Interview & Text : Yu Onoda | Photo:Takuya Murata | Edit:Keita Miki
※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)
— YAMAANさんは降神が所属するTempleATSの一員であり、一般的にはヒップホップシーンから登場したトラックメイカーとして認識されていると思うんですけど、今年2月にリリースした『幻想区域 EP』は、その認識を覆すような、ディープなアンビエント感覚をまとったハウストラックスでした。その素晴らしさもあって、いい意味で不意を突かれたんですよ。
YAMAAN:でも、実はTempleATSと出会う以前、僕が最初に作り始めたトラックはサンプルベースの4つ打ちだったりするんですよ。2000年前後、当時、20歳くらいだったんですけど、電気グルーヴとかMoodymann、Theo Parrishを聴いて、自分でも作ってみたいなって。特に、MoodymannやTheo Parrishのトラックがサンプルベースだったこともあるし、当時持ってた機材がMPCだったこともあって、自分でも出来るかもしれないと思ったんです。
— つまり、ヒップホップより先にダンスミュージックがあった、と。
YAMAAN:高校時代はBoredomsやSonic Youthのようなオルタナティヴロックが好きでしたし、ヒップホップにハマったのは、ダンスミュージックを作るようになった後、21、22歳の頃かな。Wu-Tang ClanのRZAとGangstarrのDJ Premierのビートを聴いて、彼らがやっていることがものすごい前衛的に感じて、試しに作ったビートをTempleATSのKOR-ONEに渡したら、「面白いから、なのるなもないに聴かせてみようよ」ということになり、それが降神と繋がっていったんです。
— オルタナティヴロック、ハウス、ヒップホップ。ご自身のなかでそれらを結びつけるものはなんだと思いますか?
YAMAAN:うちの父親は、普段は久保田利伸とかORIGINAL LOVEのようなブラックミュージックの影響下にあるポップスをよく聴いていたんですけど、その一方で絵を描く時はBrian Enoとか、アンビエントをかけていて、子供の頃はこの静かで不思議なこの世のものとは思えない音楽は何なんだろう? と思っていたんですよ。だから、ファンキーなものとアンビエントなものは子供の頃から気になるものとしてあって、その後、聴くようになったBoredomsやSonic Youthも自分にとっては激しいだけじゃない、アンビエントな要素、MoodymannやTheo Parrishの作る音楽もダンサブルな要素とアンビエントな、深いものを感じましたし、DJ Premierが物音だけを使った上ネタに、ファンキーなドラムを組み合わせたりしていたように、そういう相反する要素が同居したヒップホップに惹かれたんです。だから、ソウル、ジャズネタを用いた王道のヒップホップは意外に通ってなくて、そこからはみ出したものばかり選んで聴いてましたね。
— TempleATSも、例えば、ANTICONのような、オルタナティヴなヒップホップの文脈で語られたりしていましたもんね。
YAMAAN:そうですね。TempleATSのビートメイカーたちが手がけた降神のビートを今聴き直すと、ANTICONがそうであったように、アンビエントだったり、はみ出した雰囲気があると思うんですよね。
— YAMAANさんの存在を知らしめた、なのるなもないの”Shermanship”(2005年作)を聴き直してみたんですけど、今回の『幻想区域 EP』に通じる浮遊感や揺らぎがあって、大いに共通するものがあるように思いました。
YAMAAN:そう言ってもらえてうれしいです。”Shermanship”と言えば、2006年にそのアナログと同時リリースで『東名TRAX』という僕のソロ作品も出したんですけど、そちらではサンプリングのコラージュを交えたダンスミュージックをやっているんですけどね。
— あの作品はミックスCDではなく、オリジナルだったんですね。
YAMAAN:そうなんですよ。『東名TRAX』は名古屋の友達に4つ打ち主体のパーティでライブを頼まれて、その時のライブセットをもとにした作品です。意識したのは奇妙なコラージュ感やダンスミュージックの枠組みをはみ出したダンスミュージックでしたね。
— なるほど。ということは、これまでのお話から考えると、その後手がけた”Call Me”(2009年作)をはじめ、プライベートのパートナーでもあるCHIYORIさんのオーセンティックな作品の数々はYAMAANさんのなかでは例外的なお仕事ということになる、と?
YAMAAN:そうかもしれないですね。あと、僕はポップスも好きで、ちょうどその頃はコードの勉強をしていて、自分のなかではコード進行のあるポップス的な作品制作にトライしていた時期でもあったんです。そういう意味では、”Shermanship”もトラックのなかで音程を動かしたり、コードを進行させたり、楽器がアンサンブルするような曲を作ってみたくて、ギターの「ポーン」と鳴った一音とか、単音をサンプリングして、それをコードに並べたオール・サンプリングの曲で、”Call Me”もデモはサンプリングで、それを後から弾き直して作り上げたものなんですよ。
CHIYORI:その頃はSteely Danの『Aja』しか聴いてなかったよね(笑)。
YAMAAN:確かに『Aja』しか聴かない謎の時期が1年くらいあった(笑)。でも、”Shermanship”のトラックには、当時よく聴いていたCalmやSilent Poetsなどに通じる空気感も含まれていると思います。
— 世間的に”Shermanship”のトラックが注目されて以降、ご自身としてはヒップホップに活動の場を求めていたんですか?
YAMAAN:うーん……。当時は降神のバックDJを含め、DJもほとんどやってなかったですし、クラブにも行かず、家に引きこもって曲を作ったり、音楽の勉強をしていて、ヒップホップシーンで活動しているという認識はほとんどなかったかもしれない。
CHIYORI:家にインターネットも引いてなかった時期も長かったもんね。
YAMAAN:そうだね。その間、JUSWANNAにトラックを提供して、それが”旅は道連れ世は情け”(2009年作)という曲になったりもしたんですけど、MSCと深い関わりがあったわけでもなく。
— そして、2011年にリリースしたソロアルバム『12 Seasonal Music』ではアンビエント感覚を内包したメロディアスなトラックで映像的な作品世界を表現されていますよね。
YAMAAN:はい。あのアルバムは、日本の12ヶ月の情景を12曲で描き出すコンセプトを立てて、音の背景にある時間や風景の広がりを意識して、ミキシングも自分でやったんですけど、音を加工したり、配置することで、絵を描くようにクリアで広がりのある音像を目指した作品ですね。振り返ってみると、あの作品を含め、20代から30代前半までの期間はヒップホップとアンビエント的なものをいかに共存させるかをずっと試行錯誤していた気がしますね。
— それを共存させたのが2000年代後半以降のクラウドラップですよね。
YAMAAN:A$AP RockyやClams Casinoといった人たちがアブストラクトヒップホップとは全く違う文脈でヒップホップとアンビエント感を融合させたことで、大いに刺激を受けましたね。あとはヴェイパーウェイヴ。特にOneohtrix Point Neverが何のDJミックスだったか覚えてないんですけど、ドローンとWu-Tang Clan、Three Six Mafiaを延々とロングミックスしていて、その流れのなかに、急にニューエイジっぽい電子音楽やフォークを混ぜたりしてて、そのDJミックスには衝撃を受けましたね。Oneohtrix Point Neverはヴェイパーウェイヴを始めた一人でもあると思うんですけど、そのDJミックスからヒップホップの影響を感じたんですよね。特に大きいのが(チョップド&スクリュードのオリジネイター)DJ Screwから受けた影響。DJ Screwはヒップホップやソウルをスクリューミックスしてましたけど、Oneohtrix Point Neverはそれを1980年代の家電のCMやフュージョンでやっていた。自分はそこにヒップホップを感じて、彼にはものすごい影響を受けましたし、その流れがニューエイジや環境音楽、アンビエントのリヴァイヴァルに繋がっていって、吉村弘や1980年代の細野晴臣さんだったり、デジタルシンセサイザーを用いて作られた1980年代のアンビエントや環境音楽がフレッシュに楽しめるようになりました。
— その後、2012年に7インチ”Taida Na Onna / Mayonaka”、2017年に『NN EP』と作品を発表されますが、YAMAANさんは、膨大な曲を作るというより、じっくり作り込んでいくタイプなのかなって。
YAMAAN:そうですね。寡作というか、曲を作っていたら、気づくと時間が経っていたという感じなんですよね。あと、その時期に大きかったのは、1人でクラブに行って、聴きたい音に没入する楽しみを覚えたこと。きっかけになったのは、幡ヶ谷Forestlimitとそこで毎週水曜日にやってる(ロングランパーティ)『K/A/T/O MASSACRE』ですかね。Forestlimitに行ったら、みんながアンビエントやエクスペリメンタルなダンスミュージックと向き合うように楽しんでいて、その楽しみ方も踊るだけじゃなく、空間に浸ったり、以前より楽しみ方の幅が広がっていて、自由だなと思ったんですよ。それと同時期に自分でもDJをやり始めたり、クラブからインスピレーションを受けるようになったんですけど、今回の『幻想区域 EP』を作り始める1年くらい前に、DJをお休みして、作品制作に集中しよう、と。
— 『幻想区域 EP』を作るきっかけは?
YAMAAN:きっかけは(2019年、八王子にオープンしたレコードショップ)道程レコーズのTakuro(Higuchi)くんですね。彼がレーベルを始める際に「作品を出しましょうよ」と言ってくれたので、作りかけていた作品をまとめた感じです。そういうきっかけがなかったら、音色の研究をしたり、延々手を加え続けて、自分のなかだけで満足しがちというか(笑)。でも、今回は2人で企画を立ち上げたり、合宿をして一緒に曲を作ったりしていくなかで、具体的に話したわけではないんですけど、お互いが好きなディープハウス、なかでもLarry Heardの世界観とも少し通づるようなトラックが自然と生まれていったんです。
— そして、Larry Heardのサウンドは、YAMAANさんがずっと追い求めてきたアンビエント感もありますしね。
YAMAAN:そう。Larry Heardの1990年代くらいの作品はデジタルシンセぽい曲が多かったりして、そういうものはアンビエント、ニューエイジと通ずるものがありますし、今回、ダンストラックを作ってみて、ヒップホップのトラックよりもグルーヴとアンビエント感が両立しやすくて、するっと作品が出来たんですよね。あと、この作品はハウスのフォーマットではあるんですけど、クラブで鳴りがいい音というより、自分の求める音、ローファイな質感やちょっと遠くで鳴っているような響きを活かした作品になっています。僕はテープのような記録媒体に記録して、音質がざらざら歪んでいたり、音程もうねってしまったり、そういう音のニュアンスが好きなので、曲を作る時はソフトシンセを使っているんですけど、プラグインのエフェクトを重ねて、音を歪ませたり、うねらせたりすることで、自分の求める質感を表現しました。”VHSテープが映し出す解像度の低い、輪郭の曖昧な映像”のような質感ですかね。そういう映像や音像のザラザラした粒子の中に僕は小宇宙のような想像力の広がりを感じるんです。
— 時代の流れとして、テレビが4K、8Kになって、映像がより高解像度のぱきっとしたものになっていってますよね。
YAMAAN:そう。世の中にぱきっとしたものが増えていて、そういう表現にもとても興味があるし、享受もしているんですけど、逆に自分はざらっとした曖昧なものをやっていこうかなって。VHSというメディアも滅びかけていますし、そういったローファイで曖昧な質感の魅力自体が忘れ去られていっちゃうんじゃないかという思いもあります。自分の場合、その質感を作る時にデジタルのプラグインでアナログ感を出そうとしているところが手法としては現代的に捻じ曲がっているかもしれません(笑)。そこでヴィンテージなアナログシンセを使うという選択肢もあるとは思うんですけど、値段が高かったり、維持が大変だったりするじゃないですか。でも、ヒップホップしかり、安いレコードや手持ちの機材を工夫してもの作りするのが面白いというか。僕が好きなアンビエントプロデューサー、H.TakahashiさんもiPhoneでライブや作品作りをしてたり、荒井優作くんもiPhoneとPCを併用してライブやDJをやってたりもしますし、自分もそういうもの作りを楽しみたいなって。
— ちなみに、YAMAANさんは、ここ最近、VHSのテープを集めていらっしゃるとか?
YAMAAN:そうなんですよ。集め始めたのは去年からなんですけど、きっかけとなったのはstillichimiya周りの映像プロダクション、スタジオ石の一員である青木ルーカスくんなんですけど、彼がホラー映画のVHSビデオ・コレクターのドキュメンタリー映画『VHS Of The Dead』を制作中で。川松さんというコレクターの日常を追っているんですけど、タウンページを見て、売ってそうな店に片っ端から電話してはVHSを掘りに行くんです。僕はそのテスト上映を見て、店自体を探す行為に興味を持ち、西荻窪でVHSを売っているお店を見つけたのをきっかけに、自分でもVHSを買うようになりました。VHSを売っているお店って、その佇まい自体がとてもレトロだったりしてある種の幻想区域感があるんですよね(笑)。そして、買ってきたVHSを自分の部屋に立てて置いてみたら、すごくしっくりきたっていう(笑)。
— はははは。VHSのなかでも、YAMAANさんが掘ってるジャンルはあるんですか?
YAMAAN:1980、90年代の邦画、そのなかでも作品のなかでアンビエントな音が鳴ってるシーンが入っているものです。例えば、石井聰亙監督の『水の中の八月』は使われている音もアンビエント的だったりして、音もそうですし、使われているカメラも影響するのか、映像の質感にも時代性がある。要するに、1980年代のアンビエント、ニューエイジを特徴付ける音の質感と一体となった独特な映像の質感があって、そういう作品を探していますね。その質感はもちろん今回の『幻想区域 EP』にも影響していますし、それが発展して、5月14日にForestlimitのストリーミング配信でVHSの映像と音を用いた”VHS Ambient Set”で初めてライブをやったんですよ。
— 拝見させていただいた、そのライヴは歪みやにじみを内包した独特な音と映像でアンビエント感覚を表現した内容でしたが、どういう仕組みになっているんですか?
YAMAAN:ライブの準備段階で、VHSの映画ソフトから物音とかアンビエントな音が入ってるシーン、その映像と音をサンプリングして、それをループやスクリューしたり、コラージュすることでベースとなる映像付きのトラックを作っておいて。ライブ当日は自分で持ち込んだブラウン管テレビからその映像と音を再生しながら、その上に僕がシンセを演奏して音を加えていくというセッティングになっています。
— ブラウン管テレビを使うのは、ざらっとした映像の質感を出すために?
YAMAAN:そうです。あとは、ライブの時にブラウン管テレビが置いてあるとライブを観る側は面白いんじゃないかなって。
— 1980年代に一世を風靡したナム・ジュン・パイクのビデオ・アート(インスタレーション)みたいですよね。
YAMAAN:はははは。ナム・ジュン・パイクについては作品も目にしていたのですが、詳しくなかったんで、この間、改めて本を買って読んだりしました。そういう意味で僕がやっていることはオリジナルなものではないんですけど、クラウドラップやニューエイジやアンビエントの影響を経た上で現代にビデオ・インスタレーション的な要素があるライブをやってみるのも面白いかなと。そういう音と映像の実験的な試みには可能性を感じているので、今後も作品制作やライブを続けていきたいと思っています。
— では最後に制作していただいたDJミックスについて一言お願いいたします。
YAMAAN:このMIXは日本映画のVHSからサンプリングした音声と、僕の好きな楽曲をコラージュして作りました。このコンセプトのMIXは2011年に1作目を製作して、今回はその2作目になります。ラジオドラマを聴くような感じで楽しんでいただけたら嬉しいです。