Photo:Shimpei Hanawa | Interview&Text : Yu Onoda | Edit:Keita Miki | Engineered & Mastered:Takuto Kuratani ©︎ 2019 Eel's Bed Productions
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— EM Recordsは設立から今年で21年目になるんですよね?
江村:はい、もう21年経ってましたね。本当は去年、20周年のタイミングでがっつり商売しないといけないんでしょうけど、乗り気がしなかったということもあり(笑)。というのも、自分はもちろん、レーベルの作品を買ってくれるお客さんも毎日音楽と向き合って、日々大切にしている人たちですからね。
— レコードストアデイも同じですよね。その時の盛り上がりも悪くはないんでしょうけど、こちらは毎日レコードを買ったり聴いたりしているわけで。
江村:例えばネットラジオ、NTSの番組『Japan Blues』のホスト(元Honest Jon’sのレジテント)Howard Williams(ハワード・ウィリアムス)だったり、Honest Jon’sとかその周辺は全くタッチしていませんし、そういうイベントごとをやる人とやらない人がはっきり分かれますよね。
— 今、名前が出たHonest Jon’sは、ロンドンの老舗レコードショップにして、クオリティの際立った多種多様なリイシュー作品と新作のリリースで世界から一目置かれるレーベルですよね。EM Recordsも知られざる音楽、それもただレアなだけでなく、類い希なるオリジナリティと強度を誇る作品を数々リリースしてきて。海外の音楽シーンに大きな影響を与えているという意味において、歴史や規模の差こそあれ、自分はEM Recordsを極東のHonest Jon’sとして捉えているんですけど、レーベル設立当初はオーセンティックなポップスのリイシューが中心でしたよね。
江村:EM Recordsを始める前、僕は大阪のJellybean Recordsっていう、レコードショップと服屋を合体した、かなり尖った店で働いていました。当時、Discogsも何もない時代に60’sポップの知られざる名作、名曲を際の際まで紹介していたVandaという雑誌を起点に、60’sのポップスがすごく盛り上がっていて、そうした音楽のマーケットがあったんですね。僕はレコード店の視点を常に持っているので、その状況下で何が売れるか見えていたし、いくつかの作品に目星を付けて、1998年にレーベルを立ち上げたんです。日本のCDの製造枚数がピークだった時期でもあり、自分が思っていた通りに作品が売れたのはラッキーでもあったんですけど、当初はあくまでビジネス目線で始めたんですよ。
— 1990年代はVandaやモンドミュージック、High Llamasの登場などの後押しもあって、The Beach Boysの再評価がピークの時期でしたけど、最初期のEM Recordsは、Harmony GrassやChris Rainbowといった知られざるビーチボーイズ・フォロワーの作品を時代に合致する形でリリースしていましたよね。
江村:まぁ、それこそがレコードショップの視点だったというか、立ち上げたからには結果を出さないとね(笑)。ただ、レーベル1本でやっていこうと決断するまでに2年ほどかかりました。というのも作品はまあ売れていたんですけど、製造費用が今とは比べものにならないくらい高かったんですよ。