MasteredがレコメンドするDJのインタビューとエクスクルーシヴ・ミックスを紹介する「Mastered Mix Archives」。今回ご紹介するのは、2017年夏のクラシックとなった新作『ECSTACY』を発表した一十三十一と、その作曲、プロデュースを一手に担ったDorian。
一十三十一にとって2年ぶりとなるアルバム『ECSTACY』において、これまで楽曲単位のプロデュースを手掛けてきたDorianと作品全編に渡ってコラボレーションを敢行。彼女が極めてきたポップスの洗練をさらに推し進めながら、隙のない世界観を構築するため用いてきた作品の詳細なコンセプトから自らを解放し、フリーフォームな制作スタイルへ。そこでダンスミュージックの枠組みにとらわれないDorianによる緻密かつエキゾチックなタッチのオブスキュアなトラックが夏の旅情感を増幅させ、2017年屈指のアルバムを生み出すに至った。
今回は、キャリア初期に繰り広げていたエクスペリメンタルポップのトリップ感覚をアップデート、融合することで、シティポップ・リヴァイヴァルのその先へと飛び出した一十三十一とDorianにインタビューを敢行。Dorianが制作した素晴らしいDJミックスをガイド役に、目の前に広がる新たな世界を旅することにしよう。
Interview & Text : Yu Onoda | Photo:Miyu Terasawa | Edit:Yugo Shiokawa | Special Thanks:バレアリック飲食店
※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)
— 7月にリリースした『ECSTASY』は、Dorianくんと2人で作り上げたアルバムであり、2年前の前作『THE MEMORY HOTEL』からモードを切り替えた作品でもあるように感じました。
一十三:振り返ると、2012年の『CITY DIVE』、2013年の『Surfbank Social Club』と夏々しいアルバムが続いた後、しばらく夏らしい作品を作ってなくて。とはいえ、2014年の『Snowbank Social Club』は『Surfbank Social Club』と対のコンセプトの作品だったし、2015年の『THE MEMORY HOTEL』は“ミステリー”がテーマの秋らしい作品だったので、その次は満を持して夏のアルバム、それもエキゾ寄りの作品を作りたいなと思ったんです。
そして、ひとりのプロデューサーを立てたアルバム制作も、『CITY DIVE』のモンディ(クニモンド瀧口)以来やってなかったこともあって、今回、久しぶりにひとりのプロデューサーとアルバムを作ってみたいなって。そう考えた時、私の選択肢にはDorianしかなかったんですよ。
ただ制作のペースとか、アルバム1枚丸々作る負担を考えると、現実的じゃないかもしれないって。そう思っていた時にDorianとクラブでばったり会ったのでふんわり声を掛けてみたら、意外と話に乗ってきてくれて、そこから強引に推し進めた感じですね。
Dorian:正直言えば、当初は自分にできるのかなって思っていたところもあったし、パッとイメージできなかったりもしたんですけど、アルバム1枚丸々作るのはおもしろいかもしれないなって思ったんですよね。
— 一十三さんはしばらくテーマ性の強い作品が続いていましたけど、前作は“ミステリー”、そして、今回も『ECSTASY』というタイトルからして感覚的、抽象的なものだったりしますし、恐らくはテーマ性から離れて、作品の枠組みを広げたいという意図も当初からあったんですよね?
一十三:そうですね。過去3作は制作にあたって、まずは脚本を書いて、その場面ごとに曲を作るというコンセプチュアルなやり方だったので、今回はそういうコンセプチュアルなものではなく、念頭にあったのは「Dorianと作る突き抜けて気持ちいい音楽」ということくらいで、かぎりなく自由にアルバムを作ってみたいなって。
— ただ、オーダーされる側とすれば、テーマが設定されていた方が作りやすかったりしませんか?
Dorian:それはそうですよね。ただ、最初に話した段階で一十三さんからエキゾっていうキーワードも出てきていたので、まずは自分なりにその方向性で1曲作ってみようと。それで、アルバムの1曲目に入っている“Ecstasy”を作ったら感触がよかったので、これでいいのかって思って、今度は南洋的なものではなく、アジアの大陸的なエキゾ感のある曲を作ったんですけど、そっちではない、と(笑)。そういうやり取りを通じて、アルバムの方向性が見えてきたんですよね。
一十三:私としては、Dorianのアルバム『midori』が大好きだったし、Dorianから出てくる自由で気持ちいい曲に対して、歌詞を書いてみたかったんですよ。だから、こちらからはあえてそこまで要望やイメージを伝えませんでしたね。
— そうした抽象的なやり取りから生まれたサウンドは、80年代のアイランド・レコードからリリースされていたウォーリー・バダルーに代表されるコンパスポイント・サウンドであったり、アート・オブ・ノイズのメロディックなサウンドコラージュをエキゾな味付けで現代的にアップデートしたような、そんな印象を持ちました。
Dorian:そうですね。『CITY DIVE』から『THE MEMORY HOTEL』までの楽曲はほぼ打ち込みで作っているのですが、結果的にバンド演奏に置き換えても印象が変わらないものがほとんどだったんですね。それがいい悪いということではなく、これまでと同じものを僕が打ち込みで作ることに意味があるんだろうか? って思ったんですよ。
かなりいまさらな話ですが、今はどんな音楽を作る場合でもコンピューターが使われていることが多いと思うんですけど、自分からすると、コンピューターを使っている意味を感じられない音楽がほとんどだったりして。音楽制作におけるコンピューターというのは、ただ良い演奏を録音する、良いバランスを作ることであったり、さらに言うと別にダンスミュージックやクラブミュージックを作るためだけのものではないと思うんです。だから、今回のアルバムを作るにあたっては、「コンピューターで作るポップス」ということを強く意識しました。
まず、“Ecstasy”とか4曲目の“Discotheque Sputnik”、9曲目の“Swept Away”とか、今までと違うキャラクターの濃さを出しやすい曲をまずは作ったんですけど、『CITY DIVE』から『THE MEMORY HOTEL』までの流れを汲むポップスを求めているリスナーもいる、ということを考えたんです。それで、制作の後半はリスナーの期待に応えつつも、あえていうと、近年はある種のフォーマットにのっとっただけのものであったり、ど真ん中のポップ感覚を突き詰めようという気持ちが見えてこないものが個人的にはとても目についたので、自分なりにその両方を突き詰めたものを作ってみようと。それで2曲目の“Serpent Coaster”であったり、3曲目の“Flash of Light”、6曲目の“Moonlight”のような曲を作って、作品としてのバランスを取ったんです。
— 一十三さんは2002年のデビュー時からインタビューで山下達郎や吉田美奈子がルーツにあると公言していましたし、現在のシティポップ・リヴァイヴァルを先駆けていた側面もあるんですけど、それだけでなく、スペーシーな曲だったり、声の多重録音をしたり、2005年の『Synchronized Singing』に象徴されるようなアヴァン・ポップ的な面もありますし、今回はその両方の感覚がせめぎ合っていますよね。
Dorian:そうなんですよ。一十三さんはその両方を行き来出来るポテンシャルがありながら、『CITY DIVE』以降の作品では尖った部分が王道なポップスの影に隠れていたというか、それ以前の実験的なポップスがあったからこそ、一十三さんは『CITY DIVE』以降、王道なポップスに向かうことができたんだと思うんですよ。
— その点が、口当たりのいいだけのシティポップ・リヴァイヴァルと大きく異なる点ですよね。
一十三:私としては『CITY DIVE』以降の音楽性でデビューすることはなかったし、実験期から一時活動を休止していた時期を経たからこそ、『CITY DIVE』以降の作品でシンプルに気持ちいい、ブリージンなことをやってもいいんじゃない?って思ったし、コンセプチュアルな曲作りやチームで作品を作り上げる試み自体がひとつの実験だったというか、私にとっては新しかったんです。
— 一十三さんが内包している尖った部分を際立たせたDorianくんの曲を受けて、一十三さんの作品に対する取り組みはどう変化したと思いますか?
一十三:今回は作詞がホントにおもしろかったんです。もらった曲に自由に飛び込んで、そこに何があるのかを探しましたね。それ以前の作品ではコンセプトに合わせて言葉をハメていく作業がしばらく続いていたので、今回はそれとはまたちょっと違う、ディープでいい時間でした。
— 今回の歌詞はフランスに行ったり、キューバに行ったり、そこはかとないトリップ感がありますよね。
一十三:私、この作品に取りかかる前まで、一年間アルバム制作はおやすみさせてもらってたんですよ。それ以前、コンスタントに出してた作品はコンセプトがあったからこそ作ることができたんですけど、2016年は子供のため特別にいろいろしたり(笑)、観たかった映画を観たり、読みたかった本を読んだり、はたまた、実際に旅行へ行ったり。丸々一年、人間活動に励んでいろいろインプットしてから、今回の作品制作にのぞめたことが大きかったですね。
— 子供がいて、さらに音楽制作をしていたら、新たなものをインプットする時間なんてなかなか取れないでしょうし。
一十三:ホントそうなんです。でも、2016年は小沢(健二)くんのライヴをよく観に行ってるうちにだんだんと距離が近くなっていって、今は彼の作品やライヴにコーラスで参加させてもらっているんですけど、それも2016年のスーパー・インプット・イヤーの賜物だったりするし、アルバム制作を休んで、遊びまくるのも大事だなって。そうした経験を経て、制作をはじめた去年の冬は最高の時間を過ごすことができましたね。
— 盛り上がりながら、夏のアルバムを冬に作っていた、と。でも、一十三さんは札幌出身じゃないですか?『Surfbank Social Club』しかり、今回のアルバムしかり、何度も夏アルバムを作るほどに夏という季節に対する強い思いはどこから来るんだと思います?
一十三:たぶん北の人は南のことしか考えてないんです(笑)。つねにどこか暖かいところに行きたいなって感じなんじゃないですか。だいたい、すぐにタイあたりに行ったりとか(笑)。まわりにはそういう人が多かったし、あまりに冬が長くて寒すぎるから、うちの親もずっとトロピカル・リゾート・レストランをやっていたんですよ。だから、うちは常に夏だったし(笑)、トロピカル・リゾートは私の原風景でもあり、「ここではないどこか」がつねにすぐそこにあるわけだから、トリッピーでもあるっていう。だって、外は雪がすごい降ってるのに、うちはアロハシャツって感じでしたからね(笑)。
— 何年か前に極寒のノルウェーに行った時、マイナス20度の街を凍えながら歩いてクラブに入ったら、DJがバリー・マニロウのトロピカル・ポップ「Copacabana」をかけてて、あまりの落差にものすごい衝撃を受けたことがあるんですけど、たしかに一十三さんの育った環境はトリッピーだと思います。
一十三:あとトリッピーといえば、おやすみの期間にずっとじっくり読みたかったギリシャ神話や古代文学、古事記なんかを読んだことで、以前はアーバンな枠組みがあって書けなかったものが歌詞にできたんですけど、それは楽しかったですね。今回は「言いたいことを書く」みたいなことではなく、神様のお供え物をこしらえるような感覚で作っていったというか、Dorianからもらった箱庭のような曲、哲学的、数学的な世界に対して自然に出てきたものを配置していくような、そんな感じだったんですよね。
— ビートはありつつも、そこまで低音が押し出されていないですし、曲というより立体的なイメージを具現化したようなトラックですよね。Dorianくんのまとまった作品としては、2013年の『midori』以来のアルバムになるわけですが、その間に音楽のとらえ方はどう変わったと思いますか?
Dorian:『midori』はそれ以前の2枚の作品から思いきり振り切ったアルバムだったんですけど、今は過去3作の要素や考え方が上手く混ざってきていて、それはそれ、これはこれと分けなくてもよくなってきてますね。
— ただ、『midori』がそうだったように、今回も相当に作り込まれた作品だったことを考えると、冬から制作を始めて、7月のリリースまで、かなり密な作業が繰り広げられていたんじゃないですか?
一十三:一番激しかったのはミックスですよね。ミックスに関して、ホントにこれは着地できないっていうくらいのリクエストがDorianくんからあって、「ひとまずお願いします」って言うんですけど、こちらからすると「こうして欲しいっていう指示がこれだけの量あるのに、これでひとまずなの?」って驚きだったりして。ミックス・エンジニアの今本修さんはそれに対して、すごく丁寧に応えてくださるんですけど、ミックスが変わるたび、私は私で声の扱い方を変えたくなって、そこでもさらにやり取りがあるので、ミックスがいつまで経っても終わらないんですよ(笑)。今までの作品で一番ミックス沼の深みにハマって、1曲につき異なるミックスのものが何十パターンとあったりして。ただ、曲の端から端まで徹底的にこだわったからこそ生まれる気持ち良さだったりするので、200%の真剣勝負でした。
Dorian:上手くいかなかったら死ぬ!っていう感じで取り組みましたね。一十三さんがラグジュアリーな、豊かなアルバムを作ろうとしているわけだから、ホコリひとつでも落ちてちゃダメだって。そうじゃないと意味がないアルバムだと思ったんですよね。演奏者であれば、日々、楽器の鍛錬があると思うんですけど、「担当:パソコン」っていう意識でいる自分も、演奏者の修練と同じ熱量でこだわらなきゃなって思ったんですよね。
— トラックに込められた無言のメッセージが熱くて最高ですね。では、最後にそんなDorianくんに制作をお願いしたDJミックスについて一言お願いします。
Dorian:ここ1、2年の間に、温泉やスーパー銭湯、そこに併設された岩盤浴、マッサージなどに行く機会が増えたんですけど、そうした場所でうっすらと流れている音楽が個人的にいまひとつしっくりこなくて。音楽はなしでいいと思うんですけど、それでも流さなきゃならないなら、個人的にはこういう感じがいいんじゃないかな、と。それから去年末にodd eyes presents「出発」というパーティーがKATAであったのですが、その時、オープンDJをして、その内容が今思い返すとこんな感じだったなぁ、とか。あと、何もしたくない日、ダラダラ過ごしたい日のBGMに。そんなことを考えつつ、そこに一十三さんの今回のアルバム制作時に聴いていたものや、僕の『midori』というアルバムでイロイロとしたレコード、最近好きな曲から今回のミックスを作りました。楽しんでいただけたらうれしいです。よろしくお願いいたします。
2017年10月9日(月・祝)
軽井沢 RK GARDEN
イベント出演 RK GARDEN MUSIC HYKE 2017 「小さな森のフェス」
open 10:30 / start 11:30
hitomitoi live 16:00
adv 3,500yen / dos 4,000yen
2017年10月24日(火)
熊本 NAVARO
ワンマン公演
open/start 19:00
live 20:00
adv 3,500yen / dos 4,000yen
※別途1ドリンク代が必要となります
2017年10月25日(水)
福岡 Kieth Flack
ワンマン公演 Kieth Flack support by STEREO
open 20:00
adv 3,500yen / dos 4,000yen
※別途1ドリンク代が必要となります
2017年11月11日(土)
名古屋 Live & Lounge Vio
イベント出演 GOLD EXPERIENCE -7th Anniversary-
open 21:00〜good morning
adv 3,000yen / reserved 3,500 / dos 4,000yen
※別途1ドリンク代が必要となります
2017年12月22日(金)
札幌 PROVO
ワンマン公演
※詳細は後日発表
2017年12月23日(土・祝)
旭川 Cafe & Bar MONARCH
ワンマン公演
※詳細は後日発表
バレアリック飲食店
松陰神社の名カフェ・STUDYで店長をつとめたミュージックラバー、國本快さんが2015年にオープンした、世田谷線の線路沿いにたたずむニュー大衆食堂。名物のバレアリックなタコライス「多幸ライス」やブリトーをはじめ、沖縄料理など南国情緒ただようメニューが大好評。
週末には『LBGM』と題し、BGM係としてさまざまDJを招いたイベントも不定期開催されている。
住所:東京都世田谷区宮坂1-38-19
TEL:03-6432-6121
営業時間:[火~木]11:30~14:30(14:00 L.O) / 18:00~23:30(23:00L.O)、[金]18:00~23:30(23:00 L.O)、[土日祝]11:30~15:30(15:00 L.O) / 18:00~23:30(23:00 L.O)
定休日:月曜(祝日にあたる場合は通常営業となり、翌火曜日が休み)
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