override 南堀江店がリニューアルオープン。栗原亮社長にそのコンセプトについてインタビューを決行

by Atsushi Hasebe

夏の終わりにクローズし、約2ヶ月間シートで覆われたまま佇んでいたoverride 南堀江店。東京でいう代官山のような大阪のオシャレタウン南堀江の中心地に位置し、その街のシンボル的な存在であったoverrideが姿を消した数ヶ月間は、あるべきものがそこにないようで収まりが悪く、なんとも物寂しいものだった。
そのヴェールが10月の末についに剥がされ、開放感溢れるフレッシュなルックスにリニューアルを遂げて再び街に顔を表した。全面に施された窓ガラスからは明るい光が差し込み、入り口に設置されたカウンターでは人々がおしゃべりを繰り広げ、空気の循環がとても心地よい。
Masteredでは、そんな南堀江の新たなハブとなりそうなoverride(オーバーライド)を運営する株式会社栗原の社長、栗原亮氏に今回のリニューアルの意図や帽子について今思うことを伺った。

Photo:Kiyotaka Kuratome、Edit:Atsushi Hasebe、Text:Marina Haga

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触って、試着して、作ることができる体感型ショップの誕生

栗原亮 / 昭和42年、神戸市生まれ。大学卒業後、アパレル企業に入社。父の栗原裕社長(現会長)の命を受け、平成6年に家業である株式会社栗原に入社。若者の街、原宿に第1号店としてoverrideを作り成功を収め、流行やニーズをつかんだ幅広い商品を展開している。社長には15年前に就任。

—はじめに、今回の南堀江店のリニューアルにあたってコンセプトなどはあったのでしょうか。

栗原社長:帽子の販売場所というよりも、帽子を体験してもらう場所にしましょうということでこのリニューアルがスタートしました。商業施設に入っている店舗だとどうしても売り上げ重視になってしまうので、そういう側面を気にしなくていい旗艦店ではたくさん触って、試着して体験空間になればいいなと思っていたんですよね。なので、友達と似合う似合わないを話して、“今日はお金ないから買わないや”でもいいかなと。そういう体験の意味も込めて、今回は店内にレンタルスペースも設けているんですよ。

—それは新しいですね。どのような帽子のラインナップなんですか。

栗原社長:いわゆるドレスアップのための装飾的な帽子や、高額な帽子をメインに扱うつもりです。ドレスアップ用の少しかしこまった帽子って、高くても数回しか使わないことが多いじゃないですか。それでも、そういう帽子をかぶってパーティに行って欲しいと思うので、今まで金銭的な理由で手が出せなかった人にもこれを機にトライして欲しいと思います。

—レンタルサービスのほかに、今回新たに取り入れたことはありますか?

栗原社長:まだ準備中なんですけれど、帽子にオリジナルの刺繍を入れることができる機械を店内に導入する予定です。ものが溢れている今、何かオリジナリティが施されたものに惹かれるようになってきているような気がしていて。触ったり試着したりするほかに、好きなようにカスタムして作れるっていうところも店舗でカバーできたら面白いなって思っています。

—確かにカスタムは嬉しいですね。そもそも、今回このタイミングでリニューアルした理由はあったのでしょうか。

栗原社長:今年で南堀江がオープンしてから16年目になるのですが、これまでもだいたい5年周期でリニューアルしてきたんですよね。今は、ECで見たり買ったりできる便利な時代なんですが、若い人が実際に試着して体験できる機会が少なくなってきているように思います。なので、周期的にもリニューアルのタイミングでもあったのでこのような時代に合わせて空間として楽しんでもらえるように、ソファーを置いたり通路幅も広く改善して、ゆっくりくつろいでいただけるような空間づくりを意識したんですよね。

—ところで、栗原さんはいつから家業を継いだのでしょうか。

栗原社長:今から約20年前ですかね。僕は次男の息子だったので、大学を卒業したあとは家業を継ぐと思ってなくて普通にアパレルメーカーに就職したのですが、ある日声がかかったんですよね(笑)。実家に帰ってまず感じたのは、当時はメーカー問屋みたいな感じだったので消費者から離れた場所にいるなと思ったんです。特にトレンドに敏感な若者。それをどこかでキャッチしたいなと思って始めたのが、キャットストリートのお店だったんですよ。まずは時代の最先端を知らなきゃいけないと思って、駆け出しの頃は平日は卸の仕事をして、土日は店に立って手伝っていました。時代感を肌で感じることができてなかなか面白かったですよ。

—ちなみにその頃は、まだ南堀江店はオープンしていないんですよね。

栗原社長:そうなんですよ。大阪の企業なのに、何で東京しか店舗がないのかっていう話になって。それで、実質大阪での1店舗目として旗艦店という役割も兼ねてつくったのが、この南堀江店だったんです。ただ、当時はスペースが広すぎて大変でした。

—最初から、2フロアで展開をしていたのですか。

栗原社長:最初はスペースを商品で埋めるのに苦戦していて、2階をオープンスペースとして展示会などで使っていました。そしたら思いのほか、お客さんにお越しいただけたので2フロアで商品を展開するようになったんですよね。ちょうど南堀江がオシャレタウンになり始めた時期だったので、今思うとタイミング的にも恵まれていました。

—その時代だと服は買えても、まだ帽子を購入できる場所がなかったですしね。

栗原社長:そうでしたね。帽子といえば、少し敷居の高い老舗帽子店かデパートぐらいしかなくて、いわゆる若者向けの帽子屋さんがなかったということもあり、作らなければっていう宿命感もありました。