ジャズ界の乳(ニュウ)フェイス、高木里代子と巡るジャズ喫茶 – 新宿 DUG –

by Mastered編集部

「好きな音楽は何か」と聞かれたときの無難な答えとは何か。 ミーハーでもなく万人が知っていてちょっと格好つけられるもの。 Masreredではそんな時の回答として、ジャズを提案したい。
ここでは、ちょっと敷居が高くでも実は日常でよく接しているジャズを噛み砕くためたに、今注目のジャズピアニスト高木里代子をインタビュアーに立て、新宿の地で50年以上ジャズ喫茶を営むDUG のオーナー、中平穂積さんにインタビューを決行。 違う立場でジャズシーンを見てきたお2人にそれぞれが思うジャズの世界を語ってもらった。

Photo:Yuki Aizawa、Interviewer:Riyoko Takagi、Text&Edit:Marina Haga

ジャズがメジャーになってほしいと思う一方で、特別感は残しておきたい(高木里代子)

アメリカの女性ジャズ歌手、ピアニストであるカーメン・マクレイをBGMに、高木さんがインタビューを開始。

–ライブをやっているお店とやらない喫茶型のお店だと同じジャズに特化していても違うと思うのですが、中平さん的にジャズ喫茶であり続けるこだわりはありますか。

中平:僕の場合は、学生時代にジャズ喫茶に通っていて、そのころはLPが高くて買えないからジャズ喫茶に行っていたんですよね。そうすると、その喫茶店のオーナーが必ずしもジャズが好きじゃなかったりするんです。このレコードは絶対あった方がいいとか、これがいいみたいなのがないんですすよ。だから僕は自分でやるしかないと思いました。最初は、”自分で聞いたいか”っていうことを基準としてました。あとは、野口久光先生(*1)とか油井正一(*2)さんとかにレコードを教えてもらって買ったりもしてましたね。

高木里代子 / ジャズピアニスト。
4歳からピアノをスタート。大学在学中から都内のライブハウス、クラブなどで演奏。ジャズをベースにジャンルにとらわれないサウンド感で注目を集める。水着でのジャズフェスティバルで演奏するなどの個性的なパフォーマンススタイルも話題。

–すごい豪華ですね。自分がライブをやっているとやっぱりもっと人に来てほしいなと思いますし、ジャズがメジャーになったらいいなとも思うんですよね。でも、こうしてジャズ喫茶だったり、マイナーなイメージを残しておいた方が魅力的だったりもするのかなと思うこともあって。自分だけが知っている特別感だったり、隠れ家的な空間でジャズを聴くっていう行為が素敵な気がしています。中平さんはこのことについてどう考えているのでしょうか。

中平:やっぱりね、ジャズ喫茶っていうのは辺鄙なところにあったり、隠れ家的な感じがあって特別感があるのはいいことですよね。

中平穂積 / DUGオーナー、写真家
1961年新宿にてジャズ喫茶、DIGを開店。写真家としては、1966年アメリカ『ニューポート・ジャズ祭』でジョン・コルトレーンを撮影。1967年JAZZ BAR、DUGを開店。さらに、77年には場所を移転し新宿靖国通りに、New DUGを開店。2000年2月新宿靖国通りにJAZZ BAR、DUGを再オープン。。著書に『JAZZ GIANTS THE 60’S』(講談社)『JAZZ GIANTS 1961-2002』(東京キララ社)などがある。

—ジャズ喫茶のオーナーの人は頑固だったり、少し人を寄せ付けないムードを感じるんですがいかがでしょうか。

中平:確かにそうかもしれないね(笑)。僕は違うけど。そういや全然関係がないけれど、カーメン・マクレイが昔うちでレコーディングをしたりしてましたね。

—えー、すごいですね! そういうことはよくやっていたのですか。

中平:あとは、ドイツのトロンボーン奏者のアルベルト・マンゲルスドルフもやりましたかね。

—ここで録音したものが有名なCDになるのはすごいことですね。ジャズ喫茶のオーナーとしてジャズミュージシャンにアドバイスをお願いします。

中平:やっぱり、マイルスの真似をしているようなミュージシャンを聞くなら、マイルスのレコードでいいやってなったりはしますかね。なので、真似することは大事なんですが、もっと分かりやすい個性を持って挑んで欲しいですね。まだ、高木さんのライブを見たことないんでなんとも言えないですけれどね。

壁に埋め込まれたスピーカー『C54 TRIMLINE』が心地良い音色を奏でる。

『C54 TRIMLINE』と同様に、中平さんの友人である小林重雄氏の自作アンプ。これがDUGのサウンドの秘密である。

—是非、聴いていただきたいです(笑)。

中平:楽器をやる人はうまい人の真似から始まると思うんですよね。でも、どうやってその真似から抜け出して、個性を出していくかっていうのが大事ですよね。僕みたいに、名盤ばっかり聴いていると耳ばかり超えちゃって、そこでこの人は誰の影響を受けてきたなっていうのが分かるようになってきます。

—なるほど。すごく腑に落ちる一言です。

中平:そう言った意味で、ボーカリストの、ケイコ・リーさんは自分を持っていてすごく魅力的に感じますね。

ジャズ喫茶のオーナーであるとともに、ジャズフォトグラファーの第一人者である中平さんが撮影した数々の作品は、ポストカードとして販売されている。

—今日思ったのは、意外と若いお客さんが多いなって。これは、村上春樹さんの小説とかの影響なんでしょうかね(笑)。実際、『ノルウェーの森』にこちらのお店も出てきますよね?

中平:そうですね、学生は社会人と比べると時間があるし、意外と来る頻度は多いかもしれませんね。僕も学生時代はそうだったし。

—ウォッカトニックを飲みながら何かを聞くみたいな、音楽とお酒のオススメの組み合わせはあったりしますか。

中平:そういう組み合わせは特に気にしないんですね。それより、例えば、今日は昼間年配の人が多くてあまりうるさいのかけられないからヴォーカルがないものをかけるとか、カップルで来ている場合はムーディな選曲をしたりとか、TPOを多少意識しています。夜みんな飲んでワイワイ騒いでいるときに、コルトレーンのレコードかけるっていうのも、僕はジョン・コルトレーン が大好きなので、「コルトレーンに失礼だから夜はかけるな!」とか言って(笑)。

お店はLPではなくCDを流している。地下には、LPの貯蔵庫があるのだとか。

—アーティストや楽曲によって音量が大事だったりしますもんね。中平さんのオススメの1枚やアーティストが気になります。

中平:個人的に、ピアニストだったらバリー・ハリスですかね。だってこの店でレコーディングしたぐらいですからね。僕はピアニストが好きで。後は、ビル・エバンスも好きですが、あんまりくつろげないですよね(笑)。

—確かに黒人の人の方がスイング率が高いので、ノリがあるかもしれないですね。

中平:そして、なんといっても僕はジャズが好きでレコードを聴いているので、”聴き流す”っていうのが意外と難しくて。聴きながら本を読むとかも。

—そうなんですね。そしたら、なるべくお客さんに聴くことに集中してほしいとかはありますか。

中平:1日に何人かは音楽を聴きにきてくれる。でもお客さんも最近はそういう店がないって承知しているので、さりげなく音楽が存在する空間がいいのかもしれないですね。

—自由にジャズを楽しんでほしいってことですよね。ジャズ喫茶ってもっと敷居が高くて構えなければならないものだと思ってました。

メロディの魔術師、ホレス・シルヴァーの『Song For My Father』。中平さんが撮影した、ホレス・シルヴァーも必見。

*1:日本の映画、ジャズ、ミュージカル評論家。また、画家、グラフィックデザイナーとしても活躍。
*2:日本のジャズ評論の第一人者。

DUG(新宿)


東京都新宿区新宿3-15-12
TEL:03-3354-7776
http://www.dug.co.jp

【高木里代子のインタビュー後記】

私自身ジャズのライブ店には出入りするものの、「ジャズ喫茶」の響きには一歩構える感じがありました。でもDUGさんでイメージが一転。若い方も多い。ジャズ喫茶は「静かに音に耳を傾けるもの」と思っていたら、会話を楽しみお酒を楽しむうち、知らぬ間にお気に入りの楽曲が見つかってしまう様な。

マスターのTPOに合わせた選曲、落ち着いたレンガ造りの内装、壁に埋め込まれたオーディオから響く優しい音……。大好きなエヴァンスをこの場所で聴くスペシャル感に味をしめ、またこっそり一人ワインでも飲みに来たいな、と思ったのでした(笑)。

そして何より、ジャズの歴史をそのまま映したようなオーナー中平さんからの、ジャズレジェンドとの逸話が沢山聴けたことも大変貴重な体験でした。