「クラフトビールはDIYパンクだ!」 小野田雄のビール地獄 第1回

by Mastered編集部

芸術が爆発ならば、クラフトビールはDIYパンクである。 そんな世迷い言のようなキーワードと共に本日からスタートする新連載、『小野田雄のビール地獄』はその名の通り、当サイトの大人気企画『Mastered Mix Archives』でもおなじみの音楽ライター、小野田雄氏による、ちょっぴりエクストリームなビール連載。

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芸術が爆発ならば、クラフトビールはDIYパンクである。

そんな世迷い言のようなキーワードと共に本日からスタートする新連載、『小野田雄のビール地獄』はその名の通り、当サイトの大人気企画『Mastered Mix Archives』でもおなじみの音楽ライター、小野田雄氏による、ちょっぴりエクストリームなビール連載。

感度の高い人々の間では既に話題沸騰中の横浜・関内にあるテイスティングルーム、Antenna America(アンテナ・アメリカ)を舞台に、毎月1回、アメリカのクラフトビール・カルチャーを、これでもかとディグっていきます。

それでは前置きはこれぐらいにしておきまして、皆様今月もビール片手にお楽しみくださいませ!

Interview&Text:Yu Onoda
Edit:Keita Miki
Photo:Shin Hamada
Special Thanks:Antenna America

■小野田雄のビール地獄 第1回

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にわかに盛り上がりをみせているクラフトビールの世界。「とりあえずビール!」もいいけれど、レコードをチョイスするように、あるいは服を選ぶように、これという1本を自分から選んで飲むビールはなぜこんなにも美味く、そして楽しいのか。そんな狂気的なビール探求が高じて、日本を飛び越え、アメリカのクラフトビールの底なし沼にハマってしまった、とある音楽ライターが辿り着いたのは、常時100種類以上のビールが並ぶ横浜・関内のテイスティングルーム、Antenna America。

全アル中必見の第1回は、アメリカのクラフトビールの輸入卸売りを行うナガノトレーディングが運営する同店にいりびたる自称米国麦酒のエキスパート、Brewsome Brodie氏を道先案内に、アメリカのクラフトビール・カルチャーにまつわる基礎知識をインタビュー形式でお届けしていきます。

殺しにかかってくる度数の高さと爽やかな飲み口がスゴい。(Brewsome Brodie)

小野田雄:ブルーザー・ブロディ……いや、ブルーサム・ブロディさん、どうもはじめまして。今回からアメリカのクラフトビールの奥深い世界について、色々と教えていただきたく、お店におうかがいした次第です。どうぞ、よろしくお願いいたします。

Brewsome Brodie:為にならない話ばかりかと思いますが(笑)、こちらこそよろしくお願いいたします。クラフトビールと一言で言っても、色んな楽しみ方がありまして、差し支えなければ、まず、小野田さんがアメリカのクラフトビールにハマったきっかけをお聞きしてもよろしいですか?

小野田:ハマったっていうと、アル中みたいでアレなんですけど(笑)、端的に言えば、「ビールのカルチャーって音楽と一緒なんだ!」って思う瞬間があったんですよ。

Brewsome:そんなこと言ってると、ますます、アル中を疑われますよ(笑)。

小野田:いやいや、そうじゃなくて(笑)! きっかけは、アメリカのポートランドって街なんですよ。普段、自分は音楽ライターを生業にしてるんですけど、海外のバンドにインタビューしたり、原稿を書いたりしているなかで、2000年代中盤辺りからオレゴン州のポートランドって街に移住するバンドが目立って増えてきてることに気がついて、どんな街なんだろうと調べたんです。そうしたら、物価や家賃が安くて、コンビニや大型スーパーがなく、個人商店に元気があって、ものづくりをしている人に優しい街らしいと。一時期のドイツ・ベルリンやニューヨークのウィリアムズバーグやブルックリンもそうなんですけど、住みやすい街に最高の音楽家が集まるし、集まると音楽シーンも活性化する。ポートランドもそういう街なんだろうなって思ったんですけど、さらに調べたら、クラフトビールの醸造所が街中に沢山ある、と。え、何それ? と思ったわけです。

Brewsome:そう、そうなんですよ。ポートランドは、100近い醸造所があるビールの街、涅槃を意味する“Nirvana”をもじって、“Beervana”って呼ばれているんです。

小野田:でも、なんで、あちこちでビールが作られてるんだろう? って疑問に思いますよね。それで醸造所を調べてみたら、あちこちで作ってるビールラベルのデザインが個性的でいちいち格好いいんですよね。アメリカには、60年代から街のイケてるデザイナーやイラストレーターがライヴ告知用のポスターをシルクスクリーンで刷る文化が伝統的にあるんですけど、そのデザインと同じものを感じて、「あ、そうか。クラフトビールって、音楽やアートと同じD.I.Y.カルチャーの一部なんだ!」って気づいたという。まぁ、音楽狂の妄想っぽい話なんですけど(笑)。

Brewsome:大丈夫、ただのアル中の戯言ではなく、その直感は正しいです(笑)。僕も最初はハードコアパンクのバンドをやってる友達にアメリカのクラフトビールを薦められましたからね。

小野田:同じD.I.Y.カルチャーってことで、クラフトビールとハードコアパンクは通じるところがあるってことなんですかね?

Brewsome:音楽って、エクストリームな方向に向かえば向かうほど、ディグの文化が付随してくるじゃないですか。限定リリースが沢山あったり、いくら飲んでも飲みきれないほど種類が多いクラフトビールもその延長線上にあるものだと思うんですよね。

小野田:自分の経験上、確かにレコードを掘るように、ビールを掘ってるし、ジャケ買いならぬラベル買いすることもあります。

思わずラベル買いしたくなるビールの数々。

思わずラベル買いしたくなってしまう、クールなビールたち。

Brewsome:いま、アメリカには全米各地に4000社以上のクラフトビールメーカーがあって、それぞれの会社が10種類、20種類のビールを出しているわけですから……。

小野田:とても全部は制覇できない(笑)。

Brewsome:でも、小野田さんは最初にクラフトビールを飲んだ時、どう感じました?

小野田:月並みですけど、ホップの香りと苦味がすごいなって。飲みに行くと、「とりあえずビール!」って、言ったりしますけど、アメリカのクラフトビールは個性が強いから、とりあえず感がなくて、自分からセレクトして飲むものなんだなって思いましたね。

Brewsome:僕も最初は日本のラガービールにはないホップの苦味に驚いたんですけど、それ以上に酔っ払い方の違いがカルチャーショックだったんですよね。

小野田:サイケデリックならぬサケデリック(笑)。アルコール度数が、日本のラガービールは4.5~5.5%なのに対して、アメリカのクラフトビールは6~7%が中心で、10%越えも当たり前ですもんね。

Brewsome:そう。だから、最初は費用対効果のみを求めて、まずは強いビールばかり飲んで、いかにぶっ飛ぶかを極めていたんですけど(笑)、アンテナ・アメリカにいりびたるようになってから、ビールの多様性を知りつつ、度数の高いビールもただ度数を高くしてるだけじゃなく、酔い方も計算されてるし、飲んでる時の体感として度数の高さをあまり感じさせずに、ごくごくイケちゃうんですよね。

小野田:ワインとか日本酒くらいの度数なのに、飲み口が爽やかだったりするから……。

Brewsome:殺しにかかってくる度数の高さと爽やかな飲み口がスゴい。しかも、副原料に米とかコーン・スターチなんかを使ってないから、変な酔い方もしないし、日本のラガービールは、あれはあれで美味いんですけど、比較すると、アメリカのクラフトビールには余分な甘さがなくて、後に残らないことがよく分かる。

小野田:日本のラガーって、スーパーとかドライとか何とか物語とか、色々出てるじゃないですか。でも、その差って、そこまで大きいのかっていう。アメリカのクラフトビールの多様性を知ると、日本のラガーの違いはちょっとした差を宣伝で、さも大きく違うように見せてるだけのような気もして。

Brewsome:そう。日本のビールの違いは、マーケティングの違いが大きいと思うんですよ。でも、アメリカのクラフトビールは、大量生産、大量消費という大手メーカーのスタンスとは一線を画して、強い個性が打ち出されていて、フレイバービールもとにかく沢山種類がある。夏なら柑橘系の果物、秋ならカボチャとか、季節ごとの果物や野菜を発酵段階で一緒につけ込んだり、発酵後につけ込んだりして、フレイバーが付けられていたりもするんです。ただ、決して奇をてらっているわけではなく、テイストの主役はあくまでホップなんですよね。ホップっていうアサ科の植物の産地や分量、配合や加えるタイミングだけで、柑橘系の果物を加えずに、柑橘系のテイストを表現したり、その違いだけで表現するテイストの幅も日本のラガーとは比べものにならないんですよ。

小野田:ホップって、麻の仲間なんですね?

Brewsome:そう。だから、マリファナを意識させるブルワリーもあったりするし、カリフォルニアの[Sierra Nevada(シエラネヴァダ)]ってメーカーはGrateful Deadのジェリー・ガルシアがきっかけに広まったり、アメリカでは同じカウンター・カルチャー、アンチ・メインストリームということで、クラフトビールと音楽は深く結びついているんですよ。

小野田:なるほど。無数にあるクラフトビール・メーカーのなかで、自分が最初にハマったストーン・ブリューイングのビールも、瓶のデザインが悪魔的というか、メタルっぽいところが目を引いたんですよね。

Brewsome:[Stone(ストーン)]は西海岸サンディエゴのメーカーなんですけど、瓶や箱に“A stage dive Into a mosh pit of hops”(ホップのモッシュピットにステージダイヴ)だったり、挑発的なメッセージが書かれていたり、ブランドロゴも守護神として捉えられてもいるガーゴイルっていう古代の怪物なんですよ。たぶん、悪魔的なものを意図したんでしょうけど、キリスト教の国でビールに悪魔はマズいというか(笑)、さすがに商売にならないっていう判断があったんじゃないかと勝手に推測してます。

フタにもガーゴイル!

フタにもガーゴイル!

小野田:ははは。[Stone]って、アメリカでは大きいメーカーなんですよね?

Brewsome:売上は全米で10位のメーカーです。アメリカ国内に醸造所が4カ所あって、こないだ、ベルリンにも作って、ヨーロッパ進出を始めたところですね。

小野田:そう考えると、売れてるのに、相当に攻めてる、やんちゃなメーカーなんですね。

Brewsome:オーナーのグレッグ・クックっていう人は、METALLICAを一つのビジネスモデルに掲げていて。何でかというと、まぁ、音楽ファンからすると、賛否両論あると思うんですけど、METALLICAは売れても、信念を曲げなかったバンドなんだ、と(笑)。

小野田:ははは。信念、個性という意味で、[Stone]が面白いなと思ったのは、個性的なビールを沢山出しまくってるところだったんです。いま、Antenna Americaでは[Stone]のビールを何種類置いているんですか?

Brewsome:さっき数えたら28種類ありました。でも、1年を通じて、新しいビールがどんどん入荷しているので、正確な数は把握出来てないですね。

手書きの文字も良い感じです。

手書きの文字も良い感じです。

小野田:そのなかでも、個人的に気に入ってるビールを選ばせてもらったんですけど、IPA(インディアン・ペール・エール)というホップの効いた、すきっと飲みやすい一本がスタンダードになるんですよね?

Brewsome:そうですね。そして、さらに大量のホップを加えて、トロピカル感と苦味を増したのが、“破滅”っていうネーミングの『RUINATION DOUBLE IPA 2.0』。でも、一番の看板商品は“傲慢な馬鹿野郎”というネーミングの『ARROGANT BASTARD』ですね。“飲めるものなら飲んでみろ”とか“ヤワなビールを飲んでるなら、飲まないほうがいい”っていうキャッチコピーが付けられているストロング・エールで、アルコール度数は7.2%あります。しかも、このビールをさらにケンタッキー・バーボン樽で熟成させた『Bourbon Barrel-Aged ARROGANT BASTARD』はその上をいく7.9%。強烈なうえに味わいが深くなってます。

小野田:速さや五月蠅さを追求するメタルやハードコアと共通するものがありますね。あと、メタルっぽいといえば、“罰”を意味する『PUNISHMENT』も強烈ですよね。大量の唐辛子と一緒に樽熟成されていて、度数が12%と高いうえにホントとにかく辛いっていう。まさに罰ゲームっぽいビールなんだけど、辛さのはるか先に甘さがあって、クセになるんですよね。

Brewsome:このシリーズは他に2本あって、度数は9.6%なんですけど、パラペーニョとかセラーノチリを漬けて、辛さを増しているのが、罪を意味する『CRIME』。それから唐辛子は加えず、バーボン樽の長期熟成で徹底して深みを出したのが、『SOUTHERN CHARRED』。こちらは度数が12.7%ある、かなりのストロング・エールで、打ち出し方がメタル的というか、ゴシックっぽい重厚感があるシリーズになってますね。

小野田:そうかと思えば、人参、シナモン、レーズン、バニラビーンズを加えて、キャロットケーキをイメージした『24 CARROT GOLDEN ALE』があったり、ネーミングが音楽的な『HiFi+LoFi Mixtape』やアメコミのキャラクターがデザインされた『WOOTSTOUT』とか、ポップで楽しいビールもあれこれ出ていますよね。

Brewsome:『HiFi+LoFi Mixtape』は、ミックステープを作るように、出来たばかりのHiFiなビールと熟成させたLoFiなビールをミックスしたもの。それから、『WOOTSTOUT』というのは、映画『スタンド・バイ・ミー』や『新スタートレック』に出演している人気俳優、ウィル・ウィトンとのコラボビールなんですけど、ストーン・ブルワリーがあるサンディエゴは、アメコミや映画を扱う世界最大規模のオタクの祭典、コミコンの開催地でもあって、『WOOTSTOUT』はその開催タイミングに合わせて、年に1回発売される限定品なんですよ。クラフトビールはその土地ならではのものだったり、一本一本にストーリーやコンセプトがあるので、味だけじゃなく、そのバックグラウンドやカルチャーを含めて、楽しめるものなんですよね。

小野田:そう考えると、小規模メーカーらしく、フットワーク軽くD.I.Y.なアイデア勝負、ノリ勝負なところがアメリカのクラフトビールの面白さでもあると。日本ではここ最近、大手ビールメーカーがクラフトビールを作るようになってるじゃないですか。クラフトビールって、そういうD.I.Y.なところに良さがあるのに、大手メーカーが作ったら、ものづくりの精神性がそぐわないというか、音楽でいうと、メジャーのレコード会社が運営するインディーズレーベルみたいな感じになっちゃってる気がするんですね。

Brewsome:日本でよく飲まれている5大ビールブランドが作ってるラガービールというのは、クオリティをキープしたまま、大量生産するのに適したビールで、そのためには大規模な施設が必要なんですよ。だから、大手メーカーがラガーを作るのは理に適っているし、逆に言えば、質の高いラガーは大手メーカーの証でもあるっていう。

小野田:音楽でいうと、日本のラガーは不特定多数に向けられた普遍的なポップス、アメリカのクラフトビールは個性が打ち出されたオルタナティヴミュージックといった感じですかね。それぞれの良さを知ると、また、ビールの味わいも格別ですね。

今月もごちそうさまでした。

今月もごちそうさまでした。

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小野田雄

音楽ライター。
1974年生まれ。大学在学中の1996年より執筆を開始。国内外の様々な音楽の紹介を行っている。