Photo:Atsushi Fujimoto | Text&Edit:Nobuyuki Shigetake
— おふたりは2歳からの幼馴染みとのことですが、illiomote結成の経緯から聞かせてもらえますか?
YOCO:まず何をもって結成か、ってところから話をしないとだよね。
MAIYA:「はい、結成します!」って始めたわけではないからね。illiomoteの結成ではないけど、一緒に活動をし始めたきっかけは高校の軽音楽部です。YOCOと一緒に同級生4人でバンドを組んでいて、演ってた曲はルーツレゲエっぽいような、カントリーっぽいような、でもハードロックも入っているし、みたいな……。
YOCO:結構、形容するのが難しい感じの音楽だったよね。ギターのサウンドはブルースっぽくて、でも歌やメロディはJ-POPっぽくて……ちょっと陰鬱な感じの音楽でしたね。
— 尖りを感じますね。
MAIYA:わたしもYOCOも、他のメンバーの子たちもその当時作っていた曲の雰囲気も暗かったんですよね。曲名とか歌詞とかも、ね(笑)。
YOCO:わー、しんどい(笑)。卒業文集を目の前で読まれてる気分……。でも、あえて渋い曲名とかをつけていた節はありますね。山下達郎の曲名、みたいな。
MAIYA:高校生のバンドの大会とかも結構出ていたんですけど、おじさんウケは良くて、高校生ウケは最悪だった(笑)。
YOCO:若い子ウケはめちゃくちゃ悪かったね。いわゆる世間で流行しているような楽曲を周りが演っている中で、わたしたちだけノリ方が分からない曲だったもんね。
— その頃から自分たちで作詞作曲してたんですね。
MAIYA:そうですね。自分たちが部活の中心になる高校2年生くらいの頃からオリジナルの曲を作り始めました。というのも、私たちが所属していた軽音楽部がすっごくルーズで、あまり整った部活ではなかったから、バンドマンらしい活動をちゃんとするところから始めたんです。私が部長でYOCOが副部長だったんですけど、大変だったよね。
YOCO:ほんっとに大変でした。曲を作って演奏の練習をしながら、部室を綺麗にして、ぐちゃぐちゃになった機材を使えるやつと使えないやつとで分けて、足りない機材は新しく買い揃えて。先輩たちからも部費めっちゃ貰ってたよね(笑)。
MAIYA:「今月の部費、滞納してますよ」とか強気で言って。ほとんど闇金でした(笑)。
YOCO:部費を払ってない先輩の教室まで取り立てに行って「いるの分かってるんですよー」とか言って。でも結果として、後輩たちの代で軽音の全国大会に出たりもして、熱心な部活に生まれ変わったみたいです。ただ、それも一時的なもので今はもう普通の軽音楽部に戻っているみたいですけどね。
— なるほど。では、4人組のバンドから今の2人組の体制になったきっかけは?
YOCO:いたって自然な流れではあるんですけど、進学などをきっかけにメンバーがバンドを卒業してしまい、気が付いたら2人きりになってしまっていたんです。そこから徐々に迷走が始まるんですけど(笑)、周りの人たちには「音楽を続けるにしても、これからどうするの?」って聞かれて、プレッシャーを感じたりもして。
— 迷走というのは?
MAIYA:まず、2人になってからはアコースティックとエレキのギター2本のデュオとして活動してたんだよね。
YOCO:そうそう。眠くなりそうな、退屈な感じの音楽をやってました(笑)。
MAIYA:ゆったり聞こえるけど、やってる側は超バタバタで全然退屈じゃないんだよね(笑)。
YOCO:一時的にはその体制で活動をして、ライブもやっていたんですけど、ふとした時に自分たちの音楽に”騒ぎ足りなさ”を感じてしまったんです。それはバンドで盛り上がる楽しさを知ってしまっていたから当然と言えば当然なのですが。でも、メンバーを追加するのはヴァイブス的に違うかなって。
MAIYA:そうなんだよね。そんな感じで迷走しながらも活動をしていたんですけど、わたしが去年の1月にパソコンを買い、ライブにもサンプラーを導入して、曲作りの際にも頭の中の音楽を形にできるようになってきて、いまの体制に至るって感じですね。あとは、好んで聴く音楽が高校生の頃から徐々に変わっていったから、それもあると思います。
— おふたりとも音楽をやり始めたのは高校生の頃からですか?
YOCO:ちゃんと本腰を入れてやり始めたのは高校生の頃からですね。わたしはピアノを、MAIYAは琴をやっていたことはありますが、全然じっとしてられなくて(笑)。複数人で曲をやり始めたのは高校生からで、初めてギターを触ったのは、お互い中学生の頃ですね。
MAIYA:その頃ってAvril Lavigne(アブリル・ラヴィーン)とかアニメの『けいおん!』とか、ちょっとしたバンドブームだったんです。家には父親のギターもあったりしたから、音楽を好きになるのはわりとスムーズで。中学生の頃からハードロックが好きでしたし、「ガンズ(Guns N’ Roses)みたいになりたーい!」とか言ってましたね。
— 周りの子たちと話が合わなさそうですね。
MAIYA:基本的には合わないんですけど、たまにGREEN DAY(グリーンデイ)を好きな子がいたりして。ギターの話とかは一緒にしてましたよ。でも、そういう子たちはいまスケートをして、ヒップホップをやってるんですけどね。
YOCO:パワーコード捨てたんか? って感じだよね(笑)。
— ははは。2人が共通して好きなミュージシャンっているんですか?
MAIYA:共通して「これがめっちゃ好き!」みたいなのってあるっけ?
YOCO:いやー、1個に絞れないくらい魅力的なものが周りにありすぎからなぁ……。でも、2人でライブに行ったことがあるのは、Maroon 5(マルーン5)とJohn Mayer(ジョン・メイヤー)。John Mayerのライブは会場に”ギター変態おじさん”がいっぱいいて(笑)、掛け声とかすごいんですよね。後ろにいたおじさんとか、わたしたちにちょっと絡んでこようとしてる気配を背中越しに感じて、恐怖でした(笑)。
— 実際、海外のポップスからの影響や、それこそJohn Mayerのようなブルージーな要素が背景にあることもilliomoteのサウンドからは感じ取れますが、自分たちの音楽をひとことで言うとすれば?
MAIYA:わたしたちはいつも”HAPPY POP”って言ってます。
YOCO:うん、”HAPPY POP”だよね。
— かなり直球な言葉だと思うんですけど、どういった意味が込められているんですか?
YOCO:音楽というよりは生き方、教典って感じです。わたしは自分のことが嫌いなんですけど、”HAPPY POP”は自分の心の負の感情も、他人の心の負の感情も否定しないスタンス、ですね。「塞ぎ込んじゃってもいいんじゃない? それが自分なんだし」って思います。
— 思いのほか、深い回答が返ってきて少し驚いています。
MAIYA:”HAPPY POP”のスタンスでいれば、結構気が楽になりますよ。何があっても死ぬことはないなって。楽観的でいられます。
YOCO:自由に解釈してもらっていいし、みんなに自分なりの”HAPPY POP”を見つけてもらえればいいな、と思いますね。ぜひ、使ってください!
— はい。では、音楽の話に戻りますが、トラックメイキングはMAIYAさんが担当されているとのことで。プロセスを聞かせてもらえますか?
MAIYA:大半の楽曲はリズムパターンから作っています。打ち込みで作ったビートにベースを乗せて、シンセリフなどのウワモノを乗っける、って感じなんですけど、ギターのリフは一番最後と決めています。自然とこうなったというだけで、何かの理論に基づいているわけではないんですけど、ギターリフを最後に入れることで音の隙間を補ったり、全体のバランスを調整しながら曲作りができるんですよね。ギターって、良くも悪くもうるさい楽器なので、ボーカルや他の楽器を邪魔しないように配置することを心がけています。
— なるほど。
MAIYA:あとはYOCOから歌メロのアイディアをもらってそこから広げていく、というやり方もしていて、半々って感じですね。
— YOCOさんのボーカルアプローチも多彩で面白いですよね。唾奇”Soda Water”の客演では、illiomoteとは異なる艶っぽさがあったりもして。その辺りについて意識していることは?
YOCO:もちろん、曲調によってアプローチは変えるべきだと思いますし、illiomoteで歌う際にはilliomoteのサウンドに合う歌い方をしているつもりです。わたしとしては、もっといろんな表現をしてみたいし、いろんな一面を見せていけたらとは思っていますね。
— ちなみに、歌詞はYOCOさんが書いているんだとか。
YOCO:そうです。ただ、MAIYAが作曲のプロセスで浮かんだキャッチーなフレーズをもらって、そこから広げていくというやり方をすることもあります。
— 合間に入るスキャットというか、言葉じゃない”音”を散りばめる感じが絶妙だな、と感じていました。
YOCO:そこのバランスはとても大切にしています。言葉も音も、わたしの中ではどっちも大事。メロディを重視しすぎて、よくある言葉を並べて差し障りないことを歌うのは面白みがないと感じてしまうんですよね。
MAIYA:薄くなっちゃうのは避けたいよね。
YOCO:そう、中身のないものは作りたくないし、薄い歌詞を乗せるくらいなら、音だけの方がマシだなって思います。とはいえそれは理想の話で、私たちはわりとマイペースに制作をしている方なので、いまはたくさんある日本語から耳馴染みの良いフレーズを使いつつ、言葉の面白さを研究して、他の言語と組み合わせたりもしてみて、というように実験的にやっています。
— ところで、本日のインタビューは日暮里で行ってますが、出身は池袋ですよね? 日暮里には何か思い入れがあるとか?
MAIYA:通っていた高校の最寄駅が日暮里駅だったんです。駅前のマクドナルドとかガストはしょっちゅう行ってました。なので、通学路って感じで結構、懐かしいです。YOCOは3年間で、私は4年間通ってたので(笑)。
YOCO:留年した話、毎回本当に嬉しそうに話すよね(笑)。全然誇れないよ。「4年間めっちゃ楽しんだ! 最高!」って感じだったらいいけど、休み時間はヘッドホンして静かにしてる、みたいな感じだったじゃん。
— ははは。おふたりのお話を聞いていると、本当に楽しい学生生活だったんだな、と感じます。
MAIYA:いろんな子がいて、楽しかったよね。
YOCO:わたしたちが入学した時には短ラン、制服に革ジャン、クロックスにルーズソックスみたいな文化がまだ残っていたし、本当、いろんな子がいた。
MAIYA:そういうのもわたしたちの頃が最後だったみたいだよ。
— 漫画のような世界観ですね。では、お2人にとって日暮里はどんな街ですか?
YOCO:なんか駅前にいつも同じ男の人いるよね?!
MAIYA:2年ぶりくらいに日暮里来たけど、今日もいたよ! 多分、スカウトの人なんだと思うけど……。
YOCO:地球は広いようで狭いね……。
— いま、その広いようで狭い地球にilliomoteが徐々に広がっていってるところだと思いますが、これからの展望を聞かせてください。
MAIYA:いつも、実感が無いんですよね。先日まで渋谷の街頭ビジョンでilliomoteの映像が流れていたんですけど、それもビジョンって聞いて、最初はクラブのVISIONで流れるのかと勘違いしていました(笑)。
YOCO:ちゃんと話を聞きなよ(笑)。でも確かにまだ、自分たちのことを客観視はできていないですね。もちろん、illiomoteを知っている人が増えるのは嬉しいし、大切なことだと思うけど、有名になることだけが全てではないと思っています。それよりもっとアーティストとして良い曲をたくさん作って、リスナーやファンの方々に見守ってもらいながらやっていきたいですね。
MAIYA:まだまだ成長段階なので!
— それではilliomoteの今後に期待しつつ、最後にこれからの活動についてお聞かせください。
MAIYA:10月16日(金)の『P.O.N.D. OPENING PARTY』と、先日渋谷のO-nestで開催した自主イベント『illiomote HOME PARTY 2020』の模様を中心にお届けする初のオンラインイベントを10月末に開催しようかと。詳細は近日中に発表出来たらと思っているので待っていてね! あとは、ラッパーのBohdi(ボーディ)とのコラボレーション楽曲も準備中なので楽しみにしておいて欲しいです。
YOCO:illiomoteらしい超ハッピーな曲になっているので、是非聴いてもらいたいですね。
開催期間:2020年10月16日(金)
開催場所:ComMunE+ROOFTOP PARK
東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷PARCO 10F
http://pond.parco.jp/
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