーチャーしたシングル"NEW YEAR'S DAY"を皮切りに、tha BOSS名義のソロ活動を始動したTHA BLUE HERBのILL-BOSSTINO。1997年のグループ結成から18年を経て初となるソロ・アルバム『IN THE NAME OF HIPHOP』がついにリリースされた。

ビートメイカーにDJ KRUSH、DJ YAS、Southpaw Chop、Olive Oil、PUNPEEら、ラッパーにYOU THE ROCK★、B.I.G. JOE、田我流、YUKSTA-ILLら、さらにエンジニアにSHAKKAZOMBIEのTSUTCHIEという総勢21名をフィーチャー。THA BLUE HERBから新たな一歩を踏み出し、ヒップホップの名のもとで彼が描き出すパーソナルな世界の全貌とは果たして……。

Photo:Takuya Murata、Interview&Text:Yu Onoda、Edit:Keita Miki

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『TOTAL』に費やした労力と作品の緻密さは、自分のなかで未だに完璧だと思っているし、それ以上の作品をO.N.Oと二人で作ろうとはまだ思えなかった。

— THA BLUE HERBの最新作『TOTAL』から3年と5か月。ソロの構想はいつ頃から考えていたんですか?

BOSS:僕はTHA BLUE HERBのプロダクションにおいては、O.N.Oとずっと2人だけでやってきたんですけど、ライヴではトラックを変えてやることも多かったので、色んなビートメイカーの色んなビートでラップをやるヒップホップの楽しさは昔から知っていたし、キャリアを通じて、”色んな人のビートでやってみたい”という思いは自分の根底にずっとあったと思います。具体的なきっかけとしては、4枚目のアルバム『TOTAL』ですね。あのアルバムを作ったことで、僕らとしては結構来るところまで来たというか、やるべきことをやり切って、頂点まで到達したという思いがあったので、色んな人のトラックで作品を作るのは、今かなと思ったんです。

— これまでのTHA BLUE HERBは、作品リリース後に長期の国内ツアーであったり、世界を旅しながら、次作の足がかりをつかんできたと思うんですけど、『TOTAL』とそれ以降の活動から、そのまま、THA BLUE HERBの制作に向かおうとは思わなかった?

BOSS:そういうことにはならなかったですね。『TOTAL』に費やした労力と作品の緻密さは、自分のなかで未だに完璧だと思っているし、それ以上の作品をO.N.Oと二人で作ろうとはまだ思えなかった。あと、僕はいま44なんですけど、ここで次のTHA BLUE HERBのアルバムを作ったら、次のタイミングは少なくとも40代後半になってしまうわけで、そのことを考えた時、ソロアルバムに取りかかろうと踏み出しました。

THA BLUE HERBのアルバム『TOTAL』

THA BLUE HERBのアルバム『TOTAL』

— 作品を制作するにあたっては、どこから着手したんですか?

BOSS:いつものように、最初はリリックですね。THA BLUE HERBの時と変わらず、格好いいリリック、格好いいラインを書こうということにフォーカスして、3か月で10曲くらい書いて、それから「このリリックではこのビートメイカー、ラッパーとやってみたい」っていう人へのオファーですね。結果的にビートメイカーとラッパーが20人参加してくれているんですけど、最初の段階ではもちろん20人以上いたし。その一人一人にコンタクトを取って、自分のやりたいことを一から伝えるところから始まったんですけど、また、同じことが出来るかと問われたら、考えてしまうくらい濃密な作業でしたね。参加してくれたのは、職人であると同時にヒップホップというアンダーグラウンドな世界を自分の腕で生きてきた人たちだから、もちろん、それぞれがやってきたことやプライドもあるし、この作品の制作は、その20人との対峙なんですよね。

— 高くて厚い壁がそびえ立っていたと。

BOSS:まず、THA BLUE HERBとして活動してきた過去18年の間に知り合って、何度も顔を合わせてきた人とのやり取りから始まって、その多くは「いつか一緒に曲を作ろう」という、いつかの約束を果たそうとスムーズに作業出来たんですけど、そうじゃなく、「この人のビートでやってみたい」というところから声をかけた人……そのなかにはそんなに多くを話したことがない人も少なからずいて。

お嫁においで 2015 feat. PUNPEE

お嫁においで 2015 feat. PUNPEE

— 例えば、PUNPEEくんとか?

BOSS:PUNPEEはずっとチェックはしていたんですけど、リキッドルームの現場で一度会って、5分くらい話したくらいなので、彼もこの作品で深く知り合った一人ですね。それから、僕のスタッフとも色々相談して、(DINARY DELTA FORCEやBLAHRMYの作品を手掛ける)NAGMATICや(千葉のビートメイカー)HIMUKIとも知り合ったんですけど、彼らにはまず挨拶して、自分という人間を伝えるところから人間関係を築いていったので、すごい時間はかかったんですけど、自分でやっておきながら、贅沢なことをさせてもらってるなって思ってましたね。やりとりは全て自分でやったんですけど、才能をお金で買ったという感覚はなく、それでいて、職人的な人たちとやり取りする怖さやリスクもあったし。そんななか、全員が快く引き受けてくれたことに救われたというか、自分が18年間本気で走ってきて、真剣にやってきてよかったなって思いましたね。

— BOSSさんの作品の大きな特徴であり、この作品においても変わらないリリックとトラックの親和性の高さは、そうした密なやり取りから生まれたわけですね。

BOSS:みんな、作風や機材、手法があまりにも違うので、アルバムに統一性を持たせるには、自分の好みのキーや好みの色としか言いようがなくて。その点に関してはもう、ガチなやりとりで、そのやり取りに付き合ってくれたエンジニアのTSUTCHIE君を含めて21人には感謝してます。トラックに関して、THA BLUE HERBも、スピリットとしては王道のヒップホップのつもりでやってきたんですけど、敢えて立ち入らなかったO.N.Oの個性や特殊性が作品の半分を占めていたし、それが僕らのオリジナリティに直結していると思うんです。ヒップホップというメンタリティだけが制約としてあって、あとは全部自由っていうTHA BLUE HERBや今のヒップホップは、それはそれで良さがあるんですけど、今回、そこから離れるのであれば、僕にとって一番のヒップホップの王道である90年代ヒップホップ……オーセンティックな手法で、制約されたなかで表現の自由を探していくスタイルでやってみたかったし、ビートメイカーの人選もそういうスタイルにこだわっている人が多くなった感じ。

— 今回のアルバムを聴いた時に改めて思ったのは、THA BLUE HERBというのは、BOSSさんとO.N.Oさんが2人で作ってきた場だということ。BOSSさん、O.N.Oさんそのものであって、それが全てではない。

BOSS:THA BLUE HERBという一つの人格が出来上がっているんですよ。そして、今回、『TOTAL』のタームを終えて、THA BLUE HERBの新作に向かわなかったわけなんですけど、ソロを作ることで、THA BLUE HERBに戻った時にO.N.Oの作るビートの素晴らしさに立ち返ることが出来る地点までいきたいと思ったんです。そのためには、ソロでとことんやらなきゃダメだし、その思いも今回のアルバムを作るモチベーションになりましたね。

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