当サイトの大人気企画『Mastered Mix Archives』でもおなじみの音楽ライター、小野田雄氏による、ちょっぴりエクストリームなビール連載、『小野田雄のビール地獄』。
感度の高い人々の間では既に話題沸騰中の横浜・関内にあるテイスティングルーム、Antenna America(アンテナ・アメリカ)を舞台に、毎月1回、アメリカのクラフトビール・カルチャーを、これでもかとディグっていきます。
それでは早速ですが、皆様今月もビール片手にお楽しみくださいませ!
Interview&Text:Yu Onoda
Edit:Keita Miki
Photo:Shin Hamada
Special Thanks:Antenna America
■小野田雄のビール地獄 第2回
前回、ヨレヨレとスタートしたアメリカのクラフトビールにまつわる新連載の第2回目。常時100種類以上のビールが並ぶ横浜・関内のテイスティングルーム、Antenna Americaにて、同店にいりびたる自称米国麦酒のエキスパートであるBrewsome Brodie氏と共に、今回はサンディエゴの新世代ブルワリー、[Modern Times(モダンタイムス)]のスタッフに突撃取材を敢行! 心地良い麦酒の酩酊の彼方で出会ったビールの神は果たして夢か現実か?
小野田:前回の連載では、アメリカのクラフトビールの多様性を知ってもらうために、多彩なラインナップを誇る[Stone]というブルワリーを取り上げましたが、今回はブロディさんにアメリカのクラフトビール・シーンの新しい流れを教えてもらいたいな、と。
Brewsome:それなら、アメリカ・サンディエゴのブルワリー、[Modern Times]はいかがですか?
小野田:いいですね! ブランディングは控えめでスマート。でも、どこか変というか、ねじれたセンスのビールを作ってて、ちょっと掴みづらくもある、そんな印象のブルワリーですよね?
Brewsome:ですね。なんせ、[Modern Times]っていう名前もチャップリンの同名映画から来ているわけではなく、1850年代にニューヨークのロングアイランドの実在したユートピア的なコミュニティの名前から取られていますからね。そして、ブルワリー自体、設立から3年目ですし、Kickstarterを使った資金調達方法や宣伝もSNSを上手く使ってるところも実に今っぽいな、と。
小野田:なるほどなるほど。
Brewsome:実は、ちょうど、本国からヘッドブルワーと営業担当が日本に視察に来てるんですよ。面白い連中なので、よかったら会ってみませんか?
小野田:えっ、そんないきなり良いんですか!? まぁ、でも、現場の声を聞いてみるのも面白そうだし、直接会えば、話が早そうだから、思い切って突撃しちゃいましょう! ブロディさん、通訳よろしくお願いしますよ。
[Modern Times]は、音楽でいうサンプリングとかミクスチャーのアプローチでビールを作っているんだ。(ビアジーザス)
マット:僕はマット・ウォルシュ。[Karl Strauss(カール・ストラウス)]や[Speak Easy(スピークイージー)]、[Lost Coast(ロスト・コースト)]といったブルワリーを経て、[Modern Times]ではヘッドブルワーを務めてる。ヘッドブルワー、簡単に言えば、ビール醸造を取り仕切っているんだ。
ビアジーザス:俺の名前はビアジーザス。以前は[Stone]で働いていたんだけど、[Modern Times]では国内外の営業を担当しているんだ。
— えっ、ビアジーザス!? ビールの神!?
ビアジーザス:本名はフィル・マクニットっていうんだけど、ビアジーザスっていうのは[Stone]時代についたニックネームなんだ。当時、ブルワリーツアーのアテンドをしてた時に泥酔した女の子から、長髪に髭という風体もあってか、「あなたはビアジーザスね」って言われて、それを聞いていた他の従業員からもそう呼ばれるようになったというわけ(笑)。
— なるほど(笑)。[Modern Times]は2013年の設立から今年で3年目という新しいブルワリーですが、その立ち上げもKickstarterで資金を集めるという非常に現代的なやり方だったんですよね?
ビアジーザス:そうだね。今はKickstarterしかり、お金を払って、広告を打たなくても、SNSを効果的に使いながら、ブルワリーが運営出来る時代だと思うんだ。そういう非常にいいタイミングでブルワリーを立ち上げられたと思ってるよ。
— 設立時には、アメコミのヒーローばりに、従業員のトレーディングカードを作られたそうですね。
ビアジーザス:そう。[Modern Times]は色んなブルワリーで突出した能力を発揮していた人間が集結した、音楽で言えば、エリック・クラプトンがいたCreamとかSteely Danのようなスーパーグループ的ブルワリーなんだ。みんな、ビールだけでなく、音楽やゲーム、色んなオタクだったりして、会社として、カルチャー的な部分が押し出されているし、個々のスタッフが自由にやりたいことをのびのびやれる環境がブルワリーの発展に繋がっているんだと思うね。
マット:Steely Danは、トップ・プレイヤーが集結してレコードを作っていただろ? そう、[Modern Times]のこの3年はSteely Danの(名作)『Aja』のレコーディングみたいな感じだよ。そして、ここから先は次作の(同じく名作)『Gaucho』のレコーディングが始まるんだ(笑)。
— お二人は相当な音楽好きなんですね。
ビアジーザス:僕はジャズやファンク、パンクやポストパンク、グラインドコア、サイケデリック……まぁ、挙げれば、切りがないんだけど(笑)、今回は原宿のBIG LOVE RECORDSに行ったり、レコードが大好きで、DJをやったりもするし、[Modern Times]でもレーベルをやろうと働きかけたんだけど、それは挫折したね(笑)。あとギターやベース、サックスを弾いていて、KERA AND THE LESBIANSっていうバンドで活動していた時はデヴェンドラ・バンハートと競演したこともあるよ。
マット:僕もプログレッシヴロック、サイケデリック、パンク、ポップ、ブルーグラスと、あれこれ聴くし、プライベートではマンドリンプレイヤーでもある。そして、昔々はデッドヘッズだった。デッドヘッズはGrateful Deadのツアーについて回る旅費を稼ぐために、会場の駐車場でマーケットを開いているんだけど、そのなかに行く先々でその土地のクラフトビールを仕入れて、そのビールを次の会場の駐車場で転売している人たちがいて、僕はそこで飲んだ[Sierra Nevada(シエラネヴァダ)](Grateful Deadのリーダー、ジェリー・ガルシアがデッドヘッズに広めたカリフォルニアのブルワリー)のクラフトビールに衝撃を受けたことがビール作りのきっかけになったんだ。僕は子供の頃から化学だったり、技術系のことが好きで、ブルワリーで働く以前は給料のいいアンテナの開発、製造の会社で働いていたんだけど、趣味でやっていたビールの自家醸造にどっぷりハマってしまって、給料に関係なく、やりたいことをやろうと思ったんだ。そして、気が付けば、ビール地獄というわけさ(笑)。
— クラフトビールが単に飲み物として捉えられている日本に対して、今のお話から察するに、やはり、アメリカでは一つのカルチャーとして捉えられているんでしょうか?
ビアジーザス:そうだね。音楽と同じように、文化的な側面から捉えられているものだよ。だから、知らない人にクラフトビールを薦める時も自分の好きな曲を聴かせるようにビールを薦めるし、ビアフェスは色んなバックボーンの人がビールという共通言語で集まり、コミュニケーションしていて、音楽フェスみたいなノリなんだ。
— そして、[Modern Times]は商品デザインやブランドロゴなど、全てのデザインが一貫していて、クラシックですっきりまとまっているところも格好いいですよね。そのデザインを、WilcoやSpoon、Modest Mouseといったアメリカの人気バンドのデザイン周りを手掛けるテキサスのデザイン事務所、ヘルムス・ワークショップが手掛けているところも非常にユニークですが、[Modern Times]のデザインのポリシーを教えてください。
ビアジーザス:デザインは全体をヘルムス・ワークショップ、タイポグラフィーはVANITY FAIRや[NIKE(ナイキ)]を手掛けているサイモン・ウォーカーに依頼しているんだけど、[Modern Times]は色んなスタイルのビールを販売しつつ、基本となるパターンを繰り返し使うことが重要だと考えていて、彼らにはそれに耐えうるシンプルでいて印象に残るデザインをお願いしているんだ。
— ビアジーザスが以前勤務していた[Stone]と比較して、[Modern Times]はデザインも含めて、[Stone]のような強いメッセージやプロパガンダが希薄ですし、多くのブルワリーでは、IPAを看板にしているのに対して、[Modern Times]はそういう正攻法のアプローチを取らず、打ち出しているビールはひねりが利いていますよね。
ビアジーザス:個性の強さ、メッセージ性の強さというのは、[Stone]が設立された90年代には目新しかったと思うんだけど、今の時代のビールにはより複合的なものが求められていると思うんだ。
— 複合的な個性という意味では、[Modern Times]は自社焙煎したコーヒーの販売も行っていて、その豆を加えたコーヒースタウトビール『ブラックハウス』が非常に美味しいですよね。
ビアジーザス:あのコーヒースタウトを作るために、既製品のコーヒーを使うんじゃなく、自分たちで豆を焙煎した方が理想とするコーヒースタウトが作れるんじゃないか? ってことで、オンボロの焙煎機をネットで手に入れて、自分たちで焙煎するところから始めたんだ。ちなみに焙煎担当はローストフェイス・キラーを名乗るエイミーっていう女性なんだけど(笑)、そういうDIYなマナーは[Modern Times]の基本的なアプローチでもあるよ。
— マットさんは、[Modern Times]でどんなビール作りを目指していますか?
マット:過去に色んなブルワリーで働きながら、やってはいけないことや醸造のルールを学んできたんだけど、今はどこのブルワリーもIPAやペールエールを主軸に、作るビールのセオリーがある程度決まっているからこそ、[Modern Times]では、人に期待される、そのもうちょっと先をいくものを作りたいと思っているんだ。
— もうちょっと先というのは?
ビアジーザス:アメリカにおける今のクラフトビールのトレンドは、(塩と乳酸菌を加えて酸味と塩気を出すスタイルのビール)ゴーゼとラガー、ピルスナー、それからノースイースト・スタイルの濁ったIPAなんだけど、[Modern Times]では、色んなスタイルのビールから自分たちの好きな要素をかいつまんで、それを組み合わせることで新しい商品を作ろうとしてるよ。僕らのラインナップだと、例えば、『フォーチュネート・アイランド』では、ウィートビール(小麦の割合が多い、いわゆる白ビール)にホップの香りと苦みを利かせたIPAの要素を加えているし、『ブレイジング・ワールド』も(焦がした麦を用いた琥珀色のビール)アンバーエールでホップを利かせたりしていて、そうやって生み出されるオリジナリティを大切にしている。音楽でいったら、サンプリングとかミクスチャーといったモダンなアプローチだね。同じような発想で作ったビールは、以前は全く受け入れてもらえなかったんだけど、時代とともにようやく受け入れてもらえたのは、クラフトビール・シーンの進化も大いに関係しているよ。
— シーンの成熟とテイストの変化が連動しているんですね。
ビアジーザス:日本でのクラフトビール人口は1%未満だと聞いているんだけど、[Modern Times]のホームタウン、サンディエゴでは30%いるんだ。アメリカの法律で定められている飲酒可能年齢は21歳以上なんだけど、今は21歳になったら、普通のビールを飲まずにいきなりクラフトビールから入るミレニアル世代(日本でいうところのゆとり世代)が増えていて、日本も今後はそうなっていくんじゃないかな。
— 音楽でいったら、80年代以降、メタルからグランジ、オルタナティヴ、ポストロックと、シーンが移り変わっているじゃないですか。Metallicaに影響を受けた[Stone]に対して、[Modern Times]はオルタナティヴな感覚がスタンダードになったポストロック世代のブルワリーという、そんな印象があります。
ビアジーザス:なるほどね(笑)。言わんとしてることは分からなくもないけど、まぁ、でも、俺らが強く意識しているのは、一発屋では終わりたくないってことくらいだね。新しいアルバムを出すように新しいビールを発表して、時に人を驚かせるような、いい意味で期待を裏切るようなことをどんどんやっていきたいと思っているんだ。
— [Modern Times]のビールは日本に輸入されている10種類を含めて、これまで200種類くらいのビールを開発、販売されているそうですが、そのアイデアはどこから生まれるんですか?
マット:コンセプトを考えてから作り始めるんだけど、1つの商品が出来たら、そこから4、5種類の別バージョンを作るんだ。音楽も曲が出来たら、リズムを変えたり、テンポを変えたりしながら、セッションするだろ? 自分には長らくビールを作ってきた経験や知識があるから、作りたいビールのイメージに近づけるために新たな要素を加えながら、どんどん洗練させていくんだ。
— これまで開発途中で、作った自分でも最悪だと思ったビールと最高だと思ったビールを教えてください。
マット:ははは! それはタフな質問だな。最悪なビールでいうと、[Modern Times]で3番目に作ったビールかな。あれは完全にタマネギの味がした(笑)。もちろん、タマネギを加えたわけじゃなく、色んなホップを組み合わせただけなんだけど、あれはヒドかったな。あと、自分の醸造家人生のワーストビールは、とある時に作ったライ麦のビールだね。ライ麦は元々とても油っぽいんだけど、その時に作ったビールはクッキングオイルを飲んでいるような味だったね(笑)。自分のなかでのベストは、月並みな言い方だけど、常に新作のビールだね。過去のことは忘れて、常に新しい、美味いビールを作りたいと思っているよ。
Brewsome:話を聞いてみて、いかがでした?
小野田:自分はビールの専門家ではないので、彼らと果たして共通言語があるんだろうか? とも思ったんですけど、ビールと音楽を同列に語ってくれて、普通に話が通じたところが面白かったですね。ヘッドブルワーが元デッドヘッズっていうところも含めて、話が出来すぎてるというか(笑)、前回、カルチャーとしてのビールについて語っていたことが裏付けられたような気がしました。
Brewsome:まさにそんな感じでしたね。音楽がそうであるように、ブルワリーにも、それを飲む人にも世代の違いやトレンドがあって、そうしたものが影響し合いながら、ビールのカルチャーは進化し続けているっていう。
小野田:彼らの作ったビールをチョイスして、ただ飲んでいるだけなのに、同時に作り手のねじれたセンスや新世代感も無意識的に受け取っていることも分かって、なんだか不思議な気分でしたよ。
Brewsome:そうやって都合良くこじつけると、アル中を疑われますよ(笑)。
小野田:というか、ビールメイカーの営業担当がビアジーザスっていう時点で、そもそもがおかしな話ですよ!(笑)。まぁ、でも、モダンタイムスのビールは、現在進行形の音楽を聴いてる若い音楽ファンに訴えかけるものが大いにあることは間違いないと思いますね。