Vol.100 江村幸紀(EM Records) – 人気DJのMIX音源を毎月配信!『Mastered Mix Archives』

by Yu Onoda and Keita Miki

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— 『ニュー・ルークトゥン』がアジア圏における広い意味での新しいローカリズムを提示しているのに対して、88risingというのは、アジアのコンテンツを利用したアメリカ型のビジネス、つまり、グローバリズムに則った音楽ですよね。

江村:徹頭徹尾、アメリカンなビジネスで、アメリカン・コンテンツが中核になり得なくなってきた今、勢いのあるアジアのコンテンツで稼いでやろうという意図が透けてみえる。流暢な英語を操ってアメリカンラップに同化しようとするRich Brianなんて、格好の素材でしょう。アジアとアメリカの関係がみえる例です。これは彼個人の意思なのでそれ以上言う筋合いもありませんが、『ニュー・ルークトゥン』はそういうことに対して疑問の声を投げかけているんじゃないでしょうか。それもごく穏やかに。

— そういう考え方を共有したうえで、山梨ローカルに根ざしたstillichimiyaの面々とアルバムを作り上げた意義は大きいですよね。

江村:僕らがなんでタイの音楽に入れ込んでいるかというと、歴史的にタイはアジアにおいて植民地化されていない国ということも関係しているのか、自分の国のなかで自分のため何をするのかということにこだわっていて、”自分たちの音楽”を守り続けている姿勢が力強く清々しいんですよ。でも、情報が少ないこともあって、タイのそういう側面は知られてないですよね。娯楽好きの人たちだから、何も考えずにやっているんだろうと思われがちですけど、こと、エンターテインメントに関して、彼らは本当に驚くほど緻密に考えていますし、そういう複雑なところにこそタイ音楽の魅力があるんです。

— ルークトゥンというのは、田園風景や田舎と都市の対比、市井の生活や時事問題を扱った歌詞が特徴であるタイの大衆音楽における一つのジャンルということですけど、ヒップホップとも共通しているところがあるというか、Juuはそのことを自覚して、『ニュー・ルークトゥン』というアルバム・タイトルをつけている、と。

江村:そう。タイの人たちは、伝統音楽を上手に守りつつ、アップデートしながら、その時々のことや感情を面白おかしくエンターテイメントで歌に託しているんです。

— それがタイ語でいうところの”パッタナー”という発想なんですね。

江村:タイでは”アヌラック・レ・パッタナー(保全と発展)”という言い方があるそうで、何かを保持するためには新しいことを取り入れなきゃいけないっていう考え方。そういう意思でアルバムを2年間かけて完成させた時、Juuさんはみんなで拍手して、すごい幸福な時間を過ごせたって言ってたんですよ。SNSで簡略化された情報が行き交って、コミュニケーションが表層的になりがちな今の時代、このアルバムで形にしたような踏み込んだやり取りは難しくなっているように思うんですよね。

— 自分を含め、メディアの責任も大きいと思うんですけど、効率化や利便性の考え方をもとに、音楽も簡略化された情報として扱われ、一瞬の刺激を与えるものとして、消費される傾向が強まっています。

江村:日本人の悪い癖で、”今の気持ちを一言で”って言いますけど、音楽表現という極めて複雑なものを一言では言えないですよ。

— その誕生過程を含め、音楽、芸術は無駄を贅沢に楽しむ娯楽じゃないですか。その無駄を削ぎ落としてしまったら、核心部分が損なわれてしまうことになる。

江村:音楽におけるミニマリズムと生活におけるミニマリズムは根本的に違う話だし、無駄を削ぎ落としたら、確実に音楽がつまらなくなりますよね。

— 人間らしさや個性を尊重した生活をおくるうえで、過度な効率化や消費、グローバリズムとどう対峙するか。ヒップホップに限らず、今の日本の若手音楽家は欧米のトレンドをトレースすることに終始していて、それ以上先の何かに辿り着いていないものが大半だったりする。まぁ、若いから仕方がない部分もあるんですけどね。

江村:若いミュージシャンは経験が浅いから型にハメられがちだし、心地よさから自らを型にハメがちなんですけど、それを一過程として、その先で変わったものを作りたいという欲求が出てきたらいいなって。まぁ、でも、歴史的にみて、そういうクリエイティヴな音楽家はいつの時代も一握りですよ。映画『ゴースト・ワールド』を観て、本当に面白いことをする人は肩身の狭い思いをするのは別に日本だけじゃなくて、どの世界でもあるんだなと。今でこそ人気者のJuuさんでさえ、タイも同じくアメリカのコピーばかりで自分がやってることを理解してくれる人は多くないと言ってて、国を超えて、僕らが共感したことを本当に喜んでくれた。それが今回の素晴らしいコラボレーションに繋がったんだと思いますね。

— 周りに理解者が少なくてもオルタナティヴなスタンスの人はどこの国にもいて、そういう人たちが国を超えて繋がることができるのは、今の時代のポジティヴな側面だと思いますし、このアルバムが体現しているのが、今のEM Recordsのスタンスなんですね。

江村:それと、日野(浩志郎:goat)くんのソロプロジェクト、YPYもJuu & G.Jeeやstillichimiyaとは違う意味で重要なアーティストだと思っていて。ただ、なんで彼の作品をうちのレーベルからリリースしているのか、自分でも上手く説明できないんですけど(笑)、彼とも面白いネタを仕込んでいるところだったりします。レーベルとしては今後も良き出会いが沢山あることを祈りたいですけど、そのためには外に出ないとね(笑)。