注目を集めるニュー・ディスコ・シーンにあって、トリッピーなサウンドスケープを鮮やかに塗り替えながら、シーンを牽引するノルウェーのリンドストローム(Lindstrøm)とプリンス・トーマス(Prins Thomas)。その彼らが多大な影響を受けたと公言するノルウェーのダンス・ミュージック・シーンの第一世代にあたるDJストレンジフルート(DJ Strangefruit)と、ノルウェーの新世代筆頭にして、フロア・フレンドリーなリエディット・ワークで日本にもファンが多いトッド・テリエ(Todd Terje)が、ノルウェー・シーンの地力を見せつけるかのように揃って来日を果たした。
世界中から賛辞が寄せられているDJストレンジフルートのユニット、マンゴリアン・ジェットセット(Mungolian Jet Set)のニューシングル「Moon Jocks n Prog Rocks」で初めて共演を果たした、今要注目な2人の対談を通じて、謎めいた北欧音楽のミステリー、そのクリエイティヴ・ソースの秘密に迫ります。
リエディットはもうやめにしたんだ(トッド・テリエ)
— まずはお互いのことをCluster読者に紹介して頂けますか?
DJストレンジフルート(以下S):テリエとは父親と息子くらい年齢が離れているんだ。といっても、僕が息子で、彼が父親なんだけど。あはははは(編集注:もちろんジョーク)。彼は4年前から作品リリースを始めて、素晴らしいリエディット・ワークで世界に知られているよね。最近だと勝手にリリースされたブートレグが出回っているし、その現象は彼の人気を裏付けていると思うんだけど、まだ世に出ていないオリジナルもスタジオにストックされているから、それがリリースされた日にはみんな驚くんじゃないかな? それからあまり言いたがらないんだけど、彼は色んな楽器を演奏することも出来るので、ミュージシャンとしての顔もあるし、ノルウェーで秘密裏に出回ってる映画に出演する役者でもあるんだ(笑)。
トッド・テリエ(以下T):ストレンジフルートがいなかったら、ノルウェーのダンス・ミュージック・シーンは未だに暗闇の中だったと思うよ。彼はノルウェーのダンス・ミュージック・シーンの第一世代で、彼がいなければ、同郷のプリンス・トーマスも存在していなかっただろうし、田舎育ちの僕にとっては彼がノルウェーの国営ラジオ放送でやっていたレギュラーのミックス・ショウがなければ、今やっているような音楽に出会うこともなかっただろうね。そんなわけで、僕はプロモーターになったかのように、世界中のメディアで彼のことを宣伝して回っているくらい彼のことは尊敬しているね。
S:ただ、ノルウェーのオールドスクール世代はでたらめな人間が多いんだよね。ストレンジフルートって名前を付けたばっかりに税関でヒドい目に遭ったり、何度もパスポートをなくしたり、笑えるエピソードはいくらでもあるよ。ただ、なくしたパスポートは不思議と手元に戻ってくるし、なんらかのマジックが働いているのかもしれないね。
T:でも、これはお世辞でもなんでもないんだけど、ストレンジフルートが1996年にリリースした『MIXED』っていうオフィシャル・ミックスCDは、僕の人生で一番聴き込んだアルバムなんだ。
— あのミックスCDは、イジャット・ボーイズやハーヴィーといった英国のニュー・ハウス・シーンにいち早く呼応した先駆的な作品ですよね。
S:80年代にはディスコを聴いていたものの、90年代前半は大きいレイヴ・パーティでテクノをプレイしていたんだよね。けれどみんなハード・ドラッグをキメて、機械のように踊ってるだけのようなシーンに嫌気がさしてしまったんだ。だから、ちょうどその時期にディスコへ移行して、レギュラー・パーティをやっていたオスロのソーダ・クラブでのライヴ・プレイを録音したのが、あのCDというわけ。
T:あのミックスCDを聴いて思うのは、DJっていうのは、どのレコードをプレイするかではなく、そのレコードをどうやってプレイするかが重要なんだよね。だから、仮にミックスCDに入ってるレコードを同じ順番でつないでも、彼の表現を真似することが出来ないんだ。そういうDJのマジックが彼のプレイからは感じられるんだよ。
— テリエがダンス・ミュージックの世界に魅せられたきっかけは?
T:僕は80年代に生まれ育ったから、その時代に育った人間は誰もが一度はDJに憧れたんじゃないかな? 直接のきっかけは、今となっては笑い話だけど、プロディジーなんだ(笑)。それで14、15歳の頃からゴミのようなテクノを作り始めて、その後、僕よりましな趣味をしていた姉を通じて、ハウスと出会ったんだよ。
S:逆に僕がDJを始めた子供時代、1982、83年頃、DJはカッコイイ存在ではなかったんだよ。というのも、当時のDJはカッコイイ音楽をプレイしていなかったから(笑)。それにノルウェーのナイトライフもそこまで発達していなかったから、当初はベッドルームでDJをしてたんだけど、80年代後半にアシッドハウスが流入したことで徐々にシーンが育っていったんだ。当時はインターネットもないし、情報の伝達も遅かったから、NYのラジオ番組を録音したテープを聴いたり、輸入レコードを聴き漁っていた一部のハードコア・リスナーと交流しながら知識を深めていって、94年頃からプロのDJとして活動するようになったんだよ。
T:僕は、インターネットの音楽アーカイヴを通じて、古い音楽に出会った世代なんだけど、アメリカやイギリス、ドイツのようにレコード文化に恵まれている国とは違って、ノルウェーに住んでいるといい音楽と出会える機会には限りがあるんだ。DJによっては、インターネット・カルチャーを敬遠している人がいることも知っているけど、ノルウェーに住んでいる僕の場合、そういった理由からレコードだけに限らず、DJミックスの音源をウェブ公開したり、逆にインターネットを活用することで活路が開けたというのは正直なところだよね。ただ、レコードがバカみたいに高騰する現象はホントくだらないと思うし、レコードを沢山持っているからといって、いいDJだとは限らないわけで、要は使い方の問題だと思っているんだけど。
— 今の話は、カルチャーにおけるグローバリズムにまつわる話だと思うんですけど、ノルウェーのダンス ・ミュージック・シーンはアーティスト同士がお互いをフック・アップすることで、ローカリズムを大切に しているところが特徴的ですよね。
S:それはつまるところ、ノルウェーのダンス・ミュージック・シーンの規模が小さいからなんだと思うよ。だからこそ、お互い影響を与え合っているんだろうし、助け合うことにもなるんだ。
T:例えば、若くして亡くなってしまったんだけど、プリンス・トーマスはエロット(Erot)というアーティストから大きな影響を受けているし、僕の場合はロイクソップ(Röyksopp)とかね。そうやって受け継いできたものもありながら、同時にそれぞれのオリジナリティも確立されて、いまはみんな独り立ちしつつある時期に来ているんじゃないかな。
— そんななか、ストレンジフルートのユニット、マンゴリアン・ジェットセットの13分を超える大作シングル「Moon Jocks n Prog Rocks」がリリースされたばかりですが、この作品には2人が作品上で初めてやりとりをしたテリエのリミックスを収録していますね。
T:作品上では確かに初めてだね。ただ、ライヴではこないだもマンゴリアン・ジェットセットにリンドストローム、そして僕という面子でパフォーマンスをやったばかりだし、表立っていないだけで、コラボレーション自体は初めてではないんだけどね。
S:このシングルは恐らく、いま作っている『Schlongs』というタイトルのセカンド・アルバムにも収録されることになる曲なんだけど、その作品はポップ・アルバムを意図しているんだ。曲自体は4年前に取りかかって、ミュージシャンに参加してもらいながら、ちょっとずつ手を加えていって、ようやく完成したものだね。自分の好みとしては、他のレコードでは聴けないような、チャレンジングな曲、多角的というか、多面的な曲に惹かれるんだ。だから、サンプリングするにしても、レコードではない音をループしたり、元ネタの原型が分からないレベルにまで加工するような音の使い方であったり、カントリーの影響を受けたレゲエを実験的なテクノと掛け合わせるとか、セオリーを超えた発想を常に意識しているね。
— そんなストレンジフルートのオリジナルに対して、テリエはどんなアプローチでリミックスに臨んだんですか?
T:僕が手がけたリミックスに関しては、すごく簡単で、なんせオリジナルが13分を超える壮大な宇宙旅行を思わせる曲だったから、それをなるべくコンパクトにして、ラジオ・プレイに対応した構成を心がけたんだ。
— かたやテリエは今年リリースの作品集『Remaster of the Universe』にまとめられたリエディットはもっぱらDJで使うことを念頭に取り組んでいたと思うんですけど、ここから先はオリジナル曲の制作に向かっていきそうな気配が伝わってきます。
T:まさにその通りだね。リエディットはもうやめにしたんだ。 ここ最近は僕の作ったリエディットが勝手にCDになったり、よく分からないことになってるからね。別の見方をすれば、僕のプロモーションを勝手にやってくれてるわけだから、自分の名前が広まることに関してはプラスなんだろうけど、何の断りもなくリリースされるのは、気持ちのいいものではないからね。それから、ここ数年は制作を怠けて、DJばかりをやっていたんだけど、ようやく制作に気持ちが向かってきたので、今後はオリジナルのシングルとアルバムに取りかかるつもりだよ。長らく音楽に携わってきたストレンジフルートとは違って、僕の場合、まだディスコやハウス、ラジオ・ポップに飽きていないってことがあると思うんだ。だから、そういった音楽をフレッシュな感性で柔軟にとらえることで、自分のものに出来るという点が僕の作る作品のオリジナリティにつながっていくんじゃないかと思っているよ。
S:今の音楽シーンを見ていると、例えば、ドラムンベースならドラムンベース、ダブステップならダブステップで、一つのシーンに没頭しすぎるプロデューサーが多すぎる気がするんだ。そういうジャンルの壁を越えたところに明日のクリエイションがあると僕らは信じているんだけどね。