リエディットが量産されるようになった2000年以降のダンス・ミュージック・シーンにおいて、2005年にリリースされた謎めいたリエディット「Scared」、そのヒプノティックなエディット・ワークとBPM105の粘り気のあるグルーヴは、波紋を描くように音楽シーンに衝撃を与えた。その後、素性が明らかになっていったその作者であるイギリスはバーミンガム出身のトラック・メイカー、Mark Eは、ジャネット・ジャクソンの「R&B Junkie」をより抽象度の高いリエディット・トラック「RnB Drunkie」に昇華させると、ここ日本でも一躍注目のクリエイターに。
しかし、数々のリミックスを手がけるなかで、彼の高い志はオリジナル・トラックへと向けられ、2011年、ついにはハウス・ミュージックに根ざした9曲のオリジナル・トラックからなるファースト・アルバム『Stone Breaker』に結実した。彼の高いクリエイティヴィティは、果たしてどこからやってきて、そして、どこへ向かうのか? 昨年に続き、2度目の来日を果たしたMark Eに話を訊いた。
オリジナルなプロダクションで、10年も20年も聴いてもらえるクラシックな曲を作っていきたいんだ。
— 昨年3月の初来日、そして、今回のプレイを聴く限り、DJではハウス・ミュージックがその中心にあるんですね。
Mark E:ディスコのリエディットをリリースしていた時もDJではハウスをプレイしていて、驚かれることが多かったんだ。でも、今回リリースしたアルバム『Stone Breaker』は、ミッドテンポなところは相変わらずだったりするけど、ハウス寄りのトラックが多いし、この作品を聴いてもらえれば、作るトラックとプレイがうまくリンクするんじゃないかなと思っているんだけどね。
— アルバムのことは後程うかがうとして、まずはあなたが生まれ育ったウォルバーハンプトン、そして学生時代から今も暮らしているバーミンガム、イギリスの“Midlands”と呼ばれる地域の音楽的なバックグラウンドについて教えてください。
Mark E:ウォルバーハンプトンにはクリーヴランド・シティっていうハウスのレーベルがあるんだけど、シーンとしてはテクノの方が大きいかな。そして、バーミンガムも、ハウスよりテクノ・シーンの方が大きくて、サージョンとか、ここ最近だとサンドウェル・ディストリクトなんかを輩出しているんだけど、あの街にはアトミック・ジャムっていう大きなテクノ・パーティがあって、学生時代はそこでよく遊んでたんだ。メイン・フロアはジェフ・ミルズやジョーイ・ベルトラムのようなDJがプレイしていたんだけど、僕が遊んでいたのはノッティンガムのDiYサウンド・システムやスモークスクリーン・サウンド・システムがディープ・ハウスをプレイしていたサブ・フロア。そのパーティ・ヴァイブには影響を受けたよ。
僕のなかにはジャイルス・ピーターソンとかジャザノヴァのいわゆるニュー・ジャズ・シーン、ブロークン・ビーツやネオ・ソウルなんかの影響もあって、そういうシーンも存在しているんだけど、ここ最近は全体的にミニマル寄りになってきているかな。
— バーミンガムから電車で1時間のところにあるノッティンガムはDiYサウンド・システムやチャールズ・ウェブスターのようなハウス・クリエイターを輩出していますが、マークの場合も彼らのようにレイヴ/アシッド・ハウスからディープ・ハウスへと移行していった感じなんですか?
Mark E:そうだね。僕がかつて住んでいた所からノッティンガムまでは車で45分くらいのところにあって、DiYサウンド・システムやチャールズ・ウェブスターのプレイはよく聴きに行っていたよ。レイヴ・シーンから入って、ディープでソウルフルなハウスへ移行していったのも、まさにその通り。90年代後半に、DiYサウンド・システムやチャールズ・ウェブスターがディープ・ハウスをプレイし始めたんだけど、自分もレイヴ時代の後期からストリクトリー・リズムやニュー・グルーヴといったUSハウスのレコードを買い始めていたこともあって、彼らと同じように自然な流れでディープなハウスへ移行していったんだ。
— そんななか、単なる模倣ではなく、USハウスやソウル・ミュージックとの絶妙な距離感がいかにもマークらしい、ブリティッシュ・ハウス・ミュージックらしい作風に昇華されていると思うんですが、BPMでいうと、105から115のテンポのトラックに大きな特徴がありますよね。
Mark E:そのテンポは最初に作っていたエディット、例えば、2005年にリリースした最初のシングル「SCARED」はウーマック&ウーマックの「BABY I’M SCARED OF YOU」をエディットしたものなんだけど、そもそものオリジナルがそれくらいのテンポだったんだ。一方でハウスっていうジャンルはほぼ120から125くらいのテンポだったりするから、エディットのテンポにならって遅くしてみたら、ドラッギーだったり、トリッピーになることにみんなが気付き出したこと。それから、時と同じくして、ディスコやもっとテンポの遅いブギーが流行ってきたこともあって、それが自然な流れでミッドテンポのトラックにつながっていったんだよ。
— マークはビート・ダウンと呼ばれることが多いミッドテンポの作風をして、“SLO-MO KING”と呼ばれることが多いですよね。
Mark E:今となっては、実はそう呼ばれるのが、好きじゃないんだ(笑)。“SLO-MO KING”という形容がふさわしい人は他にいると思うんだよね。例えば、レーベルだとソウルフィクションをリリースしているドイツのフィルポット、あとセオ・パリッシュがこれまでやってきたこと……そういった音楽に自分はインスパイアされてきたし、僕が自分のキャリア初期にやってきたのは、好きなディスコ・レコードのオリジナルとは違ったヴァージョンを作ってきただけなので、その形容は数年前だったらまだ有効だったと思うけど、今回のアルバム、そしてDJにしてもスローモーなリエディット職人という立ち位置から意識的に離れていきたいと思っているんだ。
— そしてリリースされたファースト・アルバム『Stone Breaker』ですが、ヒプノティックな音のレイヤー使いや意外なところではヴォーコーダーを使ってみたり、非常にユニークなアプローチのプロダクションが印象的ですね。
Mark E:各プロデューサーごとにその人のテイストはあると思うんだけど、自分がやりたいと思っているのは、過去の影響もありつつ、それを模倣するのではなく、自分らしいユニークなサウンドを作り上げたいと常々思っているので、そう言ってもらえてうれしいよ。トラックを作る時は、ものすごく変な、そしてアブストラクトでありながら、ハウス・トラックとして踊れるものを意識しつつ、今回のアルバムに関しては自分のなかでもプロダクションのクオリティはかなり進歩したという実感があるね。
— ただ、当初、アルバム制作を意図せずにレコーディングを始めたそうですね。
Mark E:そう。このアルバムは去年の夏にまとまった時間に作り上げたものなんだけど、当初はアルバムを作ろうと思ってなかったんだ。トラックを作っていると、すごく調子が良くて、すぐに出来上がることもあれば、うまくいかなくて試行錯誤し続ける時もあるんだけど、去年の夏はすごく調子が良くて、1日に1曲とか、どんどん曲が出来たので、調子がいいならもっと作ろうということでアルバムに発展させていったんだ。自分のキャリアを考えても、そろそろ、アルバムを出してもいいタイミングだとも思ったし、無意識のうちにアルバムの頭から最後までの流れを生み出せたのもよかったね。
— この作品で特徴的なのは、あなたがリエディット制作というトラック・メイクの初期段階からオリジナル・マテリアルを意図した第二段階へ移行したということ。あなたのリエディットは世界的に高く評価されているわけですが、楽曲制作に関しては、どんなことを考えているんですか?
Mark E:この間、ソナー(編集注:スペイン・バルセロナ発の音楽フェス)でDJをした時にソウル・クラップと話した時も、「今後もエディットを作るのか?」って聞かれて、ノーって答えたら、「昔からずっとクオリティの高いエディットを作ってきたんだから、何も止めなくてもいいじゃないか」って言われたんだ(笑)。もしも、「この曲をエディットしたい」と思える曲と出会うことがあれば、今後、エディットを作る可能性もゼロではないけど、エディットをするために曲を探すつもりはないんだよね。今は目的と手段がすり替わってしまっていて、素晴らしいエディットも沢山あるけど、そのほとんどはつまらないものがほとんどだ。それに今回のアルバムは、自分の音楽をまとまった形で世界に発信する最初の作品だし、サンプル・オリエンテッドだったり、エディット・ヘヴィーなものではなく、オリジナルなマテリアルで音楽が作ることを証明したかった。やはり、自分としてはオリジナルなプロダクションで、10年も20年も聴いてもらえるクラシックな曲を作っていきたいんだ。だから、今回のアルバムでは、サンプリングを全く使わなかったわけじゃないんだけど、使い方としてはすごい控えめにすることを強く意識したね。
— 例えば、今から20年以上前、シカゴ・ハウスのトラック・メイカーたちは、現在もクラシックとして聴かれているトラックを作る際に何十年も聴かれることは意識していなかったと思いますし、エポックメイキングなトラックは時の経過と共に浮かび上がってくることも多いという意味において、クラシックなトラックを作るのは非常に難しいですよね。
Mark E:そうだね。その方法は誰にも分からないし、答えることも出来ないだろうね。ただ、トラックを作る際、誰の真似もせず、自分なりにユニークなものを作ること。そして、どうでもいい曲を沢山作るんじゃなく、心を込めて制作と向き合うことから始めて、何年も残るというより、簡単に捨てられない曲を試行錯誤しながら作ることで、結果的に10年、20年と聴き続けられるものになるんじゃないかな。
そんな僕の制作上のインスピレーションとなっているのは、昔のハウス・ミュージックやDJのプレイであることが多かったりする。例えば、elevenで共演したChidaとDubbyもフロアで聴いていてスゴいと思ったし、ここ最近ではソナーで共演したハーヴィーとプリンス・トーマスのプレイ、それからグラスゴーのサブクラブで毎週土曜日に「サブカルチャー」というパーティを12年続けているハリーとドミニクからも感銘を受けたしね。
かたや、ダンス・ミュージックにおいては機材の進化も重要視されているけど、個人的には機材の進化のイノヴェーションと音楽の素晴らしさは別のところにあるようにも思うんだ。僕個人としては、どんな機材を使っていても、その人なりのアイディアでオリジルなトラックを作ることが出来るんじゃないかなと信じているんだけどね。
Mark E『Stone Breaker』
発売中
OTLCD1543 / 2,310円
(SPECTRAL SOUND / OCTAVE-LAB)
BONUS BEATS & PIECES
Mark E自身による『Stone Breaker』の楽曲を用いたミックス音源。
[soundcloud url=”http://api.soundcloud.com/tracks/12328374″]