Vol.113 荒井優作 – 人気DJのMIX音源を毎月配信!『Mastered Mix Archives』

by Yu Onoda and Keita Miki

MasteredがレコメンドするDJのインタビューとエクスクルーシヴ・ミックスを紹介する『Mastered Mix Archives』。今回ご紹介するのは、7月1日に初のソロアルバム『近く』をリリースしたビートメイカー、サウンドアーティストの荒井優作。
2012年、16歳の時に”あらべぇ”名義で手がけたTHE OTOGIBANASHI'S”Pool”のトラックでヒップホップシーンに衝撃を与えた彼は、2017年にラッパーのGOODMOODGOKUとの共作EP『色』で大きな話題を振りまきながら、ソロでは一貫して音の”空間”や”質感”にこだわり、独自なアンビエンスを追求した作品を散発的にリリースしながら、銀杏BOYZやサニーデイ・サービス、蓮沼執太フィル、odd eyesといったアーティストのリミックスやプログラミングを手がけるなど、神出鬼没な活動を続けてきた。そんな彼がリリースしたばかりの『近く』は、そのほとんどが2015年に制作された楽曲をまとめあげた作品にして、これまでベールに包まれていた彼の音楽観を読み解く端緒となる初のアルバムだ。
浮遊感と覚醒感が同居したメロディアスな音の波。そこにフィールドレコーディングで採取された会話や映画のセリフといった音の断片が溶かし込まれ、現出するパーソナルな表現世界がリスナーの記憶や想像力を喚起するこのアルバムは果たしてどのように生まれたのか。彼のキャリアを紐解くインタビューとDJミックスによって、過去と現在、未来を接続し、その類い希なる才能をここに紹介する。

Photo:Takuya Murata | Interview & Text : Yu Onoda | Edit:Keita Miki

※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)

「僕が音楽で好きなところは、社会に還元されない非合理的な部分や言葉に出来ない感覚なんです」

— 荒井くんは、2012年、16歳の時に”あらべぇ”名義でTHE OTOGIBANASHI’S”Pool”のトラックを手がけた後、一定の距離を置いたヒップホップとアンビエント/エクスペリメンタルのフィールドを行き来する活動をされてきましたよね。初めて聴いたヒップホップは何だったんですか?

荒井優作(以下、荒井):僕が初めて聴いたヒップホップは、Nasの『Illmatic』とキングギドラの『空からの力』ですね。超ベタな入り方だったんですけど、小学生の頃からiPodを使っていたので、iTunes Storeで音楽を掘っているなかで、兄の影響もあって、Flying LotusやUnderworld、Rei Harakamiなんかを同時並行で聴いていて。そんななか、2011年、高校2年生の時に作ったのが、THE OTOGIBANASHI’S”Pool”のビートだったんです。その頃は、BLACK SMOKERのKILLER-BONGのような、ビートミュージックというよりフリージャズやノンビートに近いリヴァーヴとディレイが効いた音楽もよく聴いていましたし、MPCでKILLER-BONGの物真似のようなコラージュを作っていたりもしていて、ヒップホップはずっと聴き続けていたんですけど、オーセンティックなヒップホップから逸脱したものに惹かれていて、その後、制作環境をMPCからパソコンに移行して試行錯誤するなかで、徐々に色んな音楽が作れるようになっていったんです。

— 高校生の頃、音楽を掘っていたのは、YouTubeじゃなく、iTunes Storeだったんですね。

荒井:そうですね。当時、YouTubeよりかは、iTunes Storeやtvk(テレビ神奈川)で放送していた『billboard TOP40』で知ったものを地元のTSUTAYAでレンタルしてましたね。あと、大きかったのは、mixiですね。学校に音楽の話を出来る人が全くいなかなったので、mixiで知り合った色んな人から東京のレコード屋を教えてもらって一緒に行ったり、音楽を教えてもらったりするなかで、視野が広がっていきました。THE OTOGIBANASHI’Sにトラックを渡すきっかけもmixiで、mixiで連絡を取り合ってB-BOY PARKで実際に会った後に、in-dくん、BIMくんがうちに遊びに来て、その時にMPCで作ってた”Pool”のトラックを提供することになったんです。でも、その曲がバズったことで、”Pool”で自分の印象が付いてしまったことは当時はめちゃくちゃ嫌でしたね(笑)。しばらくは会う人会う人みんなが「あらべぇ君って、あの”Pool”の……」って感じで、そんな事より俺のSoundCloudを聴いてくれ!って(笑)。

— 当時、大きな話題になったリリースでしたけど、10代というのは難しい年頃というか、まして、一方的に決めつけられたり、型に押し込められるようなことがあったとしたら、反発心を覚えるのも無理もないというか、まさか、そんな思いがあったとは……。ただ、あのキックとスネア、ハイハットを抜いた”Pool”のビートレスなトラックは衝撃的でしたし、今聴いてもその衝撃は全く色褪せていないと思います。

荒井:ありがとうございます。今となっては、あの曲で成しえたことも自分の自信になっているんですけど、色々あったこともあり、どうにもそういう気持ちにはなれなかったですね(笑)。僕はたまたまトラック提供しただけですし、何より人に注目されるには当時の自分はあまりに未熟だったと思います。

— ちなみに、”Pool”のトラックはどういう過程で生まれたんですか?

荒井:自分が聴いていた音楽からサンプリング、チョップして、そこから自然と曲が導き出されたというか、今でもそうなんですけど、コンセプトやアイデアありきで曲を作ることはないんです。ただ、敢えて分析すると、あのトラックのビートレス感やエディット感はBUN(Fumitake Tamura)さんからの影響が大きいと思います。僕がちゃんと音楽をやってみようと思ったのは、BUNさんの音楽との出会いがきっかけなんですよ。特にOILWORKSから2010年にリリースされたアルバム『Adieu A X』は本当に取り返しがつかないほどの衝撃を受けました。あのアルバムは自分の音楽体験の中でもまさに原体験と言うべき作品であり、BUNさんは今でも自分が一番尊敬する音楽家です。さらにBUNさんが『Adieu A X』の次にCommonsから2011年にリリースしたアンビエント的なアルバム『Bird』をきっかけに、僕もノンビート/アンビエントといった音楽を意識するようになったんです。

— そして、”Pool”以降、荒井くんはしばらくラッパーとのコラボレーションやトラック提供をしていませんでしたよね?

荒井:そうですね。アンビエントをはじめ、以前にも増してヒップホップ以外の音楽に興味が移っていって、そうした音楽を淡々と作っていました。あとは単純に元々ラッパーともあまり接点がなかったですし、僕自身、ヒップホップに対する自意識が過剰になっていたので、誰彼構わずトラックを提供したいとは思わなかったんですよね。でも、トラップが日本でも注目されるようになってから、それ以前のヒップホップ以上に、色んなものを取り込みやすいトラップのフォーマットにハマって、今でも覚えているんですけど、友達に対して、「これこそが自分の求めていたヒップホップだ」と言った記憶があって(笑)。その辺りからまたヒップホップを作ろうかなと思うようになり、同じタイミングで『今夜が田中面舞踏会』を主宰していたT.R.E.A.M.の二宮(慶介)さんが制作中だったコンピレーション『LIFE LOVES THE LONG DISTANCE』(2016年)へのビート提供で声をかけてくれて。それで最初に5曲くらい送って、そこに誰がラップを乗せるか、紆余曲折あって、結局、GOKU(GOKU GREEN)が乗せてくれることになり、一緒に作った”Roll Witchu”が上手く行ったことで、2017年に二宮さんの協力のもと、GOKUとのEP『色』をリリースしたんです。

— その間もヒップホップはずっと聴き続けていたんですか?

荒井:なんだかんだ言って、ずっと聴き続けていますね。正直な話、ここ2、3年くらい、日本もアメリカも自分の好みに合う新譜が自分のなかではどんどん少なくなっているんですけど、今も新譜はチェックしていますし、聴き続けてはいます。

— 荒井くんはDJの時、その場に応じて色んなタイプの音楽をかけていますけど、韓国のヒップホップユニット、XXの来日公演でDJした時はガンガンにトラップかけていましたもんね。

荒井:僕は人の前でDJする時、どうしても緊張してしまうので、そういう時にかけるトラップは自分の緊張感を解放してくれるんですよね。あと、自分のDJのスタイルとして、iPhoneとTraktor、サンプラーの『SP-404』を繋いでプレイしていて、Traktorは、ピッチは落とせないんですけど、BPMは落とせるので、トラップのBPMを落として、さらに『SP-404』でリヴァーヴなりエフェクトをかけると、トラップのきれいなサウンドを汚すというか、グロテスクに鳴らせるんですよ。

— その時も機材周りがかなり特殊だなと思ったんですよ。

荒井:OILWORKSやLAのFlying Lotus周辺のビートメイカーをはじめ、当時盛り上がっていたJ.Dilla以降のビートシーンのビートライブでは『SP-404』が使われていることが多かったので、僕もその影響を受けて同じ機材を手に入れたんですけど、その当時、DJが出来る場もなく、ターンテーブルも2台持ってなかったし、CDJの使い方もよく分からなかったので、18歳の時、初めてDJする際にiPhoneと『SP-404』を使ってやってみよう、と思って、そこからターンテーブルやCDJの使い方を知ることなく今に至るっていう(笑)。僕は誰かに「教えてください」と頼めるタイプでもなかったし、身の回りにあるものでトライするのが自分のスタンスなんですよ。

— かたや、ヒップホップと距離を置いている間の音楽制作は、BUNさんの作品と出会ったことで開眼したアンビエントのフィールドを開拓されていたということですが、同時期の音楽シーンではテクノやエレクトロニカ、アンビエントをも飲み込んだクラウドラップが注目されていたじゃないですか? そうした音楽の影響は?

荒井:クラウドラップから影響を受けたかというとちょっと分からないですね。影響を受けていると言うよりも、初期のクラウドラップのプロデューサー達が持ち合わせていた感覚を、僕も持っていたと言った方がしっくりきます。僕のように2010年代から活動し始めたプロデューサーにとって、そうした感覚を持っていることはむしろ自然なことなのかもしれません。とは言え、Clams Casinoらが作り出す天を仰ぐようなクラウド感よりかは、SpaceGhostPurrpが作り出す地下に潜っていくような陶酔感に惹かれていました。日本語ラップにハマるきっかけとなったキングギドラの『空からの力』然り、ヒップホップの、ピッチが変調され歪にエディットされたネタのループが醸し出す、不気味で曖昧な陶酔感が自分は好きなんですよね。

— その曖昧な陶酔感を追求してきた荒井くんのアンビエント作品は、2014年に福岡のカセットレーベル、Duennからあらべぇ名義で発表した『Forest』をはじめ、水面下で暗躍するようにあちこちからリリースされていましたよね。

荒井:気がついたらバズっていた”Pool”がそうだったように、僕は自分から行動を起こして何かをつかみ取る体験をしてこなかったので、あちこちから作品をリリースしてきたのは、常に受け身で、誰かに誘ってもらう形で色んな人にお世話になってきた結果ですね。だから、恵まれていたんだと思います。なかでも、18歳の頃に会った箕浦建太郎さんという、もともとハードコアバンドをやってて、今は画家になった人がいて……。

— 箕浦さんって、殺害塩化ビニールのコンピレーションにも参加されていたという?

荒井:そうです。今回のアルバム『近く』のアートワークもお願いしたんですけど、その人にずっと面倒を見てもらったというか、今まで自分が聴いてこなかったバンドものを教えてもらったり、色んなミュージシャンを紹介してもらったりしました。一回りも二回りも世代が違う僕に対して友人のようにフラットに接してくれました。『近く』に関しても、最初リリースするよう勧めてくれたのは箕浦さんでした。

— 荒井くんが銀杏BOYZの”生きたい”にプログラミングで参加していたのが不思議に思っていたんですけど、そういえば、箕浦さんが銀杏BOYZのアートワークを手がけていましたよね。

荒井:そうです。箕浦さんや銀杏BOYZの峯田さんからすると、音楽の歴史や文脈に縛られない僕の世代、それより下の世代が作る音楽は不思議なものだったと思うんですよ。だからこそ、興味を持ってもらえたのかなって。まあ”生きたい”に関しては自分はシンセ弾いただけで大したことは何もやれてないんですけど(笑)。僕が言うのもおこがましいですが、峯田さんとはいつか一緒に曲を作りたいです。

— 銀杏BOYZ以外にも荒井くんがこれまで手がけたリミックスは、曽我部恵一/サニーデイ・サービスや蓮沼執太フィル、Jesse Ruinsにodd eyesと、ヒップホップ以外のアーティストがほとんどですよね。

荒井:DJやライブをやっていく中で、現場で知り合った人もいますし、友達伝いに話が来たり、何でこうなったのか、自分でもよく分からないんですけど(笑)、ありがたいです。

— 個人的には2017年に2曲発表したシンガーソングライター・ユニット、butajiとのコラボレーションは素晴らしかった。

荒井:butajiとは僕が大学2年の時にイベントで一緒になり、そこで仲良くなって、遊ぶようになった流れから一緒に曲を作るようになったんですけど、デモを送るといつも自分の想像の数段上のものが返ってきます。彼は常に思考をアップデートしようとしていて、僕自身とても刺激になっています。

— ただ、butajiとのコラボ曲もbandcampでしれっと発表していて、ちょっともったいなかったというか、これまでリリースしてきた荒井くんの作品の多くも超限定だったり、SoundCloudにアップした音源も消してしまったり。だから、後から作品を追い聴きしようと思ってもなかなか難しいという。

荒井:そうなんですよね。能動的に動く経験を積み上げてこなかったこともあって、自分で作品をきちんとした形でリリースするのが億劫だったり、そもそもそんな勇気もなかったことも関係していて。あと、KILLER-BONGが16枚限定でひっそりリリースしたり、少ない枚数限定のCD-Rを出していたことに憧れがあって、作ったものを友達に渡したり、現場で5枚限定の作品を売ったり、そういうゲリラ的なことを意識的にやっていたということもあります。

— そういうゲリラ的な活動の面白みもよく分かるし、一方で荒井くんの音楽を聴きたくても聴けない人も少なくないでしょうし、その辺のバランスは難しそうですね。

荒井:僕は自分なりの音楽を常に作ってきたつもりなんですけど、そのほとんどは自分の怠慢で世に出ていないので、リスナーの僕の音楽に対するイメージと自分のその時々の制作物があまりにも解離していて、いつも歯がゆい思いをするっていう(笑)。まぁ、自分のせいなんですけど(笑)。

— だから、世間における、かつての自分と今の自分のギャップを埋めるべく今回のアルバム『近く』をリリースしたんですね。

荒井:そういった意味もありますね。何より今後活動を続ける上で、しっかり”歴史”なるものを自分なりに築いていかなきゃなと。あとは、僕と同い年の友達なんですけど、odd eyesのリミックスを手がけたBleed Boiとしても活動しているEVIAN VOLVIKとBBYLNこと翼くんの2人でやってるSUBURBAN MUSÏKっていうユニットがいて、彼らがレーベル・手綱会を立ち上げて、自主でレコードを出したんですね。そういう友人でもあり、尊敬する同世代のミュージシャンの動きを目の当たりにして、「ヤバい。俺、何もしてない……」って思ったことが、今回、作品をリリースするきっかけになりました。

— 作品としては、2016年に作った1曲を除いて2015年に制作した楽曲で、なおかつ、MASCHINEで制作したものだとか?

荒井:はい。もともと、僕はMPCを使っていたこともあって、曲作りの際、最初にサンプリングから取り掛かることが多くて、今回の『近く』も何曲かはサンプリングしているんですけど、このアルバムのほとんどはサンプリングではなく、MASCHINEに付属しているサンプル音源やソフトシンセを弾いています。当時、人と会った時の感覚や空間の日記的な記録というか、そこにブーストした自意識によって、ひねりが加わっているんですけど、友達との会話をフィールドレコーディングした素材なんかを使いながら、その時々に感じた”場”の感覚を自分なりに表現したかったんだろうなと、今となってはそう思いますね。5年前の曲なので、どうして、こういうことになったのか正直覚えていないんですよ(笑)。ただ、サウンドに関しては、当時よく聴いていたカセット、バンドや弾き語り、その音楽に感じられるライブ感や空気感の影響が感じられますね。

— 例えば?

荒井:キセルとか。あのローファイな質感に触発されたところはあるんだろうな、と。それをMASCHINEで、プラグインのアンプのエフェクターやEQをいじって、自分なりのパーソナルな世界を形にしてみたかったんだと思います。

— 確かに、サウンド的には、メロディアスであると同時に、デジタルとアナログが共存したような独特な音の質感でまとめられていますね。

荒井:僕がヒップホップからアンビエントに向かった話にも繋がるんですけど、自分が音楽のどの部分が好きかというと、社会に還元されない非合理的な部分だったり、言葉に出来ない感覚だったりするんです。そういう意味で予定調和なサウンドはあまり好きではないし、楽器も弾けない、コードも分からない僕がパソコンのプリセット音だけで曲を作るとショボくなってしまうので、その音に強度を持たせようとすると、音を加工する必要があったりする。だからこそ、この作品はアナログというか、ローファイというか、そういう音になっているんです。リリースに際しては、そのまま出そうとも考えたんですけど、自分にとってあまりにパーソナルな作品だったので、そのまま出すことに抵抗があったし、作品自体、アルバムをリリースしようと思って作ったものではなく、日記のように作った曲のなかからピックアップして、後からまとめたものなので、アルバムに強度を持たせるためにマスタリングの工程が必要だと思ったんです。

— 主観的に作った作品にマスタリングで第三者の視点を介在させることによって、初めて作品を対象化できた?

荒井:そうなんですよ。だから、マスタリングを先輩のミュージシャンであり、多方面で活躍されている土井樹さんにお願いしたんです。土井さんは自分にとってすごく信頼が置ける人で、僕の音楽が意図するものを体感的に分かってくれるだろうと思ったし、彼の手によって、宅録的なアナログ感とそれをまとめるデジタル感を両立出来たのかなって。土井さん曰く、もはやマスタリングの粋を超えたサウンドプロセスをしてしまってるとのことです(笑)。

— 最近作った曲ではなく、敢えて5年前に作った作品を出そうと思ったのはどういう理由から?

荒井:僕はこれまでリアルタイムで作品をあまりリリースしてこなかったこともあって、自分の音楽的な変遷がリスナーから見えた方が、この先、新作を出す際に新しい解釈や解釈の幅が生まれると思うし、出してこなかった分を先に出した方が自分の気持ちとしてもプラスに作用するんじゃないかなって。そう考えて、過去に自分が作った曲をまとめ始めて、そのひとつが今回の『近く』であり、それ以外にも何作かあって、もしかすると新作の方が先になってしまうかもしれないんですけど、この先、そういった作品をリリースしていこうと考えています。

— ヴァイナルでアルバムをリリースする予定もあるとか?

荒井:そうなんですよ。今回の『近く』はメロディもあって聴きやすいじゃないですか? でも、そのヴァイナルでリリースしようと思っているアルバムは『SELF AND OTHERS』というタイトルなんですけど、それを作っている時は自意識が煮詰まりすぎたというか、何にも置き換えられない、言葉にも出来ない、絶対的にオリジナルな音楽でありたいという意識があまりに強すぎて、まぁ、そんな音楽は不可能なんですけど、その結果、虚無にぶち当たってしまったという。人って、自分以外の人やものとの関係性のなかでパーソナリティが形成されるじゃないですか? でも、そういう関係性を無視すると、自分に何があるのかといったら、何もありませんでしたということになる。『SELF AND OTHERS』はそういう境地に至ってしまったアルバムなんですけど、それをデジタルでリリースしても「?」って感じで終わってしまいそうなので、ヴァイナルで出したいなって。何より、モノとして残したいという思いがあります。

— 昨今、音楽に限らず、あらゆる表現は出尽くして、全ては焼き直しであるっていう認識が支配的ですけど、あまりに安易にそう言われるとそれはそれで夢がないというか、無謀であってもオリジナルでありたいという志や葛藤こそが個人的には美しいと思います。

荒井:だから、今もオリジナルという気持ちは持っているんですけど、かつてのように私や自己というものを絶対的なものとしては見なくなったというか、今は色んな影響を受けながら、自分も他者に影響を与えて成り立つ世界がイメージ出来るようになりましたね。まぁ、でも、アナログで出そうと目論んでいる『SELF AND OTHERS』はその前段階の作品というか、俺は俺というトートロジーを半ば自暴自棄に突き詰めた作品になっていますね。

— 俺は俺というセルフ・ボースティングは、ヒップホップ的な発想であるとも思うんですけど、ちなみにラップおたくでもある荒井くんが好きなラッパーは?

荒井:その時々によって変わるんですけど、もともとはISSUGIが好きですね。身体感覚に優れていて、硬くない、身を任せたラップというか、でも、そこに意志があって、意志がありながら、自分の外部に対しても開かれているラップ。そういう意味で言えば、ERAやO.I.だったり、最近はA-THUGとBESですね。ハスラーのラップでもオタクのトピックでも、内輪にしか分からない内容のラップは自分には響かないんですけど、A-THUGとBESは2人ともラップが自然体でめちゃくちゃ上手いし、リリックも自分のパーソナルなことを歌っていながら、それが同時に社会に通底する問題意識をあぶり出したり、自分みたいなストリートの枠の外に人にも通じるものになっていると思うんですよ。そこがスゴいし、刺さるというか、食らうというか。

— 個人的にはビートメイカー、プロデューサーとしての荒井くんの活躍も楽しみにしているんですけど、ヒップホップシーンでの活動に関してはいかがですか?

荒井:一時期ラッパーと一緒にたくさん制作していた時期があるんですけど、曲を作ってもなかなか上手くいかなかったり、何より自分がやりたいことと大きく離れていたりして、距離を置いていたんです。でも、最近、とあるラッパーと曲作りをしていて、そういう懸念材料を飛び越えて、めちゃくちゃヤバい曲が生まれつつあるんですよ。だから、そういうラッパーとは引き続き曲を作っていきたいし、シーンは気にせずにマイペースにやっていきたいです。何より、自分のビートも常にアップデートしているので、ソロの制作が落ち着いたら色んなラッパーに声をかけていきたいと思ってます。

— 最後にミックスについて一言お願いいたします。

荒井:インタビューで名前が挙がったミュージシャンの楽曲を用いつつ、最近のDJでやっていることをAbleton Liveで再現してみました。陶酔とノイズといった趣です。是非通しで聴いてみてください!