by
and
MasteredレコメンドDJへのインタビューとエクスクルーシヴ・ミックスを紹介する「Mastered Mix Archives」。今回登場するのは、ニューヨーク・ブルックリンを代表する人気パーティ、Mister Saturday Nightを主宰するDJのイーモン・ハーキン&ジャスティン・カーター。
2008年に活動を開始した彼らは、クラブを飛び出し、ブルックリンのバックヤードやロフトスペース、ウェアハウスで行うDIYスタイルのパーティ“Mister Saturday Night”で広範な支持を集めると、2011年にはオープンエアのサンデー・アフタヌーン・パーティ“Mister Sunday”を発展的に開催。昨年には、クイーンズのリッジウッドにアウトドア・ヴェニュー、Nowadaysをオープンさせた。また、2012年にはレーベルを始動。アンソニー・ネイプルズやアーチー・ペラーゴ、ジェネラル・ラッドといった新たな才能を続々と輩出し、一躍、ダンスミュージックの最重要レーベルと目されるようになった。
街に根ざし、音楽を核としたコミュニティとしての空間を強く意識したパーティをシリアスに追求する彼らの音楽哲学とは果たして?4月末に予定している初来日ツアーを目前に控え、イーモンとジャスティンにインタビューを行うと共にDJミックスの提供を依頼。ディスコからNYハウスの時代、そして、現代へと継承されるパーティカルチャーの神髄を味わうべく、彼らのパーティに駆けつけよう!
Interview & Text : Yu Onoda | Translation : Ai Hanadate | Photo : Natalie Keyssar | Edit : Yugo Shiokawa
※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)
作り上げるまでには時間がかかったけど、ベストな環境が最高のプレイに繋がることを考えて、安易に妥協しなくてよかったなと今は思っているよ。(Justin Carter)
— Mister Saturday Nightは、日本において、素晴らしい作品を多数リリースしているレーベルとして認識されているんですが、それ以前から同名の素晴らしいパーティがよく知られています。そのパーティオーガナイザーであり、DJでもあるお二人の自己紹介をお願いします。
イーモン:僕はイーモン・ハーキン。アイルランドで生まれて、18歳の時に大学進学とダンスミュージックへの興味からロンドンに移り住んだんだ。生まれ育ったアイルランドでは音楽シーンの動向をタイムリーに知ることが難しくて、当時はインディーバンドを聴いていたんだけど、今思うとそれは自分が求めていた音楽のテイストではなかったんだよね。そして、移り住んだロンドンでは、クラブだとFabric、DJではグラスゴーのデュオ、オプティモやジャイルス・ピーターソンを通じて、ロンドンのパーティカルチャーの洗礼を受けた。当時のロンドンは活気に満ちていたから、その後、僕はダンスミュージックにどんどん傾倒していった。そして、大学卒業後はロンドンでウェブデザインの仕事に就いたんだけど、仕事の機会があってニューヨークに渡ったんだ。アイルランド人にとって、ニューヨークという場所はとてもロマンチックな場所で、アメリカとアイルランドの間には、イギリスとアイルランドよりも情熱的な関係が存在すると思う。そういった経緯から、アドベンチャーに出かけるような気持ちでニューヨークに来て12年。今もアドベンチャーのような毎日を送っているよ。
ジャスティン:僕はジャスティン・カーター。アメリカ南部のノースカロライナとサウス・ウエスタン・バージニアで生まれ育った。父は50年もギターを弾いている現役のミュージシャンで、レコード・コレクターでもあるんだけど、そんな父の影響を受けて、様々な音楽を聴いたり、ギターを弾くようになったんだ。そして、18歳の時に大学進学でニューヨークに来たんだけど、いま、35歳だから、ニューヨークには17年いることになるね。大学在学中もアコースティックギターを弾きながら歌ったりしていたし、CDのコレクターでもあったんだけど、同じレストランで一緒に働いて、大学の寮で同室だった友人の一人がDJだったんだ。当時住んでいたのは、ハーレムよりも向こう、モーニングサイドハイツっていうエリアだったんだけど、近くには多くの友人が住んでいて、そのなかの一人もDJだった。彼らはいろいろな場所でプレイしていたこともあって、その2人のDJの影響で、自分の音楽に対する情熱がさらに高まり、レコードを買い始めたり、DJの練習をするようになったんだ。
— それ以前はDJカルチャーに興味がなかったんですか?
ジャスティン:そう、ニューヨークに来る以前、DJに関する知識も全くなかったんだけど、寮の同じ階に住んでいた女性に年上のボーイフレンドがいて、その彼から大学が始まって1週間目に「一緒にBody & Soulへ行こう」と誘われたことも大きかったね。フランソワ・ケヴォーキアンとダニー・クリヴィット、ジョー・クラウゼルという3人の偉大なDJによるパーティ、Body & Soulは、当時の自分には何がすごいのか、その理由はよく分かっていなかったんだけど、ものすごく引き込まれるものがあって、一緒に行く友人がいなければ一人でも行くほど頻繁に通うようになり、気づいたら、スタッフとして働くようになっていたんだ。そして、その頃から自分は単にDJをするだけじゃなく、最適なパーティー空間を作り上げることに意識が向かうようになった。
— イーモンはどんなパーティやDJに影響を受けたんでしょうか?
イーモン:Mister Saturday Nightにとってのインスピレーションという意味で、僕にとって重要だったのは、オプティモだね。ロンドンに住んでいた当時、スコットランドのグラスゴーに住んでいる妹を訪ねる時に、オプティモが(世界的に高く評価されているクラブ)サブクラブでやっていたウイークリーのサンデーパーティによく行っていたんだ。彼らの魅力は、2人のレジデントDJ、JDトゥイッチとJGウィルクスを介して人々が交流を図る、コミュニティのような空間にあるんだ。そこには様々なジャンルの音楽があって、とてもオープンマインドな体験ができる場所だった。その特別な空間こそが、単なるテクノのパーティやハウスのパーティ、あるいはビッグネームのDJのラインナップには全く興味がない自分をも夢中にさせた理由なんだよ。彼らが音楽カルチャーにおいて担った重要な役割を考えると、何故、リッチー・ホーティンやデリック・メイといったDJのように評価されていないのか、その理由がよく分からないな。だって、彼らは大きなものを、ムーヴメントを作り出したわけだからね。
— つまり、Mister Saturday Nightは、ディスコ、NYハウスの流れを汲むBody & Soul、それからオプティモのパーティが体現していたレフトフィールドなサウンドとコミュニティ意識に大きな影響を受けたパーティなんですね。そんな2人が出会ったのは?
ジャスティン:僕がミュージック・ディレクターを務めていた今はなきクラブ、APT(セオ・パリッシュがレジデントを務めていたことでも知られる)だね。イーモンをレジデントDJに、アフリカ・バンバータをブッキングしたのが最初だったと思う。その後、ロウアー・イースト・サイドの小さなヴェニューで一緒にパーティをするようになって、それがMister Saturday NightとMister Sundayへと発展していったんだ。その道のりはもちろん今も続いていて、自分たちの音楽にとって最高の環境、発信した音楽をそこにいる人々とシェアし、音楽を中心に人々が集まる場所を作り上げようと試行錯誤の真っ最中だよ。それこそがMister Saturday Nightのミッションであり、僕たちが得意とすることだ。
Mister Saturday Nightのパーティがなぜスペシャルだと言われるのか。もちろん音楽はとても重要だけど、僕たちは音楽だけでなく、音楽が最高の方法でオーディエンスに届けられるように、パーティ全体を考えて、完全な、素晴らしい体験を提供することをゴールに掲げているからだと思うんだ。そのためには、人々が踊ることだけを考えて、どんなレコードをセレクトするかだけでなく、そのパーティを一連の体験として考えなければ意味がない。会場に来る人たちは、例えば、エントランスでお金を払う時にセキュリティとも話さなければならないし、会場には誰がいるのかも気になるよね。そういったことがすべて上手くいかなければ、素晴らしい体験を提供することは不可能なんだ。
— 当初から現在のようなパーティのイメージはあったんでしょうか?
ジャスティン:どういう風にやりたいかというアイデア自体はあったんだけど、そのアイデアを元に、Mister Saturday Nightを始めたわけじゃないんだ。(2008年にMister Saturday Nightを始めることになるマンハッタンのクラブ)Santos Party Houseに初めて行った時、そこには興奮と楽しさがあった。クールなクラブの経営者やアーティストたちをはじめ、来ている人々も面白い人ばかり。その雰囲気に興奮した僕らもここでパーティをやりたいと思って、名前を見たり、聞いたりするだけで親近感や興味を抱いてもらえるようなMister Saturday Nightという名前を自分たちのパーティに付けたんだ。
当時よくあった……現在もそうかもしれないけど、ダークなイメージのパーティではなく、純粋に楽しく、無心で楽しめるようなパーティ。なおかつ、シリアスにクオリティの高い音楽で楽しめる、そんなパーティを作りたくて、ケリー・チャンドラーとオプティモをフィーチャーしたり、ラリー・ハードとムーディーマンを組み合わせたり、自分たちなりに面白いと思えるブッキングを企画したんだけど、やがて、パーティは上手く機能しなくなってしまったんだ。
イーモン:なぜ、クラブでの“体験”をオーディエンスに伝えることが出来なかったかというと、僕たちがパーティを運営する上でのすべての要素をコントロールしていなかったことが原因だった。何かをする時に誰と話せば良いかも分からなかったし、バーやドアにいるスタッフとの連携も取れていなかった。つまり、スタッフは皆、単にそれぞれの仕事をこなしているだけだったんだ。だから、1歩引いてみて、自分たちですべてをコントロールできるパーティを作るため、セキュリティチームを雇い、バー周りを見直し、パーティに最適なヴェニューを探し、一緒にパーティの音楽を担当するアーティストのブッキングまで、すべてに関わったんだ。システムやプロセスを改善するには長い時間がかかったし、ものすごく大変な作業だったけど、それによってチームと呼べる信頼できる人々が集まり、オペレーションを組むことができるようになった。そして、近年は僕たちが目を光らせなくともパーティを運営できるようになったよ。今の僕たちには信頼が置けるチームがいて、彼らは自分が何をすべきかを知っているし、実行する力もある。そのおかげで、僕たちはレーベルや今回のツアーのような他のことに集中できるんだ。
— 現在、Mister Saturday Nightのパーティは何人のスタッフで運営されているんですか?
ジャスティン:夏にはMister Sundayという野外パーティを開催するため、約50人が集結するんだ。バー周り、セキュリティ、エントランス、サウンドエンジニア、プロダクションのスタッフ……たくさんの人が関わってくれているよ。そして、信頼が置けるスタッフにいるからこそ、DJにフォーカス出来るようになり、自分たちがプレイする時間も長くなっていったんだ。そうした環境を作り上げるまでには時間がかかったけど、ベストな環境が最高のプレイに繋がることを考えて、安易に妥協しなくてよかったなと今は思っているよ。
— Mister Saturday NightとMister Sundayは、ブルックリンを中心に、ロフトやウェアハウス、イベントスペースや野外の会場など、色んな場所でパーティを行っていますが、ニューヨークという大都会での会場探しはいかがですか?
ジャスティン:東京でもそうだと思うけど、パーティを運営するにあたっては、それが一番大変だね。Santos Party Houseで開催した10回のパーティを除くと、その後何年も「このパーティはこのヴェニューで、そのパーティはまた違うヴェニューで」というようにパーティごとに場所を変えてやってきて、8年目となる今年は最初のパーティから250回を迎える年なんだけど、毎回、サウンドシステムのセットアップと撤去がホントに大変だった。しかも、ニューヨークにはものすごい数の人たちが住んでいるから、様々な利害の不一致もある。夜中に騒音で近隣住人を起こすわけにはいかないし、パーティをやるなら、安全な場所じゃないとね。それに加えて、ニューヨークは賃料が高いし、競争率も高いうえに、僕らは会場費にたくさんのお金を掛けることもできないから分が悪かったりするし、毎回同じ場所を使える保証もない。場所が変われば、サウンドシステムの調整も必要だし、そもそも、DIYスペースやロフトスペースの多くはパーティに使用することが違法だったり、営業の権利がないことで警察が来てパーティを中断しなければならなかったりもするから、そういった条件をクリアできるスペースを見つけ出すのはホントに難しいよ。そんなこともあって、昨年、クイーンズのリッジモンドに自分たちのヴェニュー、Nowadaysをオープンしたんだ。
— Nowadaysの評判は、海を越えて、日本にも伝わってきてますよ。
イーモン:16000平方フィート(1500平方メートル)のアウトドアのスペースで、パーティだけでなく、仲の良い友人や仲間たちが音楽を聴きながら集まって食事やお酒を楽しめる場所なんだ。オープン当初は、そこが単にパーティをする場所だという先入観を植えつけたくなかったから、あえてパーティを立て続けに開催しなかったんだけど、今年の夏はここがMister Sundayの本拠地になるんだ。それ以外の日は文化的なプログラムの開催を予定していて、例えば、教育プログラムをシリーズ化したり、尊敬されているレコード・コレクターを迎えてのリスニング・セッションを開催したり、自分たちが好きだと思えることのために使用することでコミュニティに還元したいと思ってるよ。
ニューヨークの冬はものすごく寒いから、今はクローズしているんだけど(笑)、今後、インドアのスペースを作るプロジェクトもあるよ。予定しているのは、壁の両側にある窓から差す自然光が素晴らしい6,000平方フィート(550平方メートル)のウェアハウスなんだけど、オープンに向けて準備をしているところなんだ。このウェアハウスが完成したら、アウトドアのスペースと合わせて一年中場所が提供できるし、インドアのスペースでも同じようなプログラムが開催できるようになる。これまではヴェニューを転々と移動していたから、ついに”ホーム”と呼べる場所ができることで、活動にもさらに集中できるようになると思っているよ。
— また、Mister Saturday Nightは反貧困団体のロビン・フッド基金にパーティの売上の10%を寄付したり、チャリティの意識も高いと伺っていますが、音楽、ダンスミュージックと社会やコミュニティの関係について、どんな考えをお持ちですか?
イーモン:僕たちが寄付をするのは、それが僕たちのやり方だからということに尽きるね。というのも、僕たちは、単にダンスミュージックと繋がっているというだけでなく、音楽を通じてグローバルなコミュニケーションを図っているという、そんな意識を持っているんだ。僕たちもコミュニティの一員であるし、以前、僕たちがコミュニティの新参者だった時、ある場所でパーティをしようとしていると、近隣住民の一人が「そこは以前コーヒーショップだったのよ」と教えてくれたりして、そうやってコミュニケーションを図りながら、自分たちもそのエリアに暮らす人々と同じように行動して、馴染むように心掛けたんだ。その結果、段々と近所の人々がパーティに来てくれるようになって、「ここはクールなエリアだね」なんて言ってくれるようになったんだけど、エリアというのはそうやって、少しずつ変化を遂げるものだと思うんだ。
そして、ロビン・フッド基金に寄付をするもう一つの理由は、ニューヨークで貧困と戦う人たちへの寄付であるということ。僕たちは色んな人と繋がりながら、パーティをしているからこそ、何らかの形で社会的な責任を果たす必要があると思ってる。その繋がりのなかにいるからこそ、僕らは何かひとつもらったら、その分のお返しをしなければならないと考えているんだ。こうした寄付についての話題は話さなくてもいいことだけど、僕たちがやっていることを知ることでみんなにも自分にできることを考えて欲しいと思っているから、あえて公言しているんだよ。
— そして、パーティやヴェニューなど、理想的な発展を遂げているMister Saturday Nightは2012年に始動したレーベルもアンソニー・ネイプルズやジェネラル・ラッド、アーチー・ペラーゴなど、突出したクオリティの作品を多数リリースしていますよね。
ジャスティン:そうだね。レーベルに関しては、構想からレーベルに合う音楽を見つけ出すまでにかなりの時間がかかったんだ。なにせ、レーベルは世界中に数え切れないほどあるからね。そこに自分たちが加わるのなら、音楽を通じて、ステートメントを発表したかったんだ。そんななか、フィラデルフィアでDJをした際に出会ったのが、アンソニー・ネイプルズなんだ。聴かせてもらった彼のトラックを気に入った僕たちはいくつかアドバイスして、ソング・オリエンテッドな「Mad Disrespect EP」を仕上げてもらった。そして、その作品こそがレーベルの立ち上げにふさわしいと思ったんだ。
そして、2012年にスタートしたレーベルの発展の仕方も僕たちがパーティを自分たちでコントロールするようになったプロセスと似ていて、まずはレーベル運営のすべてを理解しようと努めたよ。レーベルのロゴ、ジャケットの製作から始まって、最初の5〜6タイトルは僕のアパートで梱包して、ディストリビューターに発送した。そして、今までやり取りしてきたディストリビューターと取引しつつ、ここ数作は自分たちでディストリビューションも手掛けるようになったよ。こうしたすべてのプロセスを学びながら、パーティ同様、信頼出来るスタッフに業務を委ねられるようになったし、よりクオリティの高い作品リリースを目指しながら、新たな才能を発掘する際にも確信をもって進めることが出来るようになったと思っているんだ。
— そのレーベル作品のラインナップには、2014年に「People Are Changing EP」をリリースした岡山のトラックメイカーKeita Sano、そして、間もなく「The Clay EP」が登場するイルリメこと鴨田潤という、才能溢れる2人の日本人プロデューサーが名を連ねていますよね。
イーモン:じつは僕らはKeitaとも潤とも会ったことがなくて、彼らがメールで送ってくれたデモを通じて、その才能を発見したんだ。僕らのレーベルで実際に会わずに契約したのは彼らだけなんだけど、それもまた、今回僕らが日本に行くのを楽しみにしている理由でもあるんだよ。東京のギグではKeitaと一緒にプレイすることにもなっているし、彼らと会うのが本当に楽しみだ。
思うに、僕らが惹きつけられるのは、彼らの音楽には欧米のアーティストには感じることがない、燃えるような何かが感じられるからなんだ。それが日本のカルチャーから受けた影響によるものなのかどうかは分からないけど、少なくとも西洋音楽の影響でないと思うよ。そして、そんな彼らの個性こそがレーベルのサウンドを発展、進化させてくれると思っているんだ。
ジャスティン:いや、僕は潤と会ったことがあるんだよ。彼はある時から僕らのところにデモを送ってくれるようになって、それをパーティでもプレイしてたんだけど、2年前の夏、ニューヨークにやって来た彼と何度か会ったよ。僕の家にも遊びに来て、一緒にスパゲティを食べたんだけど、僕が家でダシを取る時に使う七味唐辛子をお土産に持ってきてくれたんだ。潤、お土産をどうもありがとう(笑)!
その後、彼はMister Sundayにも来てくれて、パーティ中ずっと踊ってたんだよ。そして、Mister Sundayを体験したあと、その体験に基づいて調整した彼のトラックが本当に素晴らしかったから、僕らはリリースを決めたんだ。彼のトラックは、予想出来ない作風で、ものすごく興味深いよね! そんな作品を僕らのレーベルからリリース出来るなんて、ホント光栄だよ。
イーモン:え、そうなの!? 彼がパーティに来てくれたなんて知らなかったな!今度、彼がニューヨークに来た時は僕にもスパゲティを食べさせてくれるんだろう?(笑)
ジャスティン:いつでも大歓迎だよ(笑)。
— そして、今回、提供してもらったミックスについてご説明いただけますか?
ジャスティン:このミックスは、ブルックリンのShea Studium DKというヴェニューで行ったMister Sundayのプレイを録音したもの。ヴェニューの名前は、クイーンズにあったニューヨーク・メッツの球場名から来ていているんだけど、実際は、キャパシティ300人のDIYスペースなんだ(笑)。そこでのパーティ終盤、朝の7時から9時頃にかけて、2人で交互に2枚ずつプレイしたんだけど、このミックスを聞いて、ブルックリンのMister Sundayにいるような気持ちを味わってもらえたらうれしいね。
— 最後に、間もなく、日本のダンスフロアで出会うことになるパーティ好きに一言。
イーモン:ジャスティンと僕が日本に行くのは今回が初めてなんだ。2人にとって日本は、単に仕事のためだけでなく、長い間ずっと「行ってみたい国」だったから、日本に行きたいと二人で話してきたんだ。
ジャスティン:なんせ、僕は家で”ダシ”をとっているほどの日本食好きだからね!
イーモン:そして、来日までに多くの方に僕たちのウェブサイト見て、トラックを聴いてもらえたら嬉しいね。僕らにとって、遠く離れた場所での新しい出会いは常に素晴らしいものだし、パーティに来てくれるみんなにも新しい体験をしてもらえるはず。というか、日本にいるみんながブルックリンにいる僕たちのことをすでに知っているということがスゴいよね。では、ダンスフロアで会えることを楽しみにしてるよ!
■HP
http://mistersaturdaynight.com
■instagram
https://www.instagram.com/mrsatnight/
■NOWADAYS
http://nowadays.nyc
■NOWADAYS instagram
https://www.instagram.com/nowadaysnyc/
Mister Saturday Night Japan Tour 2016
APRIL 28(THU) 名古屋 Club Mago
with APOLLO, HATTORI, SE-1(BLACK CREAM)
APRIL 30(SAT) 大阪 Socore Factory
with DJ Ageishi (AHB pro.), DNT,
Japanese House Machine (live)
MAY 2(MON) 東京 Contact
with Monkey Timers, Keita Sano, JUN “JxJx” SAITO(YOUR SONG IS GOOD / KAKUBARHYTHM)
MAY 5(THU) 江ノ島 OPPA-LA
with Tohru Takahashi, DJ IZU