対談:DJ EMMA(NITELIST) × HUE(DELUXE)
旧知の仲である2人が語る、「ファッション」と「音楽」の交差点。

by Mastered編集部

1枚の洋服が人生を変えてしまうことがあるように、1枚のCDが人生を変えてしまうことも少なからず存在する。そんな類まれなるパワーを持った名盤の1つがDJ EMMAによるハウス・ミックスの代名詞『EMMA HOUSE』だ。1995年に初リリースされたこのミックス・シリーズの名のもと、過去18作が世に放たれて来たが、去る11月12日、約5年ぶりとなる同シリーズの最新作『EMMA HOUSE XIX MOUSE-COLORED CAT』が遂に発売を迎えた。

過去2回に渡ってロングインタビューをお届けしてきたEYESCREAM.JPでは、今回もエクスクルーシヴな企画を敢行。GOLD時代からの旧知の仲であり、現在、DJ EMMAのレギュラーパーティー『ACID CITY』を様々な形でサポートしている[DELUXE(デラックス)]のデザイナーであるHUEとの対談を通し、”THE KING OF HOUSE”の現在を探った。

1時間30分以上にも及んだ対談はファッション、音楽の話はもちろん、猫にハロウィンまでと、思いもよらぬ方向に飛躍!? 全5ページに渡る、EYESCREAM.JPだけの特別対談をたっぷりと楽しんで欲しい。

Photo:Takuya Murata Text&Edit:Keita Miki

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今支持されているものに僕が近づいていくのでも無ければ、その逆でも無い。もっと違うところにある表現が今回は実現出来たように思います。(DJ EMMA)

— 今回『EMMA HOUSE XIX MOUSE-COLORED CAT』のリリースに際して、再びEMMAさんにインタビューの機会を頂いたんですが、過去2回のインタビューでEMMAさんには本当に色々な話を聴かせて頂いたので、今回はちょっと視点を変えて、HUEさんとの対談という形にさせてもらいました。お二人はどのくらい前からのお知り合いなんですか?

DJ EMMA:それこそ僕がGOLDでプレイしていた時代からの知り合いなので、付き合い自体はかなり長いですね。歳が少し離れているので、当時はそこまで2人で話し込むようなことは無かったですけど。

HUE:共通の知り合いを通して紹介してもらいました。それまでは、一方的にGOLDでEMMA君のプレイを体感して、「すごいな」って思って見ている側です。

DJ EMMA:だから、今『ACID CITY』をサポートしてもらっているのもすごく自然な流れでスタートしたことなんですよね。

HUE:さっきEMMA君が話していたように、歳は少し離れていますが、EMMA君はいつもこんな感じでフランクに話してくれるので、すごく仕事がしやすいです。例えばTシャツを作ったりする時も、変に力まずにデザインを出来たりします(笑)。

DJ EMMA:お互い東京という街で遊んでいる中で、自然と同じ場所に集まる機会も多かったし、新しいお店が出来たらHUE君たちを案内したり。良い距離感でずっと繋がっていられたこともあり、『ACID CITY』のリリースに際して、HUE君に直接話をさせてもらったんです。『ACID CITY』には色々なジャンルのものを混ぜ込みたかったんですよ。なので、「日本から世界に発信する」っていう考えを軸に一緒に何か出来ないかなと思って。

DJ EMMA presents NITELIST MUSIC 3『ACID CITY』

DJ EMMA presents NITELIST MUSIC 3『ACID CITY』

HUE:僕らがEMMA君のイベントに便乗して部屋を貸してもらうことで、色々なジャンルの人たちが情報交換を出来る場になれば理想的だなって。それこそ、EMMA君が訴え続けている「クラブの原点」というか。EMMA君の人望あってのものだとは思いますが、そんな想いもあり、イベントに参加させてもらっています。

DJ EMMA:今HUE君が言ったように、昔は音楽とファッションって双子みたいな関係性で、切っても切り離せないものだったんですよね。だけど、今はクラブの方向性や状況も変わってきて、ファッションの人たちも本当は遊びに行きたいんだけど、気軽に遊びに行けないような現状がある。音楽があって、そこに音楽が好きな人たちが集う場所も、もちろん必要だと思うんです。だけど、自分がやりたいことはそうじゃないんですよ。

HUE:今話していたようなことも、未だに現役で遊んでいるEMMA君が言うからこそリアルなんですよね。そういう部分にすごく共感出来るし、今後も僕らが力になれる部分は一緒に盛り上げて行けたらなと思っています。

— そういう意味では、今年に入ってからAIRでEMMAさんが新たにスタートさせたレギュラーパーティ『ACID CITY』はかなり面白い場所になっていますよね。ゲストには、石野卓球やVAN CLIFFEことエリーローズが登場し、[DELUXE]もサポートを行っています。EMMAさんとしては、最終的にこの『ACID CITY』というイベントをどんな着地点に落とし込もうと考えているんですか?

DJ EMMA:正直に言えば、まだ手探り状態です。何故かって、こういうスタイルのパーティーって他には存在していないから。現存する全てのパーティーの中で『ACID CITY』が一番個性的なパーティーだと個人的には思っています。だからこそ大事にやっていきたいし、関わる人たちには絶対に損はさせたくない。楽しんでもらいたいし、「またやりたいな」って思ってもらいたい。僕が最終的にどうしたいって言うよりは、「みんながこれからどうするのか」ってことだったりもするし、もし他の人たちが『ACID CITY』を見て、「うらやましい」とか、「こういうことがやりたい」って思ってくれたなら、遠慮せずにやって欲しいんです。それが将来的に面白いパーティーやモノづくりにも繋がっていくのかなって思っていて。音楽でもファッションでも、現代はどうしても経済の、つまりはお金の話が優先される機会が多くなってきてしまっているような気がして、それが残念でならないんですよね。そもそも、カルチャーと経済の話って、絶対に分けて考えた方が良いと思うんですよ。やりたいことを素直にやれなくなってしまっている現状を、一回立ち止まって考える時間が必要かなと。

— 色々な人のアイディアを取り込みながら1つのパーティーを作り上げているからこそ時間も掛かる訳で、それが『ACID CITY』が隔月開催になっている所以でもあるのでしょうか?

DJ EMMA:どうしても時間は掛かってしまいますよね。でも、「このパーティーで大きな何かを変えたい」とか、そこまで大層なことでも無いんですよ。僕自身、あと何回現場でDJを出来るか分からないような年齢になってきたし、単純に楽しみたい。根本にあるのはそこなんです。

— HUEさんは東京生まれ、東京育ちでクラブという場所が地方出身の人よりも身近なものだったのかなと思うのですが、どんな遊び方をして育ってきたのでしょうか?

HUE:僕たちの世代って、やっぱり上の世代の先輩たちが抜群に格好良かったんですよね。だから、クラブに行けばいつも新しい発見があったし、クラブ自体がインスピレーションの場として成立していて。外国人を見ても、先輩たちを見ても、尖っている人たちが多かったし、ジャンルも細分化されていなかったから独特の面白さがあったように思います。クラブというよりは、バーに行く感覚に近いのかもしれませんね。フロアでずっと踊っている訳じゃないですけど、お酒を飲みながら音楽を聴いて、先輩たちを見ることで、自然と遊び方を学んでいたような気がします。今の若い子たちにもクラブに対してそういう感覚を持って欲しいし、だからこそ『ACID CITY』の手伝いをさせてもらいたいと思いました。

— EMMAさんのパーティーに初めて遊びに行ったのはいつ頃だったんですか?

HUE:19歳とかですかね。当時のクラブって敷居が高かったから、知り合いにお願いして入れてもらって。

DJ EMMA:これまでのインタビューでも言わせてもらいましたけど、敷居が高いくらいで丁度良いんですよね。誰でも入れるような状況だと、どうしても秩序は崩れていくし、面白さも薄れていくんです。それはファッションでも同じことなんじゃないですかね。まぁ、僕がこういうことを言うと、「じゃあ会員制のクラブをやれば?」って言われたりもするんですけど、そうじゃない形で表現できる場っていうのも絶対に存在していて。実際にこの目で何十回もそういう現場を見ているし、今はそういう場所が少ないから、『ACID CITY』みたいなパーティーを作ってバランスを取ろうとしてるのかなと。「こうすれば良い」って答えは未だ見つかっていないですし、アシッドハウスを始める時も「リスキーだ」ってみんなに言われました。だけど今、こうして「参加したい」って言ってくれる人達がどんどん増えている状況は、嬉しい誤算。嬉しい悲鳴ですよね。

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