Photo:UG | Interview & Text : Yu Onoda | Edit:Keita Miki
※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)
— これまでCHIYORIさんはディープに音楽を探究しつつ、それを普遍的な作品に昇華してきたと思うんですが、プライベートなパートナーでもあるYAMAANさんと組んだ今回の『Mystic High』はディープな探求をダイレクトに反映させた作品になりましたね。
CHIYORI:今までやりたいことが出来なかったわけではないんですけど、メンフィスラップをきっかけに、確かにそういう作品になりましたね。ただ、そのハマり方は、それぞれ別軸だったんですよ。
YAMAAN:以前のMasteredのインタビューでお話させていただきましたが、僕の場合はOneohtrix Point Neverが何かのミックスで、ドローンやアンビエント、ニューエイジと一緒にThree Six Mafiaをプレイしていて、トラップでもないし、東海岸の90’sヒップホップでもない異質なヒップホップ……しかも、さらにそれがドローンと混ざっていることによって、その異質さが強調されていたことで、自分にとってものすごい衝撃だったんですよね。これはいつの時代、どこの地域の音なんだろう?って。
CHIYORI:それが2016、2017年ぐらいの話だったんですけど、同時期に私は(NYのA-1レコーズに勤務し、L.I.E.S.の立ち上げに関わったデルロイ・エドワーズ主宰のレーベル)L.A. CLUB RESOURCEが再発していたメンフィスのラッパー・SHAWTY PIMPの『STILL COMIN REAL』をたまたま見つけて、これはヤバッって。それ以前、90年代のメンフィスラップがフォンクやトラップに繋がっていく流れがあったことは全く知らなかったんですけど、私は私で衝撃を受けて、夫婦それぞれメンフィスラップの沼にハマっていったという(笑)。
— 同じ家で暮らしながら、それぞれが別のきっかけでメンフィスラップの謎めいた世界にハマっていったと。
CHIYORI:そして、私が今回の作品をイメージするうえで大きかったのは、BLOOD ORANGEの”Gold Teeth”ですね。彼はメンフィスラップから大きな影響を受けていて、Juicy Jとも共演しているんですけど、2019年に出たその曲では(Juicy Jと同じくThree Six Mafiaの)Project PatとGangsta BooのラップにTinasheのボーカルをフィーチャーしていて。それがあまりに良かったというか、「私もこういう曲をやりたいな」って思ったんですよね。そうしたヒントをもとにしつつ、R&B的な歌い回しでアプローチしてしまうと、お洒落で気取った印象になってしまうので、2人が大好きな空気公団のような音と日本語が自然に心に入ってくるような歌モノのポップス、あるいは和モノのマナーで言葉とメロディをダイレクトに聞かせることを意識して、『Mystic High』を作っていったんです。
— さらにYAMAANさんはメンフィスラップをアンビエント、ニューエイジ、ダンスミュージックの文脈で捉えてもいますよね。
YAMAAN:そうですね。メンフィスラップにハマる以前の2011年頃だったかな。2人ともクラウドラップが好きだったんですけど、メンフィスラップはその元ネタでもあったんですよね。うちらはメンフィスラップとアンビエントを掛け合わせてみようと今回の作品を作っているうちに、あれ、これはクラウドラップに近いんじゃない? っていう気付きもありましたし、今作の音像はローファイには仕上げていないんですけど、メンフィスラップは安い機材で録音して、カセットテープでリリースされていた音楽でもあって、何故かLRが逆になっているような、気持ち悪い位相の作品があったり、その録音のユニークさというか、ローファイな鳴りが楽しくて。PPU(ワシントンDCのレーベル、Peoples Potential Unlimited)から再発されている宅録ソウルとも近かったりするし、ニューエイジ、アンビエントも音のテクスチャーを楽しむ音楽だったりもするじゃないですか。だから、ジャンルを超えたところで独特な音の質感を追求したところは確かにありますね。
CHIYORI:メンフィスラップはトラップを聴いていた時に出会ったんですけど、トラップって、沢山聴いていると鳴りが良すぎて格好良すぎるから飽きてきちゃってて。そんな時にメンフィスラップはトラップの耳で聴いても、新しい、異質な音楽として響いてきたところもあるし、打ち込みの単調なリズムに声ネタしか入ってない曲もあったりして、それがテクノのようなバイブスにも通ずるというか。
— つまり、2人にとって、メンフィスラップは色んなジャンルと繋がっていくハブというか、触媒のような役割を果たす音楽だったと。
YAMAAN:そして、2020年に制作を始めるんですけど、パンデミックで遊びにも行けないし、時間が出来てしまって、2人で制作でもするしかないってことになった時、当たり前のように”メンフィスラップとアンビエントを合わせた音楽しかないでしょ”って。他の選択肢はなかったですね。
CHIYORI:そう決めたら、2、3日のうちに”すごい”と”AI”、”Dancing”のラフスケッチが出来て。その時点ではあと2曲くらい作って、EPとして出そうと考えていたんですけど、その勢いのまま、最終的にはアルバムに発展していったんです。
— この作品はゲストもユニークで、”Dancing”にフィーチャーした小林勝行さんは、CHIYORIさんが彼にまつわるドキュメンタリー映画『寛解の連続』のプロモーションを手伝われていたんですよね?
CHIYORI:そうですね。最初にライターの二木(信)くんから2ndアルバムの音源を聴かせてもらって、あのいなたさと繊細さを兼ね備えた表現に心を打たれてしまって。その後、プロモーションのお手伝いを通じて、実際に知り合うんですけど、今回の作品を作るにあたっては最初からお願いすることを決めていましたね。彼はサービス精神が旺盛で、作品のテーマであるメンフィスラップのことをリリックに織り込んでくれたり、Pro Toolsを使いこなした宅録が超上手くて、その曲では4小節ごとにフローを変えて、最後はポエトリーで締めるところが完璧だなって。
YAMAAN:彼は、詩人系、文学系のラッパーの枠で語られることが多かったりしますけど、ラップのフローが格好いいし、”Dancing”ではGラップ的なトラックに乗ってもらったことで彼のラッパーとしての格好良さが際立ったなと思いますね。
— そして、”AI”にフィーチャーしているのはHydro Brain MC’sのKaravi Roushi。
CHIYORI:彼も初めの時点でお願いすることを決めていたというか、小林勝行とKaravi Roushi以外は全く考えていませんでしたね。
— CHIYORIさんはMONJUのリリースパーティでもお見かけしていましたし、オーセンティックなラッパーも大好きだと思うんですけど、今回フィーチャーした2人はどちらも異色のチョイスだと思いました。
CHIYORI:誰もやらないであろう組み合わせを形にしたいという気持ちが強かったし、同時に外に向けて開かれたコラボレーションにしたかったんですよね。
YAMAAN:とはいえ、全く知らない人に頼んだわけではなく、むしろ、制作時期に一番関係性が深かった人たちだったりするしね。
CHIYORI:Karavi Roushiとはクラブでもよく会っていたんですけど、一緒に遊んでいたというより、クラブの後に一緒にラーメンを食べる人というか、その時によく話をして。彼はかなりのラップマニアだから、最新のフローとか、誰が今ヤバいのか、そうかと思えば、レジェンドについても詳しいから、ラップの進化、その歴史とか文脈を教えてくれたりとか。
YAMAAN:そして、なにより2人とも彼のアルバム『清澄黒河』は大好きでしたからね。
— あのアルバムはトラップのフォーマットを借りつつ、それをダブテクノのように鳴らしたり、そこに多彩なラップのフローを散りばめたり、異形のヒップホップそのものといえるような作品でしたもんね。
CHIYORI:私たちにとって、メンフィスラップ自体が普通の音楽じゃないから、今までにないもの、彼らにとっても歌モノへのフィーチャーリングは初めてだったから、それがいい形に仕上がって大満足ですね。
— そして、謎のラッパー・Skinny Dolphine、ビートメイカーのITL、アートワークのTakara Ohashiに加えて、リミキサーにはLSTNGTとBUSHMIND。これまた一筋縄ではいかない面々ですね。
YAMAAN:LSTNGTは浅倉大介やトランスがルーツにあり、かつてはシューゲイザーとかをやっていたこともあって、その後、一人で打ち込みを始めた時に恐らく自分の原点であるトランスを掘り下げたんでしょうね。今回、僕らがリミックスをお願いするにあたって、自分とは違って、なおかつ、独自のテイストが強くある人に解釈してもらうことで、『Mystic High』の世界が広がるだろうし、オリジナルとは異なるアングルからも楽しんでもらえるだろうなって。そういう意味において、LSTNGTが用いるトランスのシンセは自分たちから絶対出てこないものだと思ったし、彼はトラップやニューエイジも詳しいんですけど、SoundCloudにアップした”海帰線”というニューエイジのDJミックスを聴くと、泣きのギターが入っている曲だったり、フュージョンみたいな曲だったり、環境音楽的なニューエイジとは全然違うベクトルを掘り下げているんですよ。だから、かなり面白い化け方をするだろうなっていう確信があったし、実際、彼が手掛けた”Nature”のリミックスはglobeのKEIKOをイメージしながら作ってくれたんですよ。
— ”I’m So High”を手掛けたBUSHMINDは、二人にとって、メンフィスラップからダンスミュージック、ニューエイジまで全てを理解した同世代のプロデューサーという感じなのかなって。
CHIYORI:まさに。だから、オリジナルのニュアンスをきっちり汲み取って、そのリミックスではニューエイジとメンフィスのネタを織り込んで、このアルバムを締め括る集大成的なトラックに仕上げてくれたんですよ。私たちは2人で連れ立って、クラブに遊びに行くことは少なかったんですけど、YAMAANはAQUARIUMともアンビエントで繋がっていて、私は私でBUSHMINDとの繋がりがあったので、彼らがやってるパーティ『惨劇の森』に通うようになり、そこで流れるようなリミックスになっていると思うし、BUSHMINDとしても日本語ボーカルのダンストラックを手掛けたことがなかったらしく、楽しんで取り組んでくれてたみたいです。
— ゆったりしたオープニングからラストのBUSHMINDによるダンストラック・リミックスまで、この作品のBPMの幅はジャンルを超えて、お二人が楽しみ、遊んできた音楽の幅でもあるというか。そして、このアルバムの外でも、2020年にAIWABEATZ”Pearl Light”にお二人がフィーチャーされていたり、まさに1月31日にtofubeatsがプロデュースしたA-THUG”BOY.. DON’T CRY”のリミックスにCHIYORIさん、LSBOYZのPeedogが参加していたり、お二人の周りで面白いクロスオーバーが起こっていますよね。
YAMAAN:AIWAさんは、僕の『幻想区域』を聴いて連絡をくれたんですけど、彼はBUSHBASHでもforestlimitでも遊んでいて、行動範囲が僕らとかなり近いんですよね。しかも、知り合って間もなく、スクリューでDJするために、「自分用に『幻想区域』の曲を45回転のダブプレートにしてもいいですか?」って連絡をくれて。そんなの嬉しすぎるじゃないですか。そこから仲良くなり、コロナ禍で配信することになった彼のパーティ『ideala』に呼んでくれて、僕は初めてのVHSアンビエントライブ、CHIYORIちゃんはDJでメンフィスラップ・セットを披露したんですよ。
CHIYORI:そういえば、そのDJの最中に制作途中だった”すごい”と”Dancing”を歌ったんだ!
YAMAAN:で、その後、AIWAさんが自分の作品を作っている時に何か一緒にやりませんか? ということで声をかけてくれて、作ったのが”Pearl Light”なんですよ。AIWAさんがサンプリングネタと、それをダンスホール・レゲエのアプローチでチャレンジしたいというアイデアを提案してくれて、こに自分のアンビエント・テイストやシンセサイザーを加えていって共作したんです。
CHIYORI:昼にうちに来たAIWAくんとYAMAANがトラックを作り始めて、夕方、私が仕事から帰ってきたら、トラックが完成していたので、そこから歌詞を書きつつ、歌録りを始めて、その日一晩で奇跡的に完成したので、自分たちの作品を作るうえで、自信にもなりましたね。その後、この曲は映画『寛解の連続』の光永惇監督と”STARCAR”のMVを監督したSuguru Yamazakiにカメラマンで入ってもらい、ミュージックビデオも作りました。
— A-THUG”BOY.. DON’T CRY”リミックスについてのエピソードも教えてください。
CHIYORI:両者のラップが乗った状態で制作が始められたので、それぞれのメッセージを私なりに解釈して、哀愁さとポジティブさが両立した表現を目指しました。『Mystic High』以降、久々の制作だったし、tofubeatsさんのビートのアプローチも含め、とても新鮮な気持ちで作れました。
— そういう化学反応を誘発しているところも含め、今回のアルバムは各所に新たなインスピレーションを与える重要な作品になりましたね。
CHIYORI:そう言ってもらえてうれしいですね。ただ、自分のなかではちゃんと完成して、自主リリースまで完走できてホッっとしているというか、この作業をもう1回やれと言われたら無理かもしれない。それくらい没頭できたのは自分にとってもとても重要な作品になりました。
YAMAAN:制作のタイミングや人との繋がりも含め、全てのパーツが上手く繋がった作品が出せました。2人の次回作の構想も少しずつ浮かんできていますし、2月初旬に収録曲”すごい”のMV公開とカセットテープの再プレスもありますので、楽しみにしていただけたら嬉しいです。
— 最後に、制作をお願いしたDJミックスについて一言お願いいたいます。
YAMAAN:BUSH BASHで行われた”Pearl Light”のリリースパーティーでのDJを基軸に再構成して作りました。アンビエント発、ダンスホール経由、メンフィス行きな感じのミックスです。
2022年2月7日(月)リリース ※再プレス
レーベル:JURAKU RECORDS
形式:カセットテープ
価格:2,200円(税込)