MasteredレコメンドDJへのインタビューとエクスクルーシヴ・ミックスを紹介する「Mastered Mix Archives」。今回登場するのは、日本を代表するDJであり、Chari ChariやAurora Acoustic、本人名義などの音楽制作を長年に渡って行ってきた井上薫。
最新のダンス・ミュージックと伝統的なワールド・ミュージックを横断しながら、現出させるフューチャー・プリミティヴなサウンドスケープが高く評価されている彼は自身のレーベル、SEEDS & GROUNDを主宰。2013年に設立10周年を迎え、シングル2タイトルのリリースを控えるなか、DJや音楽制作の核について、そして未来の展望について語ってもらった。弛緩と覚醒の波が押し寄せるディープ・リスニングなDJミックスとともにお楽しみください。
※ミックス音源はこちら!(ストリーミングのみ)
自分にとって一番重要なのはフィジカルな感覚なんだよね。運動そのもの。ダンス・フロアに人がいて、その動きがエネルギーになって空間のムードを作り出す。そして、そのムードに触発されたDJプレイがまたフロアを動かしていく。
— 薫さん主宰のレーベル、Seeds And Groundは2003年の設立から今年で10周年なんですね。
井上薫(以下、井上):そう。気づいたら、10年経ってたって感じ(笑)。まぁ、ガッチリレーベル運営をしていたわけではなく、無理なく、手の届く範囲でやってきたし、去年からは流通や宣伝でJAZZY SPORTに手伝ってもらいつつ、制作や基本的な運営を自分一人でやるようになって。Kaoru Inoue名義の『A Missing Myth Of The Future』とAurora Acousticの『Harmony Of The Spheres』、『The Light Chronicles』っていう3枚のアルバムを連続で出してみて、自分なりに充実感があったんだよね。今はどういうフォーマットで出すのが正解か、音楽それ自体が響くかどうかも分からない時代じゃない? でも、分からないからやらないということではなく、自分なりのペースで作品を出してみたら、タワー・レコードのような実店舗が応援してくれたり、そこでアルバムを手にとってくれる人がいたり、想像以上に手応えがあって。それは自分にとってうれしい驚きだったね。
— 悲観論を好む人も少なくはないですけど、世界的に見ても、日本は手に取ることが出来る作品がまだまだ好まれていますよね。
井上:日本の根底には、全てのものには神が宿っているっていう八百万の神の考え方が依然としてあるから、パッケージがまだまだ好まれているんじゃないかって誰かが言ってたんだけど、言われてみればそんなような気もするというか(笑)。まぁ、世界的に見ても、ダンス・ミュージックに限らず、ヴァイナルが見直されていたりもするし、配信で音楽に接してきた若い子にとっては、逆に手に取れる作品が新鮮に感じられるのかもね。
— ポスト・インターネットの発想ですよね。
井上:5年、10年前と状況があまりに変わったから、自分にとっては、音楽の作り方から始まって、発表する形態や届け方まで分からないことが多くて。だからこそ、身をもって音楽とその反応を体感することが出来るDJは、自分にとって重要な行為なんだよね。あと、音楽制作自体は想像、妄想で頭をパンパンにして(笑)、没頭出来るところが単純に面白かったりするんだけど、インストゥルメンタルのダンス・ミュージックは、基本的に「ただ感じろ」っていう世界だったりするじゃない? でも、その世界を語る言葉がないのは個人的にもったいないというか、他にやる人がいないなら自分がやろうと思って、失われた神話を未来に向けて紡ぎ出すっていうコンセプトで『A Missing Myth Of The Future』っていうアルバムを作ったという。
— つまり、薫さんのなかでは、具象と抽象だったり、精神的なものと肉体的なもののバランスがせめぎ合っているんですね。
井上:ただ、アルバムのフォーマットは前時代的なものなのかなっていう思いもあるし、いわゆるアルバムに変わる新しい何かも見てみたいというか、高音質配信があったり、USBに音源を入れて売ってみたり、現時点では発表の仕方も細分化しているのが現状なんだろうけど、音楽家として、新しいフォーマットを切り開いていくべきなんじゃないかっていう思いもあって、その点ではiPhoneアプリを出したり、ギャラリーでのインスタレーションをやったりしているブライアン・イーノが攻めてる感じだよね。
— そういえば、薫さんも10月にYoshio Kuboの2014春夏コレクションでライヴをやられてましたよね。
井上:そう。あれはなかなか楽しかったよ。その春夏コレクションはスペインのアンダルシアがテーマだったから、フラメンコのダンサーと、たまたまその時に来日していたコンテンポラリー・フラメンコのギタリスト、それから自分がPCのAbleton Liveを使ってライヴをやったんだけど、そんな感じで、今後も知り合いのヴィジュアル・アーティストとインスタレーションのパフォーマンスをやってみたいと思っているんだけどね。
— 音楽制作それ自体についてはいかがですか?この10年でコンピューターを用いた音楽制作が劇的に進化して、トラックの制作に取り組みやすくなった反面、膨大な数の作品がリリースされるようになりましたよね。そんななか、作り手の突出した個性を生み出すのが難しい時代でもあるのかな、と。
井上:その作品が個性的かどうかは聴いた人が判断することだから、自分の作品がどうなのかは分からないけど、自分はこの20年、音楽制作における機材の進化を体験してきて、機能的に制限があったサンプラーの時代に機材の使いこなし方を相当突っ込んで試行錯誤していたから、機能的な制約がなくなった今は機材の使い方を掘り下げるんじゃなく、直感的に扱うようになったことがオリジナリティに繋がっているのかもしれない。
— 薫さんはかつてバンドでギターを弾いていたこともあるんですよね。だから、ギターを弾いて音を出すように、トラック・メイクにおいても直感的というか、そういうフィジカルな感覚が重要なのかもしれませんよね。
井上:そう、DJにしても、自分にとって一番重要なのはフィジカルな感覚なんだよね。運動そのもの。ダンス・フロアに人がいて、その動きがエネルギーになって空間のムードを作り出す。そして、そのムードに触発されたDJプレイがまたフロアを動かしていく。目に見えないものではあるんだけど、そういうエネルギーの循環はフィジカルな感覚が軸になっているような気がするし、ダンス・ミュージックが細分化しているからこそ、自分のなかではダンス・ミュージックの根源的なものをここ最近改めて捉え直しているところかな。
— なるほど。
井上:しかも、DJの場合、プレイする時間や場所、状況は毎回違うし、刻々と変化するものじゃない? だから、その都度、その場のエネルギーを感じ取ることが自分にとっては大事だし、逆に人の作ったレコードをプレイするDJという行為を通じても、音を介して自分の感情やエネルギーが放出されるんだよね。そういう意味で言うと、今年の夏、入院していた自分の父親が亡くなったんだけど、亡くなる3日前にDJのスケジュールが入っていて。DJは仕事だから、病院からクラブに行ったんだけど、その日のプレイはすさまじいエネルギーを注入、放出していたのが自分でもはっきり分かったほどだったのね。お客さんはいつもより少なかったんだけど、自分も含めてある意味トランス的に皆踊り倒してて。で、終わってからまた病院に戻ったんだけど、前の日の音楽体験を経て、感情が洗われたピュアな状態で死が近い父親を前にした時に、最も深い悲しみが訪れて、それから送り出す覚悟が出来た。改めて、音楽の持っている力を再認識させられた体験だった。
— そんななか、マイペースなリリースで10周年を迎えたSEEDS & GROUNDから2枚の12インチ・シングルがリリースされるわけですが、どちらの作品にもCitiZen of Peace、QUANTONICとして活動するインド生まれのロシア人アーティスト、イグナットが参加しています。やはり、彼との出会いは薫さんのなかで大きかったんですか?
井上:そうだね。彼はインドに住んだり、アマゾンの奥地に行ったり、トラベラー気質というか、音楽を通じたエネルギーのやり取りに敏感で、日本にはあまりいないタイプの人間。ヨガのマスターでもあるし、音楽家として色んな楽器を弾いたり、QUANTONICとしてはトランスとフュージョンを融合させたトラックを作ったり。本人の努力はもちろんあるんだろうけど、持って生まれた才能がすさまじくて。今回出す2枚のうち、AURORA ACOUSTICとイグナットがやってるCitiZen of Peaceの共演作で彼は79弦あるアラブの弦楽器、カーヌーンを弾いているんだけど、彼はその美しい楽器を見た瞬間、「これは弾ける!」って思ったらしくて、半年くらい独学で弾いているうちに弾きこなせるようになったみたい。そういう直感力とか持って生まれたリズム感、それから10代でジャズ・ピアニストに師事し始めたほどの超絶的な技術もそうだし、生のままの才能がむき出し状態でそこにあるっていう。
— そして、もう1枚の12インチには、日本の伝統的な祭りの音楽をリアレンジしたEsoteric Movement名義の2曲が収録されていますね。
井上:例えば、近年、阿波踊りが全国各地に波及して、若い子からお年寄りまで、幅広い人たちが参加しているけど、祭り自体が解放そのものなんだよね。これだけ技術が発達した世の中でもきっかけさえあれば、根源的、土着的な音楽に入っていけるし、音楽自体にはそれだけの求心力が備わっているのは本当に興味深いことだなって。その2曲はダンス・フロアで機能するものを意図して取りかかって、最終的にそういうものになったかどうかは分からないけど、まずは出してみないことには反応は分からないからね。
— そんな新しい試みが実践された楽曲だと。そして、COS/MESの5iveとTraks BoysのK404が主宰するライヴラリー・レーベル、Snakerから今年5月にリリースされたChari Chari名義のショート・トラック集第2弾のリリースも控えているそうですね。
井上:そうだね。そのシリーズはCOS/MESの5iveくんから頼まれて、大昔に海外のコンピに提供した楽曲とか、過去に作ったトラックのアザーテイクなんかをまとめた作品なんだけど、その第2弾のリリースは来年になるのかな。併せて来年は、ライヴ・アクトとして機能する新星Chari Chariの構想が推進出来たらいいね。それ以外にも人と組んで、ダンス・ミュージックのプロジェクトだったり、ライヴ的なプロジェクトも控えているから、2014年は出来ることをどんどん手掛けていこうと思ってるよ。