Vol.92 nutsman – 人気DJのMIX音源を毎月配信!『Mastered Mix Archives』

by Yu Onoda and Keita Miki

MasteredがレコメンドするDJのインタビューとエクスクルーシヴ・ミックスを紹介する『Mastered Mix Archives』。今回ご紹介するのは、変幻自在のオールミックスなプレイが高く評価され、関東、関西、東海を中心に全国各地からブッキングが舞い込んでいる岐阜在住のDJ、nutsman。
20代のDJ、nutsmanは、2017年のRed Bull Music Festivalにおいて、Seihoとokadadaが未来有望な才能を紹介するショーケースイベント『AT THE CORNER』に出演したことで、一躍脚光を浴びた存在だ。ある時はドープなテクノ、ハウス、またある時は最新のヒップホップ、ベースミュージック、はたまた、レゲエや生音セットなど、オファーを受けたパーティに応じて、そのプレイを自在に変化させ、フロアに期待以上のものを常にもたらしてきた彼の評判は拠点である岐阜を中心とした東海圏から全国区へと広がりある。2018年7月にFree Babyronia主宰のレーベル、AUN muteから”アマゴの一生”をテーマにしたミックスCD『amago』をリリース。そのテーマのユニークさもさることながら、ニューエイジ、ドローン、アンビエント、ジャズ、ポップスなど、ジャンルにとらわれず表現したムードや時間の流れは何度も聴き返したくなる不思議な魅力に満ちている。
その不思議な魅力はどのように育まれたのか。nutsmanの音楽遍歴や音楽観、活動のスタンスなどをうかがうべく、名古屋から電車で30分弱の距離にある彼の拠点、岐阜での取材、撮影を敢行。大都会、名古屋から1時間足らずで金華山と日本の名水百選に選ばれた長良川に囲まれた自然豊かな街を巡りつつ、インタビューを行うと共に、DJミックスの制作を依頼。彼の個性が色濃く投影されたオールミックスのセレクション、ミックスを通じて、新たな才能が生み出すひとときをお楽しみください。

Photo:Tomoya Miura | Mastering (DJ Mix):takanome(JET CITY PEOPLE / STUDIO NEST) | Interview&Text : Yu Onoda | Edit:Keita Miki | Special Thanks:opus

※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)

「今は都会が羨ましいとは全く思わないです。むしろ、岐阜に住んでいることが自分のDJにおけるアイデンティティになっているというか。(nutsman)」

— nutsmanが6月にFree Babyroniaのレーベル、AUN MuteからリリースしたミックスCDは、アマゴという渓流魚の一生をテーマにした『amago』という作品でした。例えば、”日曜午後のジャズ”とか”パーティ明けのチルアウト”とか、そういうテーマだったら、なるほどと思うんですけど、魚の一生がテーマというのは訳が分からない。

nutsman:ははは。そもそも、アマゴを知ってる人、見たことがある人のほうが少ないのに、そのアマゴの一生がテーマですからね。前に出したミックスCDが『長良川のスケッチ』というタイトルでしたし、DJは他人の曲を使うのが前提だったりするので、尚更自分のアイデンティティを投影したり、テーマを設けたほうが良いと思っています。特に幼少から親しんできた山や川、その他の原風景からイメージをして。ちなみに岐阜県は渓流魚の宝庫で、イワナ、ヤマメ、アマゴ、ニジマス……と考えるうちに、うーん、今回はアマゴで行こう! と思い立ちました。

nutsman 『amago』
飛騨高山出身にして岐阜在住のDJ、nutsmanがテーマである「アマゴの一生」に象徴される自然の原風景に自身のルーツを見出し、セレクト、ミックスした楽曲によって、その記憶や心象を描き出した新感覚のミックスCD。

— 何故、アマゴだったんですか?

nutsman:僕は、岐阜県の飛騨地方にある宮村という人口が2000人くらいしかいない山間の村(2005年に高山市に合併)で生まれ育っていて、物心ついた時から遊ぶとなったら自然が相手でした。子供の頃から釣りもしていて、特にアマゴは魚体も綺麗で、漢字で書くと”天魚”と書くのもいいなと。それでアマゴの一生をイメージしながら、自分の持っているライブラリーから選曲、構成を練っていきました。アンビエント的な前半から少しづつ有機的な音になっていく。そんな内容になっています。

— ミックスCDのフリーフォームな選曲しかり、nutsmanの音楽性は、アンビエントやハウス、テクノ、ヒップホップにベースミュージック、ジャズやソウル、レゲエまで、本当に幅が広いですよね。

nutsman:僕は学生時代、岐阜市内にあったB’s Cafeという小箱のクラブでバイトをしていたんですけど、そこは金曜日がヒップホップ、土曜日がハウス、テクノのパーティ、翌週の金曜日がレゲエ、土曜日がオールミックス、さらに平日も盛んにイベントをやっていました。例えば、『amago』をリリースしてくれた(レーベル、AUN Mute主宰の)ユッキーさん(Free Babyronia)に加えて、Ramzaくん、やんもくん(Campanella)らがやっていたグループ、PSYCHEDELIC ORCHESTRAがライブしに来てくれたりとか。

Campanella 『PEASTA』
nutsmanがB’s Cafe勤務時に衝撃を受けたという名古屋のヒップホップグループ、PSYCHEDELIC ORCHESTRAのメンバーであったラッパーのCampanella、ビートメイカーのRamza、Free Babyroniaが作り上げた2016年の傑作アルバム。

— Campanellaがソロ以前に活動していたグループですよね。

nutsman:当時の自分はヒップホップのイベントに参加して、ヒップホップやブレイクビーツをかけたりもしていたんですが、所謂日本語ラップには疎くて。Boards Of CanadaのThe Campfire Headphaseとかにハマってました。だけど初めてPSYCHEDELIC ORCHESTRAのライブを観た時の衝撃は今でも覚えています。確かRamza、Free Babyroniaの2人がDJブースでSP404を操っていて、Campanellaを含めた3人のラッパーがライブするという形態でした。エレクトロニカやオルタナティブロックに影響を受けた音楽性が衝撃的でしたし、何よりも皆すごくお洒落でした。今もMdMを中心にお世話になっているpinさん(Risa Ogawa)がアートワーク担当としてメンバーにいたのも当時は斬新で、僕にとってさらに音楽を熱心に聴く入り口になったり。店員として色んな音楽を吸収するだけでなく、パーティの作り方や空気の読み方が自然と勉強出来たということもあります。岐阜は狭い街なので、ジャンルを超えて、みんな仲が良くて、そういう日常の交流が自分の基礎になっているんです。

— ジャンル問わず、様々な音楽をプレイするnutsmanの音楽性の軸になっているのは?

nutsman:音楽は10代からジャンルを問わず聴いていたので、どんなジャンルが自分の軸になっているのか、はっきり言葉にするのは難しいんですけど、高山市に住んでた高校生の頃がレゲエ・ブーム全盛期で、初めて人前でレコードをかけたのはレゲエのパーティでした。で、地元高山を離れて岐阜市近辺の大学に進学してからも、最初は地元の先輩の紹介で岐阜市のクルーに加えてもらったんですが、色々とありまして、一度はDJを辞めようと思って、ターンテーブルを売っちゃったんですよ。でも、音楽は変わらずに好きだったので、ターンテーブルを1台だけ買い直して、レコードを買ったり、CDを買ったりしていました。そんな時、雑誌『GROOVE』に今取材を受けているカフェ兼レコードショップ”OPUS”が地方の名店として載っていて。しかも、ホームページを開いてみたら週末に入場料無料のイベントをやっているということだったので、1人で遊びに行ったんです。

— 取材場所として、このお店に連れてきてくれたのは、OPUSがnutsmanにとって大切な場所だったからなんですね。

nutsman:そうなんです。イベントで初めて行った時、その場の空気は「知らない若い子がいきなり入ってきた!」って感じでザワザワしていたんですけど、オーナーの佐藤さんがよくしてくれて、「今度、『ORANGE』っていうパーティにクボタタケシっていう君が好きそうなDJが来るから遊びに行ってみたら?」って言われて。それで遊びに行ったのが、後にアルバイトすることになるB’s Cafeだったんです。かなり久しぶりのクラブだったので張り切って行ったのを覚えているんですが、そこでクボタさんのプレイを聴いたら、あまりの衝撃に自分のDJ観が変わってしまって。さらにはそこで働くようになって、岐阜周辺で活動しているヒップホップクルー、DJの諸先輩方、バンドマン、色々な人と出会って、また、DJをやるようになりました。まぁ、でも、当時を振り返ると、最初はクボタさんや先輩DJの真似みたいなことを延々とやっていて、それはそれはヒドいものでしたね(笑)。

— へぇー。ということは、nutsmanのオールミックスなDJは、クボタさんの影響も少なくないんですね。

nutsman:そうですね。それ以前のDJ経験(体験)は、レゲエの厳しい世界と、中学から高校の時に音楽好きの先輩に連れていってもらった、地元のレイヴやギャングスタラップのイベントくらいだったので。

— 中学生でレイヴに行ってたら、経験としては十分すぎると思いますけどね。

nutsman:高山はそれこそ山に囲まれているので、当時はレイヴが多く開催されていて、行ってはみたものの、サイケやトランス、テクノやハウスは良さが分からなかったんです。で、4つ打ちはDJを始めてからも良さが理解出来ないまましばらく経っていました。けど、ある日B’s Cafeで働いている時にDJ WADA(Co-Fusion)さんがゲストで来て、パーティ前のリハーサルをしていて、その時に「今日は何か違うぞ!?」ってなってから、4つ打ちのパーティーがとても楽しく感じるようになりました。

DJ WADA 『ONE』
今はなき青山のクラブ、MANIAC LOVEで長きに渡ってレジデントを務めたDJにして、テクノデュオ、Co-Fusionほかの活動を通じて、日本におけるテクノシーンの進化を推し進めてきたベテランDJ、プロデューサーが2009年に発表したソロ2nd作。リチャード・バックの同名小説から着想を得たパラレルワールドの統合をイメージしたトラックの多様性と一体感は、時代を超え、美しくスリリングなリスニング体験を与えてくれる。

— フロアではなく、カウンター越しに豊かなパーティ体験を重ねてきた、と。

nutsman:あと、自分の音楽観を形成するうえで重要だったのが、名古屋のJB’sでやった『amago』のリリースパーティ(MdM)にもゲストとして出てもらった地元高山のハードコア・バンド、BLOODSHOTですね。ベースのHagueさんは僕の高山時代にCharlie(チャーリー)というセレクトショップをやっていて、そこで買い物をすると、「音楽好きの若い子が来た!」って感じでCDをタダでくれたりするんですよ。当時、OWLBEATSさんのCDをもらったのをよく覚えています(笑)。そこで聴く音楽が一気に広がりましたね。もともと、うちの親父が音楽好きで、ソウルだったり、ビーチ・ボーイズのような、メジャーなポップスを聴いていて、そういう影響もあったんですけど、Hagueさんと出会って、聴く音楽はさらに広がって、当時はレゲエのシーンに飛び込む前だったんですけど、むしろ、自分が聴いていた音楽のなかでレゲエはその一部でした。

BLOODSHOT 『BLOODSHOT』
飛騨高山が拠点のハードコアバンドが結成から18年越しでリリースした2018年のファーストアルバム。RC Slum所属のビートメイカー、OWLBEATSが手がけたリミックスを収録した本作は、メタリックなサウンドにスラッシュやドゥーム、スラッジなど、多様な音楽性が感じられる異形の激烈ブルータル・ハードコアが展開されている。

— ということは、クボタさんのオールミックスなDJにハマる素養は10代の頃からもともと持っていたんですね。

nutsman:ただ、あるタイミングで、このまま、クボタさんの真似をやり続けても、ダメだなと思い始めました。単純に自分の知識や経験が少しづつ増えてきたということもあって、自分らしいDJにチャレンジしてみようって。自分が好きなDJというのは、クボタさんしかり、名古屋のYANOMIXさん、仙台のKAMATANさん、大阪のOoshima Shigeruさん、名前を挙げるとキリがないくらい居て、活躍しているフィールドも違う方が多いのですが、共通している点は、その人がかけると同じ曲でも別格に格好良く聞こえるDJというか、プレイがその人そのものというDJなんですよね。だから、自分も自分らしくありたいと思ったんです。

クボタタケシ 『NEO CLASSICS 3』
90年代に活躍したヒップホップ・グループ、キミドリのラッパー、ビートメイカーにして、オールミックスのパイオニアとして世代を超えたリスペクトを集めるDJが2009年にリリースした名作ミックスCDの第3弾。ラテンからクンビア、バイリファンキ、ハウス、ジャングルとジャンルを横断しながら、クボタタケシならではのテイストでまとめあげるミックスはいつ聴いてもリスナーの創造力を刺激する。

— 今回のインタビューでは、岐阜市や高山市という地名が頻繁に出てきてますけど、地理関係を整理すると、nutsmanが生まれ育った村から一番近い高山市は「飛騨の小京都」と呼ばれる古い町並みが外国人にも人気の観光地ですけど、そこから一番速い電車でも2時間かかる岐阜市は、鵜飼いで知られる長良川や岐阜城が建っている切り立った金華山があったり、自然豊かなのに、名古屋駅まで電車で30分の距離で、名古屋のベッドタウンでもあるという。nutsmanにとって、名古屋はどういう街なんですか?

nutsman:大学を出て岐阜市内に住むようになってから、やんもくん(Campanella)達が主催しているパーティ『MdM』が平日開催だった頃から遊びに行ってましたし、もちろん、レコードを買いに行ったりもしていたんですけど、名古屋でDJするのは、自分のなかで一つ上のステージに上がるという感覚があって。でも、ある時、名古屋を中心に今でもバリバリ活躍しているDJ UJIさん主催の『HEY! DJ!!』というパーティでDJに欠員が出て、岐阜から参加していたPATRAさんという先輩がプッシュして下さったこともあり、僕に声をかけてくれたんですよ。それが名古屋での最初のDJでした。さらにその時レギュラーDJだったkim morrisonさんが僕のことを色々な人に紹介してくれたりして、徐々に各地でDJをやらせてもらえるようになっていったんです。

— 色んな音楽がミックスされるように、人と人が繋がって、ここ最近は岐阜や名古屋だったり、東海地方だけでなく、関西や東京、『りんご音楽祭』のようなフェスまで、nutsmanはあちこちから引っ張りだこですもんね。

nutsman:ホントありがたいことです。それこそ、お客さんとして遊びに行ってた『MdM』で『amago』のリリースパーティを企画してもらったり、2017年にはokadadaさん、Seihoさんが主宰したRED BULL MUSIC FESTIVAL内のショーケースイベント『AT THE CORNER』に出演させてもらったり。あと、最近だと今年夏にBUSHMINDさんとOoshima Shigeruさんがやってるパーティ『2×4』に呼んでもらって、自分はDJに集中してて、実感はなかったんですけど、その時の反響がすごくて、その後も大阪、神戸に呼んでもらえたり、おかげさまで活動の範囲は徐々に広がってきてますね。

— しかも、nutsmanのDJは毎回聴くたびに一回として同じことをやっていないのがホント衝撃的で。ある時はハウス、テクノでがっつり踊らせていたかと思えば、ヒップホップのパーティではトラップやベースミュージックで攻めたり、はたまた、ルーツレゲエやダブでフロアを揺らしたり、知識と経験が問われるDJの世界にあって、とても20代とは思えないプレイだなって。

nutsman:そういうタイプの異なるパーティに向けて、準備して臨むのが、自分が飽きずに続けているDJの面白さなのかなと思ってます。あと、田舎に生まれ育ったこともあって、都会の奴らには負けたくねぇっていう気持ちが強いかもしれないです。DJは勝ち負けとかじゃないんですけど(笑)、中高生の頃、地元にHMVやタワレコはもちろんなくて”タイムリー”というローカルのコンビニが一軒あるだけでした。なので街にある三洋堂書店に連れていってもらい予約伝票で欲しいCDを注文していました。うちの地域はネット回線も激遅でしたし、なおかつ、中学生の頃はネットで買うっていう発想もなく……。

— だから、nutsmanは20代で、ネット世代のはずなのに、情報に対する飢え方がネット世代以前の人に近いというか。そういう環境が逆にnutsmanの濃密な個性を育んだといえるのかもしれないですね。

nutsman:そうですね。だから、今は都会が羨ましいとは全く思わないです。むしろ、岐阜に住んでいることが自分のDJにおけるアイデンティティになっているというか。そう考えるようになったのは、stillichimiyaの影響が大きいですね。「あ、そのやり方があったのか!」と思いました。ネットがここまで普及した今、どこに住んでいようが表現に大差はないと思っているし、むしろ、不純なものがいっぱい入ってくる環境にいるより、今回の撮影で行ったような長良川近くの静かなところで暮らして、自分が本当に興味あるものだけを吸収した方がアウトプットする際には一番いいんじゃないかなと思っています。

stillichimiya 『死んだらどうなる』
山梨県東八代郡一宮町とその周辺の街出身の5人からなるヒップホップクルーが2014年にリリースした現時点での最新作。フリーキーな実験性と爆発的なエネルギーが広範なリスナーを惹きつけた本作は全国のローカルアーティストを鼓舞したアルバムでもある。

— 無自覚なまま、膨大な情報に晒されると、自分の感覚ややりたいことが分からなくなったり、ブレたりしがちですからね。

nutsman:もちろん、都会の良さもあるんでしょうけど、今はこのスタンスで活動することに意味があると思っていますね。どこへ行っても、「岐阜ってどこ?」って言われますもん(笑)。

— 今回、取材で来てみて、名古屋からこんなに近いとは思いませんでした。東京に置き換えたら、渋谷から30分というと横浜くらいの距離ですからね。

nutsman:そうなんですよね。京都までも1時間半くらいですし、岐阜がいいところだと少しは分かっていただけましたか(笑)?

— 名水100選に選ばれた長良川の清流がこんなに身近だったりするわけですから、ミックスCDのテーマを”アマゴの一生”にした理由が少し分かった……かもしれない(笑)。では、最後に今回制作していただいたDJミックスについて一言お願いします。

nutsman:当初は年末年始にのんびり聴いてもらえるような生音中心の選曲を考えていたのですが、先日買った木下好枝さんの『わたしの奥飛騨』という本に感銘を受けてしまい、180°方向性が変わりました。内容は今年あまり行う機会のなかったBPM115~118の中でジャンルを横断するプレイになっています。チャントな曲からラガ、ラップ、デトロイト、スロウなテクノ、アバンギャルド、友人の曲まで60分一発勝負でDJしてみました。ぜひ聴いてみて下さい。