2年2か月ぶりとなる坂本慎太郎のサードアルバム『できれば愛を』が完成! 参加メンバーはOOIOOのベーシスト、AYAと中納良恵、MOCKYほかでプレイするドラムの菅沼雄太からなるトリオに石橋英子のマリンバ、西内徹のサックストフルート、3人の女性コーラスが参加。
坂本作品を長年支えてきたエンジニアの中村宗一郎を交え、徹底してディテールにこだわった楽曲と歌詞世界を通じて、アルバムのテーマである"顕微鏡でのぞいたLOVE"に肉薄。異形のポップミュージックが映し出すものは果たして!?
Photo:Shin Hamada、Interview&Text:Yu Onoda、Edit:Keita Miki、Special Thanks:LIQUIDROOM
まだあんまり歌われていない、もっと物質的な”LOVE”があるような気がして。例えば、爪がのびるとか、怪我が治るとか。
— 前作『ナマで踊ろう』は、実体があるようなないような不思議な耳触りのグルーヴとぬるっとしたテンションで人類滅亡後の世界を描いたコンセプトアルバムでしたが、新作アルバム『できれば愛を』は、ミニマルなポップ感覚をたたえつつも、前作以上にいわく言い難い音楽世界が広がっていますね。
坂本:曲作りのやり方自体は前回と変わらず、ギターで作った曲をもとに自分で簡単なデモテープを作って、曲数が揃った段階でメンバーに渡して。リハーサルを重ねて、演奏が固まってきたら、レコーディングっていう流れだったんですけど、今回は、音響的にいうと、鋭い音が一切入ってなくて、中域に音が密集した音像になっているんですよね。ドラムも、前作はマシーンのように響きのないデッドな鳴りだったんですけど、今回は部屋で鳴ってるサウンドを録って、人間が演奏しているニュアンスを出したかったんです。
— そのニュアンスをもう少し具体的にご説明いただけますか?
坂本:ヴィンテージ楽器を使って、古いマイクをあれこれ試しながらのレコーディングだったんですけど、メンバーには「”学園祭のギャルバン”みたいな気持ちで演奏してください」と言いました。手癖で楽器を弾くんじゃなく、フレーズを追っていくような、慣れない演奏を一生懸命やってる感じ。開放的じゃないんだけど、楽しげに聞こえる作品をイメージしたんですけど、果たして、そういうニュアンスが伝わるかどうか……。
— サウンドと歌詞が相互に補いながら、作品世界を浮かび上がらせていくのが坂本さんの特徴的な作風ですが、今回、その相関関係についてはいかがですか?
坂本:歌詞に関しては、今までやってきたことをさらに突き詰めていった感じで、言葉を単純化することで、よりイメージが広がるような歌詞を目指しています。それと連動する形でサウンドも音数少なく、一音一音が太くて有機的にからみあっている。そんなイメージを形にしたかったんです。ただ当初はもっと間抜けな、パカーンとした作品になるかなって思っていたんですけど、出来上がった作品は想像していたよりも重い質感になっていて、自分でもどうしてそうなったのかよく分からないっていう。
— 前作もそうでしたけど、意図して生み出している脱力的なサウンドには、坂本さんの詞世界の根底に一貫して流れている虚無感や空虚さが投影されていて。
坂本:まぁ、脱力といっても、決してリラックスしているわけではなく、緊張感はあるのに感触は柔らかいというのを目指しています。前作は、自分でもシリアスで怖いアルバムを作ってしまったと思ったので、次はもっとハッピーで楽しいアルバムを作ろうとしていたのに、やればやるほど重くなっていって、出来上がったのが、これっていう。今の僕にとっての、限界の楽しい表現がこれぐらいってことかもしれません。これ以上はどうやっても無理。自分には底抜けに明るいものは作れないと再認識しました。
— 確かに前作は冷たいものを感じるアルバムでもありますけど、久しぶりに聴いてみたら、ロボットが出てきたり、子供のコーラスが入っていたり、当初の印象より、漫画的で楽しくも聴ける作品だと改めて思ったんです。でも、今回は前作以上に楽しさを盛り込もうと意識した、と。
坂本:そう。前作が出た時も重苦しいアルバムになってしまったと思ったんですけど、最近すごい久しぶりに聴いてみたら、思ってたより軽くてびっくりしました。楽しさを意識した今回の方がよっぽど重いというのはどういうことかと。これはただごとじゃないなって。もしかしたら『ナマで踊ろう』が軽く聞こえるほど2016年はヘビーなのか? とも思いました。
— 社会状況の閉塞感がさらに進行するなか、今回は”顕微鏡でのぞいたLOVE”というアルバムのテーマが掲げられています。
坂本:恋愛とか、ラヴ&ピースとか、博愛や人類愛、スピリチュアルなでっかい”LOVE”じゃなくて、まだあんまり歌われていない、もっと物質的な”LOVE”があるような気がして。例えば、爪がのびるとか、怪我が治るとか。顕微鏡でのぞいたら怪我を免疫細胞が治していたみたいな。それはLOVEとは言わないかもしれないけど、あえて”LOVE”と捉えてみたらどうだろう? ということです。
— 大小は別として、坂本さんがLOVEをテーマに掲げていること自体、かなり異例というか、挑戦的な作品だと思います。
坂本:うん、だからこそ、そういうものを作品にするのが難しいということはあって、今回ばかりは狙いが微妙すぎて、自分でもわけがわからなくなりました。
— 作品を作りながら、そうした音と歌詞の微調整をやっているわけですね。
坂本:歌詞は完成したら動かないんですけど、「これだ!」と思えるまでは微調整しますし、サウンド面もオーバーダビングやミックスは細かくやりました。ただ、その結果、今の流行りがどういうものかはよく分かりませんけど、巷に出回っている新譜とはかけ離れたものになっちゃった気はしますけどね。
— 前作では、最低な世の中なりのポジティヴな身の処し方が提示されていましたけど、今回はさらに踏み込んだものになっている。
坂本:まぁ、そうですね。そこで何かを言ってやろうと思っているわけではなく、普通に生活するなかで感じることがどうしても出るわけで。そんな状況下で自分が楽しくなれる、やる気が出てくる音や言葉を探っていって。そのほどんど全てがつまらなく感じちゃうんだけど、「こういうのがあったら格好いいんじゃないかな」っていうすごい細いラインをかき分けながら見出して、なんとか形にしたんですけどね。
— 曲でいうと、8曲目の”マヌケだね”は、坂本さんのロック観というか、アウトサイダーが許容されるロック、バカバカしいくらいの勢いで突き抜けていく場としてのロックについて歌われています。
坂本:ロックはまさにそういうことなんですけど、一般的にロックをそういう音楽として解釈をしてる人はほとんどいないんじゃないですかね。
— 坂本さんは一貫して距離を置いていますけど、一般的なロック観というと宗教のようにステージをあがめ奉るような接し方がまだまだ主流ですもんね。
坂本:もっと突き抜けた感じ、ホントにバカバカしいくらいにパカンと突き抜けた感じが自分にとってのロックなんですけど、そういうロックは今でもかっこいいと思います。
— それから9曲目の”ディスコって”で歌われているダンスミュージック、ディスコ・カルチャーの寛容さも”マヌケだね”に相通じるものがありますよね。
坂本:そう。どちらの曲もアホっぽい感じと深い感じの真空状態に上手いこと辿り着いた気がするんですけどね。
— 分かりやすく言えば、脅迫的に前向きなJ-POPのメッセージと対極の世界、マヌケでディープな音楽にある種の救いがある。
坂本:そういう真空状態を具現化するのは茨の道ですね。狙ってもできないし、意識すればするほど遠ざかっていきますから。このアルバムでそれが出来ているかは分からないんですけど、自分はそういう音楽にひかれるし、自分でも作ってみたい。そんな音楽が存在したら、元気が出ると思うんですけどね。ただ、先ほどもお話ししましたが、そういう意図が果たして伝わるかどうか……(笑)。まぁ、でも、それは自分が作品を作る動機みたいなもので、作品が出来てしまえば、後は聴いた人が自由に感じてくれればいいんですけど。
— かつて、ファズペダルを踏み込んだ爆音のギターロックでカタルシスを味わってきた坂本さんが、ミニマルなポップ感覚とその絶妙なニュアンスを追求しながら、果たして、どういう部分にカタルシスを求めるのか、それともそういうものは求めないのか。
坂本:今は作品が出来上がった時、色んな角度から眺めて、「はて!? これは一体!?」って思うものが出来ればいいんですけどね。求めている微妙なニュアンスはあって、ちょっと音が尖ったり、説明的なコードが鳴っただけでダメになったり、ノリがかっちりしただけで雰囲気が消えてしまったり、そういう微妙なディテールの積み重ねなんですよね。自分は誰も聴いたことのない音楽スタイルをやってるわけじゃないから、ちょっとした演奏や音のバランスで普通の音楽になってしまったりもするし、ダンスミュージックだったり、実験音楽のようないろんな磁場に引き寄せられたりもする。今回のアルバムはロックでもないし、決して難解な音楽ではないのに、なんだかよく分からない音楽になった気がします。
— だから、いちリスナーとしては、このアルバムにいい意味で唸らされるという。
坂本:まぁ、時間が経って後から振り返ると、これがどういうアルバムなのか分かることもあるだろうし。
— 個人的に後効きする作品は自分にとっての名盤になることが多いんですけどね。
坂本:自分でもそういうことがありますが、今はなんでも聴けるし、新しい音楽が次から次へと通り過ぎていくから、その時、よく分からなかった音楽を何年後かに聴き直したり、深く考えたりすることが果たしてあるのかなって気もします。その一方で次から次に無限に聴けるという状況は何も聴かないのと一緒のような気もします。
— そんななか、今回のアルバムはCD、LP、デジタルに加えて、ハイレゾとカセットというオール・フォーマットで同時リリースされますよね。
坂本:今はパソコンのスピーカーかヘッドフォンで聴く人が多いと思うのですが、ステレオのスピーカーやクラブみたいな場所でも聴いてみてほしいですね。大きい音で聴いても耳にきつくない音作りになっていると思うので。
— いい音響システムで聴けば、いくらでも長く深く掘り下げて聴けるという。
坂本:80年代にあんなに流行ったゲートリヴァーヴが90年代に忌み嫌われることになったように、その時代の音作りがあると思うのですが、自分はそういうこととは関係なく、自分の出来る事をやるしかないんですよね。
【坂本慎太郎『できれば愛を』】
2016年7月27日(水)リリース
初回生産盤:2,600円 + 税
CD2枚組のみ 通常盤:2,600円 + 税
初回生産分のみ紙ジャケ仕様/各2枚組/インストBONUS CD付
1.できれば愛を(Love If Possible)
2.超人大会(Tournament of Macho Men)
3.べつの星(Another Planet)
4.鬼退治(Purging The Demons)
5.動物らしく(Like an Animal)
6.死にませんが?(Feeling Immortal)
7.他人(Others)
8.マヌケだね(Foolish Situation)
9.ディスコって(Disco Is)
10.いる(Presence)
All Songs Written & Produced by 坂本慎太郎
■LP(Vinyl):zel-016 (1枚組/mp3DLカード付)
価格:2,600円 + 税
Distribution: JET SET
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■CT(Cassette Tape):zel-017
価格:2,130円 + 税(近日開設されるzelone recordsのweb shopと、レコードショップ数店で販売予定)
■Digital:iTunes Music Store / OTOTOY / レコチョク
■Hi-Res: OTOTOY / e-onkyo / mora