カンパニー松尾の「華麗なるおっぱい」 唯川みさき編

by Mastered編集部

スニーカーや古着と同じく、男ってやつはとにかく「おっぱい」に弱い。では、そんな僕らが夜な夜なお世話になっている"華麗なるおっぱい"は、一体どのように世に生れ落ち、どのような経緯を辿って我々の目の前に現れることとなったのか。もちろん、それが作中で語られている大人のビデオだって、たくさんあるにはあるのだが、そんなものは大抵早送りして、見もしないってのが男の性である。

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スニーカーや古着と同じく、男ってやつはとにかく「おっぱい」に弱い。では、そんな僕らが夜な夜なお世話になっている”華麗なるおっぱい”は、一体どのように世に生れ落ち、どのような経緯を辿って我々の目の前に現れることとなったのか。もちろん、それが作中で語られている大人のビデオだって、たくさんあるにはあるのだが、そんなものは大抵早送りして、見もしないってのが男の性である。

けれども、そこには様々な価値観や考え、そして人生とストーリーが詰まっている。EYESCREAMブロガーとしてもおなじみ、我らがハメ撮り隊長ことカンパニー松尾による人気連載『カンパニー松尾の「華麗なるおっぱい」』は、毎回、1人のAV女優にフィーチャーし、文字通りその”華麗なるおっぱい”の真相に迫っていくという、時に楽しく、時にちょっぴり切ないインタビュー企画(巻末にはカンパニー松尾による最近お気に入りの”カレー”を紹介するオマケ付き!)

第3回となる今回、ゲストとして登場してくれるのは、唯川みさき。

Interview:Company Matsuo
Text&Edit:Keita Miki
Photo:HMJM
Starring:Misaki Yuikawa

■カンパニー松尾の「華麗なるおっぱい」 唯川みさき編

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自分なりの痴女を演じることは出来ていたと思うんですが、本物では無いんです。言うならば、”現場痴女”って感じですかね。(唯川みさき)

松尾: どーも、皆さん、こんにチチは~! という訳で、少しお久しぶりですけれども、「華麗なるおっぱい」も無事3回目を迎えることが出来ました。今回は唯川みさきさんをゲストに迎えてお届けしていきます。インタビュー企画なので、個人的な話から徐々に遡って聞いていければと。

唯川: よろしくお願いします。気の利いたことが言えるかどうか、不安な部分もあるんですが……。

松尾: そのままの唯川さんで大丈夫ですよ。おいくつになったんでしたっけ?

唯川: 28歳になりました。

松尾: 生まれはどちらですか?

唯川: 実家は千葉にあるんですが、生まれたのは東京ですね。

松尾: 子供の頃はどんな子でした?

唯川: 活発な子だったと思いますよ。小学校の通信簿には「明朗快活」って書かれていた記憶がありますね(笑)。

松尾: 今でもそれは変わらないですね。部活動とかもしていたんでしょうか?

唯川: 小学校2年生から、ずっとバスケットボールをやっていましたね。

松尾: いつまで続けてたの?

唯川: 高校3年生までですね。

松尾: 思っていたよりも長いですね(笑)。唯川さんは長身で170cmくらいあるんですけど、バスケを長く続けていたことも関係があるんでしょうかね。

唯川: いや、保育園に通っていた頃から身長は大きい方だったので、遺伝というか血筋の影響だと思うんですけどね。姉は私よりも大きくて、173cmくらいあると思います。

松尾: そこまで長く続けていたのは、純粋にバスケが好きだったから?

唯川: そうですね、楽しかったですね。あとは元々負けず嫌いな性格なので。

松尾: なるほど。スポーツは負けず嫌いじゃないと続けられないですもんね。

唯川: 高校にもバスケットの推薦で、いわゆる、強豪校と呼ばれるところに入ったんです。県の代表になるのが当たり前の環境で、常にプレッシャーを感じながらやっていましたね。

松尾: ハードな学生生活でしたね。

唯川: 本当に、すごくハードでしたよ。寮生活で、顧問の先生の家の2階に下宿していたんです。

松尾: うわ、良くテレビで観るやつじゃないですか(笑)! 下宿って何人くらいでしてたの?

唯川: 一番多い時期で私を含めて7人。朝の6時から朝練がスタートするんですけど、私の家からだと始発に乗っても間に合わなかったので、下宿することにしたんです。今考えると、良くやってましたね(笑)。バスケ部の部則っていうのが120項目ぐらいあって、風紀的なものから、立ち居振る舞い、あとは男女交際禁止みたいな項目もあって。変わったものだと、バスに乗っちゃダメとか。

松尾: どういうことですか(笑)?

唯川: 学校の最寄り駅から校舎まで結構距離があったので、普通の子たちはみんなバスに乗るんですけど、バスケ部の部員はバスに乗っちゃダメで、基本的に歩かなきゃいけないんです(笑)。

松尾: は~。それで休みもほとんど無いと。

唯川: 一応、週に1度フリー練習の日があって、休みたければ休んでも良いってことになっていたんですけど、まぁ、そう言われても……休めないですよね(笑)。

松尾: そこで3年間やって、最終的にレギュラーにはなれたんですか?

唯川: 1年生の時はベンチに入ったり外れたりで、2年生になってまぁまぁ安定してきて、3年生の時はシックスマン的な立ち位置でしたね。

松尾: え? シックスナイン??

唯川: ……では無いですね(笑)。バスケットの試合は5人でスタートするんですけど、その時に6人目としてスタンバイしている控え選手のことです。

松尾: 大変失礼いたしました(笑)。高校を卒業して、その後はどうしていたの?

唯川: 元々、教員になりたいなと思っていて、大学進学は考えていたんです。実は私、国語が好きで、国語の先生になりたくて。それか保健室の先生。

松尾: 保健室の先生って良い響きですね~。じゃあ、受験はしたんだ?

唯川: いや、それがしてないんですよね。バスケをやるのが前提で入学出来る大学はいくつかあったんですけど、ケガもあったし、精神的にもうバスケットを続けられるような状態じゃ無かったんです。かといって高校3年間、部活第一でやってきているので、学業的に普通の子に追いつくのは難しい状況で。それで、「もういいや」って投げやりになっちゃったんですよね。なので、高校卒業と同時に就職しました。一般職で、普通の会社に。

松尾: それからもうバスケはやってないんだ?

唯川: そうですね。卒業後、2、3年は心を閉ざしていた時期で、部活の友達と連絡すら取っていなかったんですけど、長い時間を共に過ごしてきた仲間なので、徐々にまた交流が増えてきて。最近は一緒にバスケの試合を観に行ったりもするんですよ。

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松尾: はい、読者の皆さんも既にお気づきだと思うんですが、ここまで唯川さんには全くAVっぽい色が無いんですよ。唯川さんはとても真面目な方なんです。さて、そこからどうやってAVの道へと入って来たんですか?

唯川: まぁ、まず大前提としてムッツリスケベというか、そういうことに対する興味は小さい頃からあったんだと思いますね。

松尾: あらら! その話は全く出てきませんでしたけど(笑)!? それはいつ頃からですか?

唯川: 多分、5歳くらいからじゃないですかね……。

松尾: バスケより全然早いじゃないですか(笑)!

唯川: そういうことになりますね。

松尾: じゃあもう、その頃からずっとムラムラした状態で!

唯川: 高校生の寮生活の時は先輩と同じ部屋に住んでいたし、必然的に一時期収まりましたけどね。どうしても我慢できない時は、タイミングを見計らって1人でしてみたりもして。先輩が実家に帰った時なんかは、もうここぞとばかりに(笑)。

松尾: そういう「エロへのとっかかり」みたいなモノは昔から備わっていたんですね。初体験はいつ頃のことですか?

唯川: 高校卒業後、19歳の時ですね。先ほどお話したように、高校時代はそんな余裕が無くて、物理的に恋愛をしている時間がありませんでしたから。

松尾: ちなみに初体験のお相手は?

唯川: 就職先の9歳上の先輩。人生で初めての彼氏です。

松尾: 実際にセックスしてみて、どうだったんですか?

唯川: 「こんなもんか」って感じでしたね。痛くも無く、気持ち良くも無く。でも、嬉しかったことだけは覚えています。内容もすごくノーマルで、なんならエッチする前にきちんとシャワーを浴びて、歯磨きもして。毎回ちゃんとゴムも着けてました。

松尾: すごく良いじゃないですか。紳士的で。

唯川: だから、こういうものなんだなって思って。授業で習ったまんまだなって。でも、AVに関しては、学生の頃から、携帯で観たりしてたんです。高校を卒業してからは、レンタルショップでレンタルしたり、コンビニで買ったりもしましたね。

松尾: 「あの暖簾」をくぐっていたってことですか?

唯川: そうそう。自主的に、しかも1人で(笑)。周りには絶対にバレたくなかったので、平日の昼間とか、なるべく人が少ない時間帯を狙って(笑)。色々なAVを観ているうちに、AVの中の生々しい世界に興奮するようになって、そのうちにこういうことを自分もされてみたいって願望が出て来たんですよね。

松尾: AVを観る事で、唯川さんが元から持っていた潜在的なモノが掻き立てられたという訳ですね。

唯川: もうとにかくあの時はエッチなものが欲しくて、観たくて。就職先の寮に1人で住んでいたので。オナニーし放題だったんですよ(笑)。好みのジャンルとかは特に無くて、キレイなお姉さんが出ていたら、とりあえず見てみよう! って感じでした。

松尾: けど、女性が1人でAVをレンタルしたり、買ったりするのって、なかなか勇気がいることですよね。

唯川: 今思うとそうですよね。恐らく、もう2度とあのコーナーに行くことは無いですね(笑)。

松尾: 最初にAVに出たのは何歳の時?

唯川: 23歳だったと思いますよ。自分で当時の事務所に応募しました。インターネットで撮影会のモデルを募集していて、最初はそれをやりたくて応募したんです。

松尾: けど、ヌードでの撮影だってことは分かっていた訳ですよね。人前で脱ぐことに対して、抵抗は無かった?

唯川: 経験値が浅くて、エッチには自信が無かったんですが、不思議と脱ぐことに対して抵抗は無かったですね。他人に見られる気持ち良さに気付いていたんだと思います。決して自分の身体に自信があるとかではないし、コンプレックスも沢山あるんですけど。

松尾: その発言はスケベっぽくて素晴らしいですね。それまでの人生とは真逆な部分じゃないですか。

唯川: バスケットを辞めたのが大きなターニングポイントで、全部がどうでも良くなっちゃったというか、真逆に走りたくなったのかもしれませんね。バスケをやってた時代は「ゴツい」って言葉そのままな感じで、服装もTシャツにキャップ、スニーカー。ビジュアルに対するコンプレックスがすごくあって、綺麗になりたいって気持ちが常にどこかにありました。お姉ちゃんはバスケをやっていたけど、ギャルだったんですよ。服装とかもすごく”女”で。

松尾: 唯川さんの中に、憧れと反発、両方が混在していたんでしょうね。良いなと思いつつも、自分はそうしちゃいけない……みたいな。AVに出ようと思ったのはどうして?

唯川: 事務所に行った時に説明を聞いたのがキッカケですね。当時は吉沢明歩さんとか、明日香キララさん、蒼井そらさんみたいに綺麗で可愛くて、スタイルが良い子じゃないとAVって出られないモノだと思っていて、それこそ”企画”っていうジャンルがあることも知らなかったので、「私なんかじゃ無理だ」って思ってたんですけど、事務所の人から色々と話を聞くうちに興味が出てきて。結局、AVで先にデビューして、後から撮影会のモデルをやることになりました(笑)。

松尾: 実際にデビューしてみて、AVは楽しかった?

唯川: すごく楽しかったですね! 一番最初の現場の思い出は、今でも忘れられないです。スタッフも男優さんもプロだし、気持ち良さが衝撃的でした。

松尾: たしかに。デビュー作は一流の方々が集結していますもんね。

唯川: そうなんです。仕事をしていく中で、やっぱり辛いこととか、「キツイなぁ~」って思う事もあったんですけど、あの思い出があったから頑張れたっていう部分はあるかもしれないですね。

松尾: 具体的にはどんなことがきつかったの?

唯川: 身長が高いこともあって、どうしても痴女的なキャラを演じることが多くて……。

松尾: 痴女のイメージはたしかにありますね。元々そういう素質がある人だったら全然違うんでしょうけど、唯川さんの場合はそうでは無かったと。

唯川: 決して痴女では無いですね(笑)。現場で一緒になる女優さんに聞いたり、撮影の中で吸収して、自分なりの痴女を演じることは出来ていたと思うんですが、本物では無いんです。言うならば、”現場痴女”って感じですかね。

松尾: これは痴女に限ったことでは無いんですが、女優さんは、やはりそれぞれで演じている部分はあるんですよね。悲しいですが、AV業界はそれで成り立っているので。ただ、唯川さんの場合は、ちょっと外見のイメージに固定されすぎてしまった感はありますね。

唯川: 自分の好きだったAVと、自分が実際に出演しているAVとの距離がどんどん離れていってしまって、気持ちが追い付かなくなっちゃったんですよね。好きでやっているはずのモノが、いつの間にか「やらされている」、「やらなきゃいけないモノ」になってしまっていて、精神的に疲れてしまったんです。

松尾: まぁ、唯川さんの場合、基礎体力は相当高いモノをお持ちですから、体力的なことは、辞める原因にはならないですもんね(笑)。どのくらいの期間、AV女優をやったの?

唯川: 23歳でデビューしてから、実質2年半くらいですかね。オムニバスとかも含めたら100本以上、出演していると思いますし、現場数でいったらもっと多いと思います。

唯川みさきAV女優。

唯川みさき
AV女優。2012年にAVデビュー後、約2年半の活動を経て引退。2016年、AV業界に復帰。持ち前の高身長とナイスバディで日々熱烈なファンを獲得中。

松尾: 辞めようと思った原因は、他には無かったの?

唯川: 辞めることを考えていたタイミングで、丁度、子宮頸がんが見つかったんです。かなり初期の段階だったので、大事には至らなかったんですが、定期健診に通って、薬を飲んでっていう生活を続けていたら、気持ちも身体も滅入っちゃって……。一度AVから離れようと思って、実家に帰ることに決めました。

松尾: 辞めた後はどんな生活をしていたんですか?

唯川: 1年くらいは何もせず、実家でゆっくりしていました。実家には姉の家族が住んでいたので、甥や姪の面倒を見て、母の手伝いをして。文字通り”家事手伝い”って感じでしたね。その後はコールセンターで働いてみたり、事務の一般職をやったり、のらりくらりと生活していたんですけど、辞めてから3年くらい経って、AVの時にお世話になった方と連絡を取る機会がありまして。

松尾: それで、また戻っても良いかなって感じで?

唯川: 辞めてからずっと、自分の中に煮え切らない気持ちがあったんです。フェードアウトするような形で辞めているので、やりきれていないんですよね。

松尾: 戻ってきたのはいつ頃?

唯川: 2016年の1月で、現場スタートは2月からですね。

松尾: おかえりなさい。

唯川: ただいま戻りました!

松尾: ということで唯川さんは出戻りなので、昔とは名前も路線も変えてやっている訳です。

唯川: 今はちゃんとセックスがしたいって感じでやってますね(笑)。バランス良くというか、色々とやりたいことはあるんです。

松尾: と、まぁ色々と要望があったので、僕の方で先日『女教師グラマラス』という作品を撮らせて頂きまして(笑)。8月27日に発売になります。

唯川: とても新鮮だったし、楽しかったです。色んな人に観て欲しいですね。私の昔を知っている人も、そうでない人も。

松尾: 復帰して、以前のファンから何か反応はあったんですか?

唯川: 復帰してからTwitterも始めたんですけど、「おかえりなさい」みたいなコメントを頂くこともありますね。

松尾: あー、そういえば1つすごい話があって。前回、唯川さんを撮った『恥ずかしいカラダ 素敵なミニスカデート 唯川みさき』という作品は5月にリリースされたんですが、あるお客さんから問屋さん経由で、「100本欲しい」というリクエストがあったんですよ。

唯川: 100本ですか!?

松尾: 1人で100本。もちろん、お店にそんな在庫は無いですから、必然的にウチに電話がかかってくる訳です。100本って個人の注文としては、過去最高本数なんですよ。それぐらい唯川さんが魅力的だっていうエピソードですね。でも、冷静に考えるとAKBじゃないんだから、1人で100本買っても何のメリットも無いんですよ(笑)。家に100本DVDを積んでも、何の意味も無い。

唯川: たしかに(笑)。1度会って、お話してみたいですね。ありがたいことです、本当に。なんかその話だけで報われました。復帰して良かったなって。

松尾: 何にせよ、そういう熱心なファンがいてくれるのは嬉しい事ですよね。話は変わりますが、歳を重ねてからAV業界に戻ってきて、業界の変化は何か感じたりしましたか?

唯川: 辞めてからもAVは継続して観ていたんですが、なんとなく全体的に”厳しくなっている”印象はありますね。ベテランさんが辞めてるとか、撮影スタジオが移転してるとか、遠目で見ていても、業界全体が色々な意味で厳しくなってきているのが分かりました。辞める前にもそういう兆候みたいなものはあって、今まで2日間で撮っていたものを1日で撮るとか、そういうのが当たり前になってきている時代ではありましたけどね。朝7時に現場に入って、帰るのが夜中の4時、みたいな。

松尾: あぁ、唯川さんの場合はデビューが2012年だから、もうそういう時代ですよね。リーマンショック以降、段々とAVの売り上げが落ちていって、そのうちに1日2本撮りというのが普通になり始めました。

唯川: 逆に私はこの時代しか知らないので、それが当たり前ではあるんですけど、業界歴が長い人の話を聞くと、やっぱり時代によって全然違うんですね。

松尾: いや、本当に今の時代は、皆さん非常に優秀ですよ。すごく現代的です。昔の女優さんって悠然としてましたけど、今の女優さんは、めちゃくちゃ撤収が早いですからね(笑)。逆にこっちが「ごめん、ちょっと待って!」みたいな。

唯川: 私もまさしくそんな感じですね。

松尾: 唯川さんの面白いところは、自分の意思で復帰しているところなんですよね。AVは出戻りする人が多い業界ですけど、大抵はお金だったり、そういう理由で戻ってくるものなので。

唯川: お金の話をすると、それこそ、ちょっと前よりも今は稼げなくなってきていて、本当に好きじゃないと出来ない仕事になってきているようにも思いますね。

松尾: だけど、AVに出演した事自体を無かったことにしたい人も沢山いる訳で、そういう中から自発的に戻ってくる子がいると、やっぱりこちらとしても「ありがとう」っていう気持ちになりますよ。本当に戻って来てくれて良かったです。

唯川: まだ『恥ずかしいカラダ』を観ていない方は、そちらも合わせてどうぞ!

松尾: 最後はちゃっかり宣伝くれましたね。流石です(笑)。今後ともよろしくお願い致します。

■今月の”カレー” 「沖縄・那覇の海人カレー」

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はい、今月の”カレー”第3回は暑い季節にぴったりな沖縄・那覇のカレーをご紹介します。沖縄といえば、ちゃんぷるー、そば、ステーキ、タコス、タコライスとB級グルメの宝庫で、わざわざカレーなんか食べなくてもと思いますが、僕的に日本一好きなカレーがあるのです。その名は海人(うみんちゅ)カレー。カレー屋さんじゃなくカフェで提供される一品なのですが、スパイスと出汁のバランスが程よく辛すぎないサラサラのルーが絶品で、皿を舐め尽くしたくなるほどに美味しいのです。

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さらにカレー汁という和風スープカレー的な定食メニューもあり、これまたたっぷりの汁を一滴も余すことなくごくごく飲める、ルー好きにはたまらないカレー(お店の検索は”カフェ沖縄式“で調べてください)

那覇の中心地からちょいと外れてるのでタクシーかレンタカーでしか行けないけど、遠くはないので足を伸ばしてみてください。お店も広くゆったりしていて、とてもくつろげます。向かいには24時間営業の床屋(!)もあってなんだがハッピーな感じです。ではでは。

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カンパニー松尾

AV監督。1965年愛知県生まれ。1987年、童貞でAVメーカーV&Rプランニングに入社。翌88年、監督デビュー。特技はハメ撮り。趣味はカレーとバイク。1996年、V&Rを退社しフリーとなり、2003年、自身のメーカーHMJM(ハマジム)を立ち上げる。代表作として『私を女優にして下さい』、『テレクラキャノンボール』など。また一般作としてミュージシャン・豊田道倫のPVやライブ撮影を手掛けている。