“Back in Manchester” – 『Gio-Goi』と振り返るマンチェスター・ムーヴメント –

by Mastered編集部

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ギオゴイのジャケット 19,740円 ビーニー 2,940円(next33)マジックスティックのパーカ 14,700円(マジックスティック) エトスのパンツ 25,200円(マッドヘクティク ストア)ニューバランスのスニーカー 26,250円(ニューバランス ジャパンお客様相談室) セイバーのサングラス 14,700円(ワイティーエス)

写真:Rich
スタイリング:竹崎久貴
モデル:Babou

SUMMER SONICの前夜祭にあたるSONICMANIAでのFAC 51 THE HACIENDA Stageの登場にはじまり、来る11月5日(土)に開催される単独イベント“FAC51 THE HAÇIENDA”、New Order(ピーター・フック抜きではありますが)、The Stone Rosesの再結成と、なにやら2011年は何かとマンチェスターに話題が集まる年。そこで今回、当Clusterでは1978年、トニー・ウィルソンらによって設立されたレーベル、Factory Recordsを中心に巻き起こったこの一大ムーヴメントにフォーカス。
アントニー・ドノリーとクリス・ドノリーの二人兄弟が、Happy Mondaysのフロントマンであるショーン・ライダーの「俺たちがどんな服を着たいかわかるだろ?じゃあ、作れよ!」という一言からスタートさせたマンチェスター発のファッションレーベル、『ギオゴイ(Gio-Goi)』の紹介と共にその歴史を振り返ります。

それでは早速…といきたいところですが、Cluster読者の中には俗に“Madchester”と呼ばれるこの世界的な音楽ムーヴメントを知らない若いユーザーも少なからずいらっしゃるはず。そんなユーザーのため、音楽レーベルHORIZONを主宰し、自身もDJとして活躍するYODA氏がなんと、この特集記事のためだけに、マンチェスターをテーマにしたDJミックスを制作してくれました! なお、以下がこのミックスに際するYODA氏のコメント。

「80年代後半イギリス全土を席巻したアシッド・ハウスは新しいダンスシーンを生みだし、ダンスビートがロックバンドに影響を与えレイヴ・シーンがユース・カルチャーのメインストリームになった。後に2nd Summer Of Loveと呼ばれたこの時代の音楽の中心地はストーン・ローゼスやハッピー・マンデイズを生みだし2nd Summer Of Loveの発火点となった伝説のクラブHACIENDAがあったマンチェスターだった。もちろんGio-Goiもこのムーブメントから出てきたブランドでありずっとイギリスのストリート・カルチャーとともに歩んでいる。
今回のミックスは当時の新しいビートを取り入れた曲や時代の雰囲気を映しだしたロックの名曲中心にミックスしてあります。みんなが夢を見ていた時代をこのミックスで感じてもらえたらと思います。」
YODA

01 mix for Cluster MADCHESTER by clstr

※ダウンロード版の配信は終了しました。

さぁさぁ、これで気分は完全にマンチェスター! ミックスを聴き終わってから読み始めるも良し、本ミックスをBGM代わりに読み進めるも良し、当時を知る人も知らない人も、どっぷりとその世界観に浸っていただきましょう。

Factory Recordsの誕生とイアン・カーティスの死

Joy Divisionのアルバム「Unknown Pleasures」

冒頭でも触れたとおり、この狂乱の時代のはじまりはマンチェスターのテレビ局「グラナダTV」にて音楽番組「So It Goes」の司会を務めていたトニー・ウィルソンという一人の男。彼が1978年に友人達と設立した音楽レーベルFactory Recordsは、後にU2のプロデュースなどを務めることとなるプロデューサー、マーティン・ハネット、近年、サッカー・イングランド代表のユニフォームや「Kate Moss for TOPSHOP」のロゴを手掛けたことでも知られるグラフィックデザイナー、ピーター・サヴィルといった若い才能を積極的に起用することにより、それまで誰も成し得なかったレーベルとしてのイメージ統一に成功し、じわじわとその知名度を向上させていきます。

そして数ある初期のFactory Records所属アーティストの中でも一際異彩を放っていたのがご存知、Joy Division。衝撃のファーストアルバム「Unknown Pleasures」のアートワークは現在でもTシャツ、パーカ、コートなど様々なファッションアイテムに採用されていますので、ファッション好きの方にも御馴染みではないでしょうか。イアン・カーティス、バーナード・アルブレヒト、ピーター・フック、スティーヴン・モリスの4名からなるこのバンドは、荒削りながらも芯のあるサウンドとイアン・カーティスの特徴的なバリトンボイス、陰鬱なリリック、狂気をはらんだパフォーマンスで瞬く間にシーンを席巻しました。しかし、通算2枚目にして奇しくもラストアルバムとなった「Closer」のレコーディングを終え、初のアメリカツアーを直前に控えた1980年5月18日、フロントマンであるイアン・カーティスは突如として自殺。
その理由には諸説ありますが、彼の死も含めて、Joy DivisionがFactory Recordsの業績向上に大きく貢献したことは紛れも無い事実でした。(晩年、ピーター・サヴィルはNME.COMのインタビューに対し、「最初にFactory Recordsにお金が入ってきたのは、イアン・カーティスの死後だった。」という旨の発言も行っています。)

HAÇIENDAの全盛期、そして『ギオゴイ』のスタート

当時HAÇIENDAでかかっていた曲を収録したコンピレーションアルバム「Hacienda Classics」

Joy Divisionという大きな柱を失ったFactory Recordsでしたが、残されたメンバーはNew Orderと名称を変更し、再始動。イアン・カーティスが自殺した際の心境を綴った“Blue Monday”をはじめ、以後世界的なヒットを次々と記録していきます。そしてこの“Blue Monday”のリリースの1年前となる1982年、トニー・ウィルソンとの共同経営という形で彼らがオープンしたのが伝説の“FAC51”、HAÇIENDAだったのです。

この大型クラブのオープン以後、時代はまさしく彼らのもの。同時期、Factory Recordsがベルギー、アメリカと海外への進出を果たしていたことも追い風となり、世界中の音楽ファンの目はマンチェスター、HAÇIENDAへと注がれます。その狂乱の中、The Fall、The Smiths、New Orderといった当時活躍していたバンドと親しくしていたのが、『ギオゴイ』の創設者であるアントニー・ドネリーとクリス・ドネリー。マッドチェスター全盛期のHAÇIENDAでムーブメントに便乗した大企業が利益を上げることを嘆いた彼らは、冒頭で触れたショーン・ライダーの言葉もあり、大企業に反抗するかのような率直、かつストレートなメッセージが込められたウェアを発信していきます。「これからはオーディエンスの時代だ」とまで言われたマッドチェスターのインディペンデンドなスピリットと、映画「24 Hour Party People」で描かれたような狂乱の世界の調和から生まれたブランド、それが『ギオゴイ』だったのです。

ちなみに、アントニー・ドネリーとクリス・ドネリーの両名は昨年30周年を迎えたイギリスの老舗ファッション&カルチャーマガジン「i-D」のインタビューの中でHAÇIENDAの全盛期について次のように語っています。

「あの時代の雰囲気を言葉にするのは難しい。あの当時のエネルギー、ミュージック、そしてスピリットは、統計的に言ったら落ちこぼれ間違いなしの自分のような人間にも、やりたい事や、なりたい自分になれると信じ込ませるような力があったのが革命的だった。HAÇIENDAでは同様な考えを持った人間が一杯集まっていて、皆楽しんでいた。本当に次の夜が待ち遠しくって仕方がなかった。あそこはたくさんのクリエーティブな若者の将来の為の、触媒的な存在だったんだ。」

時代の終焉とその意思を受け継いだ『ギオゴイ』の急成長

あのピート・ドハーティも『ギオゴイ』の愛用者。

長らく続いたFactory RecordsとHAÇIENDAの黄金時代も、シーンの中心であったThe Stone Rosesが5年以上にも渡る歳月をかけて送り出したセカンドアルバム「Second Coming」の不振を皮切りに急激に失速。シーンの衰退と共にFactory Recordsは、その極端にアーティストが有利な版権及び印税のシステム、莫大なアルバム制作費、ずさんな経営など諸所の理由から1992年倒産を余儀なくされます。

また、経営母体であったFactory Recordsを失いながらも営業を続けた“FAC 51”は、やはり慢性的な赤字が改善されることは無く、治安の悪化も重なったため、5年後の1997年に閉鎖。
こうしてその歴史に終止符を打った一連のマンチェスター・ムーヴメントでしたが、この儚くも輝かしいムーヴメントがOasis、Radiohead、Blurといったブリットポップ勢をはじめ、後続のミュージシャン達にどれほどの影響を与えたかという点については語るまでもありません。

エイミー・ワインハウスも『ギオゴイ』のアイテムを着用。

もちろんそれはムーヴメントの真っ只中で誕生した『ギオゴイ』も例外ではなく、ブランドスタートから21年以上が経過した2011年現在でもミュージック・シーンとの密接な関係は変わらずに、絶対的な地位を持つクラブウェア・ブランドとしてイギリスのトップミュージシャン、そして世界中の音楽ファンから熱い支持を受け続けています。

また、近年は従来の反抗的なアティテュードやダンスフロアからのインスピレーションに加えて、ロックシーンやソウルボーカリストにまでその支持の範囲を飛躍的に拡大。Deadmau5やIBIZAのメガ・パーティCREAMとのコラボレーションなど、現代のダンスフロアを象徴する面々のハートをがっちりとキャッチしながらも、Arctic Monkeys、Babyshamblesのヴォーカリストであるピート・ドハーティ、先日あまりにも若すぎる死を遂げたエイミー・ワインハウス、リリー・アレンまでをも魅了するその懐の広さはマスであり、同時にカッティングエッジなファッションの最前線に位置するという理想的な形を実現しています。

その証拠に『ギオゴイ』は、最もイギリスで急成長を遂げたブランドとして英国新企業急成長度ランキングの第2位に堂々とランクイン。他にもDraper’s Fashion Brand of the year、Fastrack 100、CoolBrandsなど数多くの賞レースで勝利を収め、現在はヨーロッパ各地にも販売網を拡大し、急速な成長を日夜続けているのです。

さて、ここまではテキストでマンチェスター・ムーヴメントの歴史とバックグラウンドを解説して参りましたが、そろそろこの『ギオゴイ』というブランドが一体どんなウェアを創り出しているのか、と気になってきた方も多いはず。

次のページでは『ギオゴイ』の2011年秋冬コレクションより、今すぐ購入できる、または近日入荷予定(先行お知らせ予約も可)の冬のアウター計5型を当Cluster編集部が厳選してご紹介させて頂きます。

次のページは『ギオゴイ』の新作アイテムの紹介です。