ヒップホップカルチャーの洗礼を受け、レコードやCD、カセットテープなどの音源を収集しているという人は、決して少なくないだろう。しかし、それが服だとしたら…?
この特集で紹介するには、のちに「ヒップホップ黄金期」と呼ばれる80年代終盤から90年代前半にかけて生み出された、熱を帯びた当時のシーンと密接にリンクしたウェアの数々。何がかっこよくて何がかっこ悪いのか ― 30年近い年月を経た今もなお、その判断を我々に問いかけてくるような、美的センスの平衡感覚を失いかねない、強力なパワーを携えている。
そしてこの、少しだけ様子がおかしい服たちは、東北のいちヒップホップファン・illllllllllluss氏が極私的な視点で世界中から集めたコレクションのごく一部。 SupremeとLouis Vuittonによるカプセルコレクションのサンプリングソースとしても知られるDapper Dan(ダッパー・ダン)から、当時人気だったブランドのブートレグ(海賊版)、そしてMajor Damage、Wickedなど90年代初頭に一瞬光り輝いた懐かしのブランドまで。ヒップホップ隆盛の歴史をファッションで振り返る…なんて大げさなものではなく、あくまで、ある偏愛家の生き様として楽しんでほしい。
Photo (Item) : Shuhei Nomachi | Photo (Interview) : Yuichi Kaneko (KANEKO DESIGN PRODUCT) | Text : Yugo Shiokawa
Eric B. & Rakimによる不滅のクラシック、『Paid in Full』。1987年7月7日にリリースされ、つい先日30周年を迎えたこのアルバムのジャケットを、ヒップホップカルチャーに足を踏み入れた者なら、一度は見かけたことがあるだろう。
そして、この中でふたりが着ているGUCCIのブートレグ・ジャケットを手掛けたのが、マンハッタンはハーレムに店舗を構えていたテーラー、Daniel ‘Dapper Dan’ Dayだ。
illllllllllluss氏(以下i、敬称略)「あきらかにイリーガルなんだけど、それなのにどれもリアルレザー、リアルスウェードだったり、メルトンやベロアの生地もすごく質が高くて、高級感があるんですよ。自分の名前も入れてもらえるNYのオートクチュールだから、ラッパーだったり、ドラッグディーラーだったり、ストリートから成り上がった人のステータスシンボルとして愛されたんですね。本物の高級ブランドを扱いたくても、ハーレムの黒人のお店では時代的になかなか難しい、という背景もあったんだと思いますが、ブートレグでも素材にこだわるっていうのは、テーラーならではの意地だったのかもしれないです。ただロゴが明らかにオフィシャルではないし、ワッペンもずれていたり、縫製は程々。そこが余計にそそられるポイントです(笑)」
i「赤いジャケットは、GUCCIにジュエリーのTiffanyをミックスしたわけじゃなくて、おそらくTiffanyさんっていう女の人がオーダーしたもの。テーラーなので、オーダーメイドが基本なんだと思うんですけど、なかにはサイズタグが付いているものもあったりして、下のNIKEの様な既製のデザインも作って店頭に並べていたみたいです」
i「Dapper Danっていうタグが付いているわけじゃないので、ディテールや素材で判断するしかないんですけど、大きな特徴のひとつが、肩から腕にかけての網模様ですね」
i「このNIKEとか、全体のシルエットとロゴのバランスがすごく良くて、本物よりかっこいいと思うんです。ワッペンに中綿が入っているのも多いんですけど、そのボリューム感がまた良いですね。SupremeがNIKEのSBラインで出したジャケットはこれが元ネタです」
i「これはDapper Danに限った話じゃないんですけど、90年代初期のレザージャケットってだいたいフードが着脱できるようになっていて。でもこのフードが、着ると全然サマにならない(笑)。大きくて、重いし結構邪魔です」