クリヱヰター百鬼夜行 Vol.3 映画監督・岩切一空が語るオカルト、ジュブナイル、魯肉飯

by Nobuyuki Shigetake and Mastered編集部

群雄割拠の1億総クリエイター時代に於いて、一際異彩を放つクリエイターを紹介する『クリヱヰター百鬼夜行』。第3回に登場するのは、映画監督の岩切一空。
2015年にドロップした『花に嵐』では、第58回日本映画監督協会新人賞を受賞。翌年に発表した『聖なるもの』ではMOOSIC LAB 2017にてグランプリを獲得。デビューして間もない岩切はシネフィルのみが知る孤高の存在であったが、近年では現在上映中の斎藤工監督作品『COMPLY+-ANCE』のパート監督に抜擢されるなど、オーバーグラウンドとアンダーグラウンドを行き来した活動が巷間で話題を集めている。
そんな、若干28歳の岩切一空の広すぎる宇宙は一体どのようにして創成されたのだろうか? 梅雨明けの下北沢にて敢行したインタビューを通じて、その銀河系のひとつに触れていただきたい。

Photo:Atsushi Fujimoto | Text&Edit:Nobuyuki Shigetake

「僕が撮っているのは”映画の映画”なんです」

岩切一空
映画監督。1992年生まれ、東京都世田谷区出身。早稲田大学に入学し、大学公認映画サークル『稲門シナリオ研究会』に所属、初めて映像制作に触れる。2012年、『ISOLATION』にて第25回早稲田映画まつりグランプリを受賞。大学卒業後、ENBUゼミナールに入学、池田千尋監督に師事する。『花に嵐』で2017年度(第58回)日本映画監督協会新人賞受賞。2020年、斎藤工監督作品『COMPLY+-ANCE』にパート監督として参加。好きな食べ物は寿司、焼肉。趣味は麻雀。

— 近頃はどのようにお過ごしですか?

岩切一空(以下、岩切):こんな状況なのであまり身動きはとれていないですが、自宅で話を考えたり、映画を観たり。でも、そもそも僕はフリーの映画監督の中でも結構暇な方なので、コロナ以前、以降とであまり変わってないかもしれないです。

— 現場系の人たちは持て余している人も多そうな印象です。では、現行で動いているのは『COMPLY+-ANCE』のみ、ですか。次は川越のスカラ座で上映されるみたいですね。

岩切:あ、そうなんですか? あまり把握できてないんですけど……。

— なるほど。では、『COMPLY+-ANCE』のパート監督を務めることになったきっかけは?

岩切:ある朝に起きたら、斎藤さんから「『花に嵐』を見ました。すごく良かったです」とFacebookでメッセージが来ていて。まさかあの斎藤工からメッセージが来るとは思わないので、「夢か……」と二度寝をしたんですけど(笑)、起きたら(そのメッセージが)あったんで、「あ、現実か」と。すごく驚きましたね。そこから、斎藤さんご自身がこういった企画を抱えているから、パート監督をしてくれないか、と誘って頂いた感じです。

映画『COMPLY+-ANCE』
俳優、フィルムメーカー、モノクロ写真家としてマルチに活動する斎藤工が自身の名義で、企画・原案・撮影・脚本・総監督ほかを務めた、放送業界・映画界のタブーにあえて切り込む圧倒的な濃度の”体験型映画”。岩切一空、飯塚貴士がパート監督で参加。華村あすか、平子祐希(アルコ&ピース)、大水洋介(ラバーガール)らが出演。

— 本作は昨今の放送業界・映画界に対して過剰なまでに渦巻いている”コンプライアンス”を表現する3つのショートストーリーから成る作品ですが、岩切さんは”コンプライアンス”をどのように捉え、表現したんですか?

岩切:ストーリーは実話をベースにしていて、大学時代の話なんですけど……。

— え?! 実話なんですか?

岩切:はい。大学生の頃、映画サークルに入っていて、新歓時期にPRのためにショートムービーを作るんですよ。それに出演していた女の子にまつわる話ですね。作ったものをYouTubeにアップしていたら、主演の女の子の親御さんがたまたまご覧になったみたいで、あれこれ言われてしまって。「何これ?」と。「削除してもらえますか?」みたいな。現場ではその子も楽しんで作っていたはずなんですけどね。結末こそ違いますが、大まかな話の流れは同じ。その子はこの一件がきっかけでサークルをやめちゃったんですけど、先輩の彼女だったし、まあ別にいいかな、と。

— モラルとしての”コンプライアンス”とは異なる表現でしたが、観賞後に「たしかにこれはあかんわ……」と驚いてしまいました。ちなみに、作中の描写ともリンクしますが、映像を撮っている中で”ヤバいもの”が映っちゃったことってありますか?

岩切:それはオカルト系、ということですか?

— はい。「これはちょっと世に出せないぞ……」ってやつです。

岩切:僕自身は残念ながら無いんですけど、人から聞いた、気持ち悪い映像の話なら。

— お願いします。

岩切:『聖なるもの』の特撮シーンの美術を担当してくれた人がうっすら霊感があるんですけど、その人が昔、大阪でアパートを借りていたんですよ。あるとき、掃除をしていたら押入れの奥の方から見覚えのないビデオテープが出てきて、試しに再生してみたら、成人式だかのパーティを撮影した映像が収録されていたみたいなんですけど、最後にパッと、校舎を引きで撮った定点の映像に切り替わって、「え?」と思って、気持ち悪いじゃないですか。手前には校庭があって、その向こうには古びた校舎。なんだよこれ、と思って見てたら、あることに気がついた。遠ーくの方に髪が長い女の子が映ってて、こっちを見てる。

— えっ。

岩切:映像はそこで終わっていたらしいんですけど、そんなビデオテープ、気持ち悪いから当然捨てるじゃないですか。で、何年か後にその人が東京に引っ越すんですけど、しばらく経って、また部屋の掃除をしていたら、捨てたはずのビデオテープが収納の奥から出てきたらしいんですよ。……まあ気持ち悪いけど、見ちゃうんですよね。再生すると前と同じで成人式の映像が流れ始めて「はいはい、そうだったね」と思いつつ見てたら、またパッと、引きの校舎の映像に切り替わって同じように女の子が映っていたんですよ。ただ、遠くにいたはずのその女の子が、明らかにカメラに近づいていたらしいんですよね……。

— ……!!!? 夏にぴったりな話、ありがとうございます……。

岩切:しかもその女の子が、南さん(※編集部注 南美櫻。『聖なるもの』のヒロイン。)にそっくりだったとか。

— この辺にしておきましょう。脱線させた話を戻しますが、話を考えるときは、実話をベースにすることが多いと。

岩切:そうですね。ノンフィクションは作りませんが、実話から膨らませることは多いです。先日公開した『第七銀河交流』も、知り合い伝いに聞いた実話がベースになっています。

— 『第七銀河交流』は、映画監督の二宮健を中心とした上映イベント『SHINPA』のサテライトシリーズとして在宅で制作された作品でしたね。作中でヤバい人を演じている岩切さんが途中から”マジな人”に見えてきて、なかなか怖かったです。ところで、岩切さんが作中で仰っていた「コロナ以降の作品作りがめんどくさい。価値観や認識が変わるから」というセリフが妙に印象に残っていて、本心だろうな、と思いましたし、モノづくりをしている人はなかなか避けることができない問題なんだろうな、と感じました。

岩切:もちろん本音で言っている部分もありますよ。もう、こうなってしまった以上はどう撮っても見ている人が勝手にコロナを見出すじゃないですか。たとえばキスシーンや濡れ場、群衆のシーン。もう、”蜜”だとか”濃厚接触”だとか、悪しきものとして脳に刷り込まれているんですよ。でもそれは活かすことも殺すこともできるし、あくまで脚本は気にせずに書こうとは思っているけど、これまでと意味合いが変わることがたくさんあるんだろな、とは思いますね。あとは単純に、現場で気を使うことが増えてめんどくさいなって。

— コロナ以前、以降では、同じ作品でも見え方が変わってきますよね。ちなみに『第七銀河交流』は、1986年にクローネンバーグが作った『ザ・フライ』から着想を得たんだとか。

岩切:そうですね。あれも在宅映画みたいなものですから。『ザ・フライ』は海外の映画だと、初めて映画を意識した作品かもしれませんね。

— 日本の映画だと?

岩切:圧倒的にジブリですね。『千と千尋の神隠し』からは多大な影響を受けています。シンプルに言うと”行って、帰ってくる”映画なんですよね。加えて、作中の千尋は思春期に入ったばかりの小学生という、曖昧な年齢設定。自分が映画でやりたいことのすべてが入っていますね。

— 『千と千尋の神隠し』をはじめとするジブリ映画全般は表層的にはジュブナイルがテーマになっていて、岩切さんの作品の根底にもやはりジュブナイルがあるのかな、と思っていました。さらに、作品内に共通している画面内やストーリーの緊張感はホラー映画を彷彿とさせるものがあって、下地になっていることは明白ですが、ホラーもお好きなんですよね?

岩切:要素として入れるのは好きですよ。ただ、いわゆる”Jホラー”は層が分厚すぎるので、そこで戦うつもりはないですね。『学校の階段』くらいの”微ホラー”感が終始漂っているのが理想です。

— POV視点のフェイクドキュメンタリー形式を用いているのもここに繋がっているのかな、と。

岩切:それはまた別で、型落ちした家庭用ハンディカムで撮ったざらっとした質感や一人称目線の絵が単純に好きなんです。僕は腰を据えて劇映画を作ろうとすると好きなものを全部入れたくなってしまう傾向があって、絵の見せ方もそうだし、話も、キャスティングも。

— 複数の話が並行して進んでいくのも、さまざまなフォーマットが使われているのも、そういった考えのもとに作っているから、ということですね。

岩切:そうですね。そうすると結果的にごちゃごちゃになっていく。映画業界の先輩には「お前の映画ってヴィレヴァンとかドンキみたいだよな」って言われたこともあって、「何言ってんだこいつ」って思いましたけど、正直、否定できない部分もありました。上質じゃないってことじゃんって思って、若干コンプレックスになっていますね。

— ヴィレヴァンもドンキも楽しいんですけどね。では、ネタ帳などに書き留めてアイディアを貯蓄することはしないんですね。

岩切:「今度やろう」と思ってネタを残しておくことはほとんどないです。ネタ帳も持ってません。また撮れる保証なんて、どこにもないですからね。

— もう一点特色として、どの作品もご自身が出演されていますよね。

岩切:それは単純に、フェイク(ドキュメンタリー)の手法で撮る場合に役者にカメラを渡すより、自分が撮った方が楽なんですよ。なので、手抜きというか、合理的というか……。

— ある意味、ご自身も役者ってことになるわけですが、岩切さんは画面に映ったときの画力(えぢから)が強いですよね。

岩切:それは単純に画面を占める”肉体の割合”が大きいからじゃないですかね。極力、エロゲの主人公のような”色が無い人”になろうとするんですけど、絵の中で自分が一番太っていることがほとんどなので、意図していないところで若干目立っちゃうんですよね。

— たしかに存在感のある体格です。ちなみに、好きな食べ物は?

岩切:焼肉と寿司、ですかね。基本、米が好きです。

— 最近食べて美味しかったものは?

岩切:深夜の麻雀中にUber EATSで注文した魯肉飯ですね。歌舞伎町なんですけど、なんてお店だったかな……。

— では、それぞれの作品の話を聞いていきたいのですが、まず『花に嵐』から。制作時のエピソードがあれば何かお聞かせください。

岩切:これが、スムーズに進みすぎて、エピソードらしいものが本当に何も無いんですよね(笑)。でも、撮り終わってから1年くらいは編集が手付かずで、なかなか完成しませんでした。

— あたためていた、ということですか?

岩切:いえ、サボっていただけです。『花に嵐』は、僕がちょうど大学を卒業したばかりのときに作った作品なんですけど、親に勘当されて家を追い出された頃だったので、かなり焦っていたのを覚えています。「何かやらないと。でも仕事はしたくない。じゃあ映画だ」と。思い入れはありますね。

映画『花に嵐』
大学入学後、誘われるがまま映画サークルに入った”僕”は、部室に置いてあったカメラを借りて映像日記を撮り始める。新しい環境の中、行く先々で”僕”の前に必ず現れる1人の女の子。新入生? 上級生? なんとなく気になってしまう彼女に、”僕”は未完に終わった映画の続きを撮ってほしいと頼まれる。新しい環境で次々と出会う女性に振り回される、巻き込まれ型主人公。擬似ドキュメンタリーのような体裁をとりながらカメラを回し続ける”僕”は、次第にまだ存在しないフィクションの一部になっていく。
現在、DOKUSO映画館で期間限定で無料配信中(8月末まで)。

— 『花に嵐』の続編『聖なるもの』ですが、こちらもスムーズに?

岩切:いえ、これが逆で、かなり大変でした。そもそも脚本が全然できず、半年くらい悪戦苦闘していたんですよね。あの頃は自主映画だったというのもあり、ヒロインの小川紗良さんをはじめ、キャスト、スタッフのほとんどを知り合いで固めていたので、どんどんワガママが出てしまい、撮影も半年くらい延々とやってました。予算管理とかもぐちゃぐちゃでしたね。でも、時間もあるしお金は用意しようと思えば用意できるからってどんどん引き延ばして。ただ、小川さんにはかなり強いるものが多く、徐々に現場が険悪なムードになっていくのを感じていました。そのせいか、図らずとも、映画の中の空気感と現実の空気感がリンクしていって、映画の中にもなんとも言えない不穏な空気が……。

映画『聖なるもの』
大学3年生の岩切(岩切一空)は映画研究会に所属しているが、まだ作品を撮れていない。橘先輩(縣豪紀)の新作に出演する主演女優を探していたある日、彼は新歓合宿で舞先輩(半田美樹)から、4年に1度謎の美少女が出現するという話を聞く。彼女を目にした者は突然映画を撮りたくなり、同時にその作品は成功を約束されるといわれており……。
現在、U-NEXTで配信中。

— 超長文の説教LINEのシーンとか、怖すぎてゾッとしました。

岩切:あれが現実になる一歩手前でした。

— 出演されている女優さん、みなさんイノセントな雰囲気ですよね。

岩切:みんないわゆる”スピ系(編集部注 ”スピリチュアル系”の略。)”なんですよね。撮影の合間に彼女たちが集まって何かを話していたので「何の話してるのー?」って何の気なしに聞いたら、「宇宙の話をしてる」って言うんですよ。スマホで宇宙の動画を見ながら。その時は心底「この映画、大丈夫なのかな?」って思いましたね。

— (笑)。いい現場ですね。岩切さんもスピ系だから馬が合う、とか?

岩切:自分自身はスピ系ではないと思っていますが、決してロジカルなタイプでもないですね。キャスティングの際にもフィーリングで決めがちというか、雰囲気で伝わらない相手に理屈で話しても決して伝わることはないので、感覚で分かり合える人をキャスティングしがちかもしれないです。居酒屋でその時初めて会って話しただけで、「この人にお願いしよう」って決めちゃうこともあります。

— ちなみに、岩切さんの撮影クルーはいつも固定なんですか?

岩切:いえ、僕は人望がないので、いわゆる”岩切組”ができないんです。SNSでどこかの組が和気藹々と撮影しているのとかを見ると、うらやましいと思うと同時に、「へぇ。なんか、映画っぽいじゃん」って思ってます(笑)。カメラも自分で回すことが多いので、カメラマンさんとの付き合いも無いし……。

— カメラもご自分で回されているんですね。

岩切:はい。基本はiPhone、SONYの『XA-30』、時々一眼レフやGo Pro、シネマカメラっぽいものを使ったりもします。ただ、『COMPLY+-ANCE』に関しては、最近だと米津玄師さんの”感電”のMVを撮った川上智之さんにカメラをやっていただきました。なので、お洒落な仕上がりになっていますね。

— 岩切さんの作品の中で必ずと言っていいほど出てくる添い寝をしているシーンはiPhoneで撮っているのかな、と思っていました。

岩切:あれはiPhoneです。あのシーンは必ず入れたくて、いつもどうやって入れるかを考えながら脚本を作ってますね。

— 映画というと大きいカメラを使って綺麗な映像で撮る、というイメージがあるから、岩切さんのやり方は何となく映画の文化に背いているというか、アンチテーゼのようなものを感じます。

岩切:結果としてそうなる、という感じですね。僕が撮っているのは”映画の映画”だから、いわゆる伝統的な映画のフォーマットとは異なっていて、カメラもさまざまなものを使うし、ストーリーにしても現場あるあるというか、現場で起きやすいミスや現場に発生しがちな嫌な空気をあえて描いているので、アンチテーゼのように見えてくるのかもしれません。

— ひと通り作品を拝見して、映画”だけ”が好きな人ではない、という印象を抱きました。

岩切:その通りで、元々は漫画をやりたいと思っていました。大学生になり、漫研に入ろうと思っていたけど、絵が描けないことにその時初めて気が付いたんですよね。なので諦めて、面白そうな先輩たちがたくさんいた映画サークルにした、という感じです。

— 漫画だとどのあたりが好きなんですか?

岩切:古屋兎丸とか好きですよ。でも特に好きなのは諸星大二郎。『マッドメン』とか『暗黒神話』とか。こういうのを映画で撮りたいなと、見るたびに思いますね(笑)。でも、日本では厳しいよなぁ……。

— 今後は原作モノも撮ってみたい、と。

岩切:もちろんです。どうやら僕は”フェイク(ドキュメンタリー)の人”と思われているみたいで、そういった案件は全然来ないのですが、ドラマでもMVでも、お話を頂ければ全然やってみたいですね。