ギャラリスト 石井孝之が語る[Cartier]と現代アートの関係性

by Mastered編集部

当サイトでもイベント情報と共にお伝えした1847年創業の老舗メゾン[カルティエ(Cartier)]が放つ待望のニュープロダクト、ジュスト アン クル(Juste un clou)。1970年代にカルティエ ニューヨークで生まれ、モダンの先駆けとなった釘をモチーフとしたデザインはメンズ、レディース問わず、既に多くの話題を呼んでいます。
そして今回Masteredでは、挑戦的且つパンキッシュでありながらも洗練されたエレガンスを持ち合わせたこの極上の一品と、そのバックグラウンドを語る上で欠かせない“カルティエとアートの関係性”にフォーカス。荒木経惟、森山大道、畠山直哉らの写真家のほか、国内外の現代美術作家の作品を広く扱うギャラリー、タカ・イシイギャラリーの代表であり、EYESCREAMブロガーとしてもおなじみの石井孝之氏をゲストにお招きし、アートの世界におけるカルティエの役割から現代日本のアートを取り巻く状況に至るまでたっぷりと語って頂きました。

Photo:SATORU KOYAMA (ECOS)
Interview&Text:Mastered

今の空気感を分析してみるとやっぱりこれを出すのは5年前ではなく、今だったんだなと思います。

— 今回の新作『ジュスト アン クル』が発表される以前、石井さん個人としてはカルティエというメゾンに対してどのようなイメージをお持ちでしたか?

石井:カルティエ現代美術財団(1984年、企業のメセナ活動の一環として設立。)の存在もあり、アートの世界との関わりは非常に深いメゾンだと認識しています。財団のディレクターであるエルベ(Herve Chandes)とは個人的に仲良くさせてもらっているので、そういう意味では身近なブランドですね。カルティエ現代美術財団は荒木経惟さん、三宅一生さん、森山大道さん、川内倫子さんといった日本のアーティストをいち早くヨーロッパに紹介しているんです。それをきっかけに日本のアーティストが海外の美術館で展示をやるようにもなったりしているので、アーティスト側からの注目も非常に高いですね。そういった訳でカルティエ現代美術財団に関しては、うちのギャラリーで取り扱いのある作家が多く関わっている事もあり、展覧会を良く見に行かせてもらってます。

— カルティエ現代美術財団としての印象が強いという訳ですね。

石井:そうですね。私はアートの世界にいる人間なので、どうしてもそっちの方に意識がいってしまいがちな部分もあるかと思います。

— カルティエ現代美術財団はアートの世界において、大きな存在なのでしょうか?

石井:そうですね、非常に大きな存在です。先ほども少しお話しましたが、既に高い評価を得ているアーティストのみならず、財団が取り上げた時点では有名ではなかった作家がそこを起点に飛び立っていく事例もすごく多いんです。ですので、俗に言う“若手の登竜門”のような側面も実は持ち合わせています。

— たしかに非常に目が肥えているというか、若手のピックアップのスピードが早いですよね。今までに財団が行ってきた展示の中で特に印象深かったものは何かありますか?

石井:トーマス・デマンド(Thomas Demand)の展示は素晴らしかったですね。彼の作品は写真なんですが、その時は1950年代のデッドストックの壁紙を貼り付けた壁の上に写真を展示していたんです。それをガラス張りの中と外が曖昧になるようなスペースに並べていたんですが、それが見る方向、角度によって微妙に色が変わるんですよ。見え方が全然違うんです。その展示は強く印象に残っていますね。

— 先ほど仰っていたようにカルティエ現代美術財団は森山大道さん、川内倫子さん等々、日本のアーティストをいち早くヨーロッパに紹介していますが、2012年現在、日本のアートというのはヨーロッパでどのような受け止め方をされているのでしょうか? 少し前だといわゆる“クールジャパン”と呼ばれるようなポップな作品が注目を集めていたと思うのですが…。

森山大道の写真集
「カラー color」


石井:今はですね、日本の1960年代から70年代のアートの動きっていうのが全体的にすごく注目を集めています。欧米の美術館では欧米の1960年代から70年代のものって、もう出し尽くしてしまったんですよね。そこで何か代わりになるものは無いかってずっと探していたら、「日本ってその時代は何をしてたんだ?」って話になった訳ですよ。これまでは文献があまり無いのでみんな分からない状態だったんです。でも本腰を入れてよくよく探してみたら、「なんだ面白い作家、いっぱいいるじゃん」と。それでここ2、3年ですかね、急にその辺の時代の作家たちが欧米で大きく取り上げられるようになってきて。具体名を挙げるなら、森山大道さんや草間弥生さん、田中敦子さんとかですね。他にも様々な動きがあって、ここ1、2年で状況が大きく変わってきています。要はみんな村上(隆)・奈良(美智)以降をずっと探していたんですよね。彼らのヒストリーは分かったけど、そうじゃない人たちもいたんだと気付いて、先ほど名前を挙げさせて頂いたような作家にたどり着いたんですよ。

— アートにしても文化にしてもその時の空気感ってありますもんね。1970年代のアートと2012年のアートは全然違うじゃないですか。それはファッションにも言えることで、今回のジュスト アン クルはカルティエ ニューヨークで生まれた1970年代のジュエリーを基にしているそうですが、やはり70年代のスピリットを色濃く反映しているようにも思います。

カルティエのジュスト アン クル ブレスレット
※イエローゴールド
Vincent Wulveryck © Cartier 2012

石井:そうなんですよね。そして、今の空気感を分析してみるとやっぱりこれを出すのは5年前ではなく、今だったんだなと思います。今の業界がどういう流れなのかっていうことよりも、この挑発的なデザインやそこに込められた想いは、今だからこそ出て来たんだなってなんとなく分かるような気がしますね。

— ジュスト アン クルはどんな方に似合うと思いますか?

石井:そうですね…、極端な意見になってしまいますが、御歳を召している方か、逆にすごく若い方かどちらかだと思うんですよね。70代とかそれぐらいの方がしていたら格好良いと思います。いわゆる団塊の世代よりも少し上の年齢層の方がオシャレにしていたら本当に格好良いんじゃないですかね。

— その世代って1970年代を精力的に過ごした人たちってことですもんね。

石井:そうですね。色々な意味で遊びを良く知っている人たちですよね。変な話、当時は景気も良かっただろうし。実はうちのギャラリーに来てくれるお客様にもその世代の方は多いんですよ。逆に30代や40代のお客様ってあまりいらっしゃらないんですよね。やっぱり子育てが大変な時期だし、子供に一番お金が掛かる時期でもありますから。

— 実際アートに価値を見出して、そこにお金を払う人たちっていうのもその世代に多いのかもしれませんね。

石井:そうですね。または、20代、30代の若い方。言い方を変えれば、独身で、まだ自分の趣味にお金が使える人たちですね。結婚した途端に買わなくなる人って結構多いんですよ…

一同笑

— 先ほどカルティエ現代美術財団の目の肥え方というか、作家をピックアップする早さに関する話があったと思うのですが、その件に関して以前のインタビューで、財団のキュレーターの方が「特にノウハウみたいなものはないんだけれど、最先端のシーンに常に関わってるということが重要だと思う」という回答をされていました。石井さんは新たなアーティストを見つけるときに特に気にしていることや、何か特別なノウハウのようなものはあったりするのでしょうか?

石井:うーん…なんというか、そこに関しては“出会い”なんですよね。無理に探そうとしても見つかるものではないんです。それに、現実問題、うちの取り扱い作家は既に22人いるので、新しい作家をとるのって少しリスキーな話でもあるんですよね。やるとなれば、全面的にサポートはするので経費もかかるし、人も動かさなければならない。だから、作品だけではなくその人と実際に話をして長い関係性を築いていけるのかってことも考慮して、最終的な判断をするんです。その点はやっぱり結婚と一緒で(笑)。
途中で離婚するのは嫌なので慎重に相手を選んでいきたい。合わない人とは長く付き合っていけないし、お互いぎすぎすしているとそれが作品にも出てしまうと思うんです。個人的に、アーティストとギャラリストは50:50の関係であると思っているので、私も言いたいことは言いますし、向こうも言ってきてくれます。そういう中で一緒に育っていければいいなとは思っていますけどね。

— 昔を遡るといかがですか? 今は「もうこれ以上、結婚はいい」って感じだと思いますが、若い頃は状況も違ったと思うのですが。やはりそこも“出会い”という一言に集約されるのでしょうか?

石井孝之
ギャラリスト、タカ・イシイギャラリー代表。 1994年大塚にタカ・イシイギャラリーを開廊(現在は清澄)。荒木経惟、森山大道、畠山直哉らの写真家のほか、国内外の現代美術作家の作品を広く扱う。2005年にギャラリーを清澄へ移転。2008年に京都市下京区に京都スペース、2011年には東京・六本木に戦前・戦後の写真・映像作品を扱うタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー / フィルムを開廊。


石井:そうですね、出会いと言って良いのかは分からないけれど、自分の中に自分のラインみたいなものがあって、そのラインに沿った作家というのは少し気にして見ているつもりです。

— となると「すごく良いけど、これは自分のラインじゃないな」とスルーすることもあるのでしょうか?

石井:えぇ、それも結構多いですね。でも、それは仕方ないですよ。僕では無い誰かがやれば良いことなので。

— 生きていれば当然色々な出会いがある訳で、色々な“良い物”が自分の前を毎日通り過ぎますけど、そこから自分に合うものって意外と少ないものですもんね。

石井:もちろん作品の点数で言えばかなりの数を見ていると思うし、当時も見ました。うちにプレゼンをするために持ってくる人もいましたしね。でも、ほとんどがダメなんですよね。なんかピンと来ないんです。でも、ある時、急に「これだ!」ってときめきがあるんですよ。そういう時は大体自分で探し出した人なんですけどね(笑)。

— ときめき…ですか。恋をするような感覚なんですか?

石井:そうそう。作品を見てときめかないとダメなんです。スタジオに行って作品を見て、「ときめき」がないと。中には作品は良いんだけど、話しをして「ダメだ」ってなる人もいますね。

— 色々な条件が揃わないと上手くいかないものなんですね。

石井:商品プラス人が相手なので、少し難しいですよね。なんでこんな仕事しちゃってるんだろう…って時々思います。

一同笑

— 今おっしゃっていた「これだ!」というときめきは、年齢とともに変わってくるものなのでしょうか?

石井:はい、もちろん。

— そこも結婚と同じなんですね。

石井:そうですね。年齢を重ねるごとにそれだけ数も見るし、経験も積むので、それは仕方が無いことなのかなと思います。

— ジュスト アン クルは1970年代のニューヨークで誕生したジュエリーが基となっていますが、70年代のニューヨークのアートというとどんなものが印象的ですか?

アンディ・ウォーホルの著書
「ぼくの哲学」


石井:やはり、70年代から80年代にかけてというとアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)ですね。私個人の好みで言うとアンディ・ウォーホルよりも、もう少しコンセプチュアルな方が好きなんですが、大きな流れを考えるとウォーホルの存在は外せないのかなと。アートの世界以外にも影響された人はたくさんいるでしょうし。偉大な人物ですね。

— 70年代は様々な分野で実験や挑戦といった新しい流れが生まれましたが、まさにその最たる人物ですね。

石井:あの時代は面白かったんだと思いますね。自分がその当時、ニューヨークにいたらどうなっちゃってたんだろうって時々想像したりもしますよ。森山(大道)さんとかも71年にニューヨークに行ってるんですが、とにかくめちゃくちゃだったらしいですよ(笑)。
このジュエリーもアンディー・ウォーホルがしてたら格好良いんじゃないですかね。

— ジュスト アン クルと共に映像も発表されていますが、カルティエの特徴の1つとしてウェブや動画への対応の早さが挙げられるかと思います。アートの世界ではインターネットの登場によって何か大きく変わったことや、影響を受けたことはありますか?

石井:一番大きな変化というと、誰でも気軽に動画が見られるようになったっていうことですかね。だから、それに比例して動画の作家がすごく増えたように思います。あとはインタラクティブに作品を作る人が増えたかな。後はそんなに…

— 基本的にはあまり変わらないですか?

石井:と思いますね。もちろん作業的に楽になった部分はたくさんありますけど、アート、ジュエリー問わず本質的な部分においては影響はなかったと思います。

— ジュスト アン クルのようなアートの匂いを感じるものを身に着けるというのもアートの楽しみ方の1つだと思うのですが、一般の方がアートを楽しむポイントが何かありましたら教えていただけますか?

石井:やはり美術館やギャラリーに実際に足を運んで作品を見るというのが基本だと思いますが、気になった作家と話してみるだとか、その人に関する文献を少し読んでみるとか、そういうことが重要な気がしますね。そうすると、もう少し作品について深く理解できるので。この作品がどういうバックグラウンドから来ているものだとか、そういうことが分かると自然と面白さもわかってくるものです。作品だけではなく、そこに付いている付加価値が分かるようになると、それを人に説明出来るし、共有も出来るからアートをもっと楽しめると思います。それを人に説明することもできるし、共有もできる。

— 石井さんご自身は普段ジュエリーを身に着けるんですか?

石井:いえ、仕事柄もあるんですが、普段はほとんど何もつけないんですよね。そもそもジュエリーを持っていないんです(笑)。
でも、アート的な視点から、このジュスト アン クルはシンプルなデザインで良いですよね。

— では最後の質問になりますが、この先カルティエ及び、カルティエ現代美術財団に期待したいこと、望むことというのが何かあれば教えてください。

石井:基本的には今まで通りで良いと思います。でも、もし注文を1つ付けさせてもらえるなら、今よりも更に若い日本の作家にフォーカスして欲しいですね。20代、30代といった作家の個展をもっとやって頂けると非常に嬉しい。これだけ欧米に影響力があって、大きなスペースを仕切れるところってそうは無いので。やはり大きな美術館が日本人の若手を海外でやるのはなかなか難しいんですよね。なので、あえて言わせてもらえるならそういった部分に期待したいと思います。

【商品のお問い合わせ先】
カルティエ カスタマー サービスセンター
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