対談:田中宗一郎(the sign magazine) × 西村浩平(DIGAWEL)

by Mastered編集部

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[DIGAWEL]が、そして『THE CHUMS OF CHANCE』がやりたいことは、そういう何かしらのプライドを持ったキッズたちがバイトで稼いだお金を握りしめてお店に来た時に、着たいと思わせるような洋服を作ることなんです。

— メンズファッションの世界では最近スタンダードって言葉がよく使われるんですが、あれも要は安心を買っている訳ですからね。

田中:ポップ音楽の受容という局面で今もっとも支配的なのは、「自分に合うモノが好き」って感覚。だから、わけのわからないものを聴いて、自分が昨日までの自分ではなくなってしまうことをリスナーは一番怖がってるし、その労力を払おうとしない。でも、さっぱり意味のわからないものを読んだり、聴いたり、見たりするのって、大したリスクもないじゃないですか。むしろたったそれだけで自分の新たな可能性が浮かび上がるのであれば、これほどお手軽なことはない。なのに、何故、自分と近しい人たちだけのコクーンを作って、そこにこもりたがっているように映る。不思議。

西村:昨日までの自分ではない何かになれるっていうのが一番楽しい部分ですもんね。大人になると自分の好きなモノってもうわかってくるから、好きなモノばかりを聴いたり、着たりすると、退屈な気持ちになるし、そこに意味のわからないものを含ませていく楽しさってあると思うんです。

田中:自分が何を選ぶのか。どんな音楽、どんな洋服、どんな映画を選ぶのかっていうのは何よりもクリエイティブだし、極論すれば、社会の変革はそこからしか始まらないとさえ思う。そうした個人のクリエイションが失われていることが、今のこの国の政治的な危うい状況に繋がっている気もするし。民主党が大敗した時の選挙にしてもそうだけど、今の日本の政治は”安心”の方向に流れてる。そこそこの現状維持プラスαが求められている。かと思えば、極端に逆に振れて、口先だけの変革が持ち上げられたりもする。その中間の、どこまでも時間をかけて考えて、地道に行動し続けてることで変化を促すのか?って部分が失われているんですよね。いくらきちんと投票所に足を運んだところで、普段から食っちゃいけないものを食って、着ちゃいけないものを着てたら、何も変わらないじゃないですか。あれ? 俺は何で怒ってるんですかね(笑)。

西村:批評の不在に対してじゃないですかね。でも、洋服においての表現は何かの答えを提示するのではなくて、感覚や意識を持たせる最初のきっかけになることを目的としてやっているんです。それを今回のコレクションでは軍服って形で表現している。そういえば、この間、あるファッションメディアで今回のコレクションのことを「パイロットの休日」って表現されて、最初は「こいつらはどれだけ平和ボケしてるんだ」って怒ってたんだけど、一日たって、まあ、そう見えているんだったら、実はそうなのかもしれないって思い直したりして(笑)。

田中:(笑)。クリエイターのあるべき姿だね。素っ頓狂なリアクションに対しては、まずきちんと怒らなきゃいけないし、でも、同時に、それを受け入れなきゃならない。でも、こうして話していると、なんかすごく堅苦しく聞こえるけど、何を食べるか、何を着るか、何を選ぶかって考える行為は単純に楽しいですからね。日常的に何かを選択する中で、何かしらのプライドと責任意識を持って、エキサイト出来るのであれば、それほど楽しい話はないわけで。でも、それが、周りの人が食ってるから、着てるから、聴いてるからって風に何かを選んでたら、そりゃ、楽しくないよね。

西村:[DIGAWEL]が、そして『THE CHUMS OF CHANCE』がやりたいことは、そういう何かしらのプライドを持ったキッズたちがバイトで稼いだお金を握りしめてお店に来た時に、着たいと思わせるような洋服を作ることなんです。

田中:でもさ、また余計な話なんだけど、大学を出て就職先がないってのはわかるんだけど、すき屋のバイトがいないわけでしょ? すき屋のバイトやって、服買えばいいじゃんって思うけど。すき屋のバイトもしたくないし、洋服も買いたくない、何もしたくないって、そりゃ、心が荒みますよ。ザ・フーが作ったアルバムが元になった『クアドロフェニア(邦題 さらば青春の光)』って、1965年とかのモッドの話なんですけど、登場人物は全員下らない仕事をしてるんですよ。でも、洋服やスクーターに死ぬほどお金をかける。もちろん、あそこには惨めさがあるんですけど、その譲れないプライドが彼らを輝かせてる。って、これもおっさんの戯言ですね(笑)。

西村:ほんと、読者の皆さんには申し訳ない気持ちで一杯ですけど(笑)、僕らがああいうところから学んだことはすごくたくさんあるので。

田中:そこの美しさをもっともわかりやすく伝えてくれるのがブラックミュージックなんですよ。ケンドリック・ラマーが[Reebok]の顔になる。それって超クールなことじゃないですか。それは彼らが持たざる者だったからこそ。でも、ファッションという言葉を嘲笑的に使って、ファスト・ファッションを身に着けてる連中っていうのは、そこそこ満たされている証拠だと思う。本当のボトムラインを見たことがないからなんですよ。着飾ることを馬鹿馬鹿しいという人たち、興味を持っていない人たちというのは、なんだかんだ恵まれてた人たち。本当に金を持っていない連中はまず着飾ろうとする。そこからようやくいろんなことを学ぶことに向かう。中途半端に恵まれているからこそ、着飾らない、学ばない。”かしこい消費者”なんて、奴隷のエクスキューズだと思う。

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