ジェフ・ミルズとFACETASMの落合宏理を繋ぐ「ブラックホール」

by Saori Ohara and Keita Miki

テクノ、エレクトロミュージック界のレジェンドとして知られるJeff Mills(ジェフ・ミルズ)が今春、COSMIC LABとタッグを組んだ世界初の”コズミックオペラ”なる作品『THE TRIP -Enter The Black Hole-』を東京で発表した。
Jeff Millsが手掛ける『THE TRIP』は2008年のパリ、2016年の東京に続く宇宙を題材にした作品シリーズで、今回はブラックホールをテーマに、音楽、映像、ライティング、コンテンポラリーダンスを交えたライブ・オーディオビジュアル作品へと進化している。クリエイティブチームには共同制作を務めるCOSMIC LABのほか、シンガーに戸川純、コレオグラファーに梅田宏明、衣装デザインにFACETASM(ファセッタズム)の落合宏理が参加した豪華な布陣。
宇宙、テクノ、戸川純、ダンス、ファッションという不思議な組み合わせのキーワードがどのように形になったのかは『THE TRIP -Enter The Black Hole-』を目にした人にしかわからないが、それが形になるまでのバックグラウンドやエピソードを、Jeff Millsと落合宏理に尋ねた。

Photo:Akiharu Ichikawa | Interview&Text:Saori Ohara | Edit:Keita Miki

「ただなんとなくという理由でもいいから。予期せぬことを起こすべきだよ。(Jeff Mills)」

— まずは、なぜ今回のテーマにブラックホールを選んだのかを教えてください。

Jeff:2008年に初めて発表した『THE TRIP』は映像がメインの形式だったんだ。そこから成長というか進化を続け、今回の作品制作に至ったんだけど、私のブラックホールについての考察は、1993年にまで遡るんだよ。当時から私はスペースサイエンス、異空間、ブラックホール、スターゲートといったテーマに関心があって、それらを色々な形で取り入れたレイヴパーティーやクラブイベントなどを行なってきた。そして、2016年の『THE TRIP』でお世話になった縁からCOSMIC LABとコミュニケーションをとっていく中で、また日本でやりませんかと言ってもらったので、「じゃあ東京にブラックホールを作ろう!」と(笑)。音や映像だけじゃなく、コンテンポラリーダンスやコスチュームも包括したアイディアを形にできることになったんだ。

— 落合さんはいつ、どのようにこのプロジェクトに参加することになったのですか?

落合:去年かな? COSMIC LABのコロくん(C.O.L.O)から声をかけてもらって。コロくんは僕にとって一緒に『バーニングマン』にも行った20年来の友人であり、BOREDOMSのEYEさんと仕事をするような僕のカルチャーヒーローでもあるんです。なので僕も昔から尊敬しているレジェンドのジェフが手がける壮大なストーリーと、コロくんと僕が長年培ってきた関係性とが上手く合わさったら、他のどこにも出せない雰囲気のクリエイションができるんじゃないかって思って。

Jeff:ラスベガスやロンドンで色々な舞台やパフォーマンスを見に行った時に、特殊効果などがどう観客のリアクションに影響しているかを観察し、自分の作品でオーディエンスにどういう体験をしてほしいかということを考えた。『THE TRIP -Enter The Black Hole-』では会場全体が旅する船や宇宙船のような役割を果たしていて、作品がオーディエンスを旅へといざなってくれるんだ。

— 落合さんはジェフさんはユーモラスでチャーミングな部分があるとおっしゃっていましたが、そう感じた瞬間を教えてください。日本ではジェフさんにはどちらかというとストイックなパブリックイメージがあると思うので。

落合:僕もジェフさんにストイックでシャープなイメージを持っていたんだけど、実際にみんなで会って居酒屋で話した時に、すごくリラックスさせてくれたんですよね。人間味に溢れているというか。その時に1950年代くらいの古いSF映画の話や、「服のボタンは均一じゃなくてそれぞれバラバラがいいよね」みたいな会話をして、より大好きになりました。アイディアひとつひとつがかわいらしいし、とっぽさもあって。

— クリエイティブチームの皆さんは頻繁に顔をあわせていたのでしょうか?

落合:今回の来日以前に会ったのは1回だけで、基本的にはビデオミーティングやチャットグループでコミュニケーションをとっていました。

— ジェフさんは日本でパフォーマンスをする機会が多いように感じますが、何か理由はありますか?

Jeff:たしかに日本のオーディエンスに向けたプロジェクトはたくさんやってきたね。大きな理由の1つとしては、プロジェクトを進める際に関わる日本の人たちの、細部までの気遣いや集中力。それは残念ながらヨーロッパではなかなか得られないものなんだ(笑)。特に繊細さが必要なプロジェクトについては、日本のスタッフや関係者の仕事ぶりは段違いだと感じる。もう1つの理由としては、東京には新しいアイディアや挑戦を受け入れて、共感してくれる人がより多くいると感じるから。東京は新しい試みにもより良い反応、より良い結果を感じられる場所だと思うよ。

— SNSや各種ストリーミングサービスの登場によって何かジェフさんの考え方に変化はありましたか?

Jeff:手短にお答えすると、テクノロジーの進化やプラットフォームの多様化によって、より多くの若いアーティストやミュージシャンやDJにチャンスがある時代になった、ということかな。テクノに限らずね。それは良い点であると思う。同時にソーシャルメディアが主流になると、多くの人たちはアイコニックな人やサウンドを求めるから、アーティストたちもアイコニックになることが求められるよね。きっとその動きは海の波やローラーコースターのようにアップダウンを繰り返すだろうけれど、いつかは淘汰されて本当にアイコニックな人たちだけが生き残るんだとも思う。ネガティブな面で言えば、その中で埋もれてしまう才能や、夢に敗れていく人たちがより多くなるところじゃないかな。

— テクノロジーの進化は当然ファッション業界にも大きな影響を与えていますが、落合さんはいかがでしょう?

落合:情報の速さとAIの進化によって似たようなデザインが増えたり、TikTokから直接買い物が出来る国もあるから、例えばアジアからアメリカの消費者へ荷物が大量に送られることで他の流通が止まったりする現象には、正直驚いてますね。僕らがその速さに無理に合わせることはないと思ってるんだけど、それでもその渦中にいることは不可避で。自分だけじゃなく、多くのデザイナーが作ったものが瞬時にコピーされていつの間にか出回っていたり、今までとは違う出口に出てしまっているというか。反面、僕らクリエイター側は、職人さんの高齢化や人手不足やいろいろな事情で、以前は生地を作るのに1ヶ月かかっていたものが2ヶ月かかるようになったりしていて。ファッションに限らず、ものづくりをしている人たちは分かると思うんだけど、クリエイティブ側の制作期間と、模造品市場のスピード感の反比例がすごい。正直にどうしよう……って感じですよ(笑)。AIにデザインは出来ないなんて言われてるけど、既にあるものに対してのコピーはものすごく簡単に出来る。それをうまく活用できる人が成功するのかもしれないけど、僕はこれからも、ものづくりに対しての初期衝動を大切に拾っていくってことを地道にやっていきたいですね。

— 『THE TRIP -Enter The Black Hole-』の話に戻りますが、戸川純さんはどういった理由での人選なのでしょうか?

落合:僕もそれは聞きたかったですね。「ナイスセレクト!」って思いましたから(笑)。

Jeff:ブラックホールやスペースサイエンスという題材に対して、アバンギャルドな彼女のスタイル、そしてエレクトリックミュージックという組み合わせには違和感があるよね。だからこそ、組み合わせなくちゃと思ったんだ。妻の力も借りながら誰にパフォーマンスをしてもらったら良いかをリサーチする中で、彼女こそ適任だと。彼女はパフォーマンスに文学性があると同時に語りや表現が特徴的な人だよね。戸川純という存在と、ブラックホールと、テクノ。3つの介在には一見すると違和感だらけ。そういう時にこそ、それらがぶつかって新しいものが生まれると思うんだ。

落合:戸川さんは人間自身というか感情の塊みたいなもので僕らにぶつかってきてくれるから、ジェフさんの宇宙の発想に対して対照的で違和感しかなくて(笑)。けど、それがすごくいろいろな考えに広がって、結果めちゃくちゃ面白くなったように思います。ビデオミーティングで初めて全員で顔合わせをした時は面白かったですね。自分が「僕、戸川さん好きなんです」って言ったら、画面の色々なところから「僕もです」「僕らもです」っていう声が湧き上がって、戸川さんが喜んでくれた。ミーティング中に「最高だー!」って(笑)。

Jeff:こういうことってもっと起きるべきだと思うんだ。ただなんとなくという理由でもいいから。予期せぬことを起こすべきだよ。

— 逆にジェフさんの方から落合さんに聞いてみたいことはありますか?

Jeff:テクノミュージックって、ロックやヒップホップと比べてこれと言った象徴的なファッションスタイルがないと思うんだけど、落合くん的にはテクノミュージックを象徴するスタイルってなんだと思う?

落合:それは圧倒的にジェフさん自身なんじゃないですかね。RAF SIMONS(ラフ シモンズ)もPRADA(プラダ)もJIL SANDER(ジル サンダー)も、ジェフさんが着た姿を見て、インスピレーションをもらう人がたくさんいたはずだし。ジェフさんが着たモードってテクノにしっくりくるというか。だから逆にモードとテクノを結びつけるシンボリックな存在がジェフさんなんじゃないかな。そう思っている人は多いと思います。

Jeff:それは予想外の答えでしたね(笑)。ただ、やっぱりDJをしている時にオーディエンスを見て思うんだけど、観客はバラバラにこの場所にやってきて、その場を去る前に何かを得ようとしていると思うんだよね、いわば旅のように。そして音楽は彼ら彼女らをその旅に連れていく手段なんだ。だからオーディエンスが着てくる服って、その旅に向かうための意気込みみたいなものが現れている服でもあると思うんだよね。その旅へ向けての機能的な装いというか。だからそれって何なのかな?って。パフォーマンスをする側ではなく、たくさんのオーディエンスの中に見られる共通点みたいなもの、例えばみんな緑色のものを身に付けてるとか、そういう外装的な特徴ってテクノには薄いのかなって感じるんだ。

落合:あえて言うならばTシャツのグラフィックだったりするんですかね。グラフィックにリズムを感じたり。でも、それはそれでモードとかけ離れてて興味深いなぁ~。テクノのパーティーには確かにTシャツ姿の人が多いけど、テクノの音からはモードを感じることも多いから、そのギャップが面白いですよね。まぁ、とにかく共通点や共感できることもたくさんあり、クリエイションの先輩として学ばせてもらえることも多く、すごく楽しい取り組みでした。宇宙服とか、ブラックホールのクイーンとか、出てくる言葉が最高なんですよね。

Jeff:こちらこそ。今後も何か一緒に取り組めたら嬉しいです。音楽とファッションは決して遠いものではないですからね。

Jeff Mills 『THE TRIP -Enter The Black Hole-』

■収録曲
01.Entering The Black Hole
02.矛盾 – アートマン・イン・ブラフマン(Silent Shadow Mix)
03.Beyond The Event Horizon
04.Time In The Abstract
05.ホール
06.When Time Stops
07.No Escape
08.矛盾 – アートマン・イン・ブラフマン(Long Radio Mix)
09.Time Reflective
10.Wandering
11.ホール(White Hole Mix)
12.Infinite Redshift

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